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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第55章 新潟市中央区万代島~紫竹山
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第55章閑話

 さて、子供が人工レイパーに変身するという事件についての会議が終わった次の日。


 ここは、オートザギア魔法学院。


「ふぁぁ……」


 校庭のベンチ欠伸をしながら大きく伸びをしたのは、長身三つ編みの少女。学院に留学中の篠田愛理である。


 今は昼休み中。お昼ご飯も食べ終わり、何となく眠くなってきたというところ。


 すると、


「あ、シノダ! 見つけたわ!」

「うぉわっ」


 眠気が一気に吹き飛ぶような大きな声が後ろから聞こえてきて、愛理は比喩でも何でもなく派手に跳びあがる。


 見れば、そこには金髪に紫眼の少女がいた。スピネリア・カサブラス・オートザギア。名前の通り、魔法大国オートザギアの第二王女だ。


 愛理の反応が余程面白かったのか、お腹を抱えて笑うスピネリア。そんな彼女に、愛理は恨みがましい目を向け、肩で息をしながら溜息を吐く。


「……何の用でしょう? いえそれより、最近お側にいらっしゃる侍従の方が見えませんが?」

「撒いたに決まっているじゃない。四六時中監視されるなんて堪ったものじゃないわ」

「またですか。全く、自業自得でしょう……。寧ろ監視が付いただけで済んでいるなんて、温情ではありませんか?」


 愛理の言葉に、頬を膨らませるスピネリア。だが文句を言わない辺り、愛理の言葉が正論だという自覚はあるようだ。


 ラージ級ランド種レイパー討伐戦に付いてきたスピネリア。だがそれは、国王は勿論、周りの侍従にすら内緒でやったこと。


 当然、帰ったらこってり絞られた。相当堪えたらしく、説教が終わってから数日、スピネリアはぐったりしていたほどだ。


 今までも侍従はいたが、全員入れ替え。さらに今までは、授業中等は遠目からスピネリアを見ていただけだったのだが、今はもっと近い位置で、ずっと見ている。それこそスピネリアが言う「監視」に近い。


 スピネリアは、基本的には不満も垂れずにそれを受け入れているのだが、偶にこうして全力で監視を撒いて、プライベートの時間を確保していた。今回もそのようだ。


 最も、


「私が見るに、監視自体は段々甘くなってきています。大人しくしていれば、今頃はもう監視も無くなっていたのでは?」

「うっ……」

「……ま、恐らく後ひと月もすれば、きちんと反省したと国王様もみなしてくれるでしょう。それまでの辛抱ですよ」

「もう! そんなお説教みたいなこと、言わなくたっていいじゃない!」


 プンスカ怒り出すスピネリアに、やれやれ困ったものだと、頭痛を堪えるような仕草をしながら目を瞑る愛理。


 実際、討伐戦に貢献したこと自体は褒められ、無事に生きて戻ってきた時には、国王も女王も泣いて喜ばれていたことを、愛理は間近で見ている。この状況も、スピネリアへの一時的な罰なのだということは察しがついた。


 それにしても、と愛理は力を抜くように息を吐く。


(こうして王女様が罰を引き受けてくれたから、私へのお咎めは無いんだよな……)


 てっきりスピネリアを巻き込んだことに対して、下手をすれば打ち首もあり得ると恐怖していた愛理だが、スピネリアが上手く伝えてくれたのか、寧ろ愛理は国王から厚くお礼を言われたくらいだ。


 正直、スピネリアが来てくれたのは、愛理達にとっても非常に大きな助けであった以上、あまり責めるのは申し訳ない気がする。


 こんなことを考えるのは、もう何回目か。


 愛理があれこれ考えていると、


「あっ、シノダさんだ!」

「ん? あぁ、シャルロッテさんか」


 眼鏡をかけた、紺髪おさげの少女が、愛理に手を振って近づいてきた。


 彼女はシンディ・シャルロッテ。愛理のクラスメイトである。


「何しているの?」

「いえ、ただのんびりと、このお姫様とお話していただけですよ」

「ちょっとシャルロッテ。シノダばかりに目がいっているみたいだけど、第二王女も側にいるのよ?」

「あ、ごめんなさい王女様っ! 気が付かなかった訳ではなくてっ!」

「王女様……あまりいじめないであげて下さい……」

「冗談よ!」


 慌てたようにスピネリアが言うと、愛理とシンディはクスリと笑う。


 この学院で、スピネリア以外に会話をする相手が殆どいなかった愛理。


 だが討伐戦が終わってから、それが少し変わった。シンディのように、愛理に話しかけてくる生徒が、少しずつ増えてきたのだ。


 有名人。


 討伐戦のことは、オートザギアの中でも当然大きな話題となっており、愛理が強力なレイパーと交戦し、活躍したという話も――少し背びれや尾ひれがついているのはご愛敬だが――広まっている。それが理由で、篠田愛理という人間に興味を持った人が出てきた。


 シンディは、その最初の一人だ。控えめそうな見た目とは裏腹に、中々気さくな子で、第一声が「シノ()さん! この後お昼、一緒にどうですか?」と名前を間違えられたのはいい思い出である。


 それでちょくちょく話をするようになり、今では顔を合わせれば挨拶はするし、こうして暇そうにしていれば話しかけてきてもくれるようになった。


 シンディに限った話ではなく、こんな風に声を掛けてくれる学生が増えてきたこともあって、どことなくアウェー感があった学校生活も、かなり生活しやすくなった愛理。


 だが、


「そうだシノダ。最近、魔法の練習の調子はどう?」

「うぐ……」


 スピネリアの質問に、愛理は微妙な顔で言葉を詰まらせた。その反応が、質問に対する何よりの答えである。


「あはは……。シノダさん。毎日遅くまで図書室に籠って勉強しているのにね。授業だって真面目に聞いているのに」

「困ったことに、座学だけではどうにもならない、といったところでしょうね。ここにきて四ヶ月くらい経ちますが、まるで進展が無くて……」


 はぁ、と溜息を吐く愛理。


 そんな彼女の横顔を、スピネリアはジッと見つめていた。


 そして思う。




(……やっぱり、今は何も感じない)




 ――と。


(討伐戦が終わってから、何だか妙な感じがする時があるのよね)


 愛理の中、あるいはそうでないところから。


 今までの篠田愛理からは感じられなかった、薄らとした『何か』とでも言えば良いのだろうか。形状し難いその存在を、スピネリアは時折察していた。


 余りにも薄すぎて、それが何なのかは特定出来ない。愛理本人は気づいていないようで、尋ねてもキョトンとされてしまった。


 何となく気になって、スピネリアは会うたびに注意深く見ているのだが……どうやら今日も、成果は出ないようだ。


 そんなことを気にしながらも、三人でお喋りをしていると、スピネリアの監視の侍従がやって来て、楽しい時間は終わりを迎えるのだった。

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