第500話『避役』
「ライナさん! 左から来ます!」
カルムシエスタ遺跡で戦った、正体不明の敵の急襲。
あまりにも突然のことだったが、それでもライナとノルンは、すぐに戦闘体勢を整える。未だ敵の姿は見えないが、ノルンは、ネガティブな未来を予知出来る『未来視』のスキルを使い、敵の攻撃が来る方向をライナに伝えた。
飛んでくるのは、白い液体。これは付着すると、すぐに接着剤のように固まってしまう。以前戦った時はライナが喰らってしまい、酷い目に遭った。
だが、今回は二度目。突然のことで驚いたというのはあれど、対処方法なら考えてある。
『ノルンちゃん! 敵に気付かれないよう、広範囲の魔法の準備を! それと、向こうの方に! あっちなら家も無いから!』
ライナは液体を躱しながら、通話の魔法でそう指示を出し、同時に自身のスキル『影絵』を発動。
瞬間、辺りに現れる大量の分身ライナ。その数、約三十名。
そのまま、分身達と一緒に我武者羅に走り回り、自らを分身の影に紛れ込ませていく。敵が姿を隠して攻撃してくるのなら、こっちもダミーを増やして攪乱してやろうという心づもりだ。
そのまま、ノルンも合わせて全員で一斉に北へと移動する。ライナの言葉通り、そこは家が少ない。レイパーとの戦闘で家を壊さないようにするというのも勿論あるが、隠れる場所が無ければ、敵の姿も見えるのではないかという理由もある。
手に持った、紫色の鎌『ヴァイオラス・デスサイズ』に力を入れるライナ。可能なら、このまま敵の位置も特定し、こっちから奇襲もかけたい。そう思っていた。
だが、
「っ?」
あの白い液体がまた放たれ、分身を躱すように、本体のライナを狙って向かってきた。
狙いがあまりにも正確で、咄嗟に分身の一体を自分の前に動かして、それを代わりに受けてもらわなければならない程。
偶然か? 冷や汗を流すライナ。
しかし、またしても放たれた液体攻撃は、やはり本体のライナへと真っ直ぐに向かってくる。
今度は分身も間に合わない。ライナは堪らず、大きく横っ飛びして、ギリギリのところでそれを避けるしかなかった。
(私の居場所、バレているっ?)
分身による攪乱が通用せず、頭の中を『?』で一杯にするライナ。数打てば当たる戦法で攻撃してきているのならともかく、相手の攻撃は最小限。何らかの方法で、ライナの位置を特定しているとしか思えない。
であるのなら、マズい。ライナは今の無茶な横っ飛びで、地面に体を打ち付けてしまった。起き上がるには、数秒の時間がかかる。ここを狙われたら、液体をまともに受けてしまうのは必須。
ライナがそう思った、その時。
「ライナさん! そのまま伏せていて下さい!」
ノルンが声を張り上げ、赤い宝石を先端に付け、節くれだった黒いスタッフ、『無限の明日』を空に掲げた。
すると、辺り一帯に風が渦巻き――発生する。巨大な竜巻が。
ライナの指示通り、今までこそこそと魔力を集中させていたノルン。それをここで、解き放ったのだ。これは、彼女の魔法だった。
竜巻は地面の土や、落ちていた枝、さらには分身ライナ達も巻き上げる。激しすぎる風に、本体のライナは地面にしがみつくので精一杯だ。運良く近くに、地面に半分埋まった石があり、それに指を引っかけられたのが幸いした。最も、ノルンはそれを見越して竜巻を放ったのだが。
(くっ……流石に敵の姿は見えない! ――っ?)
