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第485話『脱出』

 ミドル級人型種麒麟科レイパーを倒した後、雅達の前に大きな扉が現れた。


 先に進むと、そこは雅が破壊しつくした、殺された女性の魂の保管庫。


 あのレイパーを倒したことで、元の場所へと戻ってきたようだ。そしてそこに足を踏み入れ、少しもしない内に、


「――っ? ゲホッ! ゲホッ!」

「あっ! やった! みーちゃん、声出た!」

「こぇ……え? ――ぃっ」

「ちょ、ミヤビ! 大丈夫っ?」


 突如咳き込み、ふらついた雅を支えるレーゼ。


 不調だったはずの雅の五感が、一気に本来の性能を取り戻す。それが急に来たからか、酷い頭痛と眩暈に襲われた。


 ――だがその頭痛と眩暈が、今はとても心地良く感じる。


「やっぱり私達同じでしたね。私達もレイパーと戦っていた場所から出たら、そうなって。……あの不調は、レイパーか、あの場所そのものの特性だったのかも」

「何にせよ、体調は注意した方がよろしいですわね。本当に完全に治ったのか、検査しないことには安心も出来ませんもの」


 ライナと希羅々の言葉に、ようやく咳きが止まった雅は、息絶え絶えになりながらも大きく頷いた。


 ようやく咳や眩暈等が治まり、落ち着いてきたところで、雅は皆に、心の底からペコリとお辞儀をして口を開く。


「助かりました、本当にありがとうございます。……でも、皆さんはどうしてここに? あの闘技場、多分異空間みたいな場所だったはずなのに……」


 そう尋ねると、全員が顔を見合わせ、レーゼが代表して答えるように「実は」と切り出す。


「さっきライナがチラっと言った通り、私達もこの宮殿に乗り込んで少し進んだら、妙な場所に連れて来られたの。そこでレイパーを倒したら元の場所に戻って、その後、この宮殿の最上階に向かう途中で皆と合流して、一緒に昇って来たら、二人の大和撫子がいたわ」

「大和撫子……あっ! もしかして、夏音さんと冬歌さんっ? あの二人は無事でしたかっ? 私が先に進むために、たくさんのレイパーを引き受けてくれたんですけど!」

「ええ。大丈夫。間一髪だったけどね」


 それを聞いて、雅が安堵の息を深く吐く。


 二人がレイパー集団に囲まれ、今まさに殺されるかどうかの瀬戸際。


 だがそこで、レーゼ達が到着したのだ。


「大ピンチの状況だったけど、全員で協力して、大量のレイパーを三分の一くらい倒したのよね。そこで、トウカさんとカノンさんに教えてもらったの。ミヤビが扉の向こうに進んだって。その時に大和撫子とバスター、後王女様も合流してくれたから、残りのレイパーの始末は彼女達に向かせて、私達はあなたのところに駆けつけたってわけ」

「この先は行き止まりだったんだけド、いきなり扉が現れタ。開けたらあの闘技場。……雅が殺されそうだったかラ、ライナさン、超焦っていタ」

「ちょ、シアさんっ! なんで言うんですか!」


 真っ赤な顔で慌てだすライナだが、当の志愛は心底疲れた表情だ。志愛も本当に肝が冷えた光景だった。……ライナが血相を変えて、誰よりも先に飛んでいったから、辛うじて冷静さを取り戻せたのである。


 ライナに背中を叩かれる志愛を見て、雅はクスリと笑みを零す。そうしたらビックリする程に元気が出てきたから不思議だ。


「よし……皆さん、一旦戻りましょう! 援軍が来たのなら夏音さん達は無事でしょうけど、ちゃんと顔を見ておき――」


 雅がそこまで言いかけた、その直後。




 突如、地面がグラりと揺れる。




「うぉっ? な、なんだこの揺れっ?」

「地震っ? いや、でもなんか変だったよねっ?」


 例えるならば、地面が上下左右ではなく、シーソーのように揺れたという感じだろうか。今まで体験したことのないような感覚に、セリスティアと真衣華の素っ頓狂な声が上がった。


