第54章幕間
――終わった。
誰かが言ったその言葉が、黒蝶を散りばめたような半夜に添えられる。
二月十五日金曜日、午前零時三十五分。
レイパーを輪廻転生させ、人類に終わらぬ戦いを強要していた元凶……ラージ級ランド種レイパーの大爆発。後に残る炎が、ようやく収まってきた頃だった。
束音雅は、火照った体を柔らかく撫でる空っ風の心地良さを感じながら、皆の先頭で、ただ目の前を眺める。
何かを考えているわけではない。目の前の光景を、淡々と脳が処理していくような感覚。
ただ、
「……これで」
頭と心が、やっとその事実を受け入れだすと、途端に体の奥がムズムズとしてくる。
無言でそれを噛み締めても良いのだろう。しかし口は、それを告げずにはいられない。
「これで……やっと……。やっと、終わりが見えた……」
ゾクリと背筋が震え、鳥肌が立つ。
知らない内に零れていた涙を袖で拭う。
生まれて初めて感じるこの感覚を、どう名付けたら良いのだろう。
「やった……やった……っ、やりましたっ!」
膨れ上がる充足感と幸福感、それを、雅は声に乗せて、思いっきり吐き出す。
瞬間、
「みーちゃん!」
「ミヤビ!」
「ミヤビさんっ!」
優、レーゼ、ライナの三人が、三方向から抱きつかれる。
感動は、言葉にはならない。だがそれは、はっきりと伝わってきた。
「あぁ! 俺達、やったんだ!」
「は、ははは……! いや、全くだ!」
「あー……私、当分戦いたくないわ」
「ちょっとファム! ……って言いたいところだけど、私も同感かも……」
「ここで寝たイ……」
「子供にはハード過ぎよ。お疲れ様」
「全く、何度死ぬかと思ったのやらですわ」
「私も。ホッとしたよ、もう!」
「うむ。お主らも、よく頑張った!」
セリスティア、愛理、ファム、ノルン、志愛、ミカエル、希羅々、真衣華、シャロンの声。
それをきっかけに、静かな夜が打って変わり、騒がしくなっていく。
誰もが、ようやく巨大なレイパーを倒したのだと、実感が湧いてきた。
今までの苦労を吹き飛ばすかのように笑いあう者、砂浜に背中から倒れる者、ただ静かに喜びを噛み締める者……色々だ。カリッサなんかは、空を仰ぎながらその場を離れていた。一人で感傷に浸りたい気分なのだろう。
優達の両親などは、娘達の元へと駆け寄って、互いの無事を喜びあっていた。
「シノダ!」
「お、王女様……! あなたは一刻も早く、国に戻らなければ……!」
「何よ! ちょっとくらいいいじゃない!」
「プリンセス。ミス篠田の言う通りよ。国王様がご乱心って噂が流れているわ」
「せめてご連絡だけでも……」
「だ、大丈夫……なはずよ! 多分!」
そう言いながらも、スピネリアはバツの悪い顔で、通話の魔法を使い出す。後に待っているのは説教か、それとも祝福か。
「かのーん! もう疲れたー!」
「はいはい冬歌。……本当に、生きて戻って来られて良かった……!」
隣で、冬歌と夏音が抱き合う姿が見えた後。
「ミヤビお姉ちゃん! 皆!」
「あっ! ラティアちゃん!」
走り寄ってきたラティアを抱きしめ、雅はその腕にギュッと力を込める。
「……ラティアちゃん、本当によく頑張ったんですね!」
動きの鈍い腕、汗が滲んだ肌の香りや感触。
雅達のようにレイパーと直接交戦しなくても、どれだけ神経をすり減らしていたのか、想像するまでもない。
少し離れたところでは、杏がラティアに声をかけようとしたポーズで固まっており、由香里が彼女を励ますように背中に手を這わせ、伊織が近くで苦笑いを浮かべていた。
【ミヤビ……ごめん。私だけ、何にも出来なくて……】
(そんなことない)
カレンがいてくれたことで、どれだけ助かったか。戦いの補助だけの話ではない。ミドル級人型種麒麟科レイパーに負けそうになった時、雅を奮い立たせてくれた最初の人は、紛れもなくカレン・メリアリカだった。
(あなたがいなかったら、私はもう死んでいた。きっと、あいつを倒すことも出来なかったと思います。……いや、これはカレンさんにだけ言うことじゃないですね)
そう思い直し、雅は皆の方を見て――ゆっくりと、頭を下げて、こう言うのだった――
「あの巨大なレイパーを倒せたのは、皆のお蔭です。本当に……本当にありがとうございます!」
――と。
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