第507話『伝達』
さて、雅達がそれぞれ、やるべきことをやるために動いていた頃。
「ファムちゃん、あれを!」
「え、何? ……って、おぉっ!」
里のトラブルの発端と思われているカリッサ・クルルハプトとファム・パトリオーラは、里の東側の森を、低空飛行して移動していた。
金髪のエルフ、カリッサはが指差す方向を見て表情を明るくさせたのは、紫紙ウェーブの少女、ファム。背中から生えた白翼『シェル・リヴァーティス』を羽ばたかせ、カリッサを両腕に抱えていた彼女は、急いでそちらへと降りていく。
向かう先には、一本の木。その木の幹に、ファムはシェル・リヴァーティスの羽根を一枚、わざと突き刺していた。
だが今、それは抜き取られ、代わりに一本の雑草が差し込まれている。葉っぱの見た目は、日本でよく見かけるアオキのような植物……マガリソウだ。
このマガリソウが自然に刺さったわけは無いだろうから、人為的なのは明らか。
問題は、誰がこれをやったかだが――木の幹に彫られた、とある文字を見て、ファムはニヤリと笑みを浮かべる。
「よし、ノルン達、私達のメッセージに気付いてる……! でも、何でこの草を入れたんだろう?」
「マガリソウか。これ、触れたりすると丸まるんだけど……そう言えば、里でこの雑草がたくさん生えている場所がいくつかあったね。そこから抜いてきたのか……ん?」
カリッサが顎に手をやりながら思考を巡らせていると、ふと気づく。――この木自体に、何か魔法が掛けられていることに。
「この木、魔法の構成とか術式が注入されている。……ノルンちゃんの魔法だね。入っているのは……あぁ、マガリソウがいつ丸まったか読み取る魔法?」
「ってことは、その魔法を使えってこと?」
「かもしれない。私は当然使えるけど、一応念のために、木に覚えさせていたみたいだね」
「どうせ覚えさせるなら、何かメッセージでもくれればいいのに……」
なんでこんなまどろっこしいことを……そう不満を垂れたファムに、カリッサは苦笑いしながら、「まぁ今、それが出来ない状態だから」と説明する。
「里全体に、通話や意思疎通を図る系の魔法を妨害する魔法が掛けられているから、出来たのはこれが精一杯だったんだと思う。……前に会った時から薄々思っていたけど、ノルンちゃんって頭良いよね」
「あったりまえでしょ。伊達に、ミカエル先生の弟子やってないって。……え、何その気味の悪い笑み」
「いや、随分と信頼しているんだなって思っただけ。……って、私の顔、そんな気持ち悪かった?」
「ただでさえ騙されているんだから、どんな顔しても印象最悪だし」
「……ごめん」
途端に申し訳なさそうな顔になったカリッサを見て、ファムはバツが悪そうにそっぽを向く。ちょっと言い過ぎてしまった気がした。
ファムが、自分も謝るべきか悩んでいると、カリッサはマガリソウを見て、首を捻る。
「話を戻すけど、問題は、これが何を意味するのか……」
「あぁ、それなら、ノルンがこの木に仕込んだ魔法のことを聞いたら、私にどう行動して欲しいのか分かったから大丈夫。さっき、マガリソウがいっぱい生えている場所があるって言っていたよね? そこまで案内して――」
とファムがそこまで言った、その時。
「いたぞ! カリッサとサキュバスの女だ!」
「包囲しろ! 逃がすんじゃないぞ!」
「ちっ、囲まれた……! カリッサ、逃げるよ!」
「撒くよ! 私の言う方向へ飛んで!」
ファム達を追っていたエルフ達に、遂に見つかってしまう二人。
(今はまだ、捕まる訳にはいかない……!)
