表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
629/669

第482話『巨鳥』

「レーゼさんっ!」

「こ、この……っ!」


 熔岩湖へと落ちるレーゼ。底に溜まるマグマが、恐怖と共に一気に近づいていき――


「――っ!」


 死の直前で、レーゼは火口壁に、己の空色の剣『希望に描く虹』を突き刺し、自分の体を支えた。


 マグマまでは、僅か数メートル。普通なら火山ガスで死んでいる。そうなっていないのは、彼女の体を、咄嗟に発生させた光のバリア……防御用アーツ『命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)』が覆っているからだ。


(は、早く上らないと!)


 肩や腕が悲鳴を上げ、火口壁が時折ボロボロと崩れるが、レーゼはお構いなしに登っていく。


 命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)の効果時間は三十秒。それまでに、せめて火山ガスが届かないところまで逃げなければ、待っているのは死だ。


 落ちても死ぬ、留まっても死ぬ。ならば一気に上るしかない。


 しかし、意外と上手く上れない。レーゼは今、手の感覚が分からなくなっていた。どれくらいの力で、壁の突起を掴めばいいか、脆い壁に対する感覚が掴めない。手を伸ばしては、触れるものが砕けていく。それでも無理矢理上っていく。


 そんなレーゼに向かって、空にいる一匹の化け物が嘴を開けた。全長六メートル、色は朱色だが羊のようにモコモコとした毛を纏った、鶴のようなフォルムをしたそいつは、『ミドル級鳥種レイパー』。レーゼを熔岩湖へと突き落とした張本人である。


 そいつが放つのは、火炎弾。さらには木の矢(ブランチアロー)や水の弾丸、鎌鼬。


 ギリギリ生き延びたレーゼに止めを刺すべく、追撃してきたのだ。


 だが、レーゼはそれを気にもしない。そんな余裕が無いというのもあるが、それ以上に、


「させるもんかぁぁぁあっ!」


 優が、白いスナイパーライフル『ガーデンズ・ガーディア』を構え、弾丸型のエネルギー弾を乱射し、その攻撃を相殺してくれると信じていたから。


 優の顔は、レーゼ以上に必死で、引き攣っている。何せ当の本人以上に、傍から見ている優の方がヒヤヒヤする光景だ。マグマの暑さとは別の汗が、額から背中から流れている。


 一発たりともレーゼ、いや火口壁に命中させてなるものかと、霞む視線の中でも集中力を最大限まで引き上げて、引き金を絞る優。同じことをもう一度やれと言われても、もう出来ないと断言出来る程の気迫とテクニックで、敵の攻撃に対応していた。


 それが功を奏し、遂にレーゼの手が、熔岩湖の入口の淵に掛かる。もう命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)は効果を失っていた。顔を出すレーゼの表情は酷く険しい。本当に間一髪のところだったのだ。


