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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第55章 新潟市中央区万代島~紫竹山
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第494話『史歪』

「柚希ちゃんっ!」


 人工種チーター科レイパーの爆発が起きて一拍後、雅は走り出していた。人工レイパーが倒れた後には、変身者が残るから。今回も例外ではない。


 今までと違うのは、変身しているのが幼い子供だということ。


 地面に伏す柚希に駆け寄った雅だが――


「良かった……気は失っているけど、息はある……!」


 呼吸も脈も正常で、とても一戦した後とは思えぬ程に穏やかだ。


「ミヤビ! どうだ? なんか変な様子、あるか?」

「いえ、パっと見た限りは、特には……。そうだ、早く病院に!」

「確か、近くに病院あったよな? 乗っけていくから、ミヤビは連絡頼む!」


 そう言うと、セリスティアの体から装甲が外れていき、元のバイク姿へと戻っていく。


「ゆ、柚希ちゃん、乗せられるんですか?」

「怪我人搬送用のベルトとかもあんだよ。ただ、流石に一人が限界だ。ミヤビはイオリ達と一緒に来てくれ!」


 言いながら、サドルの下から、まるで赤ちゃんの抱っこ紐のような形状をしたバンドを取り出すセリスティア。


 柚希を背負ってバンドで固定し、雅から病院の場所を教えてもらうと、すぐさまそこへとバイクを走らせていく。


 それから程無くして、伊織達警察も到着し、雅は事情を説明するのだった。




 ――その後、雅も病院へと向かい、セリスティアと合流。


 そこに瑞樹も運ばれており、医者や、後から来た両親も含めて事情を説明していたら一時間くらい経ち、伊織が経過観察をするということで、一旦雅達は戻ることに。


「それにしても、驚きました。セリスティアさんが運転免許を取っていたのは知っていましたけど、まさかああなるなんて……」


 帰り道、セリスティアのバイクに乗り、背中にしがみつきながら、雅は感嘆の声を漏らす。


「いやぁ、俺もあんな風になるなんて思ってもみなかったんだ。最初は、それこそただバイクに乗ってって感じだったんだけどよ。色々開発が進んでいく内に、元々の案も実現出来そうだって感じになって……」

「元々の案?」

「おう。扇風機みたいなもんを背負って、加速しようって案を出したんだよ」


 そのイメージイラストを出したら、「何が書いてあるのか分からない」って言われたのは忘れない。


「『風向きの繊細なコントロールが難しい』とか色々と問題点が出たっていうのに、それ全部解決しちまうんだもんなぁ……。俺もトレーニングしたけどよ、やっぱすげーわ、ミヤビの世界」


 開発のメインは優香と『StylishArts』。一部は他の企業の手も借りたらしい。


 惜しむらくは、討伐戦に間に合わなかったことくらいか。


 ひと月ほど前にやっと形になって、今日の午前中に調整が終わり、さて後は実践投入で細かいところを……と思ったところで、今回の一件が発生したとセリスティアは続けた。


「戦闘のデータ、後でユウカさん達に送って、ちょっとずつ改良することになるんだろうけど、もうこのままでも充分使えるわ。はっはっは!」

【……ん? あれ、でもお金ってどうするのかな?】

(あー……なんか、聞くのが怖いですね……)


 まさかタダという訳ではあるまい。カレンが重要なことに気付き、雅が微妙な顔になる……が、多分これは聞くべきなのだろう。


 恐る恐る尋ねると、セリスティアは「ん? あぁ、そのことか?」と言って、


「特注品ってことで、大体一千万くらい――」

「いっせんまんっ? えっ? 大丈夫なんですかっ? 立て替えてくれって言われても、流石にすぐにポンとは出せませんよっ?」

「いや、大丈夫だっての! シャロンみたいなこと頼まねーって! ……まぁ、ある程度は補助金ってのが出て、残りは貯金とか親とかに頼んだりして搔き集めた。そういうわけで、親にはちょっと借金作っちまったな。幸い、日本でフリーの仕事師も出来ているから、返す当てはある」


 ただ、とセリスティアは少しばかり言葉を濁し、逡巡した後、


「これは踏ん切りがつかなかったから中々頼めなかったんだけどよ……ミヤビ、わりぃ。もう少し、お前の家に住まわしてくれ」


 家賃と生活費、二つを払いながら借金を返すのは流石に厳しい。雅の家に居候させてもらえれば、家賃分を借金返済に回すことが出来る。


「今まではなんつーか、色々成り行き、身一つみたいな感じだったけど、今後はちゃんと。セントラベルグのアパートは引き払って、荷物も持ってな。期間は多分、三年弱くらいになると思うんだが、いいか?」