荒れ、濁る視界。薄目を変えながら空を見上げたところで、敵の姿は流石に分からない。
だが、この渦巻く風を突き破り、空から何かが降ってくるのは見えた。
それは、破片。白い液体を固めて作ったもの。
前にカリッサが喰らった攻撃で、ライナもちゃんと覚えていた。勿論、あれが鋭利な刃物のようになっていることも。
空から来たということは、敵が竜巻に巻き込まれたのは間違いないのだろうが、それでもライナを狙ってきた辺り、スナイプ性能は相当なものと言わざるを得ない。
この暴風の中、動けないライナの体が白い光に包まれる。防御用アーツ『命の守り手』を使ったのだ。
破片がライナの体に降り注ぎ、白い光がスパークする。命の守り手の強度は相当なものだが、それでも骨にまで衝撃が響くくらいには痛い。
そして、三十秒経って命の守り手の効果が切れ、間髪を入れずに次の攻撃が飛んでくる。
それは、ピンク色の長い鞭……いや、正確に言うのなら『舌』だろうか。
それが、空から大きく外側から回りこんで、ライナへと迫っていたのだ。
舌は、空を舞う分身を次々と貫き、勢いを落とすことなくライナへと突っ込んでくる。先の破片攻撃は囮。本命は、この一撃だ。
しかし、
「――っ!」
ライナとて、負けはしない。見えないところから突然来る攻撃に比べれば、この長い舌攻撃は御しやすい。
荒れた風の中でも決して離すことのなかった自らの武器、ヴァイオラス・デスサイズを振るい、舌の攻撃を弾く。……本当は斬ってやろうと思ったのだが、妙な弾力があり、それは叶わなかったが。
とは言え、だ。ライナの真の目的は、そこでは無い。舌を辿って続いていくその終着点――そこにいるべき、敵の姿を確認する隙を作ること。
そして、それを見たライナは驚愕する。
(あれは……人工レイパーっ?)
人型の怪物。歪な頭部は、人工レイパーの証拠。後頭部の隆起や緑色の鱗、さらにはギョロリとした大きな目玉は、カメレオンのよう。一方で、鱗の無い部分は軟体動物のようなヌメリを持っており、頭からはナメクジやカタツムリの角に似た突起も見られた。
分類は、『人工種カメレオン科レイパー』か。
(人工レイパーってことは、変身者がいる! でも、一体誰っ? 何の目的でっ?)
困惑するライナの目の前で、人工種カメレオン科レイパーは姿を消す。カメレオン同様に、周りの風景に体色を同化させることが出来るのだろう。今まで見つけられなかったのも納得だ。
「ノルンちゃん、気を付けて! 敵は人工レイパー! カメレオンみたいな奴!」
リアルなカメレオンは、変色すると言っても限度があるが、この人工レイパーにその制限はないようだった。
荒れ狂う竜巻が、勢いを弱めた瞬間、
「ライナさん! 右から来ます!」
ノルンの警告が飛んできて、ライナはスキル『影絵』を発動。右側に二十体の分身を作り出すと、その直後、何体かの分身ライナが、白い粘液に直撃し、吹っ飛ばされて地面に固定されてしまう。
攻撃が来たのは、木の上辺り。
……雅がタイムスリップした際の歴史改変により、人工レイパーは腕を武器に変換したり、伸ばせる能力が共通してある。空中にいた人工レイパーは腕や足を伸ばして、あの木の上に移動したのだろう。
さらに、別方向から液体が飛んでくる。姿が見えない上に、こうも自在に動かれては堪ったものではない。
「ライナさん! 伏せて!」
ノルンがそう叫ぶと同時に、辺りに、風を集めて作った緑色の球体、ウィンドボールを乱射するが、それらは空しく空振るばかり。
ライナも辺りに分身を突撃させるが、次々に白い液体にやられてしまう。
我武者羅な攻撃では駄目……となれば、
(変身するしかないっ? いや、でもあれを使うと……!)
