第479話『風刃』
午後十一時四十分。ラージ級ランド種レイパーの体外。
「――……という訳なんですけど、そういう薬品、作れますか?」
「ミカエルちゃんから、前に簡単な理屈なら教えてもらったことがあるし! やってみるわ!」
ラティア達の乗る大きな箱型ドローンに、魔法の絨毯で近づいたノルン。中にいる優香に、一つの依頼をした。
ノルンは我ながら無茶な注文を依頼した自覚はあったのだが、優香はそう言って、頼もしく頷いてくれる。
「皆! 奴がこっちに来るよ!」
遠くで鳴り響く爆発音の直後に発せられる、カリッサの警告の声。
夜空を舞う天空の支配者、そしてラージ級ランド種レイパーの守護者である巨大な怪鳥、『ラージ級シムルグ種レイパー』が、目玉の付いた緑翼を翻し、鋭い鉤爪と強力なビームで数多のドローンを撃墜させてこちらへと向かって来たのである。
このレイパーと交戦していたドローンは、気付けば他にはなくなっていた。残り一機となったラティア達が乗るドローン、そしてカリッサとノルンが乗る魔法の絨毯を堕としに来たのは明白だ。元より、このレイパーの目的はこのドローンただ一機のみ。その勢いを見るに、一気に勝負を決めるつもりらしい。
レイパーが、鉤爪を振りかざし――
「ぐっ……!」
「きゃぁっ!」
「っ? こいつ……っ! 私のバリアをっ?」
ドローンを覆っていた、カリッサの光のバリアを、一撃で木っ端微塵にしてしまう。
しかもバリアを破壊した衝撃はまだ生きており、近くにいた魔法の絨毯ごとドローンをも吹っ飛ばす。優一が必死でコントロールするも、プロペラのアームが嫌な音を立て、若干だが焦げ臭い煙が上がってしまった。
「カリッサちゃん! 少し隙を作れるかしらっ? ノルンちゃんの頼み、試してみるわ!」
「っ? 無茶なことを……っ!」
額に汗を浮かべ、喉を嗄らして頼んでくる優香に、ただでさえ難しい顔の眉間に皺をさらに寄せるカリッサ。
それと同時に、驚愕もしていた。ノルンの頼みは、カリッサからしても難しいことに聞こえていたから。
それをこんな一瞬で実行に移せるとは……それならば、『一瞬隙を作る』くらいのことは、やってみせねばエルフという種族の恥というもの。
(上手くいくかどうかは分かんないけど……!)
カリッサは右手の平を敵の顔に向け、発動する。――相手の視界を白く染めるスキル、『光封眼』を。
刹那、僅かに表情筋を動かすシムルグ種。それでも動きには僅かの鈍りもない。レイパーはもう、何度もこのスキルを受けていた。今更視界を封じられたくらいでは動揺しない。
だが――
「――ッ?」
『光封眼』の効果が切れ、視界が戻った瞬間、レイパーは初めて困惑した。
目の前に、無数のドローンと魔法の絨毯があったから。
敵の視界を白く染めた瞬間、カリッサは魔法を使っていた。光を屈折させ、無数の幻影を創り出す魔法を。本物のドローンと魔法の絨毯は、たくさんある内の一つだけだ。
最も、本物を見抜くこと自体は難しいことではない。よく見れば、幻影は光特有の揺らぎがある。
しかし、今の目的は、敵の眼を誤魔化すことではない。
「ユウカさん! 今よ!」
一瞬だけでも、レイパーに迷いを与えれば、それでいいのだ。
ドローンの中から「ええ!」と返事が聞こえると共に、試験管型アーツ『ケミカル・グレネード』が投擲され、レイパーの、僅かに開いた嘴から中に入っていく。
唸るレイパー。何かを飲まされた感覚がある。爆薬程度なら、大した規模でもなければ効きはしない。……が、何時になっても、何の変化も起こらない。
「何をした」と威嚇するように、レイパーは甲高い声で吠える。
「ユウカさん! 上手くいったっ?」
「分からないわ! でも、効き目が出るまでに時間がかかるはずよ! ――一分耐えて!」
「冴場! 弾は何発残ってるっ?」
「十発! そんだけありゃあ充分っす!」
おかっぱで目つきの悪い女性、冴場伊織。彼女はそう言うと同時に、出入口の枠に掴まり、目一杯体をドローンから体を出して、右手に装着された『バースト・エデン』を突き出す。
