第496話『里招』
時は、少し前に遡る。
「え? エルフの里って、サウスタリアにあるの?」
「うん。前はオートザギアにあったんだけど、諸事情があって……」
「知らなかったわ……。噂になっても良さそうなのに」
ひと月前、カリッサから依頼の話を聞かされたミカエルから、驚愕の声が漏れる。
カリッサと初めて出会ったのがハプトギア大森林、つまりは海を挟んで向こうの大陸の国オートザギアなので、てっきりまたオートザギアに集合かと勝手に思っていたのだ。
「私達、定期的に住む場所を変えているんだ。引っ越しみたいなもの。同じ場所で生活し続けていると里の場所が知れ渡って、不必要な程に人が来てしまうかもしれないし」
カリッサの言葉は、半分正解だ。大体五十年から百年に一度、大陸を超えて別の場所へと住む場所を変える。しかもこの引っ越し作業の完遂は、誰にも気づかれることなく、穏便且つ俊敏。
エルフに詳しい者なら、この事実は知られている。
……が、その本当の目的を知る人間は皆無だ。定期的に引っ越しする真の理由は、コートマル鉱石を隠すためである。コートマル鉱石はエネルギーの塊で、同じ場所に設置し過ぎると、そのエネルギーが大地に流れ出てしまう。勘の鋭い人間は――それがコートマル鉱石のものだとは知らずとも――それを辿り、うっかり見つけてしまう。魔物なんかも、察知してしまう。故に、定期的に場所を移動させる必要があるのだ。
「今は、サウスタリアの東辺りに住んでいるよ。あそこ、森に狂暴な魔物が潜んでいるからか、あんまり人が近寄らないし。そういう訳だから、シェスタリアで待ち合わせて、私の魔法の絨毯で行こう」
「オッケーですわ。……ところで、そろそろ依頼の具体的な内容を教えてくれませんこと? 束音さんから、探偵みたいなことをすると、ざっくりと聞いてはおりますが……。何分経験が無いものでして、やるならそれ相応に準備が必要ですわ」
希羅々がそう尋ねると、カリッサは一度唇を噛み、しかしすぐに「うん。そうだね」と頷いた。
その様子が、どこか覚悟を決めたような感じに思えてならない。これから何を頼まれるのか、少しばかり緊張してしまう。
すると、
「……皆はさ、『サルモコカイア』って知っているよね?」
「さ、サルモコカイア? まぁ、知っていますよ。知っていますけど……」
目を丸くするノルン。思いもかけない単語が出てきた。何故なら、
「……なんか、嫌な予感がしてきました。サルモコカイアって、廃液は凄いエネルギーを持つし、臭いでレイパーや魔物を誘き寄せますけど、あれって元は――」
「うん。薬だね。怪我を治したりするものじゃなくて、悪い方の」
そう、サルモコカイアは、本来は麻薬として用いられる。
雅が思いっきり嫌な顔をし、カリッサがそれを肯定した。
「エルフ一族って、一昔前の集落みたいな感じでさ。里に長がいるの。今回の依頼は、その長に関することなんだけど……そのサルモコカイアを、長が使っているみたい。皆には、その証拠を掴んで欲しい」
息を呑む雅達。
カリッサが色々渋っていた理由が、よく分かったから。里の長という立場の者が麻薬を使っているというのは、相当なスキャンダルだ。
だが、一方で疑問も浮かぶ。
「ちょ、それって、エルフだけで解決した方がいいんじゃないですか? 人間に知られたりしたら、それこそ問題になったり……」
「駄目なんだ。今の長は人望も厚いから、誰も信じてくれない。それに信じてくれたとしても、長を庇おうと可能性すらある。……幸か不幸か、今の長は、表向きは普通なんだ」
「ん? じゃあカリッサさんは、どうして長がサルモコカイアを使っているって知ったんですか?」
「……偶然、見ちゃったんだよ。長が、使い終わったサルモコカイアを燃やしているところをさ」
優が首を捻ると、カリッサがそう答える。
「あまりのことに、流石にその時は何も聞けなかったんだけど、でも間違い無かった。……それからこっちでも色々と調べていたんだけど、決定的な証拠は何もない。ちょっと悩んだんだけど、流石に見過ごせないから、君達に依頼したの」
「成程。それなら、シャロンさんを連れて行けば一発です。竜は鼻が利くって仰っていましたし」
サルモコカイアの廃液は、一部の生き物には良い匂いと感じる成分がある。廃液がそんな匂いを発するなら、サルモコカイア自体も多少なりとも匂いがあるはずだ。
それ故の雅の提案だったのだが……カリッサは、「いや、それはマズいかも」と首を横に振る。
「エルフには、竜人の知識がある者もいっぱいいる。竜人とは直接の交流は無かったけど、昔から存在している種族だからね。シャロンさんは竜人特有の匂いがあるから、割と分かりやすい。下手をしなくても、警戒されてしまう」
「むむむ。それはまた、難しい問題があるんですね……。地道に探すしかないってことですか」
「手間をかけるようだけど、それしかないかな。……一ヶ月後に、君達を里に招待しようと思う。表向きは、そうだね……交流会とでもしよう。幸いタイミングがいいことに、口実もある。あの討伐戦で、互いに協力したわけだしね」
レイパー問題にはエルフも頭を悩ませている。奴らの輪廻転生を終わらせた立役者達を、となれば、すんなりオーケーが出るだろうとカリッサは続けた。
「……因みに、証拠を揃えた後は、どうするの?」
