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第53話『変身』

 本物の魔王種レイパーに手の平を向けられている雅とレーゼ。


 襲いかかってくるであろう衝撃波に備え、歯を食い縛り、アーツを持つ手に力を込める。


 その時だ。


 レイパーは突如、背後を振り返る。


 そこには、襲いかかってくる雷のブレス。


 命中する直前にその場を飛び退き、それを躱すレイパー。


「無事かっ?」


 山吹色の竜。シャロンが魔王種レイパーに攻撃を仕掛けたのだ。


「シャ、シャロンさんっ? あっちは――」

「包帯と骸骨の奴なら倒した! あとはこ奴らだけじゃ!」

「っ! 助かるわ!」


 雅とレーゼの体に、力が漲ってくる。


 あと、もう少しだ。



 ***



 分身の魔王種レイパーと戦う分身雅とライナ。


 広範囲に広がる衝撃波を伏せて躱した二人だが、そんな彼女達に向けて、追撃の黒い衝撃波が放たれる。


 ヤバい――と、咄嗟に目をギュっと閉じた二人。


 刹那、二人の近くで炎が巻き起こり壁となって、衝撃波を防ぐ。


 直後、分身レイパーへ突き刺さる大量の羽根。


 僅かに怯んだ隙に、誰かが分身レイパーへと猛スピードで突っ込んできた。


 分身レイパーはその突進を腕をクロスさせて受け止めると、そのまま反対側へと突き飛ばす。


「ちぃっ!」

「セリスティアっ?」

「ミヤビさんっ、ライナさっ! 大丈夫ですかっ?」


 二人を助けたのは、セリスティア、ファム、ミカエルの三人。


 今まで戦っていたレイパー達を倒し、加勢に来てくれたのだと分かった。


「こっちは無事です! ありがとうございます! ライナさん――まだやれますかっ?」

「はいっ!」


 ライナはそう答えて立ち上がると、鎌型アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』を構え、分身レイパーへと走っていく。


 分身雅は百花繚乱の柄を曲げてライフルモードにすると、分身レイパー目掛けて桃色のエネルギー弾を放つ。


 セリスティアとライナが接近戦を仕掛け、遠くからは雅のエネルギー弾とファムの羽根、ミカエルの火球で援護をするフォーメーションだ。


 分身レイパーは飛んでくる遠距離攻撃をスルスルと躱しながら、近くにいるセリスティアとライナ、隙を見て攻撃を仕掛けてくる分身ライナに蹴りで応戦していく。


 五対一――分身ライナがいれば、それ以上――にも関わらず分身レイパーは互角以上に戦うことに、改めてこのレイパーの強さを実感する分身雅達。


 雅は落ち着いて敵の動きを見極め、分身レイパーの足元目掛けてエネルギー弾を放つ。


 体勢を崩す目的の攻撃だったが、分身レイパーはバク宙してそれを躱してしまう。


 そして着地の瞬間を狙って飛び掛ってきた四体の分身ライナへと回し蹴りを繰り出し、消滅させてしまう。


 直後にセリスティアが猛スピードでタックルを仕掛けてきたが、レイパーは体勢を低くして足払いを放つ。


「しま――ぐぅ!」


 体勢を崩され、つんのめるように体が投げ出されてしまったセリスティアの腹に打ち込まれる、分身レイパーの膝。


 攻撃をモロに喰らったセリスティアは肺の中の空気を全て吐き出し、苦悶の表情を浮かべる。


 宙に浮き、防御が出来なくなった彼女へと回し蹴りを繰り出そうとするレイパーだが、邪魔するように飛んできたミカエルの火球と雅のエネルギー弾を躱すために空中で体を捻ったことで、放たれた蹴りはセリスティアの体の少し上を通過してしまう。