そこから発射された六発もの小型ミサイルが、レイパーのボディに直撃。
それでも構わず迫ってくるレイパー。
「皆さん! どこかに掴まって下さい!」
ノルンが黒い杖型アーツ『無限の明日』を空高くかざすと、下の方から強風が巻き上がり、ドローンと絨毯をさらに上昇させていく。
それを追うレイパー。広げた翼の眼が、邪悪な光を帯びていく――
「させない!」
目玉からビームが放たれる直前、優香がケミカル・グレネードを投げつける。
敵から放たれた無数のビームがそれを砕くが、直後、夥しい煙と共に、ビームがあちこちへと散乱していく。
ケミカル・グレネードの中には、ビーム等の軌道を屈折させる、特殊なガスが詰まっていたのだ。
「皆! しっかり掴まれ!」
「カリッサさん! 私の指示通りに逃げて!」
そう叫ぶ優一とノルン。優一が巧みなドローン捌きでビームの合間を縫うように避け、ノルンが危険な未来を知れる『未来視』のスキルを使い、躱しながら敵の背後へと回り込んでいく。
躱しきれないビームはカリッサが光の盾で防ぎ、盾で防ぎきれない分は伊織のミサイル二発で相殺。
それでもビームが若干ドローン本体や魔法の絨毯に掠ってしまう。無傷というわけにはいかない。ある程度のダメージは受け入れざるをえない。
そんな中――
「…………っ」
美しい白髪の少女、ラティア・ゴルドウェイブだけは、その戦いに参加することなく、そちらに背を向け、海に浮かぶ白い巨体、ラージ級ランド種レイパーの方に左手の平を向けていた。手に嵌っている小手型アーツ『マグナ・エンプレス』の衝撃波で、いつでもレイパーの膜を破壊出来るように。
時折、後ろを振り返りそうになる自分を堪えるのは大変だ。今だってそうだった。だがその度に、皆の『こいつの相手は私達に任せろ』という言葉を思い出し、それをグッと堪える。
自分の役割は、ラージ級ランド種レイパーの膜を破壊すること。それを忘れれば、この討伐戦は失敗に終わるのだと言い聞かせる。
心配と不安……それを、皆への信頼で抑えるラティア。振り向くことはしない。彼女が今、ノルン達に出来ることは、心の中で「頑張れ!」とエールを送ることだけ。
ラティアはまた放つ。衝撃波を。爆ぜる膜。他の者達が、一斉に攻撃してく。
「……皆、頑張れ!」
ラティアがエールを送るのは、ノルン達だけではない。ランド種相手に戦う彼女達にも、同じ想いを抱く。それが、思わず口を次いで出た。
(ヨツバお姉ちゃん……もう少しだけ、力を貸して……!)
自分を支えるように、ラティアは胸元の、紫のチェック柄のリボンを握りしめる。
そして、後ろでは――
「このやろぉ! しつけぇっすねぇ!」
無数に放たれるビームの嵐。伊織があまりの激しさに目を薄く開けながら、強引に体を外に出す。
「悪いのは、その目玉っすか!」
バースト・エデンの弾は残り二発。それを全て放つ伊織。
小型ミサイルは、奇跡的にビームを躱しながら、翼の目玉の一つに直撃。
小さく鳴る爆音。それをかき消すかのような悲鳴を轟かせるレイパー。
そして途切れるビーム。
ビームの数が半減すれば、必然、回避行動も容易になり――
「よし! そろそろ効果が表れるわ!」
優香が声を張り上げた。
レイパーは痛みを誤魔化すように甲高い声を上げ、鉤爪を振りかざす。
その瞬間――ノルンが無限の明日を振るい、一発の魔法が放たれた。
緑色の風を集めて作った球体、ウィンドボール。ノルンがよく放つ、普通の魔法だ。
顔面目掛けて飛んでくるそれを、レイパーは避けようともしない。当り前だ。魔法は全く効かないのだから。
しかし、それが直撃すると、
「――ッ?」
殴られたかのような衝撃と痛みをはっきりと感じ、大きく仰け反った。
生まれて初めて受ける魔法のダメージ。
体の魔法構造を自動かつ自在に変えられ、完全に無効化出来るはず。それが機能しない。その事実に、頭の中が「何故」で一杯になる。
その思考の遠くで、優香の「よし! 上手くいった!」という声が聞こえてきた。
刹那、思い出す。先程飲まされた、ケミカル・グレネードのことを。