「……追及する。それで、然るべきところへ連れていく。その後は……多分、私が里を出ていかないといけなくなると思う」
ミカエルの質問に、カリッサは苦渋に満ちた顔でそう呟く。
「カリッサさん……それでいいんですか?」
「嫌だよ。……でも、見ちゃったから。放置することなんて、尚更出来ない」
そして、最後に深く頭を下げて、こういう。
「お願い。エルフとして恥ずべき話ではあるけど、このままって訳にもいかない。協力して欲しい」
***
そして、時は今に至る。
カリッサの乗る大きな魔法の絨毯に乗せられ――今日はいつも使っているものではなく、客人を送り迎えする用のものだ――エルフの里に向かう一行。
サウスタリアの東。森が広がる中、小山に囲まれたところへと差し掛かると、一か所だけ木が整備され、集落となっている場所が見えてくる。
「見えてきた。あれがエルフの里だよ」
「こうやって空から見ると、凄く分かりやすいですね」
え、これって大丈夫なの? と思いながら優がそう呟くと、カリッサは「普段は、バレないように魔法で幻影を出しているんだ。今日は特別だよ」と苦笑いを浮かべながら答え、そのまま下降していった。
木造一軒屋がまだらに並ぶものの、中央だけは広場になっている。そこには、
「あ、人が集まってる! 皆エルフの人達かな?」
「こうしてみると、ちょっと感動ですわね。ザ・異世界って感じがしますわ!」
ライナと希羅々が興奮気味にそんな会話を交わす。視線の先には、五十名近い人数の人だかりが出来ていた。金髪率が高く、服装も緑率が高い。
【あれ、流行りなのかな?】
(どうでしょう? 少なくとも金髪は遺伝でしょうし、服も風景に紛れやすいようにって意味合いが強いんじゃないですか?)
カレンの疑問に、雅がちょっとワクワクしながらそう推理した。エルフのイメージが、森の狩人というテンプレがあるからか、どうしてもそう思ってしまったのだ。
「ていうか、なんでこんなに集まっているの?」
「あー……人間と交流するのって久しぶりだから、皆、どうすればいいか分かんなかったみたいでね。それで、取り敢えず出迎えは里の皆ですべきって思った……のだと思う」
ファムの質問にカリッサがそう答えると、隣で優が小首を傾げる。
「んー? もしかしてエルフの人達って、コミュ障?」
「ちょ、ユウさん! 失礼ですよ!」
「あぁっ、ごめんなさい!」
ノルンに諭され、慌てて優が謝ると、カリッサは「いいよいいよ」と言いながらも微妙な顔をする。全くもって優の言う通りで、同じエルフとして実はちょっと恥ずかしい気もしていたのだ。
そして、
「エルフの里へようこそ、人間の皆様」
雅達が地上に降り立つと、金髪が揃う中、一人だけ銀髪の、美麗ながらもやや顔にほうれい線が目立つ男性が前に出て、ペコリとお辞儀する。
「私はルーフィウス・エルフマンダ。里の長をやらせてもらっております。カリッサがいつもお世話になっております」
「こちらこそ、カリッサさんには助けられています。私はミカエル・アストラム。ウェストナリア学院の研究者です。本日はお招きいただき、大変光栄です」
雅達サイドの者では最年長のミカエルが丁寧な所作でお辞儀したのを皮切りに、雅達も続けて自己紹介をする。
そんな中、
【……ミヤビ。気づいてる?】
(エルフの人達に、ちょっと警戒心があるのは何となく)
視線だけ動かし、周りの様子を観察していた雅。何人かの顔は、あまり明るくない。全員が全員、歓迎してくれているわけでは無さそうなのは、何となく分かった。
しかし、カレンは「それだけじゃなくて」と続ける。
【何となく、ファムが注目されている感じ、しない?】
(ファムちゃんが? ……成程)
言われてみれば、そんな気がする。
しかも、ファムが可愛くて注目している、という感じでは無い。それはどこか、天敵を見つけたという、そんな雰囲気があった。
よく見れば、長のルーフィウスすら、そういう目でファムを見ているような気さえする。当のファムは気づいていないようだが、これは一体どういうことか。
すると、
「ん? ――おわっ?」
地面に落ちていた小さな木の枝が、突然ファムの方へと飛んできた。
それだけではない。木の葉や小石等も、次々とファムの方へと向かってくるではないか。
巻き起こる悲鳴。エルフ達の足元にあるものも飛んでおり、中には木の枝が命中する者もいた。あれは地味に痛い。
これは――
「ちょ、ファム!」
「ち、違うよ! 私も何が何だか――ぅぉっとっ?」
ファムが今朝がた貰った『グラビディ・コントローラー』。あれが発動しているのだ。
「パ、パトリオーラさん! 腕輪を一旦外してくださいまし!」
どうやら誤作動の様子。
希羅々に言われるがままに腕輪を外し、騒ぎが落ち着くと、皆でペコペコと謝る羽目に。
幸いにも怒りを露わにする者はいなかったが、こんな調子で、長がサルモコカイアを使った証拠が集められるのか、先が思いやられる。
もしかすると先程のエルフ達の顔は、グラビディ・コントローラーが誤作動する予感があったからなのかもしれない。あれは魔力を通すと発動するので、魔法が使えるエルフの、第六感が働いたのだろう。
――この時は、雅とカレンはそう思っていた。
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