 そして、分身レイパーが再び攻撃体勢をとる前に背後からファムが猛スピードで突っ込む。


 繰り出された蹴りがレイパーの背中に命中し、僅かによろめくレイパーの体。


 その時には既に、分身雅と本体のライナは走り出していた。分身雅は百花繚乱の柄を曲げてブレードモードにし、ライナはヴァイオラス・デスサイズを振り上げる。


 よろめいた隙を逃さず分身雅と本体のライナが左右から同時に斬りつけた。


 それでも、分身レイパーは二人の攻撃を腕で受け止めてしまう。


 そんな分身レイパーへとセリスティアが突っ込み、爪型アーツ『アングリウス』から伸びた銀色の爪が腹部へと直撃した。


 体は余りにも頑丈で、爪は突き刺さらない。


 それでも上空へと吹っ飛ばされる、分身レイパー。


 その時、分身レイパーの視界に映ったもの――それは、巨大な魔法陣と、空中で回転する五枚の星型の赤い板。


 ミカエルの最大魔法だ。


 スキル『マナ・イマージェンス』により魔力を増やし、集中させていたミカエル。


 分身レイパーへと襲いかかる、巨大な火柱状のビーム。


 迫り来る熱に、初めて分身レイパーの顔が引き攣った。


 衝撃波で迎え撃とうと、ビームへと両手を伸ばす……が、突如何かが腕に直撃し、別の方向へと向いてしまう。


 ファムが羽根を飛ばし、分身レイパーを妨害したのだ。


 思わず恨み言を言わんと口を開く分身レイパーだが、その全身はあっという間に炎に呑み込まれる。


 やったか? と思われたその時、ビームの下から何かが床へと落ちてきた。


 分身レイパーだ。全身から煙を噴き、黒焦げにはなっているが、床に落ちるともがき、よろよろと立ち上がる。


 何という生命力だろうか。


 何かを叫ぶように、パクパクと口を動かすも言葉は出ない。その度に黒い煙が吐き出されるだけだ。


 だがもう、今までのような余裕の様子は見せていない。


 分身レイパーの目は怒りに燃え、自身をこんな目に合わせたミカエルへと向けられている。


 もう分身レイパーには、ミカエルをどんな惨い方法で殺してやろうか、としか考えていない。


 故に、分かっていなかった。


 彼女達は、決してこの分身レイパーを侮っていないことを。


 ミカエルの最大魔法で倒しきれない可能性も、ちゃんとあると分かっていたことを。


 分身レイパーには、見えていなかった。


 自身の右側から、左側から、背後から、頭上から、同時に襲いかかってくる分身雅、ライナ、セリスティア、ファムのことを。


 上空からのファムの踵落としが分身レイパーの体をくの字に曲げ、直後に雅の百花繚乱とライナのヴァイオラス・デスサイズの刃が体を引き裂き、背後からセリスティアのアングリウスの爪が腹を貫く。


 そこでようやく自らの終わりを悟った分身レイパー。


 声無き悲鳴を煙に乗せ、バラバラになっていく体が次々と霧のように霧散していく。


 最後に残った頭部にある赤い眼から光が消えた直後に完全に消え去ったことで、五人は勝利を確信したのだった。



 ***



 その頃、本体の雅、レーゼ、シャロンは未だ本物の魔王種レイパーに苦戦中だった。


 シャロンは人間態で、腕だけを竜化させている。竜の姿ではないのは、巨体故に魔王種レイパーの動きについていけず、自身は尻尾や羽を捕まれ振り回されてしまったため、こちらの姿の方が良いと判断したためである。


 三方向から同時に攻撃を仕掛ける雅達。


 しかしレイパーは最初にシャロンをボディブローで吹っ飛ばし、次に雅の首を捕らえて地面に組み伏せ、最後にレーゼへと黒い衝撃波を放つことで近づけさせない。


 そんなレイパーに、突如襲いかかる影があった。


 二人の分身ライナと、火球だ。


 レイパーは分身ライナと火球を衝撃波を放って消し飛ばすが、そこにセリスティアとファムが挟み撃ちするかのように突っ込んでいく。


 組み伏せていた雅から手を離してバク転してそれを躱すレイパー。


 さらにそこに本体のライナと分身の雅が背後から攻撃を仕掛けるが、体を回転させて攻撃を躱し、一瞬で二人の背後に回りこみ、バックステップで距離をとる。


 そこでレイパーは、落ち着いた様子で周りを見た。


 二人の雅に、レーゼ、セリスティア、ファムとミカエル、シャロンにライナ。


 八人の女性に囲まれており、そこでようやく、自らの分身が消えていることに気がつく。


 だが怒り狂うどころか、挑発的な高笑いを上げるレイパー。


「ハルジトムニソ、ラカヘアムトレ!」


 そう言うと、ゆっくりと歩き出し――一瞬にして姿を消す。


 どこに行った? そう思った次の瞬間、レイパーはレーゼの背後に現れ、背中へと拳を放つ。


 弓なりに宙を飛ぶ、彼女の体。


「レー――っ!」


 間髪入れずに今度はセリスティアの目の前へと移動すると、驚く間も与えずに彼女の腹へ拳を撃ちこみ、また姿を消す。


「ぐっ?」

「ファムっ? あぐぅっ?」


 レイパーは空中を舞うファムの頭上へと跳躍して踵落としを繰り出し地面に叩き落とすと、ミカエルの背後に移動して彼女の首を掴んで持ち上げ、締め上げる。


「アストラムっ――っ!」

「きゃぁっ!」


 シャロンがミカエルを助けようと駆け出した瞬間、レイパーはミカエルをシャロンの方へと投げ飛ばし、激突させてしまう。


 そして再び姿を消すと、分身雅の右側に出現。


 瞬間移動でもしているのかと思う程のスピード。


 だが魔王種レイパーは、普通に移動しているだけだ。恐ろしい瞬発力と脚力である。


 分身雅の体に手を当てると同時に、黒い衝撃波が放たれ――彼女の存在を消し飛ばしてしまう。


 刹那。


「きゃぁぁぁぁあっ!」

「ミヤビさんっ?」


 本体の雅の体に、凄まじい激痛が走り、悲鳴を上げて思わず膝をつく。


 雅は知らなかった。雅版『影絵』のスキルで創り出された分身が存在を保てなくなる程のダメージを受けると、その一部が雅の体にフィードバックされてしまうデメリットがあることを。