カリッサは心に強くそう思いながら、追ってきたエルフ達へと掌を向ける。
刹那、悲鳴を上げて悶えだすエルフ達。カリッサがアーツから授かったスキル……相手の視界を白く染め上げる『光封眼』のスキルを使ったのだ。
「本当に、そのスキル便利だよね! 行くよ!」
「……ごめん!」
「謝るなら私じゃなくて、ノルンやミヤビ達に謝ってもらうかんね!」
燻る想いを、全力で空にぶちまけたい。そんな思いのまま、ファムはそう叫び、カリッサを連れて飛び去った。
***
ファム達がマガリソウの生えている場所へ向かってから、しばらくして。
時刻は午後八時十分。里の北側。
そこで、細剣同士が激しくぶつかり合う、金属音が鳴り響いていた。
辺りには、気を失ったエルフ達。
その中で激闘を繰り広げているのは――希羅々とデューラ。
「ぬぅ! 人間の少女よ、中々やるな……!」
そう言いながら細剣を振るうデューラ。その顔は険しい。正直、ここまで戦いが長引くとは思っていなかった。
一方で、希羅々の顔にも、冷や汗の跡がある。彼女はデューラの言葉に何も返さないが、希羅々も希羅々で、とっくにデューラを沈めているはずだった。こんなに粘られたのは、希羅々的にも予想外だったのだ。
さらに、
「ふんっ!」
「っ?」
ぶつかり合うレイピアの最中、デューラの反対の腕が動き、希羅々は反射的に大きくバックステップして距離を取る。
直後、放たれるは巨大な光弾。スピードもあり、流石にこれは避けきれない。
「こ……の……っ!」
希羅々はそれを、レイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』を振るって、光弾にレイピアの刃を叩きつける。
魔法特有の、金属とは違う形で送られてくる振動。それに気色悪さを感じながらも、希羅々は体全体を捻り、何とかその軌道を逸らすことに成功。
明後日の方向に飛んでいく光弾。だが、
「はぁっ!」
デューラはもう、目の前に来ていた。光弾を囮にし、一気に勝負を決めに来たのだ。
しかしそんなデューラの表情は、焦りに塗れており、まるで余裕がない。それもそのはず。今の光弾は、あそこまで派手なものにするつもりは無かった。直撃してしまえば、ただでは済まないレベルの威力があったはずなのだ。デューラに希羅々を殺す意図はない。無力化して捕えるのが目的だからだ。
希羅々があまりにも粘るから、つい魔法に力を入れ過ぎてしまった自分の浅はかさ。そしてそれを弾き飛ばした希羅々の力と技術。その二つのせいで、デューラはこの時、冷静な判断力を失っていた。
だから、隙が出来る。希羅々を倒すための一撃を放つ動作、そこに、致命的な『雑さ』が入ってしまう。
その瞬間を、希羅々は見逃さない。
「そこですわっ!」
「っ!」
希羅々の放った鋭い突き。それが、デューラの細剣の、刃の根元に直撃する。
甲高い金属音と共に、弾きあげられる、デューラの細剣を持つ腕。武器を手放さなかったのは、流石長生きしているエルフといったところか。年季が違うと豪語しただけのことはある。
しまったと思うと同時に、デューラの体は、反射的にバックステップしようとしていた。……が、希羅々の動きは、それよりも早い。
右手に持っていたシュヴァリカ・フルーレ。それが、一瞬にして左手へと移動。
希羅々の持つ『アーツ・トランサー』。これにより、アーツを瞬間移動させたのだ。
デューラが何かするよりも遥かに早く、希羅々の左腕による突き攻撃が放たれる。
刹那、訪れる。静寂が。
シュヴァリカ・フルーレのポイントが、デューラの喉元へと突き付けられていた。
レイピアの刃には、血が伝っている。
完全に寸止めとはいかなかった。ギリギリ、切っ先が一ミリ、デューラの喉へと刺さってしまった。
それでも、
「……俺の負けだ」
デューラは無念そうにそう呟き、それを聞いた希羅々が深く息を吐くと、レイピアを振るって血を飛ばし、腕を下ろす。希羅々は地面に座り込むデューラを見つめながら、ハンカチを取り出し、彼に差し出し口を開いた。
「だから、あまり強い相手とは戦いたくありませんでしたのに。喉、大丈夫ですの?」
「負かした相手の心配か。不思議な女だ。……キキョウインキララといったか。覚えておこう。喉なら平気だ。男なら、よくある」
「ならいいですが……。あなた、グラナスタさんとおっしゃいましたわね。まだ魔法が使えるでしょうに。負けを認めるのは、まだ早かったと思いますが」
