季節イベント『夫婦』
ちょっと早いですが、11/22は『いい夫婦の日』なので。
『容器』と『女顔』も読んでいると、より楽しめると思います。
「くっそぉ……。馴れ初めの話、教えてもらえなかった……! めっちゃ聞きたかったのに!」
ある日の相模原家。夜。
優が自室のベッドに、背中からダイブしながら悔しそうな声を上げる。いつもは黒髪サイドテール姿だが、もうそろそろ寝る時間。流石に髪は解いていた。
実はつい先程まで、優一の昔話を聞いていたのだ。雅の父、束音潔との出会いの話を。
その話の流れで、自分の両親――優一と優香の馴れ初めの話を聞かせてもらおうと思ったのだが、優一に「子供は早く寝なさい」と強引に打ち切られてしまったのである。
少し前に優香からも、雅の母、嬋との出会いの話も聞き、どちらも結構盛り上がっただけに、優一と優香の馴れ初めも絶対に面白いはずだと確信していたのだが、断られては残念極まりない。
かといって、これで諦めきれるはずもない。
(明日は休日。お父さん達も、仕事。……やるか)
こうなったら、自力で調べてやろう。そんな熱意が一体どこから来るのやら、優はそう決心し、眠りにつくのだった。
――そして、次の日の午後四時。
「ユウさーん、お邪魔しまーす」
相模原家を訪れたのは、ライナ。銀髪フォローアイの異世界人だ。そんな彼女は、手にタッパーを抱えていた。空のものと、漬物が詰まったものの二つだ。片方は優からのおすそ分けで貰っていたタッパーであり、返すと同時に、束音家からも漬物のおすそ分けというわけだ。
鍵は開いていたので、普通に入って声を掛けたライナだが、
「あー! ライナさん! 丁度いいところにっ! ちょっとちょっと、こっちにカモーン!」
「えっ? どうしたんですか?」
「いいからいいから!」
何時になくハイテンションな優が、階段の踊り場から顔を覗かせ、手招きをしてくる。
どうやら部屋に来いということらしいと、ライナは一体どうしたのかと思いつつも、家に上がった。
そして、優の自室へ招かれる。優が「ちょっとお茶とか用意してくる!」と言い、ライナが「お構いなく」と定番のやりとりをする。
全体的には綺麗だが、ところどころ物が出しっ放しになっている等、整頓の詰めの甘さが目立つ室内。ライナもここら辺は似たような感じなので、妙な居心地の良さを感じていると、優が烏龍茶とお菓子の入ったお盆、そして小脇に、何やら分厚い本を抱えるという危なっかしいスタイルで戻ってきた。
「ねぇねぇ、ちょっと一緒に見て欲しいものがあるんだけどさ!」
部屋の中心にある丸テーブルに、雑にお茶を配りつつ、どこか浮ついたような様子で、優がそう切り出す。
「随分テンション高いですね。その本が理由ですか?」
「そのとーり!」
そう叫ぶと、優がテーブルの上にドンっと本を置く。どうやらアルバムのようだ。
「これ、お父さんとお母さんのアルバム! さっき見つけたんだ!」
「ユウイチさんとユウカさんの? なんでまた?」
「いやー、実はさ――」
優が、前に聞いた、自分の両親と雅の両親の馴れ初めの話を、ざっくりと聞かせると、ライナが「ええっ?」と驚いた。雅と優が幼馴染なのは知っていたが、両親まで付き合いがあるとは、随分と世界は狭いものだなんて思ってしまう。
「で、絶対うちの両親の馴れ初めも面白いはずだって思ったからさ。聞き出そうとしたんだけど教えてくれなくて。だから自分で調べていたら、こんなもの見つけちゃったってわけ。表紙のタイトル見ると、デートとかの記念に撮った写真っぽい!」
流石に一人で見るのは勇気がいるため、誰か一緒に見てくれそうな相手を呼ぼうと思っていただのだが、そこにライナが来たというわけである。
「でも、良いんですか? 勝手に見ちゃって。怒られません?」
「大丈夫大丈夫! 今うちの親、仕事でいないし! ちゃんと元あった場所に返しておけば万事オッケー! よし、早速見よう!」
「怒られても知りませんよ」
そう言いながらも、ライナも前のめりになって、アルバムを見つめる。ぶっちゃけ滅茶苦茶気になった。
そして、表紙を捲った瞬間、見開きに若き日の優一と優香が出てきたのだが――
「――ぶっ!」
「……んふふ」
