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第486話『音束』

 二月十四日木曜日、午後十一時五十五分。


 ラージ級ランド種レイパー体内、宮殿の最上階。


「夏音さんっ! 冬歌さんっ!」

「雅ちゃん! 良かった! 無事だったんですね!」


 レイパーの残党と格闘する二人に駆け寄ってくる雅を見て、夏音は顔を明るくさせ、それまで前に出していた両腕が僅かに降りる。


 だが、その隙をついて、一体のレイパーが襲い掛かり――


「夏音! 余所見しない!」


 冬歌が横から斧槍(ハルバード)を振るって、そのレイパーを吹っ飛ばす。


 雅がさかさずそいつに向かってエネルギー弾をぶっ放して爆発四散させると、夏音が「あぁっ! ごめん!」と戦闘体勢を取り直した。


「雅ちゃん! 生きていて何より!」

「冬歌さん! お二人こそ、無事で良かった! もう少ししたら、こいつの中から脱出します!」

「脱出の術、見つかったのっ?」

「ええ! ただ、少し時間が必要なんです! それまでこいつらの数を減らします!」


 雅達が五体のミドル級レイパーを倒したことで、外との通信が可能になった。それにより、外部からの干渉も可能だと推測した雅達。


 ラージ級ランド種レイパーを座礁させた時に使った、転移魔法を発動するための装置を使って、体内に吸い込まれた人達を全員外へと脱出させるのだ。


 ただその為には、装置を動かすためのエネルギーが必要。


 幸いにもこの宮殿には、こいつ自身がお面に蓄えさせたエネルギーが大量にある。レイパーが殺した女性の魂を保管していた、あの悪趣味な部屋の中に。雅が部屋のあらゆるものを破壊したことで、それはランド種へと送られることなく、まだそこにある。それを外部へと送るために、数分の時間が必要だ。


「王女様! すみませんが、少し手を貸して頂きたい!」

「シノダ! え、何? 何をすればいいのっ?」

「魔法使いの人達! ちょっと力を貸して!」


 愛理とレーゼが声を掛け、エネルギーを外に送るために必要な魔法使いを奥の部屋へと連れていく。抜けた穴は、雅達が埋めるという役割だ。


【ミヤビ! 時間がない! 一気にいくよ!】


 エネルギーさえ送ってしまえば、誰が体内のどこにいようが、外へと逃がすことが出来る。


 だが、その際に一緒にレイパーも外へと移動させてしまう。対象を人間のみには絞れない。


 だから、ここで一体でも多くのレイパーを撃破しなければならないのだ。


「こんな奴ら、一体だって外に出したくない! 少しでも数を減らしますよ!」

「いい意気込みよ、ミス束音!」

「っ! 皇奈さんっ!」


 いつの間にか雅の隣にきていたのは、黒髪ポニーテールの美魔女、神喰皇奈。


 下の階から、レイパーを倒しながらここまで来ていたのだ。


「姿が見えなかったから、心配してました! ご無事で何よりです!」

「ここに来る前に、妙な部屋があって少し手間取ったの。ま、全部破壊しておいたけど」

「妙な部屋?」

「それは、全部ケリがついてから話すわ。――さ、合体よ! ブーツの方が適当かしらね?」

「オッケーです!」


 そう叫ぶと、雅の持つ剣銃両用アーツ『百花繚乱』が縦に分裂し、皇奈の黒いブーツ型アーツ『BooT⇄Star』の踵部分に装着された。


「あららっ! アンビリーバボォォォォォォオッ?」


 逆立ちになり、独楽のように回転しだす皇奈。悲鳴を上げながら縦横無尽に動き回り、レイパー集団を次々に爆発四散させていく。ブーツの推進力で高速回転する刃は、まさに強力なカッターである。


