第487話『事後』
倒されたレイパーの魂を輪廻転生させ、別のレイパーに飼えていた元凶、ラージ級ランド種レイパー。
人類が一丸となって戦った結果、二月十五日金曜日、遂にそいつが討伐された。
――そして、それから二週間。
三月二日土曜日、午前十時。
新潟県警察本部の、とある一室。
「さて、皆揃っているようだな。では、話を始めよう」
部屋の中に呼び出される、十七名もの女性達の立体映像を見て、この場では唯一のリアルな人間である厳つい顔の刑事、相模原優一はそう切り出す。
この部屋で会議をするのは、これで何回目か。しかし、自分以外が全員立体映像というのは中々レアな状況だなと、優一は不意にそう思った。
そんな中、
「おぉぅ……流石優一さん。タフですね……」
そう感嘆の声を漏らしたのは、アホ毛を生やし、白いムスカリ型のヘアピンと、黒いチョーカーを着けた桃色ボブカットの少女、束音雅。
そんな彼女の言葉に対し、優一は「いやいや」と言って、小さく笑いながら首を横に振る。
「君達はどんな調子だ? そろそろ本調子に戻ったかな?」
「あはは……それが、私も含めて皆、意外なことにまだグッタリって感じです。私なんかは、体の節々がまだ痛いっていうか……」
雅はそう言って、肩を回そうとして顔をしかめる。
筋肉痛とは違う、体をひどく痛めてしまったような感覚があるのだ。
――雅達は、自宅から参加中。
討伐戦の怪我や疲れ……それはもう、筆舌に尽くし難いものだった。最初の三日程は寝て起きて食事して寝ての繰り返しのようなもので、病院に行く気力も体力も無かったから、医者にご足労頂いていたくらいだ。
優一は四日くらいで職場に復帰し、まだ本調子ではないがバリバリ警察官として働いている。……一昨日から徹夜で殺人事件の捜査を行い、さっき無事に解決したのだが、雅が「タフ」と表現したのは、それを知っていたからである。
優一の部下の冴場伊織や、科捜研の相模原優香も今日は非番だが仕事には戻っており、雅達からすれば「大人って凄い」状態だ。
「志愛さんとラティアさんはどうだ? 特に志愛さんは、毒の感じはもう無くなったかな?」
「はイ。お蔭様デ、もう平気でス。……たダ、まだ少しリハビリが必要ですガ……」
ツリ目のツーサイドアップの少女、権志愛がそう言って、ペコリとお辞儀する。
討伐戦の最中、ミドル級セイウチ種レイパーから毒を受けてしまった志愛。その時は応急処置で何とか誤魔化していたが、あの後ちゃんと検査を受けたらヤバい状態で、しばらく入院することになってしまっていた。今でも若干だが、腕に痺れが残っている状態だ。だんだん良くなっているので、来週くらいには完治の見込みではあるが。
「私も、まだちょっと左手が痛いです……」
白髪ロングの、美しい少女ラティア・ゴルドウェイブがそう答えると、優一が「そうか……」と少しばかり申し訳なさそうな顔をする。
アーツを持って、まだ日の浅い彼女。それなのに、こんな討伐戦に参加し、挙句膜の破壊という重要な役割まで担うことになってしまった。プレッシャーも半端なかっただろう。何度も膜破壊のための衝撃波を連射していたが、普通にこれはオーバーワークであった。
優一達も、まさかこんなにラティアに負担を強いることになるとは思ってもみなかった。膜は一度破壊してしまえば良いはずで、よもやあんな短時間に何度も再生するとは予想外だったのである。
使っていた小手型アーツ『マグナ・エンプレス』が、ラティア用にチューニングされたものだったとはいえ、使用の反動で、まだラティアの腕はズキズキとした痛みが走る。
その後も、全員の回復具合を確認していく優一。
会議を開いた目的とは関係のないところだが、雅達は一時的に五感が不調に陥った。伊織とノルン、優香も長時間奮闘させられた。医者も充分に検査しており、本人達が平気そうに見えても、念のためにチェックしておきたかったのだ。
「――よし、では本題に入ろう。今日君達に集まってもらったのは、ランド種レイパーの調査が終わったから、その報告の為だ」
レイパーを輪廻転生させ、凄まじい戦闘能力を誇っていたラージ級ランド種レイパー。体内には、まさに一つの世界とも呼べる空間が広がっていた。雅達は無我夢中で体内のレイパーと戦いながら、妙な気配がした宮殿へと向かったものの、結局奴の全貌は明らかになっていない。