女装した優一と、男装した優香が、妙にカッコつけたポーズでキメ顔をしていた。
「くふふ……ぷくく……ヤバ、お腹痛いんだけど!」
「なんでいきなりこんな写真載せてるんですか……ふふふ……」
優とライナが、揃って口元に手を当て、そっぽを向いて笑いを堪える。
あまりにも卑怯な不意打ち。笑うなと言う方が無理があった。
「えーっ? なんでっ? お母さんはともかく、お父さんはなんで女装してんのっ? うっそでしょ!」
「普段のユウイチさんからは、とても考えられませんよ! ユウカさんはともかく!」
「しかもなんかノリノリだし! でも全然に合ってないわー! なんでこんなこと――あっ、そうか! 潔さんのせいだ!」
「イサギさんって、ミヤビさんのお父さんですよね? あっ、女装癖があるんでしたっけっ?」
「そうそう! 多分、潔さんに誘われて、なんかそういうコスプレ会場的なところに連れていかれたんじゃないっ? これきっと、その時の写真だ!」
「見て下さいユウさん! 写真の下に、撮影者のイニシャルが書かれています! 『T・I』……タバネイサギ、ってことですよね!」
「ビンゴぉ!」
一ページ目から、大はしゃぎするユウとライナ。
夢中で次のページを捲ると、そこからさらに、この女装と男装のメイキング写真が載っている。写真の端っこに嬋が映っている辺り、この時は四人で一緒に遊んだのだろう。
しかしこの写真を一ページ目に持ってくるのは、一体どういうセンスなのやらと思う優とライナ。
「お二人、この頃から付き合っていらっしゃったんでしょうか?」
「多分、そうじゃない? じゃなきゃ、こういうアルバムには載せないだろうし……後ほら、この腕輪のアクセ、二人ともお揃いだし。これ、ダブルデートな気がする」
写真の日付は、優一が大学生三年かそこらの頃辺りだ。知り合ったのが大学二年生の頃だと言っていた優一の発言も踏まえると、優一も優香も、知り合ってから付き合うまでは早かったらしい。
「もしかして、初デートだったとか、そんな感じだったり?」
「いやー、初デートで女装はないでしょー! あり得ないって! それに、初デートならもっと緊張してそうじゃない?」
「それが、ある点を境に急に自然体になれる時があるんですよ! これだけ面白いことやってる時なら、緊張も吹っ飛ぶ気がします!」
前に雅とデートした時のことを思い出しながら、ライナが語る。あの時も緊張した時は何度かあったが、デートで行った、フォルトギアの観光名所の高い塔、スカイ・プロップの歴史展示のエリアでは、いつもの自分ではしゃげたのだ。
しばらく、この写真が『初デートなのか否か』について熱い議論を交わしていた二人だが、アルバムの先は長い。「取り敢えず先を見よう」と切り上げ、ページを捲る。
そこからしばらくは、社会人になった二人のデート写真が続いていた。
二人とも基本的に警察や科捜研の仕事で忙しいからか、デートの回数自体は少ないようだが、その分写真は多めに撮っていたらしい。
「なんか、こうして見ていると、その時の様子とかがよく分かりますね……」
「忙しいからか、県内の近場でのデートが多かったみたいだね。いやー、でもこういう普通の写真じゃなくて、もっと面白いの無いかな? 出来れば、お父さんがもっとはっちゃけている写真とか見たいんだけど」
「ユウイチさんでしょう? この歳になると、いくらなんでもそんなことは――んっ?」
「え、何どうしたの? ――っ」
次のページを捲る途中で目を点にしたライナに、優が頭に『?』を浮かべたが――写真が目に入ってくると、顔を真っ赤にし、勢いよくページを戻す。
そこには映っていた。――優一と優香の、ベッドシーンが。
「な、な……」
優は口をパクパクさせながら、声を震わせる。
「なんてもん……載せてんのぉっ? うわー! やめろぉ! 脳裏にこびり付いた! これしばらく忘れられないやつじゃん!」
「ちょ、ユウさんちゃんと見ましょうよ!」
「無理無理無理! なんでライナさんは平気なのっ?」
同じく顔は真っ赤にしながらも、ライナは少し興奮気味にページを捲ろうとする。その手を掴みながら、優は悲鳴を上げた。
「……で、でも、気になりません? こういうの……」
