第490話『捜索』
やって来たのは、南原瑞樹。ショートカットを茶髪に染めた女性で、束音家から道一つ離れたところに家がある、ご近所さんだ。現在大学二年生。雅は勿論のこと、レーゼも偶に見かけて世間話をすることがある。
切羽詰まった様子で束音家に来た瑞樹。今はリビングに通され、三人でテーブルを囲んでいた。
「――成程。柚希ちゃんが帰ってこない、と。それは心配ですね……」
南原柚希。小学六年生。瑞樹とは、歳の離れた姉妹である。束音家開催のイベント事の時等、偶に雅の家に遊びに来る女の子だ。
「話を整理すると、ユズキちゃんは昨日、友達の家に泊まりに行くと言って出ていった。でも朝になっても帰ってこず、友達の家に電話したら『そもそも泊まりに来ていない』と。本人に連絡しても、音信不通だったのね?」
「うん。GPS機能を辿ったんだけど、そしたらこれが落ちていて……」
そう言って瑞樹が見せてきたのは、傷の付いた小型デバイス、ULフォンだ。柚希のものである。瑞樹曰く、家の近くに落ちていたらしい。
そういう訳で、まず瑞樹は両親と一緒に、片っ端から近所の人に、柚希のことを聞いて回っていた。
「真っ先に疑うべきはレイパーに襲われた可能性だけど、この近くで出現したって話は聞いていないわ」
「友達の家に泊まりに行くはずだったって仰っていましたよね? でも瑞樹さんから連絡するまで、来ていないことが分からなかったっていうのが気になります。元々そんな予定は無かったってことですもんね」
「う、うん。……でもそうなると、柚希が嘘を吐いたってことだよね? ちょっと信じられないっていうか……」
確かに、柚希の友達の家に連絡したら、向こうも非常に驚いていた。柚希が嘘を吐いたことは、疑いようのない事実だ。
「柚希ちゃん、可愛い嘘ならともかく、こんな大事になるような嘘は言わないですよね?」
「私も、そう思ってる。だからこそ、ショックっていうか……」
「ユズキに、何か変わった様子とかは?」
「いや、いつもと同じだったと……」
「家出した、という線は考えられるかしら?」
「全然……。うちの誰かと喧嘩したわけでもないし……」
「少し前に柚希ちゃんとお話しましたけど、その時も家出しそうな雰囲気は無かったですよ?」
「成程……」
顎に手をやり、難しい顔で考え込むレーゼ。
気になるのは、ULフォンか。小型デバイス故に落としやすいのだが、それならば使用者に警告が出る機能が備わっている。この時代、雅の世界で生活するのなら、ULフォンが無いと非常に不便だ。落としたままにしておくというのは考えづらい。
「誘拐かしら? でもそれなら、身代金とかの要求があるはずよね?」
「でも今のところ、そんなもの何も……」
「なら、その線も無し……。となれば、理由は本人に直接聞くしかなさそうね」
「泊まりに行くと言って出たなら、それなりの大荷物だったはず。柚希ちゃんって確か、電子マネーはULフォンでしか持っていませんよね? そうなると、交通機関も使えません。大荷物を抱えながら、電車やバス無しで移動できる範囲は限られています」
「人海戦術で探しましょう。警察に連絡はしているのよね? 私達も動くわよ。ユウ達には悪いけど、協力を仰ぎましょう」
雅は「ええ!」と頷き、瑞樹は涙声でお礼を言うのだった。
***
――二時間後。
ここは紫竹山二丁目の西、桜木町。新潟バイパスの、桜木インター出口の近く。
「見つからないわね……」
レーゼが、額に汗を浮かべ、辺りを見回しながら、苦しそうな声でそう呟く。瑞樹は両親と紫竹山の東を、雅とレーゼは西を調べようということになったのだ。北は優と志愛、南は希羅々と真衣華、家にはラティアが待機という形だ。セリスティアだけ連絡が取れないが、留守電は入れておいた。
そういうわけで、草の根を掻き分けるように柚希を探していたのだが……影すら見えないのだ。
「困りましたね……。手掛かりすら見つからないなんて……」
【探すって言っても、ノーヒントっていうのが辛いね……】
カレンの困った声に、雅は小さく唸る。
分かっているのは、柚希が家を出た時の服装だけ。確かにカレンの言う通り、ヒントは少ないのだが、
【普通さ、小学生が夜に出歩いていたら、誰か不審に思うよね? 警察に連絡してもいいはずだし……】
(どこかで一夜明かしているのは間違いないです。でも公園とかで寝泊まりすれば、流石に見つかりますよね……)
探せば探すだけ、不審な点が出てくる。誰も柚希を見ていない。夜、大荷物を持って移動している小学生に、誰も気づかないなんてことが果たしてあるのだろうか?
