第54話『魔獣』
雅達七人の前に姿を現した、ラージ級魔獣種レイパーは、咆哮を上げながら、四本の腕を振るう。
まるでラリアットのような攻撃。四本の内、左右の二本の腕は天空島の大地を砕きながら、彼女達へと襲いかかる。
ミカエルは杖型アーツ『限界無き夢』を振るうと、空中に、丁度人が一人乗れそうな程の大きさの無数の赤い円盤が出現する。
「の……乗って!」
「先生! 捕まって!」
「タバネ! マーガロイス! 儂の背中に!」
ファムに抱えられて空中を飛ぶミカエルが叫ぶと、ライナとセリスティアが円盤を足場に空を跳び回る。
雅とレーゼは竜化しているシャロンの背中に飛び乗ると、シャロンは勢い良く飛翔した。
刹那、それまで彼女達がいた場所を、レイパーの巨大な腕が通過する。
冷や汗が流れる、七人。
「な、何ですかあれ……まるで大きなビルみたい……」
すぐ側でレイパーの太い腕を見た雅が、そんな感想を漏らしてしまう。
殺気も空気の振動も感じるのに、どこか現実味は感じられない。
それが堪らなく、雅は怖く思えた。
「しっかり捕まっておれ!」
「ミヤビっ! ボーッとしてるんじゃない!」
二人の言葉で我に返り、雅は剣銃両用アーツ『百花繚乱』を握る手に力を込める。
乱暴に振り回される、レイパーの四本の腕。
ミカエルの創り出した空中の円盤や、天空島が次々に崩壊していく中、雅達は縦横無尽に飛び回り、動き回り、何とか攻撃を躱していく。
「ま、まずいです! このままじゃ地上に……!」
「何とか動きを止めるぞ!」
段々と高度が下がっていく天空島。
放っておいても後十数分もすれば、シェスタリアへと墜落するのは目に見えている。ここで巨大なレイパーが暴れ回っていれば、墜落の未来はもっと近い。
レイパーがそれを全く意にも介さないのは、別段墜落したところで問題が無いと思っているからだろう。
「ファム! 何とか後ろへ回りこめないっ?」
「キ、キツイって!」
ファムは怒鳴るような声でミカエルに答える。
一瞬でも気を抜けば、振り回す腕に直撃してしまうだろう。とてもじゃないが、背後をとることは出来そうもない。
ミカエルがアーツをレイパーに向け、火球を放つ。的は大きい。外す理由は無い。
「――っ?」
ミカエルの体の半分程の大きさの火球がレイパーの巨大な角に直撃するが、ダメージを受けた様子は無く、彼女の顔が歪む。
直後、レイパーの腹部に雷のブレスが直撃するが、結果は火球と同じ。
レイパーの眼には、雅がライフルモードにした百花繚乱から放った桃色のエネルギー弾が当たるが、痛がる様子すら見せない。
続けて、レイパーの体に群がる大量の分身ライナ。全員が鎌を振り上げ、一斉に襲いかかる。
だが皮膚に鎌の刃は突き刺さらず、鬱陶しがったレイパーが群がる分身ライナを手で払い落とし、消し飛ばす。
だが、その時。
「――っ? なんだっ?」
セリスティアだけが声を上げたが、気持ちは全員同じ。
僅かだが、レイパーの顔が歪んだ瞬間を、彼女達は見逃さなかった。
今まで全く攻撃が通らなかったのに何故……と思ったところで、気がつく。
「胸……傷が!」
丁度、魔王種レイパーの時に雅が傷をつけた場所。
そこを分身ライナの一人が刃を突き立てたことで、傷口が再び開いたのだ。
完全に治っていたわけでは無かったのだろう。
そこに、雅達は勝機を見い出す。
だがレイパーも、再び露呈した弱所に気がついてしまった。
飛び回る雅達に向かって腕を振り回し、口を開いて黒い衝撃波を放つ。
乱暴な攻撃をしているように見えて、その実繊細な動きをしているレイパー。傷口へ攻撃を仕掛ければ腕の一本が盾となり、弱所を守ってしまう。
敵の頭は、恐ろしいまでに冷静だった。
数の多さと身体能力の高さ等により直撃こそしていないが、レイパーの攻撃は確実に彼女達の『回避』の選択肢を削っており、動きを制限していく。このままでは攻撃が直撃するのは時間の問題だ。