 思わずライナが駆け寄ろうとするが、レイパーが彼女の脇腹を蹴り飛ばして吹っ飛ばしてしまう。


 地面を転がるライナは悔やむ。


 あれほど、もう雅を傷つけさせないと思っていたのに……と。あっさり分身雅が倒されることを許してしまったことに、ライナは自分を責めた。


 そんな彼女の目に、レイパーが膝をついて動けなくなっている雅を蹴り殺そうとする姿が映る。


 それだけは――ライナは気がつけば転がる自分の体を押し止め、立ち上がってアーツを振り上げながらレイパーに向かって地面を蹴っていた。


 そこでライナは気がつく。


 もう一人、レイパーに向かって攻撃を仕掛けようとしている人物がいたことに。


 レーゼだった。


 紫色の閃光と、虹を架けながら二人は同時にレイパーの背中に攻撃を仕掛ける……が、当たる直前でレイパーの姿が消え、次の瞬間には二人の背後をとっていた。


 ヤバい――と思った刹那、レイパーの体に直撃する火球。


 ミカエルがレイパーの移動先を予想して、火球を放っていたのだ。


 まさか攻撃が当たるとは思っていなかったレイパーは、予想外のことに怯む。


 その隙に、セリスティアがレイパーの横からタックルを仕掛けて吹っ飛ばし、宙に浮いたところにファムの放った羽根と、竜化したシャロンの雷のブレスが迫る。


 レイパーは二人の攻撃に向け、黒い衝撃波を放って相殺し、着地と同時に再び姿を消した。


 今度は誰の近くに――全員が警戒する中、不快で甲高い高笑いが聞こえてきて、そちらを振り向き……意外なところにレイパーが出現したのを見て困惑する。


 魔王種レイパーがいたのは、部屋の中央。


「レレチラヤトザカ。ネワッナゾミ……サヤメ、ゾヘニンウワ」


 そう言ったのが聞こえた瞬間、魔王種レイパーの体が発光する。


 何事かと思う雅達だが、絶対にロクなことでは無いのだけは分かった。


 しかし、今更何をしようと遅く……そもそも何をする暇さえ無い。


 発光した魔王種レイパーの体は、周囲に衝撃波を放ちながら大きく膨れ上がる。


「皆! こっちに!」

「儂の下に来るのじゃ!」


 ミカエルが声を掛けると、一ヶ所にかたまり、そこでミカエルの創り出したドーム状の炎のバリアが張られ、シャロンが全員に覆いかぶさるようにして懐に全員の姿を収める。


 激しい衝撃波に、炎のバリアにはヒビが入るが、その度にミカエルが修復していく。


「持つのっ?」

「何としても、持たせるわ!」


 だがヒビの入るペースが余りにも早い。


 それでもミカエルは魔力を集中させ、衝撃波を何とか凌いでいく。


 轟音が響き、天井から瓦礫やガラス片が落ちてくる。衝撃波に耐えられなくなった壁が壊れたのだ。


 無論、瓦礫やガラス片が落ちてきた程度でミカエルの創り出したバリアはびくともしないが……建物が壊れる程の衝撃波を発生させながら、一体レイパーは何をするつもりなのかと不安は拭えない。


 ひっきりなしに襲いかかる衝撃波が止むのと、ミカエルのバリアが解かれるのは同時。


 片膝をつき、杖型アーツ『限界無き夢』を支えにして息を荒げるミカエル。


 攻撃を防ぎきったことによる、安堵の様子は無い。


 全員の顔が、強張っていた。


 建物は完全に崩壊。日差しが雅達に焼き付ける中、何故か無傷の祭壇だけが異様に映る。


 今まで魔王種レイパーがいた場所には、全長二十メートルはあろうかという巨大な生き物。


 全身が黒く、頭部はまるで、角が異様に長い牛の頭のような造詣だ。屈強な四本の腕が生えており、下半身は何故か存在しない。腹から上だけの怪物。


「魔獣……っ!」


 シャロンが呟く声が、全員の耳に届く。シャロンも昔、他の竜から聞いただけだが、かつてこの世界に存在した、人を襲う魔物の姿に酷似していたのだ。


 魔王種レイパーの姿がどこにも無いことから、新たに出現したこいつは、間違いなくあのレイパーが姿を変えたものである。


 分類は、魔獣種……否、十五メートルを越すサイズになると、頭にある呼称が付く。


 分類は『ラージ級魔獣種』。


 胸についていた傷跡は、無い。


 巨大なそのレイパーは、耳を劈くような咆哮を上げ、四本の腕を雅達へと振ってきた。

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