表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
625/669

第478話『巨亀』

(ちぃ! 頑丈な蔦じゃのぉ!)


 全長三メートルの山吹色の竜、シャロンが、目の前の光景を見て心の中で悪態を吐く。


 雷のブレスを放ったのだが、地面から生えてきた蔦が分厚い壁を作り、豚の鼻をした黒い巨亀、『ミドル級亀種レイパー』を守ったのだ。


 鳴り響いたはずの爆音は耳に届かず、悔しい声も出せず、そしてピンピンしているレイパーの姿は薄らボヤけている。体のコンディションが悪い今、シャロン最大の一撃をこうも簡単に防がれたというのは、シャロンに抱えられている希羅々、そして地上にいるライナも衝撃を受けていた。


 だが、空にいる希羅々とシャロンは兎も角、ライナにショックを受けている余裕はない。ミドル級亀種レイパーが生んだ、たくさんの子亀達が、一斉にライナに寄ってきているのだから。


 だが――


(っ? なんでこんなに子亀がっ?)


 今のシャロンのブレスは、蔦の壁にこそ阻まれてしまったものの、その全てが無駄な攻撃だったわけではない。電撃の余波は地上に広がり、子亀の大半を消し飛ばしていた。その瞬間は、ライナもしっかりと見ている。残っているのは、精々十五体前後のはずだった。


 だが、今ライナに襲い掛かってきている子亀の数は、少なく見積もっても四十体。遠くには、まだいる。明らかに数がおかしい。


 まさか――ライナが慌てて親亀の方を見て、その理由を知る。親亀のいる地面の亀裂、そこから子亀がまたゾロゾロと出てきているのだ。


(このレイパー、産卵のスピードが早いっ? ――くっ!)


 手に持った紫色の鎌、『ヴァイオラス・デスサイズ』を振り回し、子亀を蹴散らすライナ。しかし数が多い。『影絵』のスキルで分身を十体出して対応するが、物量差に押し切られそうになる。


 あまりにもライナの周りに集まり過ぎて、シャロンがブレスで全滅させようにも、これでは巻き添えを喰らってしまう。仕方なくシャロンも希羅々も地上に降りて子亀と戦い出す始末だ。


(本当なら、ミヤビさんを助ける時に使いたかったけど……っ!)


 最早、なりふり構っていられない。


 ライナがそう思った瞬間、彼女の足元に、芍薬(シャクヤク)が中心に描かれた銀色の魔法陣が出現し、ライナの姿を変えていく。


 銀と紫、黒のマーブル模様をしたフードに、彼女の銀髪には髑髏の髪留めが出現。


 まるで死神のような姿になったこれは、ライナの切り札の変身だ。


 魔法陣の光が強まり、結界が出来上がると同時に、ライナの背後には全長五メートルもの、ヴァイオラス・デスサイズを持った上半身だけの女性――処刑人が現れ出でた。


 ライナの分身達も変身し、空中を飛び回りながら親亀、子亀へと向かっていく。


 子亀は変身ライナの分身によって続々と数を減らす。


 ライナが光の結界の中で鎌を振るえば、背後にいる巨大な処刑人も連動して動く。その攻撃の向かう先は、ミドル級亀種レイパーだ。


 だが――ミドル級亀種レイパーは亀らしく、頭部、そして手足を甲羅の中に引っ込め、甲羅で処刑人の一撃を受けた。……甲羅は硬い。鈍い音が響いたような振動は見えるが、罅一つ入らない。


 それでも、ライナ達の顔に焦りはない。レイパーが防御態勢をとるのなら、それはそれで結構。


 何度も何度も、巨大なヴァイオラス・デスサイズがレイパーの刃が、甲羅に突き立てられる。上から、左右から……傷一つ付かなくても、ライナが攻撃の手を緩めることは決してない。この甲羅が砕けるまで、攻撃を仕掛けるのみだ。――この状態なら、敵は反撃も出来ないはずだから。


 地面から蔦が伸び、処刑人の腕や、ライナ自身、分身達を捕えようとするものの、所詮は蔦。鎌の前には、細切れになっていく。


 シャロン達も親亀に攻撃し、三人が「これで一気に勝負を決める!」と勢いづいた……その瞬間。




 甲羅の中から水の弾丸が放たれ、空中でシャロンに抱かれている希羅々の頬を掠めた。




(――っ? こいつ! この状態で攻撃出来ますのっ?)


