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第503話『脱獄』

 五月十一日土曜日、午後六時五分。


 サウスタリアの東の森、エルフの里。そこの外れには、牢屋がある。


「こんのぉっ!」


 鉄格子の檻のように、木造の壁と、木で出来た格子に囲まれた部屋。そこで、ノルン・アプリカッツァが、跳ねた前髪と緑のロングヘアーを靡かせながら発した、気迫の籠った声が轟く。


 手には、先端に赤い宝石が付いた、節くれだった黒いスタッフ。ノルンの持つ杖型アーツ『無限の明日』だ。それを振るって放たれるは、ノルンの得意魔法である、緑色の風を集めて作った球体。


 それが、木の格子に命中するが――


「あぁっ! もう!」


 悔しそうなノルンの絶叫。魔法は格子に当たると、呆気なく霧散してしまったのだ。


「何度やっても無駄だ! その格子には、魔法を消し去る力が、長によって付与されている! 唯一効果が発揮されているのは、その格子の強度を上げる魔法のみ! 大人しくしている方が賢明だぞ!」


 エルフの一人が、ノルンに対して苛立たし気にそう吐き捨てる。ほうれい線が少しばかり目立ってきた彼は、里のナンバーツー。つまり、長の次に偉いエルフだ。


「くっ……!」

「いい加減に諦めて、あのファム・パトリオーラという女の居場所を教えろ! そうすれば、すぐにここから出会られるんだぞ!」


 エルフの言葉に、ノルンはキッっとした目を向けるが、エルフは怯まない。


 すると、


「……ノルン。一旦落ち着きなさい」

「師匠っ? ……くっ!」


 ノルンの師匠、ミカエル・アストラム。金髪ロングにエナン帽、そして白衣のようなローブといういつものスタイルの彼女は、いきり立つノルンに、やや窘めるような声色でそう言ってくる。


 文句を言おうとしたノルンだが、ミカエルの目を見て、肩を落とした。ミカエルの目は、こう言っていたのだ。「この状況をどうにかしたいのなら、まずは頭を冷やしなさい」と。


 ノルンはもう一度エルフを睨んでから、渋々ミカエルの元へと戻る。


「なんだ。そこの研究者、教える気になったのか?」

「生憎、ファムちゃんの居場所は私達も知らないわ。連絡もとれないし」

「見え透いた嘘を……!」

「嘘じゃないです!」


 ミカエルに胡乱な目を向けたエルフにそう叫んだのは、束音雅。桃色ボブカットの彼女は、額に汗を浮かべながら、「信じて下さい!」と頭を下げる。


 それを見たエルフは文句を言おうとしたが、何か思うところがあったのかそれを止めると、鼻を鳴らし、「また後で来る」と言ってどこかへと行ってしまった。


 それを見届けたミカエルは、軽く息を吐くと、「さて」と切り出す。


「皆、ごめんなさい。私が着いていながら、こんな事態になってしまって……」

「仕方ありませんわ。誰にも予想出来なかったのですから」


 ミカエルをそうフォローしたのは、桔梗院希羅々。自慢のゆるふわ茶髪ロングを手で払い、さも余裕そうな顔をしているが、手が少しばかり震えている。強がりなのは、誰が見ても明らかだ。これからどうなるのか……彼女も不安なのだろう。


 最も、それを突っ込む野暮な人間は、ここにはいないが。


「……一旦、状況を整理しませんか? 正直、何が何やら分からないので、頭の中だけでも整理したいです」

「みーちゃんの意見に賛成。最低限、何が起きているかだけでも把握したい」


 相模原優。黒髪サイドテールの彼女が、腕組みをしながら壁に寄りかかり、苦虫を噛み潰したような顔で頷く。


 すると、その隣で、銀髪フォローアイの少女、ライナ・システィアも「そうですね」と同調した。


「このままここにいるのが最良なのか、無理矢理にでも脱出すべきか、そこが分からないと打つ手がありません。まずは作戦会議です。このドタバタで報告しそびれてしまいましたが、人工レイパーが出現しましたし……」

