第476話『巨魚』
森の中で湖が広がる空間。そこで姿を現した、青緑色の巨大な魚。頭には鶏の鶏冠のようなものが付いたその化け物は、『ミドル級魚種レイパー』だ。
他のレイパーとは違う雰囲気と威圧感を纏うそのレイパーと戦うは、ミカエル、セリスティア、志愛の三人。
湖から頭だけ出したレイパーが、大きく口を開くと、そこから風が吐き出される。ただの風ではない。まるで鎌の刃のように、切断性に富んだ三日月型の風……鎌鼬だ。
その攻撃は、透明。目を凝らせば、空気の歪みで鎌鼬の位置は分かるのだろうが、普通にしていればまず分かりっこない。
挙句、このフィールドの特性からか、視界が霞まされているのならば尚更だ。
しかし、鎌鼬を放たれた対象――ミカエルは、焦ることなく、自身の持つ杖型アーツ『限界無き夢』の先端を、鎌鼬に向ける。
瞬間、現れる炎の壁が、鎌鼬を完全に防いだ。
いける――そう確信するミカエル。今のような風攻撃なら、弟子のノルン・アプリカッツァで慣れているのだ。攻撃が視認し辛いのだけは厄介だが、言うてその程度である。
だが、レイパーの攻撃はまだ終わらない。水面が揺れ、再び放たれる鎌鼬。今度はそれが四発、それぞれ斜め四方向から同時に迫ってきた。
ミカエルも負けじと四発の火球を繰り出し、相殺を試みる……が、
「避けたっ?」
火球が鎌鼬に激突する直前、鎌鼬はいきなり進路を変え、火球を躱してミカエル達の方へと向かってくる。
(この攻撃、ある程度はコントロールが出来るのねっ! 炎の壁では防げない!)
「二人とも! 私の近くに!」
セリスティアと志愛にそう指示しながら、ミカエルは杖を天へと向ける。出現するのは、ドーム状の炎のバリア。しかも四重になっている。
鎌鼬がバリアに命中する度に壊れるバリア。ミカエルはバリアを維持しながらも、先に放った四発の火球を操作して、ミドル級魚種レイパーに命中させる。
バリアが全て砕けるのと、火球がレイパーの顔面に直撃するのは同時だが――
「ダ、駄目ダ……ッ、効いていなイッ!」
お前の攻撃なんて効かないぞと言わんばかりに口をパクパクさせるレイパーに、志愛が苦しそうな声でそう叫ぶ。
瞬間、
「ミカエル! 舌を噛むなよっ!」
「えっ? きゃぁっ?」
突然セリスティアに後ろから抱えられたミカエル。志愛と共に大きくその場から離されて、思わず悲鳴を上げる。
直後、今までミカエル達がいたところを、後方から巨大な枝の矢――ブランチアローが大量に降り注ぎ、地面を爆ぜさせる。
目を見開くミカエル。後ろからあんな攻撃が繰り出されていたことに、全く気付かなかったのだ。
「ご、ごめん二人とも……っ」
「気にすんなっ!」
セリスティアがそう答えるやいなや、再びレイパーが鎌鼬を乱射してくる。
ミカエルが炎魔法で防御しようとするが、
「いや、俺に任せろ!」
セリスティアはミカエルを制止して『跳躍強化』を発動させて地上を駆ける。
超スピードに志愛とミカエルの体が浮き、三人を追うように地面に当たる鎌鼬。
「ちょ、セリスティアっ?」
「ミカエル、無理すんな! ――魔力、そろそろ尽きてきただろっ?」
「……う」
ラージ級ランド種レイパー討伐戦が始まってから、多くのレイパーと戦ってきたミカエル。途中で若干の休憩時間はあったが、全快というわけにはいかない。さらには宮殿に突入してからは、敵を撒くのに強力な魔法を乱射せざるを得ない場面もあった。セリスティアの言葉は正しい。何とか力を振り絞っているが、魔力量はそろそろ限界になっていた。
もう少し無茶出来そうだから黙っていたが、まさか指摘されるとは……これにはミカエルも苦い顔になる。
「奴の攻撃は何とかするなんてミカエルは言っていたけどよ、任せっきりにするつもりはねぇよ!」
「……っ」
「防げる攻撃はミカエルが防いでくれ! でも防ぎきれねぇ攻撃は、俺が足でカバーする! ――協力しなけりゃ、奴には勝てねぇ!」
「……分かったわ! ありがとう!」
志愛に「体調を誤魔化すなんて!」と叱ったが、これでは自分も人のことを言えないではないかと、ミカエルは心中で自分を小突く。
そんな中、志愛は歯を喰いしばっていた。「協力しなければ勝てない」……セリスティアの言葉は、まさにその通り。だが今、志愛は毒のせいで思うように動けない。完全に足手纏いだ。それが悔しい。
レイパーが、再び口を開くと、辺り一帯からセリスティア達に向かって、四方八方からブランチアローが放たれる。
(や、やべぇ! 道がねぇ!)