 その時だ。


【ミヤビ! なんか、空間が変な感じだよ! 穴が開いたって感じだ! もしかすると、今ならULフォンが使えるんじゃないっ?】

「えっ? ――ええっ? 本当だっ?」

「ちょ、みーちゃんっ? どうしたのっ?」

「ゆ、ULフォン! 繋がります!」


 カレンの言葉に、半信半疑で確認してみた雅の驚愕の声に、優や愛理達も、慌ててULフォンを起動し出す。


 さらに、


『も……し、師……! 聞こ……』

「……あぁっ、ノルンっ? 繋がったわ! 通話の魔法も使えるようになった!」


 もしかして魔法による通信も――そう思ったミカエルが試したところ、可愛い弟子の声が聞こえてくる。


 どういう訳か、今まで使えなかったはずの通信行為が可能になったらしい。


「だが、何故通信が出来るように……? っ! まさか、我々が倒したあのレイパー達が関係しているのかっ?」


 怪訝な顔で、そう推理する愛理。


 突然異空間に連れ込んだ五体のレイパー。しかも四体は、喜怒哀楽のお面から出現していた。何か特別な立ち位置のレイパーだったのではと思ったのだ。


『あぁっ! ミヤビお姉ちゃん! 皆、ミヤビお姉ちゃんが電話に出た!』

「ラ、ラティアちゃんですかっ! すみません、ご心配をおかけしました! こっちは無事です! 今、レイパーの体内にいます! ラティアちゃん達はっ?」

『やっぱり皆、中に吸い込まれたんだ! こっちは外だよ! でも、今凄く大変なことになってる!』

「大変っ?」

『このレイパー、突然潮噴きをするようになって……。このままじゃ、砂浜が壊れちゃう!』

「そ、そんな……っ!」

「ちょ……それじゃ私達、早くこいつの中から出ないとヤバいんじゃないのっ?」


 会話を聞いていたファムが、口をワナワナと震わせる。


 自分達がランド種の体内に吸い込まれてしまったせいで、外にいる人達が攻めあぐねていることくらいは想像がつく。自分達を助ける行動にリソースを割かざるを得ないのだろう。


「じゃ、じゃがどうするっ? どうやってこいつの体内から出れば……っ?」

「シャロンさんの言う通りだよ! 宮殿に来たはいいけど、外に出る方法なんか無かったし……っ!」

「……いや、出る方法は、ここにあるはず」


 優の言葉に、雅は歯を喰いしばりながらそう返した。


「ここ、滅茶苦茶レイパーがいるじゃないですか。あいつら、私達がここに来る前から来ていました。それって何でって考えたら、きっと外に出る手段があるからなのかなって思うんです」


「一理あるわね」と、レーゼも思案顔ながらもそう言った。


 ここには、あのミドル級の強力なレイパーが、まるで何かを守護するかのように待っていた。そんな場所なのだから、何か重要な意味があるはずなのだ。


 そして、そいつらを倒して程無くしてから、外との繋がりが出来た。


 もう少し……もう少しで、外に出る手段に手が届く。そんな気がする。


 すると、


「……ミヤビちゃん。確か前にレイパーが輪廻転生する動画を見せてもらった時、亡霊……レイパーの魂が体に吸収されて、輪廻転生した後、体外に排出されていたわよね?」


 ノルンとの会話を終わらせていたミカエルが不意に、そう尋ねてくる。


「え? ええ。過去のガルティカ遺跡で、確かに」

「ということは、集めた魂が輪廻転生する場所は、この中ということ……。レイパーを口から外に吐き出そうとすれば、海の中に排出することになるけど、そんな場面は観測されていない。……私達は、中に吸い込まれた時は口から吸収されたけれど、ノルンが聞いた話だと、そうじゃない人もたくさんいたらしい。その人達は、魔法陣で転移させられた。……ならきっと、逆も出来るわよね?」

