第499話『金繰』
「さて二人とも、私達も師匠に続きますよ!」
「ノルン、声もっと落として」
元気なノルンに、ファムが突っ込みを入れる。普段はファムが何かやってノルンが叱るので、これは意外と珍しい。ノルンが「あぁ、そうだね、ごめん!」と素直に認めたのは、さらに珍しい。
「んで、どうすんの? ミヤビ達が集めた情報を元に、どこを探すか柔軟に変えるって話だったけど……」
言いながら、ファムの視線が、前を歩くライナへと向けられる。
雅・優ペア、ミカエル・希羅々ペアは、あらかじめ調べるところを決めていたのだが、ライナ達にはそれは無い。あらゆる可能性が考えられたので、意図的にフレキシブルに動く組を作っておいたのだ。
潜入調査の経験者のライナ、『未来視』のスキルで危険を予知出来るノルン、いざとなれば空に逃げられるファム。今回の捜査に向いていそうなメンバーを集めたのも、この『フレキシブルさ』に幅を持たせるため。
さて、ファムの質問に、ライナは後ろを振り向くと、
「……取り敢えず、お金のルートを探しましょうか」
「……どったん? 何か不機嫌そうだけど」
心なしか、口を尖らせているかのようなライナに、ファムは頭に『?』を浮かべていた。仕事は真面目にやるつもりのようだが、こういうライナは何となく珍しい気がした。
だが、すぐにその理由に思い当たり、ファムはニヤリと笑うと、ライナにこう耳打ちする。
「――ミヤビと一緒が良かった?」
「……別にいいもん」
「わぉ。語尾が変わってる」
「こ、こら! からかっちゃ駄目だよファム!」
会話は聞こえていたノルン。明かに頬を膨らませたライナに、慌ててファムを小突くが時既に遅し。
ライナはそっぽを向くと、
「不貞腐れてないもん」
「あ、あのライナさん? 私、そんなこと言ってないんですけど……」
機嫌を損ねたライナに、ノルンはタジタジになる。いや、確かに「何か不機嫌だなー」とは思ったのは違いないが。
何とか話題を変えねば、そう思ったノルンが、「そうだ!」と切り出すと、
「お金のルートを探すと言っていましたけど、それはどうしてですか? 私、気になります!」
「……あぁ、うん。そうだね。ちゃんと説明しよっか。――サルモコカイアを取引するにあたって、エルフと人間だと、一番大きな障害って何かな?」
「えっ? うーん……そりゃあ、連絡の取り方とか、それこそ師匠が探した取引をどこでやるかとか、そういうところじゃないですか?」
「後、お金とかどうしようかって考えないとだよね? 確かサルモコカイアって、相当高いんでしょ?」
突然の質問に、ノルンとファムがそれぞれ首を捻る中、ライナは「おぉ、ファムちゃん鋭い」とウインクをする。
「エルフの人達って、テューロ、あんまり持ってないよね?」
「テューロ? ……あー、そっか。確かにそうかも」
テューロというのは、異世界の通貨のこと。要は雅達の世界の円やドルと同じだ。どこの国でも統一してテューロを使っているが、一部例外がある。……人間とあまり関わろうとしない、エルフ等がそのいい例だ。
エルフの中で使われる通貨は、それ専用のものである。
「まぁ、前にカリッサさんがハプトギア大森林の管理をしていたって言っていたし、聞くところによれば、ちゃんと報酬としてオートザギア国からお金が払われていたみたい。完全に断絶したら孤立しちゃうから、偶に食料とか生活必需品の一部とかは、そのお金で買ったりして繋がりは保っているって話だけど……」
「それにしたって、高額なサルモコカイアを買うには足りないはず、ということだね?」
ファムがそう言葉を続けると、ライナは「そうそう」と笑みを浮かべる。やっと機嫌も直ったらしい。
「ってことはだよ? 横領した里のお金、どこかでテューロに変えているはずだよね?」
「でも、人間からしてみれば、普通にエルフの里でしか使えない通貨を貰ったって意味無いですよね? ……あぁ、そっか。横領したお金で里の物を何か買って、それを外部に売ることで、テューロに変えていたってことですか?」
「そういうこと」
ノルンの言葉に、ライナは力強く頷く。すると、隣で聞いていたファムが「ん? でもさ」と声を上げた。
「それって、何か無駄な手間かけていない? 里の資源とか直接売れば、わざわざ横領なんてリスク犯す必要無いんじゃ……?」
「里の資源は、ルーフィウスさん以外の人の確認や承認があるみたいだから、流石に単独では手が出せなかったんだと思う。だから、わざわざその手間をかける必要があったんだと思ってる。――あ、ここだね」
話ながら辿り着いたのは、酒場。
今は皆が交流会に出ているため誰もいないが、普段は、夜になると満員になる人気の店。中は木とアルコールの匂いが充満し、店の奥にはハープが並べられている。客がよく弾き語りをするのだ。
「ふーん。こんな場所、よく知っていたね? カリッサから聞いたの?」
「うん。お酒が買えるお店、ここだけだって」
「どうして酒場に?」
「エルフが人間に物を売るなら、多分お酒が、一番効率良く捌けるからかな。ここ、酒場としてお酒が飲めるだけじゃなくて、お酒を買うこともできるみたいだし」
「え、そうなんですか? 私、お酒はよく知らないですけど、街のお酒屋さんに、エルフのお酒なんて売っていたかな?」
偶にミカエルと一緒に買い物に行き、あちこち回ることはあれど、エルフのお酒なんて聞いたこともないノルン。
そんな彼女に、ライナは一瞬黙りこくり、しかし躊躇いながらも理由を話す。