そんなレイパーに焦りの表情を浮かべる一行だが、その中で二人が、別の表情を浮かべている。
ファムと雅だ。
二人の目は、チラチラとミカエルへと向けられていた。
先程から放つ攻撃魔法が、少々頼りない。最初の火球も、あの状態なら倍の大きさに出来たはずである。
そこで、気がついた。もしやミカエルにはもう、魔力が無いのではないか、と。
彼女はもう自身のスキル『マナ・イマージェンス』を使ってしまっていた。
それから巨大な炎柱状のビームを放ち、バリアを張って強力な攻撃を防ぎ、大量の足場を作る……短期間にこれだけの魔法を乱発すれば、魔力が無くなるのも無理は無い。
彼女の魔力を増やす手段はある。雅の『共感』で『マナ・イマージェンス』を使えば良い。
雅版『マナ・イマージェンス』は、自分の体のどこかに触れた他人の魔力を増やす効果がある。自分では魔法が使えない雅にとってはありがたい変化だ。
しかし今、このスキルを使うのは困難を極める。この巨大なレイパーの攻撃を搔い潜り、どうにかして離れたミカエルの元へと辿り着かねばならないからだ。
それでも、やらねばならない。今ここでミカエルを魔力不足だからと放置しておいても、決してこのレイパーに勝つことは出来ないから。
「シャロンさん! 援護お願いします!」
「援護じゃと――って、タバネっ?」
「ちょ、ミヤビっ?」
空中に残る赤い円盤目掛け、シャロンの背中から飛び降りる雅に、二人の声が響く。
無論、空中で自由に身動きの取れない雅を逃すレイパーでは無く、彼女へ向かって腕を振るう。
食い止めようとしたシャロンのブレスが腕に直撃するも、僅かに腕の勢いが落ちるのみ。
が、
「ばかやろうっ!」
「ごめんなさい!」
その僅かな勢いの減退により、セリスティアが間一髪で雅を抱え、跳躍し、レイパーの振るう腕の一撃を躱す。
だが安心するのはまだ早い。
二撃目が背後から襲ってきていた。
「しっかり捕まってろ!」
円盤を足場に跳躍を繰り返し、攻撃を避けるセリスティア。
三発目、四発目のラリアット……それもシャロンのブレスでの妨害もあり、辛うじてだが、全て躱していく。
しかし五発目。前方からくるラリアットを同じように跳躍して躱そうとしたセリスティアは顔を強張らせた。
近くに足場がないのだ。
完全に避けきったつもりだったのに、いつの間にか追い詰められているのは偶然ではない。セリスティアの動きを読んで、レイパーがそうなるように彼女を誘導したのだ。
どうする――そう思った、次の瞬間、
「二人とも! 跳んで!」
ライナの声と共に、分身ライナが五人、レイパーの眼を覆った。攻撃するというよりは、視界を封じるような動きだ。
刹那、落雷が攻撃しているレイパーの腕に直撃し、少し高度が下がる。
同時に発動する、セリスティアの『跳躍強化』のスキル。
全力で跳び上がった彼女のすぐ下を、レイパーの腕が通過していく。
「ミヤビっ!」
すぐ近くでファムの声がして、驚いた二人がそちらを振り向く。
この攻防の中、ミカエルに近づこうとした雅と同じように、ファムとミカエルも雅へと近づこうとしていたのだ。
皆の援護で、何とかここまで来ることが出来た。
「ミカエルさん!」
「ミヤビさん……!」
二人が互いへと手を伸ばし――触れる。
発動する雅版『マナ・イマージェンス』。
とめどなく沸き上がる魔力の感覚を覚える、ミカエル。
手が触れたのは一瞬。跳躍中のセリスティアと、彼女に抱えられた雅は、すぐに下降した。
しかし、その一瞬だけで充分だ。
ミカエルが再び限界無き夢を振るうと、赤い円盤が大量に出来上がる。
その一つに着地したセリスティアは雅を下ろすと、二人は別々の方向へと向かう。
直後、今まで二人がいたところを通り、円版を砕くレイパーの腕。
そしてレイパーは口を大きく開く。そこにエネルギーが収束し、衝撃波となって円盤を跳び渡って移動する雅へと放たれた。
しかしその衝撃波が直撃する直前、シャロンとレーゼが素早く雅を回収してその場を飛び去る。