 それだけではない。シャロンの体や、一部の分身ライナに、鎌鼬と木の矢も直撃してしまう。


 考えてみれば当然か。水の弾丸も鎌鼬も木の矢も口から出せるのだから、甲羅の中に頭を引っ込ませたところで関係はない。


 救いは、射程範囲が狭まり、狙いが付けづらくなったことか。シャロンは大きく旋回して、レイパーの遠距離攻撃を何とか躱していく。


 しかし、分身達はそうはいかない。無茶苦茶に放たれる水の弾丸や鎌鼬、木の矢に被弾し、消し飛ばされてしまう。


 時には子亀も巻き添えになるが、子亀はそれを恐れることなく突っ込んでくる。親亀はそれを気にする様子は全くない。


(生んだ子供のこと、駒くらいにしか考えていませんわね……。らしいと言えば、らしいですが)


 親亀の放った水の弾丸をわざと受け、一気に希羅々の方へ突撃してくる子亀もいる。希羅々に迎え撃たれて倒される子亀は勿論、希羅々に当たらず、放物線を描いて遠くの地面に落ち、そのまま絶命する子亀もいた。


 こういうところは、人間とは考え方が相容れない。子供を殺して平気な親も、親に殺されることを気にもしない子供のこと……そのどちらの気持ちも考えも、希羅々にはまるで理解が出来なかった。


 だが、それでいい。下手に同情できるようなものがないのなら、攻撃の手に迷いが生まれることもないのだから。


(くっ……それにしても、数が多いですわ!)


 地上を這う子亀の数は、分身ライナの数よりも明らかに多い。見れば、親亀はまだ卵を産んでいるのか、甲羅の中から子亀の群れが出ていた。


 指を差して、シャロンにそのことを伝える希羅々。とにかくあれを何とかしないと、このまま子亀の数に圧殺されてしまう。今はライナが頑張っているが、それが限界になるのも時間の問題だ。


 だが、「ではどうする?」とシャロンは目で訴えかけてくる。産卵には体力を消耗するのは生き物共通のはずだが、ミドル級亀種レイパーにはその様子もない。攻撃の合間合間の片手間で、子亀の卵を産んでいる。そして卵はすぐに孵ってしまうのだ。


 新たな子亀の出現を少しでも抑えられれば、勝機はあるはず。


 ――ならば。


 声が出せず、聴力も失っている希羅々は、シャロンにジェスチャーだけで策を伝える。


 瞬間、シャロンは目を見開き、すぐに実行に移しだす。


 竜の足のアンクレットが光り、出現するは、竜の姿のシャロンにはアンバランスな程に小さな十二個もの雷球。シャロンのアーツ『誘引迅雷』だ。


 シャロンは、未だ飛んでくる水の弾丸や鎌鼬を避けながら、それから迸る電流を操り、巨大な網を作って親亀の方へと放り投げる。


 殻に籠っているだけのレイパーを捕えるのは容易い。……が、レイパーはすぐに頭と手足を出して、電流の網に喰らいつき、手足で引きちぎろうともがきだす。


 処刑人による鎌の攻撃を受け続けながらも、お構いなしに体に力を込め、網を打ち破ろうとするレイパー。


 その力は尋常なものではない。あっという間に、電流の網は引きちぎられてしまう。




 だが、次の瞬間。




「ッ?」


 ミドル級亀種レイパーは、突然何か強い力で、後ろに引っ張られるような感覚に襲われる。


 その眼に映るのは、自慢の網を破られたのに、まるで焦った様子を見せないシャロンの面。


 シャロンの狙いは、レイパーを網で封じることでは無かった。――電流の網をレイパーに被せた本当の理由は、この親亀を帯電させること。


 レイパーの後方には、巨大な雷球も出来ている。こいつは帯電した対象を、引き寄せることが出来るのだ。


 徐々に持ち上がる、レイパーの体。


 レイパーは激しく身をよじり、声を上げるように口を開いて、抵抗するように地面にしがみつく。


 だがシャロンが、その下顎にテールスマッシュを叩きつけて体を浮かせると、一気にひっくり返り、その腹甲部を露わにした。


(どうじゃ! これで卵も産めまい!)


