第56章閑話
午後五時三十八分。
エルフの里の、森の中。
「……ミヤビさん達、捕まった」
「はぁっ? ちょ……ねぇ大丈夫なのっ?」
「声が大きい。見つかっちゃう」
森の中でそんな会話をするのは、カリッサとファム。
コートマル鉱石を盗もうとして逃走中と疑われている、まさにその渦中の人だ。
そんな二人が、何故こんなところにいるのか。
眉を顰め、唇にひとさし指を当てるカリッサに、ファムは肩を怒らせ、彼女の胸ぐらを掴む。
「……ノルンやミヤビ達が酷い目にあったら、許さないからな」
「……非難も誹りも、罰も、受ける覚悟はあるよ」
射殺さんとするファムの眼を、カリッサは少し委縮しながらも、真っ直ぐ見つめ返す。
会話の内容から、エルフ達が言っていたような、『ファムが魅了の力を使って、カリッサを操っている』という訳ではない様子。
――これは、偶然だった。
酒屋を調べた後のこと。
ファムは花摘みのために、一旦ライナやノルンと別れたのだが、途中で、カリッサを見かけたのだ。
最初は「あー、カリッサもこの辺りで色々調べごとしていたんだなー」なんて思い、声を掛けた……のだが、よく見ると、どうもそんな雰囲気では無い。それで気になって、声を掛けたのだ。
カリッサは、酷く驚いた。まさかファムに見つかるとは思っていなかったから。何故なら――
「忘れないように、もう一度言っておくけど……私達に嘘の依頼を持ちかけてきたこと、私、相当に怒ってんだからね」
「……それでも、今は私に手を貸してくれるんだね、君は」
「カリッサの目的……っていうか、事情を聞いちゃったから。無視できないことだって思っただけ」
皆には内緒で、別のことをしていたカリッサ。誤魔化しきれない現場を抑えられてしまい、ファムには仕方なく、本当のことを喋ったのである。
自分の目的の他にも、エルフが代々コートマル鉱石を管理していることも、勿論話した。
驚き、怒ったファムだが……その後は、ご覧の通り。どういう訳か、ファムは自ら、カリッサに手を貸している。
コートマル鉱石が隠されている洞窟に立ち入ろうとし、他のエルフに見つかってしまった為に一時退散したのも事実だ。
「サキュバスって、私が思っているよりもずっと優しい種族なんだね」
「そういう言われ方、嫌い」
カリッサの言葉を、ファムは苛立ちながらバッサリ切る。
「別に、関係無いじゃん。サキュバスだから悪い奴、とか。人間だから良い奴、とかさ。そんな極端に分けられるわけなくない? どっちにだって、良い奴も悪い奴もいるでしょ」
「……ごめん。失礼な言い方だったね」
「ところで、最初の質問に答えてもらっていないんだけど。皆、大丈夫なんだよね?」
そう言って、ファムはカリッサから目を離し、牢屋の方を見て、拳を握りしめる。
カリッサは一瞬だけ、険しい顔をするが、すぐに首を縦に振った。
「掴まった理由は、きっとコートマル鉱石を盗もうと画策した疑いからのはず。でもいくらなんでも、実行犯でもないのに、処刑することはないよ。エルフには、記憶操作の魔法がある。それで里の記憶を消去された後、眠らされて、適当なところに捨てられるのが一番ありうると思う」
「いや、充分ヤバいでしょ。……因みに、私が見つかった場合は?」
「十中八九、極刑」
「…………」
「サキュバスって、魅了の力があるから、それで私のことを操ったと思われているはずだし。……多分、私があれこれ言ったところで、信じてもらえないと思う」
カリッサはそう言うと、目を伏せる。
ファムは溜息を吐くと、頭をガリガリと掻く。
久しぶりだった。こんなことを言われるのは。
昔は、これを理由に、学院ではよく仲間外れにされた。今では普通に生活出来ているが、それはノルンが、ファムがその力を悪用する人じゃないと、陰で皆に説いて回ってくれたからだ。
雅や志愛達、ファムから見たら異世界の人達は、魅了の力があると知っていても、特に気にしたりはしない。あれはあれで、ファムからしたら凄く驚いたものだ。
(……一応、私が使ったところで、効果なんてたかが知れているはずなんだけど)
特別トレーニングを積んでいるわけではないので、ファムの持つ『魅了の力』は、未熟なレベル。同年代の子を自分の虜にするのが関の山で、カリッサのような大人相手には通用しない。
「……あー、もう! 仕方ないか……! 皆、ごめん……」
雅達が捕まったのは、何もカリッサだけのせいではない。理由はどうあれ、手を貸している以上、自分にも原因があると、ファムは思う。
「皆は、どうやったら解放してもらえる? 私の誤解って、どうしたら晴れるの?」
「全部上手くいったら、流石に大丈夫。証拠があれば、皆も信じざるを得ないはずだから」
「……分かったよ。じゃあそれまでの辛抱ってことね」
そう言うと、ファムは木に寄りかかって座り込む。もう少ししたら、また行動しなければならない。それまで、少し体を休めたかった。
二人は、何故こんな事件を起こしているのか?
その答えを知る者は、本人達しかいない――
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