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第505話『符丁』

「あ、あった! ファムの羽根!」


 森の中。


 木の幹に突き刺さっている()()を見つけたノルンが、声を上げる。


 白い羽根……ファムの使うアーツ『シェル・リヴァーティス』のものだ。


 しかも、


「よし、これで八枚目。結構色んなところにありますね。それに、抜け落ちたって感じじゃなくて、わざと残している感じ」

「ファムちゃんも、こっちに何かメッセージを送るつもりがある……これなら、何とかなるかもしれません!」


 雅とライナも、互いにそう頷き合う。


 カリッサと一緒に行動しているファム。しかし、ただ逃げ回っているだけではなく、こうしてあちこちに自分の痕跡を残していたのだ。それを運良く、ノルン達が見つけたというわけである。


 そして――


「……っ、師匠たち、派手にやっているみたいですね」


 ノルンが、里の北側の方を見てそう言う。




 そこでは、火球が空を舞い、小さな爆発が巻き起こっていた。離れたこの場所にすら、エルフ達の怒号が聞こえてきそうだ。




「向こうは上手くやっているっぽいですね。ちょっと心配ですけど……」

【ユウとキララが、少しウズウズしていたもんね……。まぁ流石に、死者を出すようなことはしないはずだけど……】


 雅の言葉に、カレンがどこか、自分の言葉を今一つ信じきれない声色でそう言った。


 二手に別れた雅達。雅達がファムとカリッサの行方を追い、ミカエル達はエルフの誘導を担当している。今まで牢屋に閉じ込めていたはずの者達が暴れ出したからか、エルフ側は混乱しているようだ。


【きっとミカエルさんが上手く宥めているだろうけど、あの人も少し鬱憤溜まってそうだったしなぁ……】

(だ、大丈夫ですよ。こんな時に、ミカエルさんまで暴走するとは思えませんって。ノルンちゃんもいるんだし)

【でも、そのノルン、牢屋に放り込まれたじゃん。内心じゃ、相当頭に来ていると思うけど】

(……まぁ、それは何となく、そんな気はしていますけども。って、ほら、それよりも()()()、探さないとですよ!)

【おっと、そうだった!】


 カレンと雅がそんなやりとりをする隣で、取り敢えず、作戦が機能しているようで安心だと、ライナはホッと一息吐く。


「ファムちゃん達も、あれなら私達が牢屋を脱出したことに気付いたはず。自分の残した痕跡に、私達が気付いたかもと思ってくれれば……」

「あった、マガリソウ。じゃあここにも……」


 側に生えていた草――一見すれば、ただの雑草だ――を一本引き抜いた雅。


 木の幹から羽根を抜き取り、変わりにそこに、マガリソウの茎を捻じ込んだ。


 そしてアーツを使い、切っ先で幹に()()()()を刻む。


「ノルンちゃん。魔法は?」

「……よし、掛けました。次、探しましょう!」

「でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 魔法が使えない側からすると、中々高度なことをやっているように見えてしまって……」


 木の幹に手を当てて、目を瞑っていたノルンに、ライナがおずおずとそう尋ねる。


 ノルンは「もう、まだ言っているんですか?」と言って、少し不満そうに頬を膨らませる。




 ノルンは今、()()()()()の術式や構成を、物体……今なら木に、記憶させていた。




「カリッサさんなら、多分大丈夫。私がこの木に残した記憶くらい、ちゃんと読み取れますよ。そもそもこの魔法、大して難しくもないですし、もしかすると教えるまでもなく、カリッサさんも使えるかもしれません。――って、この説明、もう何回目ですか」

「あ、あはは、ごめんね? 疑うつもりはないんだけど、やっぱり不思議で……」

「まぁ、傍から見れば、妙な光景でしょうけど……。それにしても、人工レイパー、出てきませんね」


 ノルンが辺りを見回しながら、そう眉を顰める。


 里がこれだけの騒ぎになっていれば、何かしらのアクションくらいしそうだと思ったのだが、こうも何も無いと不気味だ。いや、姿が見えないだけで、何かしているのかもしれないとも思ってしまう。


 ライナも同じ気持ちのようで、辺りを見回し怪訝な顔で口を開く。


「ユウさんがいれば、『エリシター・パーシブ』のスキルで一発で分かるんですけど……。ほら、カルムシエスタ遺跡の時も、同じように居場所を特定したじゃないですか」

「そうは問上手くいかないかもしれません。相手は人工レイパー。人間態だと、スキルが感知してくれないようですし。そのことを、向こうが知っているかどうかはさて置きですが」


 雅も困った顔になる。彼女も索敵のスキル、『エリシター・パーシブ』は使えるが、優と違って一日一回だけしか使えない。これはスキルを使って見つからなかった場合も例外ではなく、一回としてカウントされてしまう。