「ユ、ユウ……ありがとう!」

「レーゼさん! 早くこっちに! もう持たない!」

「う、ぐぐぐ……!」


 感覚が無い中でも、腕に必死に力を入れ、何とか地上に足を乗せるレーゼ。


 ――それを見て、意図せず少し気が緩んでしまったのかもしれない。


「っ?」


 レイパーが嘴を開いたことに、ワンテンポ遅れた。


 瞬間、またしても大地が流砂となり、渦を描きだす。さらには太い蔦が壁のように生えてきて、二人の逃げ場を塞いでしまった。


 再び熔岩湖へと傾くレーゼの体。


 優が悲鳴を上げる中、レーゼの意識と思考は、驚く程にゆっくりだった。


 レーゼは悲鳴を上げない。この時、流れに身を任せていた。


 同じ感覚に、ついさっき陥ったからだろう。


 目に映るものを、冷静に観察出来た。


 レイパーがどこにいるのか。


 奴が次に何をしそうか。


 ここの地形の様子。


 伸びていく蔦。


 慌てる優。


 足元。




 気づけば、レーゼの腕は動く。


 自分の右手側。優の近く。そこの蔦目掛け、不自由な体勢ながらも、強烈な横一閃の斬撃を繰り出していた。




 その行為の意味。優はそれに気づく。蔦の向こう――そこは、地面がしっかりとしている。


 そしてレイパーのこの攻撃は、レーゼを再び落とそうと企んだもの。優自身は、そこまで大きく足を取られていない。


 声を張り上げ、優はそこへと着地すると、「掴まって!」とレーゼにライフルを伸ばす。


 レーゼがその銃身を掴むと、一気に引き上げた。


 だが、レイパーの次の行動は早かった。


 流砂と蔦による攻撃を凌ぐことは、想定済み。


 寧ろ、それを待っていた。ここが、彼女達が大きな隙を晒す瞬間だから。


 レイパーの口から放たれる、無数の火炎弾。鎌鼬も大外から二人に襲い掛からせる。


『衣服強化』があるレーゼは兎も角、優はひとたまりもないはずだ。


 大量の遠距離攻撃が一転に集約し、二人を覆っていく。


 決まった――二人の姿が見えなくなった刹那、レイパーがそれを確信。


 しかし、次の瞬間。


 全ての攻撃が、爆ぜる。


 明後日の方向へと、飛んでいく。


 何が起こったか分からないレイパー。だが見る。


 レーゼと優を守るように広がった、眩い虹のヴェールを。


 レーゼの身に付けていた服が、空色の鎧へと変化していることを。


 騎士――雅や志愛、ライナや真衣華と同様に、レーゼも変身したのだ。


 この虹は、敵の攻撃を屈折させる効果を持つ。攻撃が命中する瞬間、レーゼが回転斬りを放ち、その軌跡に描かれた虹が、全ての攻撃を弾き飛ばしたのだ。


「さぁ……一気に決めるわよ!」


 レーゼが静かにそう言って、切っ先を空のレイパーへと向ける。レイパーは水の弾丸や木の矢を放ってくるが、結果は同じ。レーゼの創り出す虹の前には、全ての遠距離攻撃は当たらない。


