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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第56章 シェスタリア~エルフの里
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第495話『引寄』

 五月十一日土曜日。午前九時五分。


 ここは日本の北、ナランタリア大陸。その南の港町、シェスタリアの宿。


「いやー、この時期のシェスタリア、やっぱりちょっと寒いですねぇ」


 宿の一室で、束音雅が自分の体を抱きしめながら、ブルリと体を震わせる。アホ毛が伸びた桃色のボブカットに、ムスカリ型のヘアピン、黒いチョーカーといつものスタイルだが、着ている服は冬物だ。ただコートは持ってきていない。


「やっぱ私服じゃなくて、学校の制服持ってくれば良かったです。私が着て良いかはさて置きとして」

「制服、本当に優秀だよね。丈夫でもあるし」


 失敗したなー、という顔をする雅にそう返したのは、親友の相模原優。黒髪サイドテールの彼女は、私服の雅とは違い、学校の制服姿である。雅と違って寒さに平気そうなのが、制服の優秀さを物語っていた。


「……大体、別に着ても良いのでは? 学校を辞めたからと言って、着てはいけない理由にはならないでしょう? 犯罪になるわけでもあるまいし」


 そう言ったのは、同じく制服姿の桔梗院希羅々。よく手入れされた、ゆるふわ茶髪ロングの彼女は至極当然だという顔をするが、雅は「んー」と曖昧な返事をする。何となく未練がましい気がして、やはり抵抗があったのだ。


 故に、今は学校の制服はタンスの奥にしまってあるのだが、いざ着るのをやめたとなると、その利便性が恋しいと思ってしまうのは致し方なしか。去年異世界転移した経験を生かすべきだったと、内心で反省してしまう。


 さて、雅達が何故ここにいるのか。


 それは、カリッサ・クルルハプトからの依頼を受けるためである。


 先日の討伐戦の際、カリッサからコートマル鉱石の情報を渡されたのだが、その対価として要求されたのが、『自分の依頼を受けてもらうこと』であった。


 あれから約二ヶ月。少し間が開いてしまったが、ようやく正式な日程や詳細等を聞き、待ち合わせ場所であるここ、シェスタリアまで来たというわけである。


 柚希の一件――彼女は未だ、目を覚まさない――もあるが、さりとてこちらの用事をキャンセルというのはあまりにも不義理。レーゼや優一達が調査しているということもあるので、雅と優、希羅々の三人は前日にシェスタリアに来て、ここに泊まっていた。


 因みに、他のメンバーもいるのだが、


「それにしても、皆さん遅いですわね。一体どこに――」


 カリッサ以外の集合時間は九時、この部屋。時計を見ながら希羅々が不満げな顔をすると、ドアが慌ただしくノックされる。噂をすれば影というやつか。


 希羅々がやれやれと言った顔で、扉の鍵を開けると、


「ご、ごめんなさい! 遅れちゃったわ! ――きゃっ!」

「おわっ?」


 ミカエル・アストラム。金髪ロングに、白衣とローブを融合させたような服を纏う彼女が、戸の(くつ)ずりに躓き、希羅々の胸へとダイブし、そのまま二人一緒に床へと倒れ込む。


 雅と優が、慌てて駆け付けようとすると、


「師匠っ? キララさん、大丈夫ですかっ?」

「あぁ、もう! 何やってんのさ先生!」


 ミカエルの後ろから二人の少女の声が聞こえてきた。ノルン・アプリカッツァに、ファム・パトリオーラ。二人を心配する声を上げたのが、前髪が跳ねた緑髪ロングのノルンで、呆れたような声を出したのが、紫髪ウェーブの髪型をしたファムである。


「すみません皆さん。ちょっと馬車でトラブルがあって……」


 さらにその後ろから顔を出したのは、ライナ・システィアだ。片目を隠した銀髪フォローアイの彼女が、心底申し訳なさそうに頭を下げた。


 本当は、もう後二十分くらい早く着くはずだったのだ。馬車から降りる際にミカエルが足場を踏み外し、転んでしまった挙句、たまたま持っていた杖が、客車を引いていたユニコーンの足に強打。怒ったユニコーンが暴れ、それを宥めるのにてんやわんやした……というのが、遅刻の原因である。


「うぅ……ごめんなさい」

「ま、まぁお互い怪我もありませんでしたし。ただ、遅刻しそうなら一声欲しかったところですわ。アストラムさんもシスティアさんも、ULフォンを持っていらっしゃるのですから」


 何故忘れるのか、と呆れたように目を閉じる希羅々に、ミカエルもライナも平謝りするしかない。


 最も、言い分はあるのだ。これが遅刻確定なら連絡もいれたのだろうが、走ればギリギリ間に合いそうだったのだから。


 とは言え、これでメンバーは全員揃った。ミカエル、ファム、ノルン、ライナ……この四人も加えて、総勢七名。いつぞやのオートザギア遠征組である。


「全く……ま、クルルハプトさんが来るまで、まだ少し時間がありますし、良しとしましょう。――そうだパトリオーラさん、これ、プレゼントです」

「プレゼント? ――あー、前にマイカのお父さんから聞いていたやつね」


 希羅々が自分の荷物の中から小箱を取り出して渡すと、ファムが手を打った。


 実は討伐戦が終わった後、真衣華の父親で、アーツ製造販売メーカー『StylishArts』の開発部長の(れん)が、とある装置を開発した。一昨日完成したばかりである。