「逆? ……あぁ、体内から体外に、転移の魔法陣で排出したってことね」


 レーゼの言葉に、ミカエルはコクンと頷いた。


「転移の魔法陣には、かなりの魔力を要するはずよ。それをどこから賄っていたか。……そう言えば、ミドル級のレイパーが現れた時、一緒にあのお爺さんのお面も出てきていたわね……」

「えっ? ミカエルさんのところも出たんですか? こっちも出たんですけど……。ピエロのレイパーが付けていた、火男のお面」

「あら、相模原さんのところも出たんですわね。こちらも出ましたわ。悲しそうなお婆さんのお面が」

「私達のところも出たよ。般若だっけ? 鬼みたいな顔の奴」


 ミカエルの言葉に、優、希羅々、ファムが口々にそう答える。


「……もしかして、あのミドル級のレイパーは、お面の守護者だったのかしら? となると、あの空間は、お面がエネルギーをこのレイパーに送るための場所?」


 四枚のお面は、倒されたレイパーの魂や感情のエネルギー、そして殺した女性の魂を、ラージ級ランド種レイパーに供給していた。


 エネルギーはレイパーを輪廻転生させるためだけでなく、このレイパー自身が活動するためのエネルギーにもなっている……それは正しいだろう。


 だが、それだけでは無かったのだ。


 体内で輪廻転生させたレイパーを、体外へと転移させること――そのためにも使われていた。転移の魔法陣を発動させるためのエネルギーだ。


「……転移の魔法陣は、魔力を大きく消耗するわ。一体、二体の移動に使うのは、効率が悪い。まとめて転移させたいはずよ」

「……ン? じゃア、ここに大量のレイパーが集まっているのハ、そのたメ?」

「今、外では多くの人々がこいつを倒そうと躍起になっていますわ。それを止めるために、大量のレイパーを用意した? であれば、どこかで一斉に転移させる場所があるはずですわよね?」

「最上階だけ、なんか他と雰囲気違くなかった? あそこが転移のための場所だったりする?」


 ファムが、この部屋の外――冬歌と夏音達が戦っている方を見て首を傾げる。


 だが、


「待て、儂ら、ここで暴れて結構な数のレイパーを倒してしまった。それをこやつが知らぬとは思えぬ。転移の魔法陣を発動させると思うか?」


 シャロンの言葉に、ハッとさせられるミカエル達。


 今も宮殿の中では、多くのバスターと大和撫子達がレイパーを倒している。数が少なくなれば、エネルギーを転移魔法に使うメリットがない。


 脱出の手が――そう思った、その時。


「……こいつ自身に、転移魔法を使わせる必要はないんじゃない?」


 不意に発せられた優の言葉。レーゼが「ユウ? それはどういう……?」と聞くと、再び口を開く。


「外の人達と、ULフォンや魔法で通信出来るってことは、外から干渉も出来るってことですよね? ――この巨大レイパーを座礁させた、転移の魔法を発動させる装置。あれ、今度は体内に使えるんじゃ……」

「そうか! その手があるじゃねーか!」

「待って二人とも! あれ、相当なエネルギーを使うんだよっ?」


 真衣華の指摘に、優とセリスティアの「ああっ! そっか!」という絶望の声が響く。


「えっと……集めたコートマル鉱石って、全部使い切ったんだっけっ? じゃ、じゃあどっかから持ってくるとかっ?」

「さがみん、そんな莫大なエネルギー、一体どこ……に…………」


 言葉の途中で、雅は何かに気付き、それを止めて天井を仰ぐ。


【ミヤビ……あるんじゃない……っ? ここに!】

「そうだ……この部屋は……」


 死んだ女性の魂を保管し、レイパーの活動エネルギーに変換していた部屋。




 雅があらゆるものを破壊したが、一個だけ破壊出来なかったものがある。天井付近に浮いた球体だ。




 そこから天井に伸びる管は破壊したが、球体だけはまだそこにある。


 墓石があった時、光が発生し、それがこの球体に吸い込まれていた。


 あれは、魂をエネルギーに変えて、そこに溜めていたのではないか? 管を通して、レイパーに供給していたのではないか?