「なんじゃそりゃ! え、嘘でしょ? こんな時に?」

「と、とにかく、まずは起きたことを時系列順で纏めてみましょう。少しは分かるはずです」


 雅がそう言いながら、ULフォンを起動させる。


 だが、


「待ってミヤビちゃん。ULフォンは、使わないで」

「えっ?」

「エルフからすれば、未知の機械よ。余計に怪しまれるわ」

「おぉぅ……。ミカエルさん、ありがとうございます」


 言われてみれば確かにと、雅は天井を仰ぐ。


【ミヤビ、そこの隅に木の枝が落ちているよ。地面は土だし、それで書けばいい】


 雅の中のカレンがそう提案してくる。その言う通りにして、雅は事柄を地面に書き始めた。




・ひと月ほど前:カリッサさんから、『エルフの長の、薬物使用』に関して調査して欲しいという依頼がくる。

・今日の十一時半から十五時半頃:エルフの里で調査。四組で証拠を集めていた。

・続々と証拠になりそうなものが集まる。

・十四時四十分頃:ライナさん、ファムちゃん、ノルンちゃんの組で調査していたが、途中でファムちゃんが離脱。

・十五時頃:ライナさんとノルンちゃん、人工レイパーと交戦。前にカルムシエスタ遺跡で戦った、姿が消せる敵。

・十六時二十分頃:交流会の会場で、騒動発生。ファムちゃんとカリッサさんが、何かやらかしたっぽい。

・エルフから、実はエルフ一族が、コートマル鉱石の管理者であることを教えてもらう。

・ファムちゃんがカリッサさんを操って、コートマル鉱石を盗もうと画策したと疑いが出る。

・十七時二十分頃:関係者である自分達、投獄。




「――こんなものですかね? ミカエルさん、ライナさん、補助ありがとうございます。時間まできちんと覚えていてくれて、助かりました」


 一通り書き終わった雅が、全体を眺めてそう呟く。


 元々の目的が目的だけに、ミカエルもライナも、一応時間を定期的にチェックしてくれていたのだ。


 さて、それはそうとして、だ。


「書いていたら頭の中も整理出来るかなって思っていたんですけど、謎が深まるばかりです。なんでこんなことになったんですかね?」


 雅が腕組みして、眉を顰めて首を傾げる。


【まずは、それぞれの目的が何なのか、じゃない? それが分からないから、何もかもが不明ってなっているんだと思う】

「……成程。確かにそうかも。ファムちゃんやカリッサさん、それに人工レイパーが、何の為に動いているのか、まるで分からないのはその通りですね。……この中だと、分かりやすいのは人工レイパーの目的でしょうか? 十中八九、コートマル鉱石ですよね?」


 カルムシエスタ遺跡でも姿を見せた以上、狙っているのがコートマル鉱石だというのは想像が着く。流石にこれは、間違っていないと思えた。


 となると、


「ん? なら、パトリオーラさんとクルルハプトさんは、人工レイパーを止めるために動いていると考えられませんこと? どこかで人工レイパーを見つけて、それを追っているとか?」


 そう希羅々が推理するが、ミカエルが「それはどうかしら」と言って、思案顔で首を横に振る。


「もしそうなのだとしたら、ノルンやライナちゃんが人工レイパーと交戦している時に、加勢するはずよ。でも二人は、こっそり動いている。それが違和感があるのよね」

「せめて、ファムちゃんが何をしようとしているのかだけでも知りたいんですけど……」

「拘束されているこの状況じゃ、調べようがありませんよね……」


 がっくりと肩を落とすノルン。


 ファムとて、こんな状況になっているのは大体分かるだろう。それならば、何かしらの形でメッセージを送っていると考えるのが自然なのだが……。


「ファムちゃんと連絡を取りたいけれど、それも出来ないのよね……」


 眉を顰めるミカエル。


 事件が発覚した後から、通話の魔法が使えなくなっていた。妨害の魔法が、辺り一帯に掛けられているのだ。


「……まずは二人の目的を知るということなら、一旦牢屋を出るということでいいですよね?」

「え、ライナさん? ……でも、どうします? この格子、壊れませんよ?」


 ライナの言葉に、ノルンが格子を見つめてそう尋ねる。魔法で強度を上げているせいか、木製とは思えぬ頑丈さだ。だからこそ、ここにいる一行は、アーツを没収されることなくここに入れられていた。


 しかし、


「まぁ、取り敢えず脱出だけなら何とかなります」


 雅はそう言いながら、壁の天井際の隙間を見つめる。


 恐らく換気用なのか、子供一人がギリギリ通れるサイズの穴が開いていた。そこからなら、外に出ることが可能だ。


 魔法が封じられているこの中では、普通の子供なら、あの高さまで昇ることは出来ないが、雅は別。


 さらに、牢屋の外の通路には、ここの鍵もかけられていた。


 雅は「ちょっとだけ、外を見張っていてください」と言うと、壁を上って穴の淵に手を引っかける。すると、彼女の体が光り輝き、背丈が縮んでいった。


 現れるは、五歳の雅。


 これは、体を若返らせる『春巡(タイムリープ)』。仲間のスキルを、一日一回だけ使える雅のスキル『共感(シンパシー)』で、発動したのだ。


「うぐぐ……いがいとせまい……けど!」


 無理矢理体を捻じ込み、髪や服を汚しながらも前に進む雅。


 そして――


「お待たせしました! 牢屋の外、今は丁度、見張りもいません!」


 首尾よく外に出た雅は、体のサイズを元に戻し、牢屋の鍵を開ける。


「ミヤビさん、お疲れ様です。後は、怪しまれないように――」


 ライナがそう言うと、牢屋の中にある影から、五人のライナが出現する。スキル『影絵』で創り出したものだ。


「喋れる人が一人欲しいです。ミヤビさん、お願い出来ますか?」

「オッケーです」


 雅もそう言うと、同じく『影絵』を使い、牢屋の中に、もう一人の雅を呼び出した。


「後は、ここをこうして――」


 牢屋の中にある毛布等を上手く分身達に引っ掛け、隅っこの方に座らせるライナ。


 パッと見た限りでは、閉じ込められた雅達が、隅っこで大人しくしているように見える。これで、雅達が脱出したことを、少しでも誤魔化そうという心づもりだ。


 一応、分身雅と分身ライナは、本物と見分けがつかない。分身雅が喋れるため、何とかなるだろうと思ったのである。


「よし、それじゃあ、まずはファムちゃんとカリッサさんの目的を探ることからね。人工レイパーには気を付けて」


 ミカエルがそう言うと、皆は頷いて、抜き足差し足忍び足で、その場を後にするのだった。

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