 他の者達も負けてはいない。連携して、レイパーを撃破していく。


 そして数分後。


「束音! エネルギーは全部送った!」


 この混戦の中でも、奥の部屋へと続く扉の方から聞こえてくる、愛理のよく通る綺麗なアルトボイス。


 それを聞いた雅は叫ぶ――


「ラティアちゃん! 今です! こいつの(バリア)を破壊してください!」




 ***




 そして、体外。


 ラティアの乗る、ドローンの中――


「分かった!」


 雅の言葉をULフォンで聞いていたラティアが、左腕に力を込める。


 ランド種の体内に魔法陣を展開するためには、こいつの(バリア)を破壊する必要がある。(バリア)があると、魔法を掛けようにもそれが邪魔となって発動しないから。


 定期的に(バリア)を破壊していたが、数秒前にまた再生してしまっていた。すぐに壊すつもりだったが、魔法陣展開は(バリア)を破壊した直後がベストなタイミングだという。故にラティアは、雅からの合図を待っていた。


 左手に嵌った小手型アーツ『マグナ・エンプレス』。それにエネルギーが集中していく舵手―のだが、


「っ! マズい!」


 シュっという音が聞こえてきて、優一がドローンを急旋回させた。


 直後、特大の潮噴きがレイパーの背中からぶっ放される。


 しかし悲鳴を上げながらも、ラティアは頑張って意識を集中させていた。まだラティアは、レイパーに衝撃波を当てられる位置にいる。少し体勢が悪くなっただけだ――そう思っていたのだ。


 しかし……


(嘘っ? ま、まだ攻撃が終わらないっ?)


 レイパーの潮噴きが、終わらない。


 二発、三発……殆ど間も置かず、何度も繰り返していたのだ。


 蓄えていたはずのエネルギーが体内から消えたことで、何か危険を感じたのだろうか。だがこれはマズい。


 大量の潮噴きが空に舞い、車軸を流すような雨が、弾丸のごとく降り注ぐ。その威力は凄まじく、ノルンやカリッサが魔法でバリアを張ってもそれを破壊し、ドローンを激しく揺らした。ドローンの中は、まるで激しい地震が起きているような有様。そのせいでまともに敵に狙いを定めることが出来ず、これでは衝撃波を撃つどころではない。


「冴場っ! ミサイルはまだ撃てんのかっ?」

「すまねーっす! 後二分……っ!」

「ぐっ……優香! ラティアさん! 冴場! 近くの物にしっかり掴まれ!」


 やけっぱちな優一の声が響く、その時。




「はぁっ!」

「っ?」




 誰かの声が轟き、雨の壁に一筋の道が出来る。


 それを為した人物は――


「ア、アンズさんっ?」


 杏が地上からこの雨の中でもお構いなしに強烈な蹴りを繰り出し、それによって発生した衝撃波で、雨の壁に穴を開けたのだ。


 杏とラティアの距離は遠い。だが、ラティアは確かに見た。


 杏が、「今よ!」と合図したことを。


 その一瞬を、ラティアは逃さない。


 何発も撃ったことで洗練されたラティアの感覚と技術。そこから放たれた衝撃波が、潮噴きの嵐の合間を縫って、レイパーの体に直撃する。


 ガラスが砕けたような音を立てて砕け散る(バリア)――


 ラティアの「今です!」という声――


 海に展開される魔法陣――


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!」


 ラティア、そしてノルンや伊織達の、喉を嗄らしながら叫んだ声が、夜闇に木霊した直後――




 それらをかき消すかのように、ラージ級ランド種レイパーが、甲高く吠えた。




 刹那、レイパーを中心に展開された魔法陣が、空へと浮かぶ。


「あぁっ! そんなっ!」

「マズい! あいつ、最後の最後で、とんでもないことをっ!」


 何をしているのか分かったのは二人。『未来視』のスキルが使えるノルンと、長寿のエルフ、カリッサ・クルルハプトだけだ。


 この魔法陣……ランド種レイパーは、これをかき消すことも出来た。


 だが、それでは体内に女性が残ったまま。また別のエネルギー源を外に送られ、同じことを企む危険がある。


 故に、このレイパーは、もっと別の方法で、魔法陣を対策したのだ。


 それが――


「み、皆っ?」

「しまった! これでは――」




 ――転移先を、空の彼方へと移動させてしまうこと。




 唖然とする皆の前で空に出現する、数多の女性達とレイパー。


 まるで星々が流れるかのように、女性達は悲鳴を上げながら落ちていく。彼女達からしたら、あまりにも突然すぎることだった。転移先はしっかりとした地面だと思っていたのに、気付けば死がすぐ目の前まで来ているのだから。