「あなたねぇ……!」
「ご、ごめんなさいっ!」
レーゼの怒気の籠った声に、雅は背中を震わせる。
レーゼとしては、ここまでの一連の彼女の動きが危なっかしく、とてつもなく心臓に悪かった故に漏れた一言だ。シャロンとて、レイパーの攻撃を避けるのに必死でなければ、似たような声を雅に掛けていただろう。
気の抜けない戦闘中であるため、二人は頭を切り替える。
雅はある方向を指差し、口を開いた。
「シャロンさん! あっち! 二時の方向です!」
「むっ? 分かった!」
指定したのは、巨大レイパーの顔の右側。
雅は百花繚乱をライフルモードにすると、エネルギー弾をレイパーの胸の傷や、眼に向かって放つ。
シャロンは雷のブレスで腕の攻撃の軌道を反らし、レーゼが攻撃の隙間を見極めコースを指示。
縦横無尽に飛び回り、目的の場所へ近づく三人。
下の円盤や遠く離れた所では、ライナやファム達がギリギリのところで攻撃を躱しながらも、徐々にレイパーへと近づいていっていた。
ファムがミカエルを抱えて飛び、襲いかかる攻撃はミカエルの魔法で凌ぐ。
ライナがスキルで標的を偽装し、隙あらば傷口へ分身を送り込む。セリスティアもスキルで高速で移動することで的を絞らせない。
彼女達が近づくにつれ、レイパーの腕や衝撃波による攻撃が激しくなっていく。
それでも、互いにフォローし合いながら、ただ一発の直撃を貰うことすら避ける。
レイパーの攻撃に当たれば、待つのは死。
それを直感しているから、慎重に、慎重に、距離を縮めるのだ。
ミカエルの巨大な火球が、西の空より急降下するのを雅が視界に捕らえた。
レイパーの頭へと向かって進んでいくが、直撃してもレイパーにダメージは無い。
爆ぜた火球は、小さな炎となって広がり、雨のように地面に落ちていく。
しかし、
「ミヤビさん!」
ミカエルがこの魔法を放った狙いは、レイパーにダメージを与えることでは無かった。
爆ぜた炎の一つが飛んでいった先――そこには、雅がブレードモードにした百花繚乱を構えている。
飛んで来る炎に百花繚乱の刃が触れた瞬間、剣が激しく燃え上がった。
雅がセラフィのスキル『ウェポニカ・フレイム』を発動したのだ。
普通に炎を渡そうとすれば、必ずレイパーに妨害される。
故に、攻撃する振りをしたのである。
刹那、レイパーの顔に群がる、大量の分身ライナ。
視界が悪くなったことで、レイパーの攻撃が雑になる。
レイパーに接近した今、敵の攻撃が雑になれば、小さな的である雅達には攻撃は当たらない。
思わぬ一発に注意しながら全員が攻撃態勢をとるのと、レイパーが口から吐き出した衝撃波で分身ライナを消し飛ばすのは同時。
シャロンが翼を広げ、顎門へとエネルギーを集中させた強烈なブレスを放ち、腹部へと直撃する。
僅かにレイパーの体が前に傾き、突き出した顎へと、いつの間にかファムに手放されたミカエルが、落下しながら炎柱状のビームを下側から喰らわせて仰け反らせる。
その隙にセリスティアがレイパーの体伝えに胸の傷のところまで跳躍し、ファムに抱えられそこまで飛びあがったライナが同時にアーツで攻撃する。
直後、上空から急降下してくる雅とレーゼ。
二人はアーツを振り上げると、炎と虹の軌跡を描きながら傷口へアーツの切先を深く、深く突き刺した。
けたたましい咆哮と共に、激しく体を揺らすレイパー。
その反動で体から振り落とされる雅達四人を、ファムとシャロンが空中でキャッチする。
あちこちへと乱暴に腕を振りながら、レイパーは苦しむ声を上げる。
ラージ級魔獣種レイパーの胸についていた傷口は、今の攻撃により明らかに広がっており、それだけでようやくまともなダメージが与えられたのだと分かる。
それでも、爆発四散するには至らない。
天空島が地上に落下するまで、後数分といった距離。
下から何事かと騒ぐ声が、僅かではあるが聞こえてくる。
攻撃のチャンスはもう一回。
無茶苦茶に振り回される腕を躱しながらも、次の一撃で仕留めんと、再び雅達はレイパーへと近づこうとする。
