第6章幕間
六月二十一日の木曜日。午後五時二十一分。
雅の元の世界、新潟県立大和撫子専門学校付属高校。日本海側の校舎の五階、一年四組にて。
二人の女子生徒が、机を囲んで立ちながら話をしていた。
机の上には、弓型のメカメカしい見た目をしたアーツ……なのだが、よく見ればところどころ分解されている。
「あー……成程ねー」
「っ! やっぱり、まずいとこあった?」
エアリーボブの女子が納得したようにうんうんと頷くと、黒髪サイドテールの女子は身を乗り出してそう聞いた。
橘真衣華と、相模原優だ。ちなみに真衣華は、普段は着けていないカチューシャとメガネを掛けている。
真衣華は今、優のアーツ『霞』の点検をしていた。
事の始まりは、今日の午後。アーツを用いた戦闘訓練の授業の最中、優の使っていた霞の挙動が少しおかしくなったのだ。具体的には、弦を引くと矢型のエネルギー弾が作られるのだが、その作成にいつもより少し時間が掛かったり、あちこちから僅かではあるが異音が聞こえてきたのである。
使用者にしか分からない、僅かな変化。
アーツは女性を守る盾であり、敵を払うための矛。それが僅かであっても様子がおかしいとなれば、不安を覚えて当然である。
授業が終わるや否や、優は真衣華に相談した。
実は真衣華は父親の影響で、アーツを分解したり調整したりカスタマイズしたり……そういう意味の『弄る』ことが好きな女の子なのだ。趣味が高じてアーツの構造にも詳しくなり、元々手先も器用だったこともあって、彼女にアーツのメンテナンス等を依頼する子は多い。こういったことを相談するには打ってつけの相手だった。
そういう事情があっての、先の言葉である。真衣華がカチューシャやメガネを着けているのは、こういう作業を行っていたためだ。
「結論から言うと、いくつかの部品が劣化してるね。霞って遠距離攻撃用のアーツでしょ? もしかして、アーツ自体をレイパーに叩き付けたりとか結構やっちゃってた?」
真衣華がジト目でそう聞くと、思い当たる節があったのか苦笑いを浮かべ、彼女から視線を逸らす優。
その反応で悟ったのか、真衣華は大きく溜息を吐く。
「まぁすぐに壊れるってことは無いと思うけど……念のため、一度『StylishArts』でちゃんとしたメンテナンスをしてもらった方がいいよ。小手先のメンテナンスじゃ、しばらくもしない内に再発すると思う」
「えぇ……」
メーカーでのアーツのメンテナンスは、二日三日掛かる。勿論その間は自衛出来るように別のアーツが渡されるのだが……それはあくまでも『護身』のためのアーツで、戦闘には不向きだ。
どうしたって雅の捜索に支障が出てしまうため、げんなりとした顔になってしまうのも無理は無い。
しかし、それを見て真衣華の眉が釣り上がる。
「駄目だよ、ちゃんと見てもらわないと」
「……うん」
メンテナンスに出さずに放置した結果、戦闘中にアーツが壊れて命を落としては本末転倒だ。
それは優も分かっているから、渋々といった様子ではあるが頷いた。
「取り敢えず、『StylishArts』に持って行ってみる。ありがとう。手間掛けさせちゃってごめんね?」
「あぁ、いいのいいの。こういうの好きだからね」
カチューシャとメガネを外しながら、真衣華は何ともなさそうに言う。
そんな時だ。
「む、相模原、橘。一緒にいたのか」
「ちょ、権さん? あまり私に引っ付かないで下さいまし……!」
「いヤ、だっテ……」
愛理、希羅々、志愛の三人が教室に入ってきた。
志愛が希羅々の影に隠れるようにしているのは、愛理の声が好み過ぎるが故に距離を置こうとしているからだ。あまり近くで彼女の声を聞くと「堕ちてしまう」らしい。さっきのちょっとした発言も、志愛の背筋がゾクリと震えてしまった程だ。
そんな志愛の様子に、愛理は少しだけ傷ついた顔になり、二人の間に挟まっている希羅々も随分と困り顔である。
「あー……ちょっと真衣華ちゃんにアーツを見てもらってたの。一度ちゃんとメンテナンスしないとだって」
「メンテナンス? どこカ悪いのカ?」
「まぁ、ちょっとね。それより、愛理達はもう帰り? てか何でいるの、希羅々ちゃん?」
「希羅々ちゃん言うなっ! ですわっ! 真衣華と一緒に帰ろうと思っていたところで、たまたま二人と会っただけですの! っていうか、ここは私の教室なのですから、いても何もおかしくありませんわよ、この庶民!」
「あー、はいはい。皆で仲良く一緒に帰りましょーねー」
いがみ合う二人。優の背中を押しながら、真衣華は言う。
結局、五人で一緒に帰ることになった。
互いに煽ることはあれど、一緒にいることを極端に拒まない辺り、優と希羅々の関係性も変わってきたのかもしれないと、他の三人はふと思った。
***
そして校舎を出て、白山駅へと向かう。
どうせなら、どこかでお茶でもしてから帰ろうということになったのだ。
その道中。
周りには、偶然にも他に人はいない。
歩いているのは、五人だけ。
そんな彼女達に、三つの黒い影が、同時に襲いかかった。
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