 そうなると、近くに敵がいるかもしれないと、ある程度確信を持った時でなければ使い辛いのだ。普通のレイパー相手ならともかく、人工レイパー相手となると、先に言った問題点もあるため、気軽に使えない。


「……まぁ、今は幸い、ノルンちゃんと私の『未来視』のスキルがあります。私の方は運が絡んできますが、これで何とかするしかないですね」

「私、一応、少し辺りを確認してきますね。すぐ戻ってきます」

「ええ? いや、悪いですよ。私達も一緒に――」

「大丈夫です!」


 ノルンは雅の言葉が終わる前にそう言うと、任せろと言うように軽く胸を叩いて、離れて行ってしまう。


 後に残るは、雅とライナだけ。


「ノ、ノルンちゃん、どうしたんでしょう?」

「あー……多分、気を遣われたのかもしれません」


 ポカンとする雅に、ライナは苦笑いを浮かべる。その言葉に、雅はさらに『?』を浮かべた。


 今日、ルーフィウスの調査をする際、雅と一緒に回れなくて拗ねていたライナ。一緒に行動していたノルンは、当然そのことを知っている。


 何もこんな時に二人きりにしなくてもいいとも思ったが、適当な口実を付けるには打って付けのタイミングだったのだろう。


 いや、それだけではないのかもしれない。


「……もしかしたら、少し一人になりたいっていうのもあるかも」

「……そっか。ファムちゃんのこと、不安ですもんね」


 騒ぎから少し経って、ちょっと頭が整理出来てしまったことで、言いようのない不安が湧いてくるものだ。心を落ち着ける時間は、どうしたって必要になろう。


 そう思った雅は、軽く息を吐くと、口を開く。


「そう遠くに行くこともないでしょうし、少し待ちますか。……ところで、あの、さっきの言葉は一体……?」

「あ、いえ。こっちの話です。……まぁ、ミヤビさんと少しお話したいこと……っていうか、確認したいことって言えばいいのかな? そういうのはあったんですけど。直接会って話せるタイミング、最近は無かったから」

「ライナさんも仕事の都合があって、物理的に、距離が離れていましたからねぇ。……それで、確認したいことって?」


 どうも、ただ雑談をしたいというわけでは無さそうだと思いながら、雅はそう尋ねる。


 すると、ライナは「あー……」と小さく呟き、やや躊躇いがちに続けた。


「その……ミヤビさん、大丈夫かなって」

「えっ?」

「いえ、元気無さそうだから」

「えっと……そう、ですかね?」


 自分ではそんなつもり無いのだが、と、雅は呆気にとられる。


 しかしライナは、「ほら、やっぱり声に、ハリが無いじゃないですか」と困ったように即答する。


 そして、


「ミヤビさん。私達……ちゃんと、ミヤビさんの仲間ですから」

「……ライナさん?」

「何となくですけど、きちんとミヤビさんには言葉で伝えた方がいいんじゃないかと思って……。ミヤビさんが元気ない理由、想像が着きますし。――歴史改変のせい、ですよね?」

「…………」


 口を噤んだ雅を見て、ライナは自分の想像が正しいことを確信する。


 歴史が変わり、人工レイパーがパワーアップしてしまった。今後の敵だけではなく、()()()()()()()も。


 そのせいで、皆の記憶と、雅の記憶に差異が出ている。どの戦いも、相当に厳しかった。だが雅の記憶以上に、皆はキツい戦いをしていた。




 きっと雅は、自分だけ置いていかれてしまった気がしているのではないか? ライナは、そう思ったのだ。




 だが、


「……私達の記憶の中にも、きちんとミヤビさんがいます。ミヤビさんの記憶とはちょっと違うかもしれませんけど、ひたむきで、歯を食いしばって、皆と助け合って敵に立ち向かうミヤビさんの姿が。それは、敵が強かったとかどうだとか、そんなことで変わりませんよ。だから、疎外感とか、感じる必要なんて、全然ありませんから」


 それだけは、分かって欲しい――ライナは、そう締めくくる。


 雅は何か言おうとして口を開くが、言葉が出てこない。自分でも何を言おうとしているのか、よく分からなかったから。


 湧き上がる気持ち。それを言葉にする方法を考えていると、


「二人とも、こっちは大丈夫です! 次、行きましょう!」


 ノルンが戻ってくる。


 ライナは、「じゃあ、行きましょうか!」と、雅の手を引いてノルンの方へと向かっていった。


「……ええ!」


 ちょっと早いライナのスピードに、少しつんのめりそうになってしまう。


 何とか着いていく雅。だがその足取りは、少しだけ軽かった。

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