この二週間、各国の研究者が、生存者の話や写真、持ち帰ってきた土や石等の素材等を、寝る間も惜しんで研究していた。まだ不明な部分は多いものの、分かったことも多々ある。報告というのは、そのことだ。
「まず、一番大事なところから。レイパーを輪廻転生させる能力についてだが、これは完全に消滅した」
「良かった……! そうじゃなかったら、どうしようかと思っていました」
雅が、全身の力を抜くような声でそう言った。ランド種レイパーを倒した直後は大喜びしたものの、少し経ってから、その力が本当に無くなったのか? 誰かに持っていかれていないか? 等という疑問が浮かんできたからだ。何せ雅達は、輪廻転生のための器官等を直接見たわけではない。きちんとした仕組み等は、何も知らなかった。
「でも、どうしてそう言えるの?」
そう聞いたのは、青髪ロングで翡翠の眼の少女、レーゼ・マーガロイス。
「神喰さんと、他の大和撫子から報告があったんだ。宮殿を探索中、妙な部屋を見つけたらしい。そこで、大量のレイパーが生まれていたと報告されている。神喰さん達がその部屋を破壊した。私も映像で見せてもらったが、間違いはないよ」
「あの宮殿、レイパーがひっきりなしに現れていましたが……成程、そういう部屋があったのですね。道理で数がまるで減らないと思ったら」
「いやぁ、気付かなかったなぁ……。中広かったし、雅ちゃんを助けに行くために、上に続く階段ばっかり探していたもん」
ゆるふわ茶髪ロングのお嬢様、桔梗院希羅々と、なよっとした体型のエアリーボブの女の子、橘真衣華が納得がいったというようにそう呟く。
「てか、あいつの体内は、なんであんな空間になってたんだ? 宮殿は宮殿で、妙な場所に迷い込まされたしよ……」
赤髪ミディアムウルフヘアの女性、セリスティア・ファルトがそう声を上げる。一番知りたかった『輪廻転生』の件が終わったのなら、次に知りたいのはそのことだった。
「レイパーの体内に関しては、恐らくだけど『トレーニングルーム』という意味合いが強いわね」
その質問に答えたのは、金髪ロングの、白衣のようなローブを纏った研究者、ミカエル・アストラム。
疲労困憊の中、ミカエルは世界の研究者に混ざり、ランド種の研究を進めていたのだ。
「ランド種によって、レイパーの魂が輪廻転生。新たに生まれたレイパーが、こっちの世界で活動する前に、あの世界でウォーミングアップをするんだと思うわ。草原や森、海、洞窟、果ては街まで、色んな場所があったじゃない?」
生まれたばかりでは、力の使い方も慣れていない。そんな状態で、いきなり外で活動すれば、また死ぬのがオチだ。そうならないために、あの世界で、自分の能力の使い方を勉強するのだろう。ミカエルの言った『トレーニングルーム』というのは、言い得て妙だ。
「あの宮殿でレイパーを輪廻転生させて、宮殿の外で新しい力の使い方を学び、宮殿に戻って外の世界へと転移する。……中での流れは、概ねこういう感じみたいね。」
「宮殿の最上階には、魔力等のエネルギーを供給するための装置がありました。確認はされていませんが、他にもこういう部屋があったかもしれません」
ミカエルと一緒に研究を手伝っていた弟子、前髪が跳ねた緑髪ロングの少女、ノルン・アプリカッツァがそう補足する。
「宮殿の中を駆け巡っておったら、妙な空間に紛れたじゃろ? あそこは違うのか?」
山吹色ポンパドールの幼女の見た目ながら、齢三百七十歳を超える竜人のシャロン・ガルディアルが、眉を顰めて首を傾げた。
森や枯れた海、雪野原、火山……とても宮殿の中とは思えないような場所で、ミドル級の強力なレイパーと戦わされた。その時、喜怒哀楽の四枚のお面が一瞬だけ出現したことを、シャロンは忘れていない。
「そうそう。あそこ、なんか目が霞んだり耳が聞こえなくなったり、体に異変だって起きたじゃん? あれは何だったわけ?」
シャロンの言葉に同調したのは、黒髪サイドテールの少女、相模原優だ。
「あそこは、あのお面が、最上階のあの部屋にエネルギーを送ったり、レイパーの魂を、輪廻転生の部屋へと供給するための場所だったというのが、私達の見解よ。そして万が一宮殿に迷い込んだ者がいた場合、あの部屋に連れ込んで始末する為の部屋でもあったみたいね」
答えたのは、優の母親の優香である。彼女もまた、ミカエルやノルンと一緒になって、ランド種体内の研究に精を出していた。
「五感を封じられたあの現象は、レイパー固有のものではなく、部屋の機能だと思うわ。そして、これは不確定な推測だけど、あのミドル級のレイパー達は、五体が力を共有していたみたいね」
