第481話『凄蹴』
ラージ級ランド種レイパーの体外。
ランド種の守護鳥、巨大な化け物を辛くも撃破したノルン達。そんな彼女達は――
「カリッサさん! もう一度一緒に!」
「ええ!」
ノルンとカリッサが声を合わせ、風と光の二つの魔法が、上空から同時にランド種レイパーの頭部へと放たれる。
それが直撃すると、ランド種レイパーは大きく口を開き、甲高い声を発する。痛みに苦しんだという感じではない。どちらかというと、小さな獣が生意気にもちょっかいを出してきたから威嚇してやろうという、そういう様子だ。
そして、レイパーを守る膜が再展開され、そのすぐ後に、ラティアがドローンの中から小手型アーツ『マグナ・エンプレス』の衝撃波を放ってそれをぶち破る。
他の者達が、一斉に攻撃を再開する中、冴場伊織は、苦い顔をしていた。その視線の先には、顔色を悪くし、肩で息をするラティアの姿。
「優香さん! あいつの膜、『ケミカル・グレネード』で何とかならねーっすかね? 再展開出来ないようにさせるとか……」
「出来ていたら、とっくにやっているわよ! あの鳥の体みたいには、上手くいかないわ!」
「でも、これじゃラティアちゃんが……っ!」
「わ、私は大丈夫……です……っ!」
「くっ……すまねーっす……!」
そう言って、伊織は拳を固く握りしめる。彼女のランチャー型アーツ、『バースト・エデン』は、格納されている小型ミサイルを二十発撃ちきったら、二十分は指輪の中に格納しなければならない。後十五分くらいの間、伊織には攻撃手段がない。黙って見ているしかないのが、ひたすらに歯痒かった。
「冴場、今は耐えろ」
「……警部」
「またバースト・エデンが使えるようになるまで、時間があるのだろう? なら、今は力を蓄えるんだ。落ち着かないのなら、ラティア君のサポートを。少しは楽になるはずだ。――それにしても」
優一の眼が、地上へと向く。
丁度、ラージ級ランド種レイパーの頭部が乗っている砂浜。そこから、レイパーの下顎の辺りに飛び掛かる、一人の女性――ハーフアップアレンジがなされた、白髪交じりの黒髪の、五十代くらいの女性――がいた。
彼女は『アサミコーポレーション』の社長、浅見杏。
その足には、アゲラタムの紋様が描かれたプロテクターが装着されている。
よく見ればそれは、娘の四葉が使っていた『マグナ・エンプレス』の一部と、造詣がよく似ていた。……よく似ている、という表現は間違いか。これは、元はマグナ・エンプレスだったのだから。
ラティアが左の小手部分を受け取ったのと同じように、杏もまた、両足部分を、自分用に改良していたのだ。
最も、出力の調整等が上手くいかず、少し前にようやく実践投入が出来るようになったのだが。
足部分のマグナ・エンプレスは、杏の脚力を大幅に上昇させる。それは――
「はぁぁぁ……っ!」
肝が冷えるような、重心の据わった声を上げながら放った蹴りが、レイパーを多少なりとも仰け反らせる程。
攻撃が命中した音が空にまで届く、とんでもない一発だった。
「す、凄まじいな……! 彼女、もう既に一線は退いたと聞いていたが……」
他の者達とは明らかに違う様子に、尊敬と畏怖が一周回り、顔を強張らせる優一。
……以前、鬼灯淡に復讐しようと病院に乗り込んだ際、あのアーツが完成していなくて良かったと、心底そう思った。
「いや、そりゃあ嘘っすよ。あの動きなら、今でも全然余裕で現役バリバリで戦えるっす」
ラティアを後ろから支えながら、乾いた笑みを浮かべる伊織。
優香も唖然として何も言えず、ラティアも曖昧な笑い声で雰囲気を誤魔化すくらいしか出来ない。
下手をすれば、雅達よりも強いような気さえする。頼もしいこと、この上無かった。
「……私も、頑張らなきゃ……っ!」
「ラティアちゃん……!」
体に力を込め、鉛のように重くなった腕を持ち上げる彼女を支える伊織。
だが、その時。
「……っ、マズいです!」
外で響いたノルンの声の直後、僅かに聞こえてきた、シュっという空気の圧縮音。
その刹那、
空気を震撼させる轟音と共に、ラージ級ランド種レイパーの頭から潮噴きが放たれた。
「な、なんすかあれはっ? 威力はよえーけど、何でまたいきなり潮噴きなんか……!」
座礁させる前までに、散々使ってきた広範囲への強力な攻撃。今のは大したものではなく、犠牲も無かったようだが、今までやって来なかった攻撃を再開してきたことは、伊織だけでなく、多くの者達に衝撃を与える。
敵が潮噴きをしてきた理由は、すぐに分かった。――地上には、少しだが確かに罅割れが出来ていたから。
「……まさかあいつ、潮噴きの反作用を利用して、砂浜を破壊しようっていうのっ?」
ここに来て出てきた、新たな問題。
あの潮噴きを、またすぐには出せないだろうが、それでも後数発撃てば、日本の北陸が砕け散ってしまう。
――その前までに、ラージ級ランド種レイパーを倒さねばならなくなったのだ。
***
一方、ここは山頂の火口、熔岩湖エリア。
そこで、全長六メートルもの鳥、朱色の体に羊の体毛を纏った、全体的には鶴のような『ミドル級鳥種レイパー』と戦う、レーゼと優はというと。
「ちっ……鬱陶しいわね!」
苛立った声と共に放たれる、レーゼの回転斬り。
それが、彼女の周りの地面から伸びていた無数の蔦を斬り裂く。
直後、
「レーゼさん! こっちに!」
風邪を引いたような嗄れ声でそう叫びながら、白いスナイパーライフルの銃口を空に向け、引き金を絞る優。
放たれたエネルギー弾が、上から迫っていた火炎弾……さらには水の弾丸や木の矢を相殺する。
そのまま、空にいるレイパーにも弾丸を直撃させるのだが、
「……やっぱり、あの毛が邪魔過ぎ!」
体毛に弾かれた弾丸を見て、優が悔しそうに歯噛みをする。
「ユウ! 後ろよ!」
「おっとっ?」
知らぬ間に、背後に生えてきた蔦。優はそれに絡めとられる前に、背筋を反らして前に走り出し逃れる。
蔦が出てきたのなら、何かしら音があったのだろうが、今、優の耳は、まるで手で蓋をされているかのような感覚に襲われており、気付かなかったのだ。
……少し前から、色々とおかしなことが起きている。五感は不調になり、敵の攻撃は多彩になっている。火炎弾は元から使っていたが、蔦や水の弾丸なんかは、少し前から使い出した。いきなりのことに、最初は対応に混乱したくらいだ。
そして、ミドル級鳥種レイパーが嘴を開くと、
「っ! 地面が……っ?」
二人の足元の土が、いきなり蠢きだす。渦を描くように、動き出したのだ。
そして、
「きゃあっ!」
「レーゼさんっ?」
足を取られ、あまりにも運の悪いことに、熔岩湖へと落ちていくレーゼ。
優が手を伸ばすが――その手がレーゼに届くことは無かった。
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