 急降下し、二人へと突進してくるミドル級鳥種レイパー。遠距離攻撃が無意味となれば、接近戦に持ち込むしかない。


 そしてこれを、レーゼも待っていた。空中にいては攻撃のしようも無いが、敵から近づいてきてくれるのなら好都合だから。


 鎧の擦れる音を鳴らしながら、大きく振るうレーゼの斬撃。それと、レイパーの突進攻撃が激突する。


 しかし――


「何っ?」


 手から弾き飛ぶ、希望に描く虹。


 感覚を失い、上手く柄が握れていなかったのか、敵の攻撃の衝撃には耐えられなかったのか……とにかく、剣は弧を描いて、レーゼの背後へと飛んでいってしまう。


 だが、レーゼもやられっ放しでは無かった。


「――ッ?」


 唖然としたのも一瞬。上手く体勢を逸らしつつ、レイパーの体毛を掴み、しがみつく。これにはレイパーも驚き、珍妙な声を上げた。


 それでも、大きく飛翔しながら宙返りをし、急降下。向かう先は――


「レ、レーゼさんっ! 危ないっ!」


 熔岩湖の、マグマの中。


 レイパーは平気なのだろうが、このままではレーゼが骨すら残らず焼け溶ける。レイパーは、そうやって彼女を殺すつもりなのだ。


 それでも、


「ユーウッ! 剣をっ! 私のアーツをっ!」


 レーゼは、跳び下りることは無かった。優にそう叫びながら、必死でレイパーの体にしがみついていた。


 大慌てで落ちたアーツを拾い、全力で希望に描く虹を投げる優。


 優は狙撃手。遠くを狙うのは得意だ。投擲に自信が無いが。


 それでもそれを、レーゼは空中で上手くキャッチする。


 熔岩湖までは、後僅かだ。レーゼは勝負に出る。


 振るわれる剣。斬られる体毛。


 露わになる皮膚――


「今だっ!」


 その瞬間を、優は逃さない。ガーデンズ・ガーディアを構え、狙撃する。


 体毛に阻まれさえしなければ、威力を殺されることは無い。


 放たれた白い弾丸型エネルギー弾は、皮膚に直撃。


 吹っ飛ばされ、体勢を狂わされるレイパー。


 進行方向は、熔岩湖から大きく逸れる。


 向かう先は、硬い地面だ。


 派手に噴出する緑血。


「これで……止めよっ!」


 レイパーの背中に飛び上がり、叫ぶレーゼ。


 アーツの切っ先が、背中に抉り込む。


 再び大きく飛び散る、緑の鮮血。


 奥まで押し込まれる剣。


 そして――




 レーゼが背中から大きく飛び退いた直後、ミドル級鳥種レイパーは地面に墜落し、爆発四散するのだった。




「レーゼさん! 大丈夫ですか?」

「ええ、何とか。……ふぅ。暑いったらありゃしなかったわ」


 額の汗を拭いながら、レーゼは大きく息を吐く。思い出してもヒヤヒヤする戦いだった。


「ユウ、ありがとう。心強かった。狙撃、本当に助かったわ」

「私もレーゼさんがいなかったら、あの毛は攻略出来ませんでした。……まぁ、お互いの力あっての勝利ってところなのかな?」

「ええ、そうね。……さて、問題はこの後だけれど、どうしたらいいのかしら?」

「行くところ無いですよね。――ん?」


 困ったように辺りを見回していた優だが、不意に、一つの細い道を見つけた。


 山頂からちょっとだけ戻ったところ……そこに、別の道に逸れるように伸びていたのである。


「……こんな道、ありましたっけ?」

「気づかなかった……。何よ。私達、随分間抜けじゃない」


 軽く頬を膨らませ、ガチャガチャと鎧の音を立てながらそちらへと歩き出すレーゼ。


 優もその後に続く。




 ――二人は気づかない。自分達の姿が、スーッと消えていったことには。




 ***




 レーゼと優が、ミドル級鳥種レイパーを撃破した後。


 円形闘技場で、ミドル級人型種麒麟科レイパーと交戦する雅の体には、新たな異変が起きていた。


(くっ……何か、手の感覚がおかしい……!)


 力が入らない、とでも言えば良いのだろうか。時折、剣銃両用アーツ『百花繚乱』を落としそうになってしまう。


 さらに、


【ミヤビ! 来るよ! ――また炎だ!】


 向けられたメイスの先端から、大きめの火炎弾が放たれてくる。


 普通なら避けられないことはない速度だが、五感が不調ではそれもままならない。


 雅は迫り来る火炎弾に手の平を向け、音符を一発蓄積させると、すぐに百花繚乱をライフルモードにし――それでも、手の感覚が狂いだしたせいで、少しもたつくが――エネルギー弾を放つ。


 雅の耳には届かないが、不協和音が響き、エネルギー弾は火炎弾を貫通してレイパーの方へと向かう。


 それを、メイスを振るって弾き飛ばすレイパー。


 雅は既にレイパーの背後を取ろうと大きく回り込んできていたが、レイパーは焦ることなく、メイスの柄を地面に叩きつける。


 刹那、揺れる大地。


 さらにはうねり出し、流砂のように渦を描き出す。


 体勢を崩し、渦に呑み込まれる雅。


 口は開けども、そこから悲鳴は出てこない。


【足元に攻撃!】


 必死で足元にエネルギー弾をぶっ放す雅。


 大地が爆ぜ、その衝撃で放物線を描いて飛んでいくが、辛うじて雅は砂の渦から脱出する。


 カレンの言葉は、本当に生命線だ。ここまでの戦いで、何度もそれに助けられていた。


【マズい! 次の攻撃が――っ!】


 ふらつきながらも立ち上がった雅へと、レイパーは水の弾丸や木の矢、鎌鼬を飛ばしてきた。


 さらには、雅を死に至らしめた瘴気も近づいている。


 必死でその場から逃げ出す雅。歯を喰いしばる余裕すらない。


 どんどん強くなっていくレイパー。逆に弱っていく雅。


 勝ち目はあるのか――

評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