 管を破壊しても、溜まっていたエネルギーが噴出する様子は無かった。――だから、蓄積されたエネルギーは、ここに残っているはずなのだ。




「ここにあるエネルギーを外に送って、装置を発動させること、出来ますかっ?」

「私の他に、もう何人か魔法使いがいればいけるわ!」

「魔法使い……王女様がいる!」

「一緒に来たバスターの中に、確か何人かいたはずよ!」

「これ……いけるんじゃないですか!」


 愛理とレーゼの声が重なり、ライナの声と顔が明るくなった。


「決まりね! ――ノルン。聞こえる?」

『は、はい! どうしましたっ?』

「ここからの脱出を試みるわ! 作戦を伝えるから、協力を――」


 見えた光明。


 脱出作戦が、今始まる――。




 ***




 一方、ラージ級ランド種レイパー体外。


「社長! ここは危険です! 早く避難を!」


 ショートポニーのOL兼社長秘書の瀬郷(せごう)由香里(ゆかり)がそう叫ぶが、杏は「あなた達だけ、逃げなさい!」と返し、構わずレイパーのへと跳んでいく。


 直後、足部分だけの『マグナ・エンプレス』による強烈な蹴りが、鈍い音と共にレイパーの顎辺りにヒット。


 それがかなりいいところに命中したのか、レイパーはまるで強がるかのように、雄叫びのような甲高い声を上げる。


 耳を塞ぎたくなるような嫌な声だが、杏は軽く舌打ちをしただけで、全く表情を変えない。その瞳に、娘と同じような冷たい炎を宿し、レイパーを睨む。


 彼女に、一切の恐れや怯えというものは感じられない。由香里からすれば、ヒヤヒヤものだ。何せ、杏はレイパーが潮を噴いた後も、まるで怯むことなく攻撃を続けていたくらいである。


 だが、


「しゃ、しゃちょぉっ! ええい! 私だって……っ!」


 由香里はビビりながらも、自らの持つ大槌型アーツを振りかざし、ラージ級ランド種レイパーの方へと立ち向かっていく。兼任とはいえ、社長秘書だ。社長を置いて逃げるわけにはいかない。


 由香里だけではない。他の社員も、悲鳴を上げながらも、退くつもりはないようだ。


 その姿を横目に見た杏は、「全く彼女達は……」と呆れた声を漏らしながらも、続いて辺りを見回した。


 こいつ自身の抵抗や、ラージ級シムルグ種レイパー、先の潮噴きのせいで、戦力は大きく目減りしている。


 地上は全部見えないため分からないが、近くで戦っているのは後から来た『アサミコーポレーション』のメンバーが主。バスターと大和撫子が三十名弱いるくらいか。空に関して言えば、残っているのは、希羅々や真衣華、志愛の両親が乗るドローンや、他に数機くらいだ。


 ――その中には、ラティア達が乗る一番大きなドローンもある。


 そして、再び展開されたラージ級ランド種レイパーの(バリア)が、ラティアの放った衝撃波で即座に破壊された。


 鉄面皮の杏の口角が、少しばかり上がる。


(あの子が頑張っているなら、私が逃げる訳にはいかないわね……!)


 杏だって人間だ。表に出さないだけで、恐怖くらいは感じている。……が、空にいるラティアは、もっと怖くて大変な思いをしているはずだということくらいは分かるつもりだ。


 彼女のことを思えば、まだまだ全然頑張れる。


 杏は声を張り上げ、再びレイパーに強烈な蹴りを浴びせにいくのだった。

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