しかし、
「レコタソ……レノモッノダァァァッ! ラヤトォォォォォォォッ!」
怒声のような咆哮、と表現するにはあまりにも静かなレイパーの声が轟く。
嵐のような風が吹き荒び、天空島の一部が決壊する程の音。
鼓膜が痛いほど震え、思わず耳を塞いでしまった雅達。
レイパーの体へと禍々しい瘴気が集まり、鎌居たちのような衝撃波を辺り一帯に放ちながら、その体が光り輝く。
変身だ、と一瞬にして雅達は悟る。そして同時に、まだ強くなるのか、という戦慄を覚える。
何としても止めたい。だが、それを止める術は無い。
その時だ。
「――っ?」
この激しい戦いの中、未だ無傷の祭壇の一番上。そこに置かれた、あの鏡が、ラージ級魔獣種レイパーの発光よりもさらに強い光を放った。
それまで上げていた激昂の咆哮が嘘のように消え、鏡の方を見る巨大レイパー。
突然の現象に、思わず雅達もそちらへと目を向けてしまう。
そんな中、
「っ! 見よ! 奴の体が……!」
シャロンだけがレイパーの体が見る見る縮んでいくのに気がつき、声を上げた。
もう、衝撃波も瘴気に塗れた発光も止まっている。
そこに立っていたのは、骨ばったフォルムの真っ黒い肌をした身長二メートル程の人型のレイパーだ。トゲのある肩パッドに、黒いマント、血で汚れたブーツ……少し前まで雅達が戦っていた、魔王種レイパーである。
てっきり、もっと凶悪で禍々しい姿になると思っていた雅達は、元の姿に戻った魔王種レイパーに疑問を覚えるものの、アーツを構え、油断無く向きあう。
ちらりと見えるのは、胸の傷口。ラージ級魔獣種レイパーの時に広がったからか、少し傷が大きくなっていた。
レイパーは雅達を一瞥すると、笑い声のような奇声を上げる。
「トモトモノタヘキノ……。コノマヤザ、メボクレノオ……ヌベソマアヘニンウワ」
全員に聞こえるようにはっきりとそう言った瞬間、レイパーの姿が消える。
一瞬で祭壇のところに移動したレイパーは、未だ激しく発光する鏡を持ち上げた。
光がさらに大きくなり、レイパーの体を包みこんでしまう。
「ゴレゴレ」
魔王種レイパーの口角が、大きく上がる。
その顔は、完全に勝利を確信しているもの。
レイパーの視界の中の女性は、竜も含めて五人。
二人だけ視界の外にいることには気がついているが、気にも止めていない様子。
刹那。
桃色のエネルギー弾が飛んできて、レイパーの腕に命中した。
死角からの一発。雅の不意打ちに、油断していたレイパーは躱すことが出来ない。
弓なりに弾き飛ばされる鏡を掴もうとレイパーは手を伸ばすも、別の方向から走っていたレーゼが先にそれをキャッチする。強い光で鏡そのものは見えなかったが、気配を頼りに勘で手を伸ばし、何とか捕ることが出来たのだ。
光を強める鏡を抱えるレーゼに、怒声を上げるレイパー。
他の五人がその隙にレイパーへと攻撃を仕掛けようとするも、レイパーは彼女達を纏めて吹き飛ばすほどの黒い衝撃波を放つ。
鏡を奪うためにレーゼに近づこうと、足に力を込めるレイパー。
雅がレーゼを守ろうとすぐ側まで近づいていたが、魔王種レイパーの瞬発力なら雅が守るより先にレーゼを始末出来てしまう。
だが、その未来が来ることは無かった。
鏡の発光が――これまでも充分激しかったが――さらに強まり、レーゼと雅、そして魔王種レイパー。
その輝きに、他の五人はただ腕で視界を隠し、勘を頼りに彼女達の姿を探すしかない。
「レーゼさん! みな――」
「ミヤ――」
「ヘコ――」
光の中から、三者三様の声が聞こえ、そして――
「なっ? あいつらはっ?」
「えっ……えっ?」
「そ、そんな……っ?」
「何じゃとっ?」
「ミ、ミヤビさんっ? レーゼさんっ? どこですかっ?」
発光が収まった時には、もう雅達の姿はどこにも無かった。
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