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第504話『疑企』

「……あー、思ったんだけどさ。そもそもの話、カリッサさんの依頼って、マジな話だったのかな?」


 牢屋を脱出した後、一旦森の中に身を隠した一行。少し落ち着いたところで、優が顔を顰めてそう切り出す。


「私達はあれこれ証拠集めしていたけど、その間、カリッサさんが何をしていたのか分からないよね? それに、こう言っちゃ難だけど、一緒に行動する相方にファムを選んだっていうのが気になるっていうか……」

「言われてみると、確かにそうですわね。身を隠して行動している以上、飛行能力が欲しかったわけでも無さそうですわ」

「……ん? なら、ファムは巻き添えを食ったってことですか?」


 ノルンの言葉に、優は「多分」と言って、控えめに頷く。


「私が推測するに、カリッサさんは、本当は何か別の目的があって、今回の依頼ってただのカモフラージュなのかなって思う。んで、ファムが偶然その現場を目撃しちゃったから、仕方なく付き合わされているのかも。まぁ、その目的が何なのかは分からないけど……」

「……さがみん。それってつまり、カリッサさんが私達を騙したってことですか?」

「ただの推測だから、確証はない。けど、みーちゃんは信じたくないかもしれないけど、頭の片隅には置かないといけないでしょ」


 咎めるような目をする雅に、優は、言葉は曖昧ながらも、釘を刺すように真っ直ぐその目を見てそう言う。


 雅は反射的に反論しようとするが、言葉は出てこない。


 正直に言えば、薄々そんな気はしていた。カリッサは、どういう訳か、完全に自分達を信じ切ってはいない。だからこそ、彼女の持つ『光封眼』のスキルが使えないのだから。


 すると、


「……まぁ、彼女が私達を騙すつもりだったにしても、完全に悪意百パーセントって訳じゃないと思うわよ」


 ミカエルが、妙な空気になった二人を宥めるように、そう声を掛ける。


「どうしてそう思うんですか?」

「だって、ファムちゃんが協力しているでしょう? 本当に悪意があるのなら、彼女が手を貸すとは思えない」

「……むむむ、それもそうか……」


 言われてみると確かに、と、優は頭を掻く。


「あー……みーちゃん。何というか、その……」

「……いえ、分かっています。私も、ちょっと思考が逃げに走っていたかもしれません」

「まぁ、ユウさんの視点も大事だと思いますよ。何らかの形で、ファムちゃんが協力せざるをえない状況に陥っている可能性はゼロでは無いです。カリッサさんが信用できる証拠が見つかるまで、疑いの気持ちはあって然るべきだと思います」


 ライナが、優の肩に手を置いてそうフォローする。ヒドゥン・バスターである以上、ここで完全にカリッサを信用することは出来ない。雅には悪いと思いながらも、ライナの意見は、かなり優寄りだ。


 すると、


「……ま、別にいいのではありませんの。疑っても信じても、どちらでも」


 希羅々が、ボソリとそう言い出す。


 どういうことかと皆が彼女を見ると、希羅々は「何を不思議に思うのか」と言いたそうな顔で、肩を竦めた。


「どっちにせよ、クルルハプトさん達のことは探すのでしょう? そこで白黒付ければ済む話ですわ。束音さん的に彼女のことを信用したいのなら、それまでは信じていても、別に問題無いと、(わたくし)は思います」

「……希羅々ちゃん。ええ、その通りですね。ありがとうございます」

「全く……さて、それじゃあ手筈通りに動きますわよ」


 希羅々の言葉に、コクンと頷く雅達。


 牢屋から出た後、カリッサとファムの意図を、どうやって知るのか、案を出していた。


 今、通話や宅配の魔法といった、ファムやカリッサと繋がる類の魔法は使えない。……が、実は何とか出来る手立てがある。


 ただこれには、ファム達が、雅達の「連絡を取りたい」という意図に気付かなければならない。ここから先は、そのための行動だ。


 上手くいくかは賭け。そして、大きな懸案事項もある。それは――


「問題は、人工レイパーですよね。どうやって退けます? 一回戦いましたけど、正直、どうやって戦えばいいのか……。ライナさんが分身を大量に出しても、敵は本体の位置を正確に把握していましたし」

「あぁ、大丈夫、ノルンちゃん。――そっちのカラクリは、なんとなく解けたし」


 ノルンの疑問に、ライナがそう答える。……しかし、その顔はあまり明るくないが。


「私、前にあいつの粘液をモロに受けちゃったんだよね。その時は何とかしたんだけど、その後、シャロンさんに『何か変な臭いがする』って言われたの」

「変な臭い? でも、全然そんなことありませんよ? ……あぁ、そっか。シャロンさん、鼻が利くから」


 人間には分からないが、竜には何となく分かったようだ。


 その後は段々臭いが薄れてきたのか慣れてきたのか、シャロンも特に何も言わなくなっていたからライナももう忘れていたのだが、今回の一件で、ふとそれを思い出したのである。


 そう、もしかするとあれは――


「多分、あの粘液は、マーキングのものでもあるのかもしれません」

「成程……臭いを辿って、ライナちゃんに攻撃していた、と。だとしたら驚きね。あれから、三ヶ月近く経っているじゃない」

「ええ、まだ臭いが残っているのかって感じです。ただ、それが正しいとしても、何か対策があるのかと言われると、何も思いつかないんですけど……。正直、今回は戦闘面では、私は役に立てそうにないです」


 分身で攪乱しながら攻撃をするという戦闘スタイルである以上、今回はあまりにも相性が悪い。これが、ライナの顔が渋い理由である。


 だが、


「……それ、逆に利用出来ませんかね?」


 雅がふと思いついた、とある考え。


 彼女が、顎に手をやりながら、それを説明する――。




 ***




「さて、それじゃあ二手に分かれましょう。ノルン、ライナちゃん、ミヤビちゃん、そっちは頼むわよ」

「ええ、師匠たちも、お気を付けて!」

「皆さんも、あまりやり過ぎないように」


 これからやることに苦笑いを浮かべながら、雅はミカエル達――特に、好戦的な目をする優と希羅々に向けてそう声を掛ける。


 最も、二人とも「はいはい」と言うばかりで、まともに聞く気は無さそうなのだが。


「……私の方で、何とか制御するわ」

「すみません。お願いします」


 優と希羅々に対して呆れた目を向けるミカエル。小声で雅にそう囁くと、雅も溜息を吐いてそう頼むのだった。

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