 セリスティアの声は、緊張に震えていた。


 頼んではいるが、これを断られた場合、セリスティアには次なる一手が無い。本来ならそこら辺のお金とその後の問題をクリア出来る見込みが立ってから開発を依頼すべきだったのだが、それに気づいた時には遅かった。


 しかし雅の家には長いこと厄介になっている以上、雅に「いやこれ以上はちょっと」と言われてしまえば、それ以上無理も言えない。


 断られる不安が、セリスティアの声から自信を奪っていた。……が、


「うちは何時でもウェルカムですよ」

「っ! サンキュー! マジで助かる!」


 あっさり快諾してくれた雅に、セリスティアは心の底から感謝する。


「あ、でも家事とかは覚えて下さいね?」

「オッケー。おいおいな」

「それ絶対やらないやつじゃないですかー!」


 遠くに束音家が見えてくる中、雅の突っ込みがセリスティアの背中に突き刺さった。




 ***




 それから約三時間後の、午後五時四十二分。


 束音家にて、緊急会議が開かれる。子供が人工レイパーに変身した件について、情報を共有するためなのだが――


「えっ? 柚希ちゃん、まだ目を覚まさないんですか?」

『そうっす。ずっと眠りっぱなしっす』


 柚希の様子がおかしい。


 伊織から入った第一報に、雅は言葉を失う。


 戦闘による多少のダメージはあれど、深刻なレベルでは決してない。精々、長時間トレーニングをしたという程度の疲労だ。外傷もなく、脳にも特筆すべきダメージは見られない。


 医者からすれば、とっくに目を覚ましているはずの状態だが、起きる様子が欠片もなく、今も尚、柚希は深い眠りに沈んでいる。


「倒し方がマズかった……? いや、でも普通のやり方だったはず……」

「やっていることは、いつもより強力なだけで、ただのタックルだ。倒した時も、特に妙なことは無かったはずだぜ?」

『戦闘の映像を見ても、特に異常はないわ。別の要因が考えられると思うけど……』

『後遺症ってことですカ? 詳しいことハ、元凶に聞いてみるしかなイ……というわけですネ?』


 立体映像のミカエルと志愛がそう結論付ける。


 元凶というのは、久世(くぜ)浩一郎(こういちろう)。人工レイパーの開発者のことだ。


『しかし聞くと言っても、どうするんだ? 行方は分かっていないのだろう?』

『うむ。最後に目撃情報が上がったのは三月。隠れていたとみられるアジトは捜索してみたが、もぬけの殻だった』


 愛理と優一がそう続けると、一行から低く息を吐く音が漏れる。


『子供が人工レイパーに変身したっていう事例自体は、初めてですよね?』

『強いて言うなら、鬼灯(ほおずき)さんでしょうか? ただ、未成年とは言え、高校一年生はそれなりに体も発達していますわ。小学生とは訳が違いますわね……』

『前に捕まえた、久世の部下だった人物やバイヤーに話を聞いたが、子供に投与した場合にどうなるかは知らないらしい。そもそも子供向けに作ってもいなかったらしいから、最近開発された可能性もあるな』


 ライナと希羅々、優一がそう言葉を交わすと、隣に出現しているファムが眉を寄せた。


『何にせよ、どこかから薬は買ったってことでしょ。そこからクゼの場所、突き留められるんじゃない?』

『今、その方面で捜査中だ。だがこれまでのケースを鑑みると、バイヤーを特定できても、バイヤーが久世の居場所を知らない可能性が高い。別の手掛かりが欲しいところだ』


 ファムの言葉に、優一は困ったようにガリガリと頭を掻く。


『お医者さんの方で、柚希ちゃんの目を覚まさせる方法を考えている。それが上手くいけばいいんだけど……』

『うむ。眠ったままというのはな……。そう言えば、電流によるショック療法なんてものもあるのじゃろ? 協力した方が良いならば、急いでそちらに向かうが』

『ま、まぁ必要なら、シャロンさんにお願いしようかしら?』


 シャロンの提案に、優香が顔を引き攣らせる。竜人の電撃は相当に強力だ。下手をすれば、ショック療法どころか体が炭になりかねない気がした。


 すると、


『あの、師匠。思ったんですけど、ニケさんの力って借りられませんか?』

『先輩に? ……成程、確認してみるわ』


 ノルンの提案に、ミカエルが「その手があったわね」と言うように目を見開く。


 ニケ・セルヴィオラ。


 ミカエルの学生時代の先輩で、カームファリアにある病院の院長であり、以前、記憶喪失のラティアを連れて伺ったことがある。その際にレイパー事件が発生し、大怪我をしたセリスティアと愛理もお世話になった。


 その後、人工レイパーの変身者の尋問にも協力してもらったりもした。彼女は人の記憶を読み取ったりする魔法が使えるので、意識が無い柚希から、手掛かりを得ることも出来そうだ。