ライナは迷う。切り札を切るかどうか。しかしライナの変身は、一つ大きな欠点がある。それは、本体のライナの移動が大きく制限されてしまうということ。光の結界によるバリアはあるが、姿を隠して襲ってくる敵に対して使ってもいいものか、ライナは判断に詰まった。
その時、
「ライナさん! あっちに!」
ノルンが指差したのは、離れたところにある一軒の倉庫。Lの字に建てられた、その内側の角のところだ。
瞬間、ライナは理解する。ノルンの意図を。
敵の液体攻撃を、分身を盾にしながら、倉庫の方まで走る二人。
そして、
「よし、ここです! ライナさん! これなら――」
「うん! 前にだけ集中すれば良いね!」
Lの字の形状のお蔭で、後ろと左右は壁がある。必然、攻撃は前からしかこない。姿が見えなくても、これなら対処もしやすいはずだ。
だが、人工種カメレオン科レイパーは、姿を消したままニヤりと笑みを浮かべる。
詰めが甘い……そう思ったのだ。確かに三方向は壁があるが、攻撃出来るのは前以外にもあるのだから。
人工レイパーが倉庫の屋根に、音も無く飛び乗る。そう、攻撃するのは、上からだ。
だが――
「そこだ!」
「ッ?」
ずっと前にだけ集中していたはずのノルンが、急に方向を変える。
そして、屋根目掛けて振るわれる、無限の明日。
放たれる、特大のウィンドボール。
直後、轟く爆音。
「よし! 上手くいった!」
「ナイス!」
確かに攻撃が当たった手応えに、ノルンとライナが吠える。
詰めが甘かったのは、人工レイパーの方。ノルンとライナの狙いは、まさに『敵が上から攻撃してくるように誘導する』ことだったのだから。
ライナが「これで前にだけ集中すれば良い」と言ったのは、わざと人工レイパーに聞かせるため。自分達の意識が、そちらにしか向いていないよとアピールすれば、天井から迫ってくるだろうと思ったのである。
後は簡単だ。前方向に集中しているフリをしつつ、上からの気配に意識を向ければ良い。来る方向が分かっていれば、姿が見えずとも、殺気は感じ取れるのだから。
まんまと罠に嵌り、大きく吹っ飛ばされた人工レイパー。その姿が露わになる。
「ここで畳み掛ける!」
ライナが大量の分身で、全方向から一斉に攻撃させる。その対処に梃子摺っている内に変身し、一気に勝負を決めるつもりだった。
しかし、
「っ? あいつ!」
人工種カメレオン科レイパーは、意外にも冷静。
僅か一体の分身を舌で貫き消し飛ばすと、一人分出来た僅かな隙間から包囲網を脱出。
ライナとノルンには目もくれず、そのまま逃げ出したのだ。
ノルンが慌ててウィンドボールをぶっ放すが、腕を盾へと変化させてその一撃を受け流し――
「あぁ! しまった!」
またしても体色を変化させて姿を消し、そのまま逃げ去ってしまうのだった。
***
「人工レイパー……一体、誰なんでしょうか? 状況的に、エルフの人ですよね?」
「でも、今は全員交流会に参加しているはず。抜け出して襲ってきたって可能性は高いけど、こんな時に目立つ行動をするかな……?」
戦いが終わり、一旦戻るノルンとライナ。一応、ULフォンで雅やミカエル達に一報は入れてあるが、それにしたって直接話をするべきだろう。ライナ達が交流会を抜け出してから結構経つので、そろそろ戻らないと怪しまれるというのもある。
しかし……雅達から、未だ返信が無いのが、妙に気になるライナなのだが。
「一番怪しいのは、ルーフィウスさんになるんですかね? もしかすると、私達がサルモコカイアの件を調べていることに気付いて、始末してきたって可能性は……」
「あり得るね。でも、流石に長が交流会を抜け出すっていうのは目立ち過ぎないかな?」
「あー、それもそうですよね……。あぁ、もう! ファムがいれば、もしかしたら倒せていたのかもしれないのに……! 一体どこでサボってるんだか!」
「あはは……ん?」
そんな話をしている内に、交流会の会場が見えてきたのだが、そこでライナが眉を顰める。
――会場が、妙に騒がしかった。
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