第495話『引寄』
五月十一日土曜日。午前九時五分。
ここは日本の北、ナランタリア大陸。その南の港町、シェスタリアの宿。
「いやー、この時期のシェスタリア、やっぱりちょっと寒いですねぇ」
宿の一室で、束音雅が自分の体を抱きしめながら、ブルリと体を震わせる。アホ毛が伸びた桃色のボブカットに、ムスカリ型のヘアピン、黒いチョーカーといつものスタイルだが、着ている服は冬物だ。ただコートは持ってきていない。
「やっぱ私服じゃなくて、学校の制服持ってくれば良かったです。私が着て良いかはさて置きとして」
「制服、本当に優秀だよね。丈夫でもあるし」
失敗したなー、という顔をする雅にそう返したのは、親友の相模原優。黒髪サイドテールの彼女は、私服の雅とは違い、学校の制服姿である。雅と違って寒さに平気そうなのが、制服の優秀さを物語っていた。
「……大体、別に着ても良いのでは? 学校を辞めたからと言って、着てはいけない理由にはならないでしょう? 犯罪になるわけでもあるまいし」
そう言ったのは、同じく制服姿の桔梗院希羅々。よく手入れされた、ゆるふわ茶髪ロングの彼女は至極当然だという顔をするが、雅は「んー」と曖昧な返事をする。何となく未練がましい気がして、やはり抵抗があったのだ。
故に、今は学校の制服はタンスの奥にしまってあるのだが、いざ着るのをやめたとなると、その利便性が恋しいと思ってしまうのは致し方なしか。去年異世界転移した経験を生かすべきだったと、内心で反省してしまう。
さて、雅達が何故ここにいるのか。
それは、カリッサ・クルルハプトからの依頼を受けるためである。
先日の討伐戦の際、カリッサからコートマル鉱石の情報を渡されたのだが、その対価として要求されたのが、『自分の依頼を受けてもらうこと』であった。
あれから約二ヶ月。少し間が開いてしまったが、ようやく正式な日程や詳細等を聞き、待ち合わせ場所であるここ、シェスタリアまで来たというわけである。
柚希の一件――彼女は未だ、目を覚まさない――もあるが、さりとてこちらの用事をキャンセルというのはあまりにも不義理。レーゼや優一達が調査しているということもあるので、雅と優、希羅々の三人は前日にシェスタリアに来て、ここに泊まっていた。
因みに、他のメンバーもいるのだが、
「それにしても、皆さん遅いですわね。一体どこに――」
カリッサ以外の集合時間は九時、この部屋。時計を見ながら希羅々が不満げな顔をすると、ドアが慌ただしくノックされる。噂をすれば影というやつか。
希羅々がやれやれと言った顔で、扉の鍵を開けると、
「ご、ごめんなさい! 遅れちゃったわ! ――きゃっ!」
「おわっ?」
ミカエル・アストラム。金髪ロングに、白衣とローブを融合させたような服を纏う彼女が、戸の沓ずりに躓き、希羅々の胸へとダイブし、そのまま二人一緒に床へと倒れ込む。
雅と優が、慌てて駆け付けようとすると、
「師匠っ? キララさん、大丈夫ですかっ?」
「あぁ、もう! 何やってんのさ先生!」
ミカエルの後ろから二人の少女の声が聞こえてきた。ノルン・アプリカッツァに、ファム・パトリオーラ。二人を心配する声を上げたのが、前髪が跳ねた緑髪ロングのノルンで、呆れたような声を出したのが、紫髪ウェーブの髪型をしたファムである。
「すみません皆さん。ちょっと馬車でトラブルがあって……」
さらにその後ろから顔を出したのは、ライナ・システィアだ。片目を隠した銀髪フォローアイの彼女が、心底申し訳なさそうに頭を下げた。
本当は、もう後二十分くらい早く着くはずだったのだ。馬車から降りる際にミカエルが足場を踏み外し、転んでしまった挙句、たまたま持っていた杖が、客車を引いていたユニコーンの足に強打。怒ったユニコーンが暴れ、それを宥めるのにてんやわんやした……というのが、遅刻の原因である。
「うぅ……ごめんなさい」
「ま、まぁお互い怪我もありませんでしたし。ただ、遅刻しそうなら一声欲しかったところですわ。アストラムさんもシスティアさんも、ULフォンを持っていらっしゃるのですから」
何故忘れるのか、と呆れたように目を閉じる希羅々に、ミカエルもライナも平謝りするしかない。
最も、言い分はあるのだ。これが遅刻確定なら連絡もいれたのだろうが、走ればギリギリ間に合いそうだったのだから。
とは言え、これでメンバーは全員揃った。ミカエル、ファム、ノルン、ライナ……この四人も加えて、総勢七名。いつぞやのオートザギア遠征組である。
「全く……ま、クルルハプトさんが来るまで、まだ少し時間がありますし、良しとしましょう。――そうだパトリオーラさん、これ、プレゼントです」
「プレゼント? ――あー、前にマイカのお父さんから聞いていたやつね」