「……いや、あの、流石に自分の親の、夜の営みの写真を見るのは精神的にキツイというか……」
蚊の鳴くような小さな声のライナに、優はブンブンと首を横に振る。
直接的な写真は無さそうだったが、多分そういうホテルでそういうことをするのかした後なのかの、つまるところ『なんかそういう感じのことが想像出来る』というのが、一周回って生々しい。
大体、そんな写真をアルバムに載せるというのは一体どういう訳か。秘密裏に入手したもので無ければ、両親を小一時間問い詰めたい気持ちに駆られる優。
しかし、
「えー? 見ましょうよー! 折角じゃないですか!」
ライナは食い下がらない。
「ちょ、なにっ? ライナさん、そういうの興味あるのっ?」
「人並みにはありますよ! ユウさんには無いんですかっ?」
「……いや、そりゃあるけれども! 自分の親のは別だって!」
「私は自分の親のそういう写真も興味ありますぅ!」
「マジっ?」
やんややんやと騒ぐ二人。
結局、優の必死の抵抗に折れたライナが、その写真が終わった辺りのページまですっ飛ばした。
……のだが、
「……あの、ユウさん?」
「……え、どったの? 何? 特急呪物的なヤバい写真でもあった?」
真っ赤な顔を強張らせながら言うライナに、優が身を強張らせる。あれ以上の写真があるとは到底思えないのだが、このライナの雰囲気を見るに、警戒せざるを得ない。
ライナは答える代わりに、その写真を見せてきたのだが――
「――かはっ」
「ユウさんっ?」
急に倒れた優の体を、ライナが慌てて揺する。
夜の営みの写真の後には、二人のツーショットが映っていた。――優香のお腹が、やたら大きくなっていたのだが。
「ちょ、え? 何? うちの両親、出来婚?」
明かに妊娠しているであろう優香の格好に、優が死んだような顔でそう呟く。
「出来婚? 出来婚かぁ……いやいや嘘でしょ? 出来婚っ? マジでっ? なんか凄くショックなんだけどっ?」
「し、信じられません! ユウイチさんって、そういうことしなさそうなイメージなんですけどっ? え、これって結婚後の写真じゃないんですかっ?」
「いや、それならここまでに、結婚式の写真とか入れているでしょ!」
写真の流れ的に、付き合い始めてから社会人になり、それから結婚する間までのことのよう。
しかも、写真の順番から考えると、
「え、さっきの写真の後、妊娠されたんでしょうか……?」
「うっそだぁぁぁっ! 妊娠させたのっ? あの厳つい顔の堅物がっ? この手の話題には絶対に否定しそうな面しそうな癖にっ!」
「さ、流石に何かの間違いじゃないですかっ? その……そういうプレイの一環だったり……」
「何よそういうプレイって! ――いや説明しなくていい、想像出来ちゃうから! それはそれで最悪っ!」
そもそも、そういうことをした後に写真撮影をしているのが優的には普通にキツい。
しかも、次のページを捲ると、そこには普通の結婚式の写真が出てきた。二人とも幸せそうな顔で、周りの人達から祝福されているのだが……これが出来婚だと思うと、優とライナ的には複雑すぎる。
――と、思っていたのだが。
「……あれ? この写真、おかしくないですか?」
ライナがふと何かに気付いて、目を丸くする。優が「えっ? 何が?」と尋ねると、ライナはウェディングドレス姿の優香のお腹を指差し、そこで優も違和感に気付いた。
普通なのだ。お腹が。しかも、
「お腹がこれなら、もう赤ちゃんが生まれているはずですよね? 映ってませんよ?」
「え? まさか流産? えぇ……」
両親に幻滅する思いが湯水のように湧き上がる優。
だが、ライナが「あっ!」と声を上げると、
「これ、時系列が違います!」
写真が撮られた日の日付を見て、ライナが顔を明るくさせた。
どういうことかと優も写真の日付を見て――深く息を吐く。
「良かったですね、ユウさん。――結婚式の写真、さっきの夜の営みの写真の前に撮られたものですよ!」
「おい写真の順番のセンスぅ! 誰よこのアルバムの構成考えたのは!」
危うく心臓が止まりかけたじゃないかと、優は込み上げた気持ちを全部載せて絶叫した。
ちゃんと確認すると、『結婚式』が最初にあって、その一年後に『夜の営み』からの『妊娠』の順番だったのだ。