 だが、


「皆! これに乗りなさい!」


 彼女達が墜落することはない。ミカエルが咄嗟に杖型アーツ『限界無き夢』を振るい、空中に小さな赤い円盤を大量に出現させたから。


 それに乗ったり、掴まったり、引っ掛かったりし、彼女達は次々に助かっていく。


 その中には、


「ぐ、ぐぬぬ……!」

【ミヤビ! 頑張れ!】


 誰よりも高いところ、そこに束音雅の姿も、当然ある。運悪く、手を伸ばせば辛うじてギリギリ届くところにしか足場がなく、その淵に指が引っ掛けて落下を食い止めたというところだった。


 腕が取れるのではないかという痛みが肩に走るが、それでも諦めたら、待っているのは死だと自分に言い聞かせ、腕一本に気合を入れてぶら下がる。


 ――不意に眼下に広がる光景を目にし、雅は歯を喰いしばった。そこは、自分が想像している数十倍は酷い光景だったから。


 砂浜には、巨大な亀裂。周辺の民家は一戸残らず岩に圧し潰されたかのように大破し、地形の一部はクレーターやら土砂崩れやらで大きく損傷している。津波や地震、台風のどれでもない、新しい形の災害を目にした気分だ。


 体外に残っていた者達が獅子奮迅に頑張ってくれていたからまだこの程度で済んでいる。彼女達がいなかったら、とっくにこの辺りは海の藻屑となっていただろう。


(く……あいつ、動けないのにここまで……!)

【マズいよミヤビ! あれじゃ、後少し暴れられたら日本が壊れる!】

「そしたら、またあいつが海に――今すぐに決めるしかない……けど……っ」


 安全に地上に着地してからでは遅い。一刻も早く奴を倒さなければ、今までの苦労が水の泡となる。


 真下にいるラージ級ランド種レイパーと、足場に引っ掛かっている手を、額や首筋に汗を流しながら交互に見る雅。


(私達の位置は、悪くない。丁度、奴の頭部の真上……多分、脳がある辺りなはず……!)


 (バリア)がまだ再生していない今、強烈な一撃さえ与えられれば、それは致命傷となるはずだ。


 だが問題は、使えるスキルがもう尽きているということか。まだ一つ使えるスキルはあるが、こいつ相手には効果が薄い。


(打てる手が……でも、やるしかない……!)


 まずはここから狙撃しようと、片腕に握った百花繚乱を振るってライフルモードにした瞬間――


「っ!」

【えっ?】


 突如、雅の斜め下方向から放たれてきた、二本の太い針。それが、一本は雅が何とか掴まっていた足場を木っ端微塵に砕く。


 さらにもう一本の針が、雅の持っていたアーツに直撃し、手から弾き飛ばしてしまった。


 落ちていくアーツを尻目に、一体なんだと、落下しながらも攻撃が飛んできた方を見ると、


【あ……あいつぅっ!】


 カレンの怒号が、頭の中で木霊する。




 そこには、雅の両親を死に追いやった切っ掛け……全身を黒い刺に覆われた、人型の化け物『人型種ウニ科レイパー』がいたのだ。宮殿近くにいたこいつは、まだしぶとく生き残っていた。




 手に持った二股の銛。紐のついたそれをスリングショットにし、雅の方へと刺を飛ばしてきたのである。


 レイパーは雅自身を狙っていたつもりだが、何せこんな状況のため狙いがブレてしまった。だが雅を墜落させ、百花繚乱を弾き飛ばすことは出来たのである。


 レイパーは三撃目を放つことはなく、そのまま赤い足場に乗ってどこかへと逃げていく。まんまとしてやられたことへの嫌がらせくらいのつもりだったのかもしれない。


 だが、それはあまりにも効果的で、致命的。――堕ちる雅に、為す術はないのだから。


 そしてそれは、雅だけの話ではなかった。


 一緒に転移してきたレイパー達により、次々に足場が壊され、ほぼ全員が落下している。ミカエルも、またこの足場を出すだけの魔力はない。あれは特大ビームよりも消費が大きい魔法だ。


(どうするっ? どうするどうするどうすればっ?)


