第497話『横領』
「はっはっは、災難だったね。でも、面白いものが見れた。キカイだっけ? あんなもの、エルフ達には馴染みがないから」
「いやはや、お恥ずかしいところを……」
グラビディ・コントローラーの誤作動騒ぎが収まり、改めて始まる交流会。
集会所として使われるという平屋の屋敷で、食事会が開かれていた。
森の動物の殺生を好まないエルフらしく、肉料理は無い。代わりにキノコや木の実、野菜や果物を中心とした料理が並んでいる。お酒も置かれているが、雅達は絶対に手を出さないよう、カリッサとミカエルから厳命されていた。理由は何故か教えてくれなかったが。
そんな中、表向きは交流会ということなので、雅達は色々なエルフと交流していたのだが、その中で一人、驚きの人物がいた。
金髪に長い耳、美形の男性。彼はよく見ると、カリッサの面影があり――
「それにしてもカリッサさん。弟がいたんですね。初めて聞きました」
「いや、別に隠すつもりとかはなかったんだけどね」
「改めまして、アラマンダ・クルルハプトです。よろしく、ミヤビちゃん」
アラマンダはそう言って人の好い笑みを浮かべ、雅に握手を求めてくる。雅は「ええ、こちらこそ」と言ってそれに応じながら、口を開いた。
「里でのカリッサさんって、どんな感じなんですか?」
「ちょっとミヤビさん、何聞いているのっ?」
「えー? だって気になるじゃないですかー! で? どうなんです?」
「あはは、そうだねー……」
「ちょっとアラマンダ! 変なこと言ったらぶつからね!」
「……こんな感じだよ。小さい頃は、よく虐められた」
「アーラーマーンーダー!」
カリッサの拳がアラマンダの脇腹に連続で叩きこまれる。……どうやら、エルフと言えど、姉弟は割とこんなもののようだ。仲が良いようで何よりだと思う一方、
【……ミヤビ、羨ましかったりする?】
(まぁ、ちょっとだけ?)
一人っ子で天涯孤独の身としては、こういう光景を見ると、どうしても羨望が生まれてしまう。
もう一発どついた後、カリッサは「みっともないところを見せたね。忘れて」と恥ずかしそうに言いながら戻ってくる。
さて、他のエルフと話していた皆も集まってきて、カリッサは周りが歓談で気が緩んでいるところを確認すると、一転して真面目な顔になった、
「じゃ、手筈通りに」
カリッサがそう囁き、雅達はコクンと頷く。
皆でワイワイ騒がしい食事の席。
誰か数人が抜けたとて、少しの間なら誤魔化せる。
――いざ、行動開始だ。
***
「さて、さがみん。早速向かいましょう。ルーフィウスさんの家に」
「不法侵入するのは忍びないけどね」
まずは雅と優から。
今回のミッションは、ルーフィウスがサルモコカイアを使っている証拠を集めること。一番それがありそうなのは、本人の自宅だ。
「一番良いのは、ルーフィウスさんの家に、サルモコカイアが保管されていることかな? これなら絶対言い逃れ出来ないし。まぁでも、そんな上手くはいかないと思うけど。きっと、全部使ったでしょ? 麻薬なら、我慢出来ずに使いそうだし」
「まぁ、そうでしょうね。でも、証拠になりすなもの、何かあればいいんですけど。時間も限られています。一番証拠がありそうな部屋を探しましょう。――あ、ここですね。ルーフィウスさんの家」
里からやや離れた森の奥。そこに、まるで身を隠すかのように建てられた二階建ての家があった。
「流石長の家、大きいですね。でも、お手伝いさんとかはいないのかな? 全員歓迎会に出た感じ?」
「……人の気配はないわね。入ろう」
「因みに、気配がないっていう根拠は直感ですか?」
「モチのロン」
窓から中の様子を伺いながら、優がそう言う。雅は特に疑わない。優は警察官の娘。こういう感覚は、一般の人よりも鋭敏だ。
「さて、合い鍵合い鍵……」
カリッサが貸してくれた合い鍵で、真正面からお邪魔する雅と優。ルーフィウスの家に侵入したい旨を彼女に相談したら、こっそり作ってくれたのだ。
しかし、こう実際にちゃんと使えると、それはそれで複雑な気持ちがある。何となく、二人の中のエルフは、警戒心が強く、こういうセキュリティは厳重なイメージだったから。
中に入り、わざとちょっと大きな音を立ててみるが、誰かがやって来る様子はない。優の勘は当たっているようだ。
「よし、じゃあ手分けして……私は二階を見るから、みーちゃんは一階をお願い」
「オッケーです。……地下の階段とかあったらいいんですけどね」
雅がそう言うと、優は「漫画とかドラマの見過ぎ」と笑った。
――そして、別れてから十五分くらいした後だろうか。
雅が物置をあれこれ物色していると、慌ただしい足音が聞こえてくる。
一瞬、「侵入がバレたっ?」と思ったが、
「みーちゃん、ちょっと来て!」
やって来たのは、優だ。随分興奮しており、手には冊子を持っている。
「えっ? もう見つかったんですか?」
「直接的なものじゃないけど、これ見て!」
そう言って優が見せてきたのは、帳簿。
ざっと見る限り、里の運営に必要な経費が書かれているようだが、優はその一部分を指差していた。
「ここの金額、何か不自然に書き換えられている。多分、横領したんだと思う」
「横領? ……じゃあ、盗んだお金でサルモコカイアを買ったってことですか?」
「可能性は高いわ」
仮にサルモコカイアを買っていなかったとしても、横領だって立派な犯罪だ。エルフの法は知らないが、流石にこれはこれでアウトのはずである。ここから余罪を追及するのも、手としてはアリだ。
「なんでこんなものを残して……あ、一番上の日付、先週のものですね」
「うん。パラっと見た限り、月末に、里のお偉いさん方に提出している資料っぽい。他の月の帳簿は見当たらなかったから、多分だけど、事が過ぎたら処分しているんだと思う。でもこれは、まだ今月の途中だから――」
「まだ捨てる訳にはいかなかった、と。じゃ、タイミング的にはラッキーでしたね!」
これは思いの外、すぐケリがつきそうだ。そう確信してガッツポーズをした雅だが、反対に優は微妙そうな顔だ。
……こういうのは、中々手掛かりが見つからないものだと思っていたから。両親だって、妖しそうな場所や遺留品を一つ調べてすぐに事件解決なんてしない。大体予想は外れて、別の手掛かりを、それこそ寝る間も惜しんで調べるものだ。こんなにすぐに見つかったことが、どうにも気味が悪かった。
それに、
(なんか、妙な表記があるのよね。この『イシ、カンリ』って何のことだろう?)
とは言え、
「もうちょっとちゃんとした証拠が欲しいけど、まぁ一旦良しとして戻ろう。流石に怪しまれるし」
「素人探偵の仕事にしては、上出来ですよね?」
「多分ね」
優はそう言うと、帳簿の写真を撮る。持ち帰ると、後で無くなったと騒ぎになるからだ。
二人は後片付けと侵入の痕跡を消して、集会所の方に戻るのだった。
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