 それを一番有効に使えそうなのがファムだったため、試用してもらいたいと話があったのだ。


「開けてもいい?」

「ええ。何なら試運転もして下さいまし」


 ファムが早速中を開けると、


「わぁ! 可愛いブレスッレットですね! ファムちゃんによく似合う!」

「そ、そうかな? あんまこういうの着けないから、分かんないや」

「私もいいと思う。ファム、こういう金属っぽい雰囲気の色、似あうね」


 細めの腕輪。戦闘の邪魔にならないよう、しっかり腕にフィットするそれだが、メタリックな紫と緑のマーブル模様で見た目が硬そうだからか、色白で柔らかいファムの腕に、アクセントを与えていた。


 雅とノルンに褒められたファムは何でもなさそうにするが、耳の辺りが薄ら赤くなっている辺り、まんざらでもないようである。


「……って、それよりこれ、どう使えばいいの?」


 最も、これはおしゃれのものでは無い。戦闘用の道具であることを思い出したファムが、希羅々にそう尋ねる。


「真衣華のお父様曰く、軽く魔力を流せば良いらしいですわ。後、イメージが大事だとか」

「魔力とイメージ? こう? ――おわっ?」


 言われた通りにした刹那、




 ベッドに置かれていた枕が、ファムのところにひとりでに飛んでくる。




「び、びっくりした……!」

「ふむ、無事に動きそうですわね、その『重力(グラビディ・)操作装置(コントローラー)』」


 グラビディ・コントローラー。


 名前の通り、重力を操れる装置。使うと、ファムの周りに超重力の球体を出現させ、物をそこに引き寄せるのだ。


 とは言え、何でもかんでも引き寄せられるわけではない。ファムが頭の中で浮かべたイメージのものかつ、軽いものだけだ。そして引き寄せるだけで、引き離すことはできない。……まぁそれだけでも、充分凄いことはしているのだが。


皇奈(おうな)さんの『アイザックの勅命』からインスピレーションを受けたんだっけ?」

「ええ。それを片手間に作れるというのも、相当なものですが」

「そう言えばミヤビさんは、『アイザックの勅命』、使えるんですか?」


 ファムがグラビディ・コントローラーを使って、枕や本など、あれこれ自分の元に引き寄せる中、ライナがそう尋ねる。


 しかし、雅は首を横に振った。


「一応、『共感(シンパシー)』は使えるよって教えてくれているんですけど、実際に使おうとしても発動しないんですよね……。何か、発動条件があるのかな? 皇奈さんに聞いてみても、本家のスキルにそんな発動条件は無いらしいんですけど……」

「ミヤビちゃんのスキル、元のスキルから効果が変わったりするものね。使えれば強力なんだけど……」

「他のスキルはどうですの? 確か、『ウィーク・ピアース』というスキルも使っていたはずですわ」

「そっちは使えません。そういうスキルがあるとは聞いていますけど、多分、皇奈さんが私の前でそのスキルを使っていないからだと思います」


 使えれば強力だったんですけどねー、と残念がる雅。


 すると、


「そう言えば、皇奈さんってもう一つ――あべぶっ?」


 テーブルに置いてあったメモ用紙が飛んできて、雅の額に直撃。


 直後、


「あいたっ!」


 ペンが優の後頭部に命中。


「ちょ、パトリオーラさ――っ」


 ティッシュの箱を希羅々がギリで躱し、さらに、


「きゃっ?」

「ミカエルさん――おっと!」

「いたっ」


 枕やスリッパ等が宙を舞い、ミカエルやノルンに当たったり、ライナが避ける。


 そんな皆に「ミスった、ごめん」と謝罪しつつも、ファムは「やー、これ凄い便利!」なんて喜んでいた。


 注意しようとしたノルンの背中に、枕が命中し、ファムが「あー、ごめんごめん」とだらしない態度で謝った直後。


「ファムゥゥゥっ? そこに座りなさぁぁぁいっ!」

「あーヤバ、やり過ぎた」


 ファムがあちゃーと天井を仰ぐ中。


 遂にキレたノルンの、雷が落ちた。




 ***




「お、来た来た」


 そんなトラブルがひと段落し、午前九時五十五分。


 雅達が宿の外で待っていると、空から一枚の絨毯がやって来る。


 そこには、肩口で切りそろえた金髪のエルフが乗っている。緑のジャケットにミニスカートという、凡そ空を飛ぶにしては大胆過ぎる格好の彼女こそ、カリッサ・クルルハプト。


 魔法の絨毯に乗った彼女は、真っ直ぐ雅達の方へと降りてくると、




「皆、久しぶり。時間は早いけど、行こうか」




 きっちり約束の五分前に到着した彼女は、変わらぬ美貌と微笑を携え、雅達にそう告げるのだった。

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