 アーツが無い。スキルが無い。


 もう、頭の中は真っ白だ。益体も無い「どうする」という言葉だけが駆け巡り、正常に思考することを許さない。


 その時だった――




「――っ」

【あ……っ!】




 雅のULフォンから鳴り響く、希望の知らせ。


【ミヤビ――】


 そう……今の時刻は、二月十五日金曜日――午前零時ジャスト。




【音符の力ぁぁぁぁぁあっ!】




 スキル、そして音符の力が、再び使える時――




「カレンさぁぁぁぁぁあんっ!」


 雅の体から、待ってましたと言わんばかりに飛び出る五線譜。


 それが大きな円を描いてから雅の元に戻ってきて、彼女の体に纏わりつく。


 変わっていく、雅の姿(フォーム)


 桃色の、音符や五線譜の模様があしらわれた、まるで指揮者が着るような形状の燕尾服へと。


【よし! これなら……!】

(でも、どうすれば……!)


 音符の力を呼び出したところで、今の雅の手にはアーツがない。


 その時だ。


 雅の頭に、不意に呼び起こされる記憶。


 あれは、ライナがネクロマンサー種レイパーを倒した瞬間のこと。


(ライナさんが止めを刺した時、音が聞こえた……。私が音符を蓄積させた後で攻撃した時みたいな音が……)

【ミヤビ、もしかして……】

「ええ……!」


 薄目を開けながら、自らの掌を見る雅。


 ネクロマンサー種レイパーが、ライナによる最後の一撃を受けた時、奴の体には音符が蓄積されていた。


 だが、それだけでは無かったはずだ。


 雅がネクロマンサー種レイパーに操られ、ライナと戦わされた際――撃ち込んでいた。彼女の鎌に、音符を。


 音符が強化してくれるのは、雅の攻撃だけではない――




「他の人のアーツに音符を打ち込めば、その人の攻撃もパワーアップするんだ!」




【でもミヤビ、どうするのっ? 音符は一度にたくさん出せない!】


 落下速度とラージ級ランド種レイパーとの距離。そこから計算しても、四発が限度といったレベルだろう。


 音符は、一度攻撃を与えれば効果を失う。つまりは二人のアーツに音符を仕込み、二つの音符をレイパーに仕込む必要があるということだ。


 足りない。奴を倒すにはとても。


 だが、雅は首を横に振る。


 ――足りないなら、増やせばいい。そしてそれを為す術が、雅にはある。


 掌を向ける。敵に向かって――だけではない。


 空、地上、海……そこで戦う者達を、なるべく多く射程の範囲に入れるように。


 勢いよく放たれる、サッカーボールよりも少し小さい、一発の桃色の音符。


 それなりに速度があるはずだが、今は何故かゆっくりに見える。


 大半の者達が、それを注視したのは偶然か否か。


 それが、唯一空中に残っていた足場に直撃し――




「弾けろぉぉぉぉおっ!」


 雅が叫ぶと、音符が爆ぜた。




 それはまるで、夜空を美しく彩るように花を咲かせた、四尺花火のよう。


 夏音のスキル、『カレイドスコープ』。


 放ったビームが壁などに当たった瞬間に「弾けろ」と合図をすると、無数に分裂させることが出来るスキルだ。


 ビー玉程のサイズとなった音符が、多くの者達の持つアーツへと当たる。


 ラージ級ランド種レイパーの体へと、まるでゆっくりと降る雪のように落ちていく。


 それを見た者達は、悟った。


 雅の音符の力をちゃんと知らない者達でさえも、理解した。


 真の力を理解したのは雅だけなはずなのに、不思議と分かった。


 レーゼを始めとした、雅と付き合いの長い仲間達など、言うまでもない。




 ――今だ――と。




 直後、午前零時の真夜中に、荒々しくも美しい轟音が響き渡る。


 音符がレイパーの体に当たり、すぐ後に、音符を蓄積したアーツの攻撃が当たる。するとそれが、協和音を発生させる。


 ラージ級ランド種レイパーの体に次々と叩きつけられる、剣や刀、斧等の攻撃。撃ち込まれる弾丸。魔法の数々。


 音符のバフが乗った攻撃もあれば、そうでない攻撃もあっただろう。


 だが、それでもよい。皆の気持ちは、一つ。




 ――音を束ねろ――その想いで、ひたすらに全力の一撃を、この怪物へと喰らわせるのだ。




 あるものはレイパーの上に着地し、あるものは落下の勢いのままに。支給された『命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)』を使いながら、あるいは魔法使いが下から風を起こして落下の勢いを弱めながら。