「ここで見つからないのなら、女池に行ったのかな? でも、信濃川の方に行くべきか、科学館の方に行くべきか……」
雅が北と西を交互に見て、そう呟く。北には信濃川、西には新潟県立自然科学館がある。どちらも人は結構いるため、手掛かりが見つかる可能性が高そうだと思ったのだ。
そこにもいないとなれば、いよいよ西区までということになる。そうなると、もう見つけるのは極めて困難だ。
しかし、レーゼは静かに首を横に振って、口を開く。
「探すべきは、シチクヤマの方面かもしれない」
「えっ? 何でですか?」
「目撃情報が無いとなると、ユズキちゃんは人目を避けて行動していたということになるわ。でもここら辺って、家も住宅も多いじゃない? 思ったように動けなかった可能性は高いわ」
「そ、そっか! 言われてみれば確かに! ――となると、栗ノ木川沿い辺りで一晩明かしたってことはないですかね? ほら、亀田まで行くバイパスのところ、橋になっているじゃないですか。雨風も凌げますし」
「あの藪の中を? ……まぁ確かに、隠れたりするには打って付けよね。よし、ちょっと賭けだけど、行ってみましょう!」
「瑞樹さんにも連絡いれます! ――……あれ? 出ませんね?」
電話をかけても、聞こえるのは無機質なコール音のみ。
雅とレーゼは、互いに顔を見合わせる。
連絡は、いつでもとれるようにしてあるはずだ。なのに出てこない。――そして、瑞樹は紫竹山の東側、つまり、今話のあった栗ノ木川に近いところを探している……否、GPSを見れば、今丁度、そこにいる。恐らく、瑞樹も同じことを思ったのだろう。
「レーゼさん……急ぎましょう!」
「ええ!」
猛烈に、嫌な予感がした。
***
三十分後、栗ノ木川に到着した二人。
すると、
「っ? 瑞樹さん! レーゼさん、こっちです!」
「ちぃっ! 遅かった!」
GPS信号を辿って来た二人の眼に飛び込んできたのは、草むらで倒れている瑞樹の姿。
頭からは血を流しており、ピクリとも動かず――
「……良かった! 脈はあります!」
幸い、怪我はしているものの、気を失っているだけで済んでいる。
レーゼは大きく息を吐きだすと、一転、警戒心を露わにして辺りを見回し始める。
「足を滑らせて転んだって感じじゃないわね。多分レイパーよ」
「同感です……が、その割には、瑞樹さんの近くにアーツが無いのが気になりますね。それに、レイパーが瑞樹さんを殺さずに放置したのも……」
瑞樹と連絡が取れなくなったこの三十分――いやそれよりももっと前の可能性だってある――、瑞樹を殺す時間は充分にあったはずだ。それをしなかったのが、疑問を通り越して不気味ではある。
その時、奥の草むらが、ガサガサと音を立てた。……何か大きなものが通らなければ、鳴らないような音だ。
「ミヤビ! ミズキさんを!」
「ええっ!」
レーゼが腰に収めた空色の西洋剣『希望に描く虹』を抜く。雅は瑞樹を担ぎ、藪から離れた道路の方、近くにある建物の影まで連れていく。
緊張の一瞬。
だが、現れたのは、黒髪ツインテールに、紫のワンピースを着た一人の少女。彼女は――
「……ユズキちゃん?」
いなくなったはずの瑞樹の妹、柚希。
彼女が、どこか虚ろな目で、レーゼを見つめていた――
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