言った後で、希羅々は微妙な顔になる。これでまた立ち上がったら面倒なことこの上無いのに、自分は一体何を言っているのかと思ってしまったのだ。
だが、デューラは力の無い笑みを浮かべると、首を横に振る。
「細剣の勝負で敗北を喫した。ここで抗おう等、流石にみっともない。……それに、そちらにもまだ隠し玉があるように見受けられたが」
「スキルのこと、勘付いていらっしゃいましたのね。……あら?」
会話していると、遠くから知った顔がこちらにやって来るのが見える。
金髪に白いエナン帽、白衣のようなローブと、赤い宝石の付いた白い杖。ミカエルだ。
若干の怪我はあるが、普通に動けているところを見ると、エルフの大群相手に充分な戦果を挙げたようだ。そんな彼女の顔を見るに、どうやら何か話がある様子だと希羅々は思った。
案の定、こちらに来るや否や、ミカエルは大慌てで口を開く。
「キララちゃん。――作戦、上手くいったわ! でも、もうひと頑張り必要よ」
「もうひと頑張り? ――成程。そういうことでしたか」
ミカエルから見せられた、あるものを見て、希羅々が露骨に面倒そうな顔をする。
この騒ぎの中、ミカエルの言う「もうひと頑張り」するのは、中々に骨が折れる話だから。
さて、どうしたものか……希羅々は一つ、深い溜息を吐くが、すぐに「あっ」と声を上げて、座り込んだデューラへと目を向ける。
デューラもそれに気づき、舌打ちをした。
「キキョウインよ。俺は負けたが、お前達に利用される程、落ちぶれた真似をするつもりはない。何かさせようというのなら、この舌を噛み切って死んでやる」
「落ち着いてくださいまし。どうするかは、こちらの話を聞いてからでも遅くはありませんわ」
そう言うと、希羅々はデューラに説明を始める。
――今、この騒ぎの裏で、何が起こっているのかを。
***
午後九時二十三分。
里の西側には、森の中にひっそりと隠された洞窟がある。それこそレイパーがまだいなかった大昔は、もう少し先にある山へと続いていたのだが、当時あった大規模な戦争の影響で埋まり、それをここ最近、エルフがくり抜いて作られたもの。
その洞窟に入る、独りの影。
辺りをしきりに確認するその様子は、明らかに人目を気にしている。それはまさに、人の家に泥棒に入り込む時のよう。月明り以外に灯りがない頃合いを狙ったことからも、それが伺える。
遠くでは、騒ぎの声が薄ら聞こえてくる。里の外れまで聞こえてくる等、余程だ。下手人の二人、そして牢屋から脱走した者達を捕まえるため、エルフ達が総出で奮戦しているのだろうと、そいつは思った。
丁度よい。本来なら洞窟の周りに監視に来ているエルフも、この時ばかりはいない。脱走者が相当に手強く、捕まえにいったエルフが次々と倒されているため、人手が足りなくなってしまった。デューラもやられたという連絡が入り、誰もが相当に慌てている。
今が好機と、その人物は中に入っていった。
洞窟の中は真っ暗だ。それでも、そいつの足に迷いはない。中の構造は完璧に把握しているため、灯り等必要無いのだ。
そして、奥へと進むにつれ、次第に見えてくる淡い光。徐々に視界に広がってくる、洞窟のゴツゴツとした壁面。
そこは、広い空洞エリア。そして――
中央に鎮座するは、高さ六メートル近くもある、巨大な鉱石。コートマル鉱石だ。
赤く照らされた洞窟内で、侵入者は僅かに口角を上げた。エルフが管理しているこれを求めて、そいつは洞窟内に侵入したのだから。
元々、この洞窟の警備は大して厳重でも何でも無い。普段は一時間に一、二回、チェック係が来るだけ。重要なはずのこの鉱石が、こんなに雑な管理なのは、長年これを守ってきたことから来る慢心が故。長年の経験の、悪いところが現れたというところ。
侵入者はコートマル鉱石に近づくと、鉱石の目立たない部分を採掘の魔法で少し削り、持っていた麻袋に入れていく。その手慣れた動きは、今回が初めてでないことを示していた。
そして、麻袋が一杯になると、それを持って素早く洞窟を出て――
「それを持ってどこへ行くの? ――アラマンダ」
出た直後、横から厳しい声が聞こえてくる。
そこには、洞窟の入口近くの岩肌に背中を預け、腕組みをしたカリッサが……自分の弟、アラマンダ・クルルハプトを睨みつけていた。
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