あれは、レイパーの魔法構造を固定させる、特殊な薬品が入っていたのだ。
「ふぅん、じゃあもう、魔法が効くって訳ね!」
カリッサ人差し指を空に掲げると、レイパーの背中の上に、光で出来た十字架の剣が出現。指を振り下ろすと同時に、その十字架が背中に突き刺さり、レイパーが苦悶の声を上げる。
困惑と驚愕、それを怒りへと昇華させ、レイパーは吠え、鉤爪を振り上げる。
最早、ドローン等どうでもいい。
狙うはただ一つ、生意気にも自分に魔法でダメージを与えてきた二人が乗る、魔法の絨毯。
放たれる鉤爪の一撃。
上に逃げていく絨毯。それを追うようにビームが放たれ、それでも逃げる二人。
そして、
「っ!」
「ノルンちゃんっ?」
レイパーの嘴の攻撃を躱そうと無理な動きをした結果、振り落とされてしまうノルン。
手を伸ばして彼女を助けようとしたカリッサだが――ノルンはそれを、歯を喰いしばって首を横に振る。
ノルンの眼は、捉えていた。自分に止めを刺そうと、迫るレイパーのことを。
無限の明日を持つ手に、力が籠る。
こいつに魔法が効かないから、一度は枯れた魔力は、もう充分に回復し、そして温存出来ている。
杖の先端に付いた赤い宝石が眩い輝きを放つ。それはまるで、夜空に光る太陽のよう。
同時に、ノルンの近くに風が集まってくる。
その量は、尋常ではない。数多の風が、ノルンの魔力を求めるように、渦を描くのだ。
それを巧みに操って出来上がるのは、ノルンの最大魔法。緑の風をリングのようにし、切断性を持たせたあの魔法。
それが、一つではない。八つ。
「これで……決める!」
ノルンがそう叫びながら杖を振るうと、八つのリングが別々の方向からレイパーに向かっていった。
それが、全長三十メートルもの巨体から、両翼、尻尾、足……あらゆるものを、嘘のようにあっさりと切断していく。
噴き上げる血飛沫。響く、断末魔の声。
最後の一個のリングが首を斬ると、声が薄れていき、そして――
ノルンが海に落ちる寸前で魔法の絨毯が拾い上げ、直後、ラージ級シムルグ種レイパーの大爆発で、地上が昼間のように照らされるのだった。
***
時は遡ること、少し前。
ライナ、希羅々、シャロンの三人がミドル級亀種レイパーを倒した頃。
雪野原で全長六メートル程の巨大な怪物と交戦している愛理、真衣華、ファムの三人は、当然というべきか苦戦を強いられていた。
相手は、『ミドル級獣種レイパー』。首と前足の鉤爪が長く、馬具のような鎧を纏った白い虎のようなレイパーである。
そして丁度、大きな金属音が鳴り響くと共に、長身で三つ編みの少女――愛理が、大きく吹っ飛ばされた。
敵がタックルしてきて、それを迎え撃ったのだが、力負けしてしまったという格好だ。それでも愛理は上手く地面に足から着地すると、滑りそうになるのをグッと堪え、全長二メートル程のメカメカしい刀、『朧月下』を地面に突き刺し、遠くへ行きそうになる体をきっちり支える。
上手く雪の滑りを利用して、衝撃をいなしたのだ。
「くっ……こっちは雪国育ちだぞ! あまり舐めるな……!」
毒吐くようにそう言い放った愛理だが、その顔は険しい。
戦い始めてから少し経ったのだが、体がおかしくなってきていた。最初はパラパラと降っていたはずの雪が、途中から吹雪いてきたからだろうか。目が霞んできたのである。
しかも寒さにやられたのか、ちょっと前から、耳の聞こえも悪くなってきた。今発した声も、掠れ気味だ。
愛理にのっそのっそと歩み寄ってくるレイパー。その動きは緩慢だが、眼は油断なく、愛理を見つめている。舐めてかかっているわけでは決してなく、愛理の隙を虎視眈々と探しているという様子だ。
ちらりと、遠くの方を見る愛理。そこには、ファムと真衣華がいる。二人とも肩で息をしながらも、レイパーの背後から襲い掛かってやろうと吹雪に身を潜めていた。
そんな中、ミドル級虎種レイパーは口を大きく開くと、そこから、鎌鼬や木の枝、さらには水の弾丸を放つ――
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