明かに、出来婚したみたいな誤解を生むような順番だ。まんまと騙されてしまった。
「次のページは――やっぱり、ユウさんが生まれた時の写真ですね! その後は、うーん? これは新婚旅行の写真かな?」
「いやマジで何なのよ! ちゃんと時系列通りに並べなさいよ、もう! ――ていうか、異世界にも新婚旅行の文化ってあるんだ」
「ええ。結婚式挙げた後、大体ひと月かそれくらい、世界一周の旅行をするのが定番ですね」
「世界一周。スケールでか。こっちは精々、海外のどこか一国行く程度。うちは、確かハワイだったって言っていたかな? これ、多分ワイキキだと思う。海がそれっぽい」
「へぇ。……この辺りからは、ずっと結婚後の写真みたいですね。大体の写真に、ユウさんが映っています。ちっちゃい頃のユウさん、可愛いじゃないですか」
「えー、そう? こうして見ると、ちょっと小生意気な目つきしている感じしない?」
「これくらいの年頃なら、そういうのも可愛いくないですか? ――それにしても、こうなると気になりますね。ユウイチさん、ユウカさんにどんなプロポーズしたんでしょう?」
「それめっちゃ気になる! さっきの結婚式の写真のところに、何か書いてないかな?」
興奮気味にページを戻しながら、優がそう言う。この手の話題は、二人とも決まってはぐらかすのだ。
すると、案の定、結婚式のページのところにあれこれ書いてあったのだが――
「あっ! あった! えーっと、何々? ……『俺のものになれよ、優香』あぁっ?」
「壁ドンしながら言ったって書いてありますよっ? えっ? ユウイチさんがこんなこと言ったんですかっ?」
「うっそでしょおい! 言ったのっ? あの厳つい面でっ? 少女漫画のイケメンみたいなことをっ?」
「きゃぁぁぁぁあっ! えっ? でもユウカさんは受けたんですよねっ? だから結婚したんですよねっ? えっ? どんなシチュエーションだったんですかっ?」
「くっ! そこまで書いてない! うわ、このシーン、生で見たい!」
「写真もないんですかっ?」
「無い! 多分、突発的だったんでしょ! なんかの拍子に、ふと漏れたって感じじゃないっ?」
大はしゃぎしながらアルバムのページを捲っていた優とライナ。
すると、
「ちょーっとあなた達、声が大きすぎるんじゃない?」
「こんな時間に、何をバカ騒ぎしているんだ」
「っ?」
「っ!」
突如聞こえてきた、ここにいるはずの無い人物の声に、優とライナが誇張抜きで飛び上がる。
振り返ると、扉が開いており、そこから優香と優一が顔をのぞかせていた。
優香はやけに怖い笑顔で、優一は形容しがたい渋い顔で。どちらも恥ずかしさのあまりに顔を真っ赤にしているが。
「ちょ、えっ? なんで二人ともいるのっ?」
「しまった! ユウさん時間!」
「じ、時間っ? ……うわっ! もう七時っ?」
話に夢中になり過ぎて、時間が経っていたことに気付かなかった二人。ライナが来てから三時間も経っていた。外はもう暗い。このくらいの時間になれば、早ければ二人とも戻ってくる時間帯だ。
「優。お前、なんてものを見ているんだ……!」
「あ、いや違くて! たまたま見つけたっていうか! いや、今開いたばかりだから、中なんて大して見ていないっていうか!」
「その言い訳は流石に無理がある!」
帰って来た時、優とライナが大はしゃぎしている声が外まで漏れていた。これを聞いた時の二人の心境やいかに、である。
「あっ、ユウさん! 私、もう帰りますね! いやー、ユウイチさんもユウカさんも、夫婦円満でいいですね!」
「はーい、ライナちゃんも、ちょーっとお話いいかしら?」
一人逃げようとしたライナだが、いくらなんでも流石に許されない。
結局、優とライナはこの後、優一と優香に散々説教された後、絶対に口外しないように約束させられた。
なお、優もライナもそれを守れるはずもなく……「内緒の話なんだけど」と定番の前置きをして、面白半分に雅達に話してしまい、それがバレて、もう一度お説教をされるのは、別のお話。
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