「力を供給? ……そう言えば奴は、時間が経つにつれて、使う技が増えていったな……」
三つ編みの長身の少女、篠田愛理が、戦いの時の記憶を思い出しながら、持ち前の低音アルトボイスで唸る。
「一体が倒されると、その一部の力を、残りのレイパーが使えるようになるみたいね。五感を封じる空間固有の力も、同じく共有されるみたい」
「となると、一番上にいたあの人型の麒麟レイパーは、少し特殊だったんでしょうかね?」
雅がそう言って、首を傾げる。
他の皆の話を聞くに、あのミドル級のレイパーは、出現前にお面が現れたという。だが雅が戦ったミドル級人型種麒麟科レイパーは、そんな前触れのような現象は無かった。五感を封じる空間の力も、最初から影響を及ぼしていたわけではない。
その質問に、優香は「多分ね」と答える。
「あの一体だけ人型だったし、最上階にいたところ見るに、残りの四体を纏めていたリーダー的な奴だったのかもしれないわ」
「そして同時に、奴らはランド種の体を守るための砦でもあったようだ。この五体が倒されたことで、外との通信が可能になったのだからな。――さて次に、この二体のレイパーについてだ」
優一が、別の写真を前に持ってくる。
そこに映っているのは、白と黒、二つの対照的な鎧を身に付けたレイパー。それを見た愛理とセリスティアが、苦い顔になる。
そう、騎士種レイパーと、侍種レイパーだ。
「ランド種体内の宮殿から出てきたこの二体。神喰さんとオートザギア第二王女の二名と交戦したが、結果的には途中でどこかへ逃げた。他にも逃げたレイパーは多いが、こいつらは別格の強さだから、駄目元で行方を調べていたんだが、どうやらこの二体、先週までロシアの山奥にいたらしい」
「ちっ……随分と遠くまで逃げていやがったか」
「……はっきりとは確認されていないが、どうやら『レイパーの胎児』も一緒のようだ。すぐにロシアの警察が討伐隊を組んで向かったが、もうその時にはももぬけの殻だった」
今はもう、奴らがどこにいるか分からないと、優一は続ける。
「ただ、奴らがランド種体内から逃走する際に持っていたものの正体は分かった」
サッカーボールくらいのサイズの、深緑色の球体。
皇奈とスピネリアが交戦していた際も、騎士種レイパーがしっかり持っており、それ程大事なものだったことは想像に難くない。
「恐らく、レイパーを輪廻転生させるために使っていた、エネルギーだろう。神喰さん達が破壊した輪廻転生のための部屋に、これが設置されていたと思わしき場所があった」
「え? エネルギーを持ち帰ったの? レイパーの魂の方じゃなくて?」
紫髪ウェーブの少女、ファム・パトリオーラが、思わず驚きの声を上げた。
「そっちを持って帰ったんだ……。レイパーの魂の方が、集めるの難しそうなのに。エネルギーなら、いくらでも集められそうだけど……。コートマル鉱石なりなんなりさ」
「大丈夫なんでしょうか? そのエネルギーを使って、またレイパーを輪廻転生させようっていうんじゃ……」
そう言って険しい顔をするのは、銀髪フォローアイのヒドゥン・バスター、ライナ・システィアだ。
だが、優一はライナの質問に首を横に振る。
「レイパーを輪廻転生させるためには、それなりにエネルギーが必要だ。この球体に入っていると推測されるエネルギー量では、精々十数体が限界だというのが、研究者の見解だな」
「でも、持ち帰ったんすよね? それ程に欲しいってことっすか……」
目つきの悪い、おかっぱの警察官、冴場伊織が、腕組みしてそう呟く。
「……もしかして、そのエネルギーを使って、パワーアップでもしようっていうんでしょうか?」
「それにしては、すぐ自分達に使ってしまわないというのが不気味だ。……だが、雅君の話も最もだ。実際、それを懸念している研究者も多い。もしかすると、今後出てくるレイパーは、今までの奴らより強くなるかもしれん。皆、くれぐれも注意してくれ」
その言葉に返事をする一行。
そこで、優一は腕時計を確認すると、「さて、これで打ち合わせは終わりにしよう」と締めくくる。
よく見れば、雅達の服装は、どこか他所行き用のもの。
――この後は、ラージ級ランド種レイパー討伐作戦成功の、祝勝会があるのだ。
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