第56章幕間
さて、雅達がエルフ達に捕まって、投獄されてしまった頃。
新潟市中央区旭町にある、新潟大学医歯学総合病院にて。
そこの病室の一室から、短めのブロンド色の髪の女性が出てくる。白衣を着ており、見た目からして医者だ。
そして病室の前の椅子に座っていた、青髪ロングの少女、レーゼ・マーガロイスが、その女性を見ると、険しい顔でバッと立ち上がる。
「ニケさん。お疲れ様です。――ユズキちゃん、どうでしたか?」
「落ち着いて。ここじゃ難だから、向こうの部屋で」
早速本題に入ろうとするレーゼを落ち着かせるような声色でそう言ったのは、ニケ・セルヴィオラ。サウスタリアの首都、カームファリアにある病院の院長であり、ミカエルの学院時代の先輩だ。以前、ラティアの記憶の件や、大怪我を負った愛理とセリスティアの治療、さらには他の倒された人工レイパーの変身者から情報を得るため等で、雅達に協力してくれたことがあった。
さて、何故、彼女がここにいるのか。
その理由は、今し方診てもらった少女にある。先日、人工レイパーに変身した子供、南原柚希。セリスティアと雅が助け出したものの、あれから一向に目を覚まさない。恐らく、成熟していない体の子供だからか、『人工レイパーに変身出来るようになる薬』の副作用が出たのではないかと思われていた。
人工レイパーを創った張本人、久世浩一郎。彼を捕まえれば、この副作用を治す鍵が分かるかもしれない。
そのためには、柚希が誰から薬を手に入れたのか知る必要がある。現状、久世に繋がる一番大きな手掛かりがそれなのだから。
ニケは、思考や記憶を読み取る珍しい魔法が使える。肉体的な怪我や、精神的な病気等で、言葉が話せない患者、さらには生まれたばかりの赤子等の診察で役立つ魔法だ。そしてそれは、今、眠ったままの柚希に対しても、勿論有効である。
故に先日、ミカエルから依頼を受けて、わざわざ日本までご足労頂いたという訳だ。
誰もいない別室に来たニケとレーゼ。
丸テーブルに向き合って座り、ニケはコホンと咳払いすると、口を開く。
「さて、どこから話すべきか。……まずはユズキさんの容体からか。一応、魔法医としての観点から彼女を診てみたんだけど、流石に彼女の目が覚めない直接的な原因は分からなかった」
「そう……ですか……」
「申し訳ない。使われた薬等も、私達が普段使わない成分が多分に含まれていて、こうなると私の手に負えなかった。さっぱりだ」
深々と頭を下げるニケに、レーゼは慌てて「こちらこそ、すみません!」と謝る。ミカエルから、「ユズキの治療は、ニケ先輩でも無理だと思う」と言われていたので、この回答は予想していたはずだった。ただ、「もしかすると」という、無責任な淡い期待を抱いてしまったのも事実である。
ニケの役目は、ここから先の話だ。
「さて、本題だけど――彼女の記憶は無事に読み取れた」
「本当ですかっ?」
「ええ。彼女に薬を売った人物の顔も、バッチリと見えたよ。取り敢えず、足取りを順に追って話そうか」
一転して顔を明るくさせたレーゼに、ニケは内心で深く安堵する。以前、ラティアの記憶を読み取るのに失敗して、皆を落胆させてしまったことがあった。きちんと汚名返上出来た気がしたのだ。
だが、
「こちらの地理には疎いから、説明の際はレーゼさんからも詳しく話を聞くところがある。長くなるかもしれないけど、協力してもらっていい? ――それと、内容は多分、かなり大変なものだと思う。覚悟して」
「勿論。私もこっちに来て結構経ちますから、地理なら大体頭に入っています。任せて下さい」
レーゼはそう言って、胸をドンっと叩くのだった。
***
ニケとの話は二時間程続き、その後。
『――もしもし、私だ』
「ユウイチさん。お疲れ様です。レーゼです。遅い時間にすみません。ユズキちゃんの診察、終わりました。足取り、分かりました」
『っ! そうか!』
別方向から久世の足取りを追っていた優一。そちらは芳しくなく、疲れたような声だったが、レーゼの言葉に声を明るくさせる。
しかし、レーゼの方はというと、顔が険しい。……事態は思ったよりも、深刻だったから。
「ユズキちゃんの薬の入手経緯ですが、占い師からでした」
『占い師?』
「ええ。ユズキちゃん、バドミントンクラブに所属しているんですが、そこで同じクラブに所属している子から、占い師を教えてもらったんです。小学生以下の子は無料で占ってくれる、表向きは親切な占い師。ユズキちゃんもそういうのには興味があって、その子に誘われるままに占い師に会いに行ったんですけど……」
『…………』
「その占い師、ユズキちゃんに『君の未来に闇が見える』なんて言って不安にさせて、『これを飲めば闇が晴れるから』と、小さな錠剤を渡したんです」
『おい、まさかそれが……っ!』
「ええ。――人工レイパーに変身出来るようになる薬です」
その錠剤を飲んだ直後、柚希が人工種チーター科レイパー一瞬変身し、またすぐに戻ったから間違いない。しかも、そこから先の柚希は、時折自分の意思を失ってしまうことが、度々あったのだ。
レーゼの前に現れた柚希は、どこか虚ろな目をしていたが、あの時も、自分の意識を無くしてしまっていた。
『なんてことだ……。まさか、そんな方法で彼女に薬が渡っていたとは……。その占い師、何者だ?』
「ユズキちゃん、占い師の顔をバッチリ見ていました。それもニケさんが似顔絵を描いてくれたので、すぐ送ります」
『ありがとう! だがレーゼさん、今の話が本当なら――』
「……ええ。クゼの奴、随分と派手に動きましたね。まさか人工レイパーに変身出来るようになる薬を、無償でバラまくなんて……!」
占い師に紹介した子が、この件と無関係とは思えない。現に、その子の目の前で柚希は人工レイパーに変身したが、誰もそれに驚いた声を上げなかった。
そして、わざわざ柚希だけを狙う理由もない。
「恐らく、同じ手口で他の子供達にもバラまいています。ニケさん、言っていました。『この占い師と会った記憶は、意識の奥深くにあった。きっと、ユズキさん本人も覚えていなかったはずだ』って。実際、その後は彼女、何事も無かったかのように生活しています」
『となると、厄介だな。この辺りの子供達全員の記憶をニケさんに確認してもらおうにも、時間がかかり過ぎる。また同じ事件が起きるぞ。――取り敢えず、俺は冴場と一緒に、その占い師を当たる。ニケさんの方だが……』
「流石に、ずっとこっちにいる訳にはいかないそうです。近々大きな手術があるから、取り急ぎ、明後日には帰らないといけないらしくて。でも、その後なら、何とか協力する時間を作ってくれると仰ってくれました。……問題は、その占い師と接触した子供が、何人いるのか。十人なのか、百人なのか、もっといるのか、あるいは逆か……」
下手をすると、この辺りの子供達は全員、人工レイパーの毒牙に掛かっている可能性すら否定できない。
事態は、深刻さを増していった――
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