「クゼを捕まえられれば、ユズキちゃんの意識を取り戻す方法も分かるはず……。私達も手掛かりを探して、情報が出そろい次第、一気に攻めるわよ」


 レーゼがそう言って、話を纏める。


 だが直後、「それにしても」と続けると、


「人工レイパー……相変わらず、あの能力は厄介ね」

「だな。状況に合わせて、あんな風に腕を伸ばしたり、剣や盾に変化させられるのは、やっぱやりづれぇ」

「……ん?」


 レーゼとセリスティアの言葉に、頭に「?」を浮かべる雅。


 今の二人の言葉は、過去に戦ってきた人工レイパーが、同じような能力を持っていたというような口ぶりだ。


 だが、雅があの能力を見たのは、今日が初めて。二人が言葉の使い方を間違えた様子もないため、どうにも認識の祖語がある気がする。


(カレンさん。やっぱりなんか、変ですよね?)

【うん。レーゼさんもセリスティアさんも、そんな勘違いするとは思えないし……。なんだろう、気持ち悪い違和感があるね】

(……皆も、二人の言葉に疑問を持った感じ、しないですよね?)


 聞くべきか否か……一瞬だけ迷ってから、これは流石に放置すべき問題ではないような気がして、雅は恐る恐る「あの」と手を挙げる。


 そして、雅が自分の疑問を口に出すと、




『い、いやいや、みーちゃん……あんたそれ、冗談にしても笑えないわよ。今までの戦いの苦労を忘れたわけ?』


 皆が絶句する中、優が呆れとは違う感情を言葉に乗せて、そう答えてきた。




『そ、そうだよ雅ちゃん。私達が最初に戦った、キリギリスみたいな顔をしていた奴だって、そこに凄い苦戦させられたじゃん? 雅ちゃん、腕に酷い怪我までして――』

「ええっ? 私、そんな怪我したんですかっ?」


 真衣華の発言に、まるで身に覚えがない。


 これはおかしいと他の者も思い始めたのか、口々にこれまでの戦いがどれ程だったのか説明し始め――その全てに、雅はポカンと口を開けて固まる。


 戦ってきた相手は同じでも、その戦い方は、雅の記憶以上に苛烈なものだったから。


「唯一そういう力を使わなかったのは、のっぺらぼうだけだったわね。ミヤビはクゼから、のっぺらぼうは人工レイパーの素体みたいなことを言われたけど、それも忘れたの?」

「い、いえ、それは確かに言われました。記憶もある……けど……」


 それにしたって、人工レイパーとの戦いの記憶が、あまりにも皆と違い過ぎることに、大きなショックを受け、言葉を失う雅。


 静寂がリビング全体に広がり、誰もが何も言えないでいると……突然、にゃぁごという声が聞こえてくる。


 エメラルドグリーンの毛並みをした猫、ペグが、この沈黙を破った声だった。


 すると、それまで話をハラハラしながら黙って聞いていたラティアが、「も、もしかして」と声を上げる。


「ミ、ミヤビお姉ちゃん、過去にタイムスリップしたことがあったよね。もしかして、それで何かおかしなことが……」

「……あ」


 雅の震える口から、そんな声が漏れる。


 雅がレイパーの輪廻転生を知るきっかけとなった、あのタイムスリップ事件。


 二つに分裂し、片方封印されていたラージ級ランド種レイパーを復活させるため、メタモルフォーゼ種レイパーが引き起こしたあの一件。


 雅はそれに巻き込まれ、何とか現代に戻るために東奔西走した。メタモルフォーゼ種レイパーが歴史を変え、それを修正したのだ。


 ただ、全部が全部、元の歴史通りだったわけではない。一瞬だがランド種の片割れは復活し、雅は過去の新潟で、本来会うはずがない祖母の(うらら)に会ってしまった。それまでカレンに化けていたメタモルフォーゼ種レイパーを倒したというのも大きなところだ。


 だから現代に戻り、歴史が狂ってしまったところは無いか確認した結果、あの時は幸いにも、アングレー・カームリアがバスターでなくなっただけだと思っていたのだが、




「わ、私、変えちゃったんですか? 歴史を? もしかして、そのせいで人工レイパーが強くなって……!」

【しまった……! タイムスリップしてしまった以上、何も影響無く全てを丸く収めることなんて出来る訳が無かったんだ! もっとちゃんと確認しておくべきだった!】




 雅とカレンの絶叫が重なる。


 ……雅が確認したのは、大体のストーリーが正しいかということだけ。全ての事柄を、詳細にチェックしたわけではない。


 思わぬところに、大きな影響が出てしまっていたことを、雅とカレンはこの時やっと、気が付いたのだ――。

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