第501話『魅了』
「いたぞ! 下手人の二人だ! 捕えろ!」
「ええっ?」
交流会の会場へと戻ってきたライナとノルン。
そんな二人の姿を見るや否や、エルフの一人が怒号を発し、あっという間に二人は他のエルフに囲まれてしまう。
その手には、剣等の武器が握られていた。
これは一体どういうことか。
そして、
「ミ、ミヤビさんっ?」
「師匠! これは一体……?」
少し離れたところでは、雅やミカエル達も、同じようにエルフに囲まれ、武器を突き付けられていた。雅達は両手を上げている。
幸い、怪我人はいないようだが……あまりにも突然で、驚きを隠せない。
こんなことなら、騒ぎが見えたところで『未来視』を使っておくんだったと、ノルンは後悔する。
しかし、雅達も困惑した顔で首を横に振る。彼女達も、訳が分からなかったから。ライナ達が戻ってくる少し前に、こんな状況になったばかりだった。
ただ、一つ分かることがある。
「二人とも! ファムちゃんとカリッサさんはっ?」
「ファムとカリッサさんっ? えっ?」
どうやら、その二人が関係していること。
雅の質問に、ノルン達も気づく。この場に、ファムとカリッサがいないことに。
カリッサは兎も角、ファムはもう戻っているだろうと思っていたが、何故かここにいなかった。
すると、
「人間よ。とんでもないことを、しでかしてくれたな……」
静かな怒りを滲ませた声を上げ、エルフの集団の中からヌッと現れたのは、ルーフィウス・エルフマンダ。
そして、彼はこう言った。
「まさか、我々のコートマル鉱石を盗みに来たとは……!」
……何を言われたのか、最初は分からなかった。
「お前の仲間の、ファムという女が、カリッサと一緒に洞窟の中に入るのを見た者がいる。あそこには、我らが管理しているコートマル鉱石があるのだ! そこに侵入する等――」
「ちょ、ちょっと待って下さい! コートマル鉱石を管理している? それ、どういうことですかっ? 私達、そんな話初耳です!」
「何をとぼけたことを! それを狙って、カリッサに近づいたくせに!」
雅の言葉に、一人のエルフが激昂する。その様子は、とても嘘を言っているようには見えない。
雅達が、エルフがコートマル鉱石を管理している一族だと知らないということは、本当だ。その事実は、今ここで、初めて知ったのだ。
ハプトギア大森林の時、カリッサからコートマル鉱石の欠片を見つけたことならある。――『途中で拾ったから』と言われて。
カルムシエスタ遺跡にコートマル鉱石があることを教えてもらったことならある。――『確かな情報筋から聞いた』と言われて。
だが、
【まさか……あれ全部、嘘だったのかっ? 本当は、どっちもカリッサさん達のものだったのか?】
(い、いえ、でもまさか……)
カレンの言葉を、反射的に否定しようとした雅。だが、それは形にならない。
確かに、カリッサが何かを隠していたような様子はあった。都合よくコートマル鉱石が手に入ったというのも、出来過ぎな話だ。その事実が、雅にすら、カリッサのことを疑わせてしまう。
優や希羅々、ライナ達も、エルフがコートマル鉱石を管理していることなんて知らないと叫ぶが、この状況で、それを信じてくれる者は誰もいなかった。
「偶然近くに他の者がいて、声を掛けたら逃げ出したそうだ。それで事無きを得たが……それでも、あそこは人間が立ち入って良い場所ではない。とても看破出来ん」
「でも、分からないじゃないですか! 二人とも、ただ一緒に散歩していただけかもしれない!」
エルフが見たのは、カリッサとファムが、洞窟の中に入っていったということだけ。どういう経緯で二人が合流したのかは不明だが、聞いた話だけで考えるなら、カリッサはファムに脅されて、コートマル鉱石のところまで案内させられているという訳ではない様子。
だから、こんな言われ方は納得がいかない。今のノルンの言葉には、そんな気持ちがありったけに詰め込まれていた。
しかし、
「あの女、サキュバスだろう! ということはつまり、『魅了の力』が使えるということだ! それでカリッサを操り、コートマル鉱石の設置場所まで案内させたのだろう!」
「――っ!」
その言葉に、絶句するノルン。
魅了の力。
それは、サキュバスだけが使える固有の能力。目が合った者を、自分の虜にすることが出来る力だ。
そして忘れがちだが、確かにファムはサキュバスと人間のハーフ。本人も、前に雅と話した時、その能力が使えるという話をしたことがある。
(そうか……だからあの時、エルフの人達は……!)
里に来た時、ファムを見る目が少しおかしかった。魅了の力は、古い価値観だが忌諱されるもの。彼女をサキュバスと見抜き、警戒していたのだろう。
だが、
「ファムは、そんな力使いません! 絶対に!」
ノルンが、今まで聞いたことも無いような大声でそう断言する。
ノルンも、魅了の力のことは知っている。ファムがサキュバスと人間のハーフだってことも。だからファムが、その気になればその力を悪用することだって可能なことも、勿論理解している。
しかしそれ以上に、ノルンは知っていた。ファムが、両親から魅了の力を悪用しないように厳しく言われており、それをきちんと守っていることを。普段はあんなんだが、本当にやらなければならないことだけはしっかりやる娘だから。
それを、ノルンは、誰よりもよく知っている。
「それ以上ファムを悪く言うなら――」
「ノルン! 駄目よ!」
思わず戦闘体勢を取ろうとしたノルンだが、ミカエルがそれを制する。
「師匠! なんでっ?」
「落ち着いて! ここで暴れたら、それこそ取返しの付かないことになるかもしれないわ!」
ミカエルは、決してエルフ達の言葉を信じているわけではない。彼女が魅了の力を使ってカリッサを操っているなんて、馬鹿げた話もいいところだ。
だが、ファムが、何故カリッサと一緒にいて、どういう事情でコートマル鉱石のある場所に行ったのか、それが分からない。恐らくはカリッサの指示なのだろうが、まずはそれを確かめるのが先決だ。
「きっと、何か誤解があるはずよ! それさえ解ければ、きっと――」
「誤解? 一体何が誤解だというのだ!」
ミカエルの言葉を聞いていた、エルフの一人が声を荒げる。
「お前達がコソコソと何かをしていたことは知っている! 大方、コートマル鉱石のありかを探していたんじゃないのか! 魔法とは違う、怪しげな技を使うところも見たぞ!」
「……っ、グラビディ・コントローラーのことか!」
運の悪いことに、あの装置が誤作動してしまったのも、疑いに拍車を掛けているよう。
おまけに、雅達がこっそり抜け出していたことも勘付かれていたとなれば、エルフ達が訝しむのも無理からぬことだ。
「違うわ! 私達は、カリッサさんに頼まれて、ルーフィウスさんが薬に手を出している証拠を――あっ!」
「ちょ、アストラムさん!」
――うっかり口を滑らしてしまったミカエルを、希羅々が慌てるが、時既に遅し。
辺りに広がるどよめき。
だがそれを、今ミカエルを怒鳴ったエルフが、手をパンパンと叩いて鎮める。
しかし……彼の顔も、憤怒に塗れていた。その綺麗な顔が、台無しに成程に。
「我らが守るコートマル鉱石を盗もうとしたばかりか、里を纏める長にあらぬ疑いを持つなど……! 許せぬ!」
「やはり人間等、信用出来ない! カリッサめ、まんまと騙されて!」
その言葉を皮切りに、周りのエルフ達が、雅達を次々と非難し始める。
そして、
「こいつらを、牢屋に閉じ込めておけ!」
ルーフィウスの無情な判断が、下されてしまった――
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