希羅々が自分の荷物の中から小箱を取り出して渡すと、ファムが手を打った。
実は討伐戦が終わった後、真衣華の父親で、アーツ製造販売メーカー『StylishArts』の開発部長の蓮が、とある装置を開発した。一昨日完成したばかりである。
それを一番有効に使えそうなのがファムだったため、試用してもらいたいと話があったのだ。
「開けてもいい?」
「ええ。何なら試運転もして下さいまし」
ファムが早速中を開けると、
「わぁ! 可愛いブレスッレットですね! ファムちゃんによく似合う!」
「そ、そうかな? あんまこういうの着けないから、分かんないや」
「私もいいと思う。ファム、こういう金属っぽい雰囲気の色、似あうね」
細めの腕輪。戦闘の邪魔にならないよう、しっかり腕にフィットするそれだが、メタリックな紫と緑のマーブル模様で見た目が硬そうだからか、色白で柔らかいファムの腕に、アクセントを与えていた。
雅とノルンに褒められたファムは何でもなさそうにするが、耳の辺りが薄ら赤くなっている辺り、まんざらでもないようである。
「……って、それよりこれ、どう使えばいいの?」
最も、これはおしゃれのものでは無い。戦闘用の道具であることを思い出したファムが、希羅々にそう尋ねる。
「真衣華のお父様曰く、軽く魔力を流せば良いらしいですわ。後、イメージが大事だとか」
「魔力とイメージ? こう? ――おわっ?」
言われた通りにした刹那、
ベッドに置かれていた枕が、ファムのところにひとりでに飛んでくる。
「び、びっくりした……!」
「ふむ、無事に動きそうですわね、その『重力操作装置』」
グラビディ・コントローラー。
名前の通り、重力を操れる装置。使うと、ファムの周りに超重力の球体を出現させ、物をそこに引き寄せるのだ。
とは言え、何でもかんでも引き寄せられるわけではない。ファムが頭の中で浮かべたイメージのものかつ、軽いものだけだ。そして引き寄せるだけで、引き離すことはできない。……まぁそれだけでも、充分凄いことはしているのだが。
「皇奈さんの『アイザックの勅命』からインスピレーションを受けたんだっけ?」
「ええ。それを片手間に作れるというのも、相当なものですが」
「そう言えばミヤビさんは、『アイザックの勅命』、使えるんですか?」
ファムがグラビディ・コントローラーを使って、枕や本など、あれこれ自分の元に引き寄せる中、ライナがそう尋ねる。
しかし、雅は首を横に振った。
「一応、『共感』は使えるよって教えてくれているんですけど、実際に使おうとしても発動しないんですよね……。何か、発動条件があるのかな? 皇奈さんに聞いてみても、本家のスキルにそんな発動条件は無いらしいんですけど……」
「ミヤビちゃんのスキル、元のスキルから効果が変わったりするものね。使えれば強力なんだけど……」
「他のスキルはどうですの? 確か、『ウィーク・ピアース』というスキルも使っていたはずですわ」
「そっちは使えません。そういうスキルがあるとは聞いていますけど、多分、皇奈さんが私の前でそのスキルを使っていないからだと思います」
使えれば強力だったんですけどねー、と残念がる雅。
すると、
「そう言えば、皇奈さんってもう一つ――あべぶっ?」
テーブルに置いてあったメモ用紙が飛んできて、雅の額に直撃。
直後、
「あいたっ!」
ペンが優の後頭部に命中。
「ちょ、パトリオーラさ――っ」
ティッシュの箱を希羅々がギリで躱し、さらに、
「きゃっ?」
「ミカエルさん――おっと!」
「いたっ」
枕やスリッパ等が宙を舞い、ミカエルやノルンに当たったり、ライナが避ける。
そんな皆に「ミスった、ごめん」と謝罪しつつも、ファムは「やー、これ凄い便利!」なんて喜んでいた。
注意しようとしたノルンの背中に、枕が命中し、ファムが「あー、ごめんごめん」とだらしない態度で謝った直後。
「ファムゥゥゥっ? そこに座りなさぁぁぁいっ!」
「あーヤバ、やり過ぎた」
ファムがあちゃーと天井を仰ぐ中。
遂にキレたノルンの、雷が落ちた。
***
「お、来た来た」
そんなトラブルがひと段落し、午前九時五十五分。
雅達が宿の外で待っていると、空から一枚の絨毯がやって来る。
そこには、肩口で切りそろえた金髪のエルフが乗っている。緑のジャケットにミニスカートという、凡そ空を飛ぶにしては大胆過ぎる格好の彼女こそ、カリッサ・クルルハプト。
魔法の絨毯に乗った彼女は、真っ直ぐ雅達の方へと降りてくると、
「皆、久しぶり。時間は早いけど、行こうか」
きっちり約束の五分前に到着した彼女は、変わらぬ美貌と微笑を携え、雅達にそう告げるのだった。
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