 体勢が変われば、産卵するための力を入れることも難しい。卵を産む位置も物理的に高くなれば、地面に落下した衝撃で卵が割れる可能性もある。少なくとも、無事に生まれてくる子亀の数は、大幅に減る。


 レイパーは蔦を呼び出し、正しい体勢に戻ろうと画策するが、シャロンは駄目押しに、もう一度電流で網を作り、それをレイパーに被せる。さらにブレスを吐いて親亀に攻撃。レイパーがまた元の体勢に戻ることを許さない。


 その隙に分身ライナが子亀を一掃していく。地上に飛び降りた希羅々も一緒になって、きっちり全滅させていく。


(システィアさん! 今ですわよ!)

(ええ! キララさん!)


 ぼやける視界の中でも、はっきりとライナと希羅々の目が交錯。言葉は伝えられなくとも、激しい戦いの日々が、今が好機だという意思疎通を可能にする。


 光の結界の中で、大きく鎌を振り上げるライナ。背後の巨大な処刑人が、その動きにリンクする。


 空気を斬り裂き、レイパーの腹甲部に直撃する巨大なヴァイオラス・デスサイズの切っ先。




 音は無い。――だが、もしも耳が正常なら、きっと聞こえていただろう。


 バキッ――という、何かが壊れる、高い希望の音が。




 電流の網とブレスによりダメージを受けていた甲羅。背甲部と同様に腹甲部も頑丈だが、体勢が悪い分、力の分散は上手くいかない。処刑人による強烈な一撃で、僅かだが甲羅が抉れたのだ。


 吠えるように、口を大きく開くライナ。声が出る感覚は失っていても、腹から声を出す力は、確かに腕に籠る。


 二撃目。鎌による斬撃が、甲羅の抉れたところにヒットすると、一気に甲羅全体に亀裂が走った。


 そしてこの瞬間を見逃さずに行動に移る者が一人。


 それは、希羅々。シュヴァリカ・フルーレを思いっきりレイパーの方へと突き出し、刹那、空に巨大なレイピアが出現する。


 実体のある幻影――希羅々のスキル、『グラシューク・エクラ』だ。


 狙うは、勿論レイパーの、罅の入った甲羅。


 ひっくり返り、シャロンの電撃の網に捕らわれたレイパーが、それを避けられるはずもない。腹甲部の、亀裂の中心ど真ん中に、希羅々必殺の一撃が完璧に直撃する。


 爆ぜるように砕け散る、甲羅。


 同時に噴き上がる、鮮血。


 大きく口を開く巨亀。


 上がる悲鳴。


 巨大レイピアがその体に沈んでいき、大地に串刺しにしていくにつれ、レイパーの抵抗する動きが弱まっていく。口からは水の弾丸とは違う液体を吐き出し、それから間もなく。




 ミドル級亀種レイパーは一瞬硬直し、直後、大爆発するのだった。




 だが、しかし。


(っ? これは……っ!)


 ライナや希羅々、シャロンの足元に、三人がここに連れて来られた時と同じ、巨大な青い魔法陣が現れる。


 あの時と同じように、体が動かなくなり……三人は、強敵を倒したという実感に浸る間もなく、消えてしまった。




 ***




 同じ頃。円形闘技場。


(……っ?)

【ミヤビっ? なんか音が聞こえなくなった!】

(ええ! そ、それに、喉も変な感じが……!)


 ミドル級人型種麒麟科レイパーと交戦している最中、またしてもおかしくなる体。さっきまでは目が霞んでいたのだが、それに加えて、さっきまで聞こえていたはずのあらゆる音が、嘘のように無音になったのだ。


 しかも、声を出そうとしても、出せない。喉には空気が通る感覚があるのに、言葉の形となって出ていかない。


 流石におかしい。何かされている……雅とカレンは、違和感を覚える。いくらこれまでの疲労が蓄積してきたとて、こんなに極端に聴力が失われるだろうか。声が出せなくなるであろうか。目の霞みも、段々ひどくなってきた気がする。


 さらに、レイパーがメイスを空に掲げた瞬間。


【ミヤビ! なんか来るよ!】

(あ、あいつ……また新しい攻撃をっ?)


 木の矢や鎌鼬に混じり、今度は水の弾丸がそこから放たれてくる――。

評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