 連携が不思議と連鎖し、奇跡的に誰も死ぬこと無く攻撃がヒットしていく。


 レイパーは、声を張り上げる。初めは威嚇するように、しかし段々とそれは、くぐもったものへと変わっていく。


 一つ一つのダメージは小さい。だがこうも受け続ければ、流石のランド種と言えど、キツイものがある。


「みーちゃんっ!」


 不意に下から聞こえる、親友の声。


 直後、雅の元に向かってくる、一本のアーツ(百花繚乱)


「さがみんっ! 皆!」


 下にいる者達が、雅に頷きかける。


 雅が落としたアーツを、一番下にいたレーゼが拾ってくれていた。それを皆でパスしながら、最後に優の手を経由して、雅の元へと返してくれていたのだ。


【ミヤビ! 君が決めろ!】

「っ!」


 他の者達の攻撃が全て決まり、残すは雅のみ。


 まだランド種は生きているが、その体には無数の傷跡が、深く刻まれている。


 おぞましい程に真っ白だった体は、今や見る影もない。


 ――あと一発。


 それは、誰の眼にも明らかだ。


 そしてその役目を、雅に託している。


 ならば――


「優一さん! バリアを!」


 この巨大レイパー。倒された時の爆発四散は凄まじいであろうことは、想定されている。


 その為に、止めを刺す前に、こいつの周りを覆うように、耐衝撃用のバリアを展開することになっていた。


『何っ? だが君は――』

「超、再生ぇ……っ!」

『っ! 分かった!』


 下にいる者達は、もうランド種から離れている。まだ空にいた者達も、ファムやカリッサ、ドローンが拾ってくれた。


 展開される、ドーム状のバリア。


 中にいるのは、雅とカレン、ラージ級ランド種レイパーのみ。


 雅が三発の音符をレイパーに直撃させ、ブレードモードにした百花繚乱を振り上げる。


 吠えるレイパー。


 だがその声は、心なしか震えているように、雅には思えた。


 それはそうだろう。

 レイパーは、ランド種によって輪廻転生させられる。


 しかしこいつ自身は、倒されてしまえば、誰も輪廻転生させてくれない。文字通り、たった一つの命なのだ。


 生まれてからずっと、生命の理を捻じ曲げ、命を弄りまわしてきたこいつは今、自分自身のたった一つの命が危険にさらされ、初めて恐怖を覚えていた。今までの封印とは毛色の違う恐怖に、まるで理解が追い付かないでいた。


 怯えた犬が、苦し紛れに吠えるように、レイパーは怨嗟の声を雅に向ける。だが雅は怯まない。その目はただ真っ直ぐに、レイパー自身へと向けている。レイパーにはそれが、ただ一人の少女の眼が、たまらなく恐ろしかった。




【もう二度と、お前に――】

「これ以上……レイパーを生き返らせたりしない!」




 カレンと雅の声が連なり、刹那、レイパーの体に全身全霊の一撃がぶちこまれる。







 ド、ミ、ソ、そして一オクターブ上のレの、四音の協和音。


 ラージ級ランド種レイパーが大爆発する音の中でも、その協和音の余韻だけは、はっきりと残っていた――







 ***




 燃え盛る炎。


 誰もが固唾を飲んで見守る中、彼女は出てくる。


 アーツを杖のようにして体を支えながら、体を引き摺り――しかしそれでも、精一杯に前に歩いていく、少女。


 そんな彼女は、皆を見つけると、疲労困憊な様子ながらも、しっかりとサムズアップをし――




「いやぁ……暑かったです、本当に」




 束音雅はそう言って、笑顔を見せるのだった。

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