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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第55章 新潟市中央区万代島~紫竹山
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第489話『呼鈴』

 祝勝会から二ヶ月の月日が経った五月四日の土曜日、午前十一時三分。


 ここは新潟市紫竹山二丁目にある、束音家。


「ただいまですぅ……!」


 もう疲労困憊、という気持ちを前面に押し出した声でそう告げるのは、家主の雅。


 すると、リビングから「お帰りなさい」という言葉と共に、青髪ロングの少女が出てきた。レーゼである。


「取材、お疲れ様。ちょっと早いけどお昼ご飯にする? 用意してあるわ」

「食べます食べます助かりますっ!」


 まるで天国に来たかのような声を上げる雅。今までの疲れ顔が一転、子供の用に屈託のない明るい笑顔を見せ、手を洗いに行った。


 先程のレーゼの、「取材」という言葉。


 実は雅は昨日から泊まり込みで、何人かのルポライターから取材を受けていた。今日の朝、最後の取材が終わって、家に帰ってきたというわけである。


 中身は勿論。ラージ級ランド種レイパー討伐の件。


 あれから一躍時の人となった雅。三月の中頃までは、わざわざ束音家に押しかけてくる者もいたくらいだ。ピークはもう過ぎたが、それでもこうして依頼が来ることはある。


 雅が戻ってきて、昼食が始まる。今日のランチメニューは、ちまきだ。蒸したもち米を三角形にし、笹の葉でくるんだ食べ物である。試しにレーゼが作ってみたのだが、初めてにしては中々良い出来だった。


 笹の葉を剥がし、黄な粉を着けて食べる雅。「おいひいでふぅ」と呟くと、レーゼも一つ食べようと手を伸ばしながら口を開く。


「全く、少しは取材、断ればいいのに」


 愚痴っぽくそう言って、溜息を吐くレーゼ。だが、その目は心配の色を帯びている。


 栄光に浮かれているという様子ではなく、ただ単純に「役に立ちたい」という考えで、雅は余程悪質でもない限り、基本的に取材は全部受けていた。ただ、傍から見れば心配なことこの上ない。


 雅は「あはは」と申し訳なさそうに笑いながら、「明るいニュースですからねぇ」と続けた。


 ラージ級ランド種レイパーが倒されてから、世界各国で続々とレイパーが倒されている。そのペースは過去最高だ。


 レイパーが、もう輪廻転生しない。


 この事実は、人々に活気を与えた。倒せば確実に数が減っていき、いずれ絶滅するのだから。雅の世界では百年、レーゼ達の世界ではそれよりももっと前の二百年の戦いに、やっとケリがつくのだ。


 やっと生まれた希望の光は、大事にしたい。それが胸にある限り、人は前を向ける気がすると、雅は思う。


「そう言えば、ラティアちゃんとセリスティアさんは? ペグもいませんね?」

「ラティアが散歩に連れていかれたわ。私も行きたかったんだけど、ラティアに『きっとミヤビお姉ちゃんが帰ってくるだろうから』ってなんだか凄く止められちゃった。結果的には大当たりだったけど」

【多分、ペグが嫌がるから止めたんだと思うよ】

(それは言わぬが吉ですねぇ)


 雅の中にいる、カレン・メリアリカの呆れ半分の言葉に、雅は内心苦笑いしながら同調する。


「セリスティアは、なんかイオリに呼ばれて出掛けていったわね」

「伊織さんに? なんだろう?」

「さぁ? そう言えばセリスティア、結構長いことニイガタにいるわよね? もう一年近く経つかしら?」

「二回里帰りしましたけど、お家は大丈夫なんでしょうか? 私の家は全然大丈夫なんですけど……」


 特に、家賃とかはどうなのか。一年滞納しているとなれば、追い出されてしまっても不思議ではない。


 ……ちょっとばかり聞くのが怖い話題で、雅もレーゼも顔を強張らせる。


「そ、そう言えば、皆は何をしているのかしら? 最近、連絡取った?」

「え、ええ。昨日、ミカエルさんから近況報告がありましたね。皆、向こうで元気にしているって」


 ミカエルやファム、ライナ、ノルン、シャロン……彼女達は今、ナリアにいる。ファムとノルンは学生で、ミカエルは学院の研究者。シャロンはそろそろエスカの墓参りの時期で、ライナはヒドゥン・バスターの任務で呼び出されたからだ。


「ま、来週会うことになりますけどね」

「あぁ、そっか。カリッサさんの依頼の件よね」

「ええ。結構期間が開いちゃいましたけど、いよいよ。討伐戦ではお世話になりましたから、少しでも恩返し出来たらいいんですけど……」


 本来なら、コートマル鉱石の情報提供だけで充分だったはずなのに、討伐戦に自ら参加し、ペリュトン種レイパーやラージ級シムルグ種レイパーと交戦し、ラージ級ランド種レイパーの討伐まで付き合ってくれたカリッサ。


 依頼内容は簡単にしか教えてもらっていないが、雅達は全力で協力するつもりだ。


(それにしても、うーん……)

【ミヤビ、やっぱりカリッサさんのこと、気になる?】

(ええ。あんな大きな戦いを経験すれば、『光封眼』、使えそうなんですけど……)


 未だに『共感(シンパシー)』で使えない、カリッサのスキル。


 この事実だけが、一抹の不安だ。


「そう言えば私、昨日アイリと少し電話で話したわ。まだ魔法は取得出来ないみたいだけど、心なしか声色は明るかったわね」

「いいお友達が出来ましたしねー。少し気が楽になったのかもしれません」

「いやミヤビ……相手は一国のお姫様よ? どこまでいっても緊張はするでしょう?」

「えー? そうですかね?」

【一緒に過ごせば、それなりに仲良くなれるよね?】

「……ま、あなたはそういう人か」

「そう言えば、さがみん達は?」

「ユウとシアは、二人で駅南に遊びに行ったみたいね。マイカは『BasKafe』でアルバイト、キララは老人ホームでボラン――おっと、これ言っちゃいけないやつだったわ」


 慌てて口を抑えるレーゼに、雅は苦笑いを禁じ得ない。


「そこまで言ったら、もうバレバレじゃないですか。ま、聞かなかったことにしておきます」

「……別に隠すことじゃないはずなのだけれどね」


 一体何が恥ずかしいのだろうかとレーゼ的には疑問なのだが、そこは希羅々本人のプライドなのだろう。ひょんなことからレーゼはそれを知ってしまったのだが、「内緒にして欲しい」と頼まれていた。


 思えば、あれからもうすぐ一年だ。皆一つずつ歳をとった。


 何となく感慨深い気持ちに揺れていたレーゼ。


 すると、突然家のチャイムが鳴る。


「あら、お客さんかしら? 予定あった?」

「いえ……」


 首を横に振る雅。その顔は、どこか怪訝そうだ。


 普通のチャイムの音のはずなのに、その音が切羽詰まっているような気がした。何となく、嫌な予感がする。


 不安な気持ちを抱えたまま、雅が家のドアを開けると――




「あぁ、雅ちゃん! 突然ごめん! うちの妹、来ていない?」




 青い顔をした大学生くらいの女性が、ひどく憔悴しきった顔でそんなことを言ってきた。


 ……新たな事件の幕開け。雅は心の奥底で、そう直感した。

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