「あのね、エルフのお酒って、人間にはちょっとその……刺激が強すぎてね。あんまり表に出てこないっていうか、堂々と所持するのも憚られるっていうか……いや、別に犯罪とかそんなんじゃないけど、ちょっと後ろ指を指される恐れがあるっていうか……」
「……ノルンは、知らなくて良いことだと思うよ」
「え? なんで? あー、でもそう言えば、師匠もカリッサさんも、『エルフのお酒には手を出さないように』って結構強めに言っていたっけ? てかファム、なんで顔赤くしているの?」
……ノルンが知らないのも当然。寧ろファムが知っていたことの方が、ライナ的には驚いた。まぁ、興味のある年頃ということか、と納得する。
要は、エルフの酒というのは、人間にとってはちょっとした惚れ薬というやつだ。大分オブラートに包んだ表現だが。
「まぁ話を戻すけど、エルフのお酒は、ちょっとした小瓶で数万テューロで売買されるんだよね。しかも堂々と表に出せない代物だから、流通が少し増えても、あんまり疑問にも思われない」
「成程。ここでお酒をいっぱい買い込んで、人間に売ることで、エルフのお金をテューロに変えていたってことですね」
「おー、お酒、いっぱいあるねー。あ、ルーフィウスさんの名前が入った樽もある」
所謂ボトルキープ、というやつか。他の人の樽よりも若干小さい辺り、お酒は精々嗜む程度なようだ。
「でも、証拠を見つけるって言っても、どうするんですか? お酒を買うのは、別に不自然なことじゃないし」
「エルフのお酒は高値で取引されるけど、それにしたってサルモコカイアをたくさん買おうとしたら、樽一つ売ったお金だけじゃ全然足りないよ。横領もしているなら、それこそ相当な数買っているはず。……あった、これが帳簿」
お会計のテーブルの下にある木箱を探すと、一冊の紙束を見つけるライナ。それをペラペラと捲ると、
「うん、やっぱり。ルーフィウスさん、定期的に、結構な量のお酒を買っている。名目は特に記載されていないけど、その名前の札が掛かった樽の大きさを見るに、まさか一人で全部飲むなんて思えないから……」
「人間に売ったってことね。うわー、人間の世界にエルフのお酒が紛れ込んでいるのって、こういうことしてたからか」
悪い奴だなー、とファムは苦い顔をする。
「でも、誰も不審に思わなかったんでしょうか?」
「疑われないように、理由は色々考えていたのかもね。ここは、この酒場の店主さんに聞かないと分かんないかな。でも、例えば『接待するのに買った』って話であれば、その接待が本当にあったのか確かめるとか、やれることは色々ある。……矛盾点があれば、そこを突くことで、ルーフィウスさんに自白させられるかも」
これ一つだけでは証拠として弱いだろうが、雅達が見つけてきたいくつかの証拠も合わせれば、充分な力になるだろう。
ライナ達は帳簿をさらに調べ、ルーフィウスが買った不審な履歴を見つけていく。
「……よし、こんなもんかな? じゃあ次、行こうか」
「ん? まだ探すの?」
「うん。あれこれ理由を付けたところで、何度もお酒を大量に買っていたら怪しまれるってことは、ルーフィウスさんも懸念していたはず。リスクヘッジで、他にも色々買っていた可能性は高いよ」
「ふぅん? ……あ、じゃあさ、場所だけ教えて? 私、ちょっとお花摘んでから行く。ここ、なんでか知らないけどトイレが無いからさ」
「とか何とかいってファム、サボる気じゃない?」
ノルンがジト目でファムを睨むが、ファムは大慌てでブンブン首を横に振る。
……確かに疲れたなーとは思っていし、サボりたい気持ちは滅茶苦茶あるが、本当にやらないといけないことだけは、ちゃんとやるのがファムのポリシーだ。
「まぁ、いいじゃんノルンちゃん。――えっと、ここから三軒離れたところの建物があるよね? 服とか作っているお店。そこに先に向かっているから」
「オッケーオッケー。分かった。んじゃ、後で」
そう言うと、ファムは一足先に、酒場を出るのだった。
***
「あぁ、もう! ファムの馬鹿!」
「あ、あはは……」
それから二十分後。服屋を調べ終わり、出てきた二人。
だが、ノルンはカンカンである。それもそのはず。酒場で別れたファムが全く、姿も見せなかったから。
「本当に……あぁ、ファムを見たら、特大の風魔法ぶち当ててやるんだから!」
「えっと、程々にね?」
ここでは特に目ぼしい証拠は見つからず、少しイライラしていたからか、ノルンの言葉尻は強い。
そうでなくとも、ファムが来なかったのは、ノルンにとっても驚いたのだ。いつもの調子で「サボるんでしょ」と言ってしまったものの、あれは本気では無かったから。きっと彼女は来てくれるはず……それが、思いもかけず裏切られてしまったのだ。頭にもこよう。まさか、トイレが中々見つからないわけでもあるまい。
「まぁまぁ、取り敢えず、また別のところ、行ってみようか。後一軒くらいなら、調べる時間もあるし」
「……それもそうですね。こうなったら、ファム抜きでバッチリ証拠、見つけてやりましょう!」
と、ノルンがそう意気込んだ、その時。
「――っ!」
危険察知のために、定期的に発動させていたノルンのスキル、『未来視』。
それが、ある光景を教えてきて、ノルンは咄嗟にライナの手を引き、横っ飛びする。
刹那、
「っ? 何っ?」
今まで二人がいた場所に、白色の粘液が着弾した。
突然のことに驚くライナだが、飛んできたそれを見て、さらに目を見開く。無理もない。それは――
「今の、カルムシエスタ遺跡の時のっ?」
討伐戦の直前、コートマル鉱石を探しに行った時、今の攻撃と全く同じものを見たのだから。
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