思考がフリーズしかけるセリスティア。よく見れば枝と枝の間に隙間があるのだが、視界が霞んでいる今、セリスティアにそれは分からない。
だが、
「セリスティア! 正面突破! 足を止めないで!」
ミカエルがそう叫びながら、前方に巨大な火球を放つ。火球がブランチアローを焼き払い、僅かだが道が出来る。
『跳躍強化』で一気に加速したセリスティアが咆哮を上げながら、ミカエルと志愛を抱えてブランチアローの包囲網から脱出。
しかし、
「おワッ?」
「シアちゃんっ?」
「しまった!」
脱出直後を狙ったかのように、地面から蔦が伸びて志愛を絡めとってしまう。レイパーは、三人が今の攻撃を突破することまで想定していたのだ。
二人が手を伸ばすのも空しく、蔦に引っ張られ引き離されてしまう志愛。
慌てて助けに行こうとするセリスティア達だが、
「来ないデッ!」
志愛は、顔色を悪くしながらも手で二人を制する。
瞬間、志愛の体が紫色に発光し、纏う服が変わっていく。紫色の上着と巻きスカート…… 韓国の民族衣装、チマ・チョゴリを思わせる服装に。
志愛の切り札、変身だ。
変身によってパワーアップした身体能力で蔦を引き千切り、気合で立ち上がる志愛。その体はふらついている。変身したところで、体調不良が治るわけではない。
それでも助けを拒んだのは、これ以上自分を抱えて逃げ回る二人に負担をかけたくないという想いからだ。ミカエルに叱られたばかりだが、これ以上の足手纏いは我慢ならなかった。
甲高い泣き声を発するレイパー。瞬間、レイパーを中心として、辺り一帯に鎌鼬が放たれ、暴風が吹き荒び、風の膜を突き破って大量のブランチアローが降ってくる。
「こ、こいつ……こんな無茶苦茶な攻撃をっ?」
「マズいわ! あいつ、このまま押し切る気よ! シアちゃんが危ないわ! ――うくっ……!」
激しい攻撃の嵐。ミカエルは志愛に防御魔法を展開しようとするが、視界の霞がいよいよ酷くなる。もう遠く離れた志愛のこと等、ぼんやりとも見えない。正確な位置が分からなければ、かえって彼女の逃げ道を塞いでしまう。防御のタイミングも計れない。
セリスティアも志愛に近づきたいが、この攻撃を、ミカエルを抱えて避けるので手一杯だ。
走り回って攻撃を躱していく二人とは対照的に、志愛はその場から動かない。動き回って体力を消耗する余裕はないから。
防御用アーツ『命の護り手』を発動し、光に包まれる志愛。志愛は先端が虎の頭になった銀色の棍、『跳烙印・躍櫛』を振り回し、可能な限り敵の攻撃を凌いでいく。それでも体に木の矢の直撃は免れない。命の護り手のバリアがあるとは言え、骨にまで響くような激痛と衝撃は襲ってくる。意識を手放さないようにするのがやっとだった。
「やべぇぞミカエル! あれじゃシアがもたねぇ!」
霞んだ視界でも、志愛が窮地に立たされているのくらいは分かる。セリスティアが焦燥感に嫌な汗を滲ませながら、今まで出した事もないような声でそう叫んだ。
「イージスのバリアの展開時間は三十秒! セリスティア! 何とかそれまでに奴を倒さないと!」
「つっても、どうすんだっ? 湖の真ん中にいるあいつには、こっちも攻撃のしようがねぇぞっ?」
小さな湖とは言え、その中心に佇むミドル級魚種レイパーまでは遠く、この中ではミカエル以外、レイパーに攻撃する術を持たない。そのミカエルの攻撃を受けてもピンピンしている以上、ミカエルもセリスティアの言葉にすぐに答えを出せなかった。
が――ミカエルは見る。揺れる湖上を。
この猛攻の中、明らかに揺れが大人しい、その水面を。
そして、水位が下がったような、土壁の色の違う跡を。
刹那、ミカエルの脳内に電流が駆け巡り――
「考えがあるわ! セリスティア! 少し耐えて!」
「おま……っ! わーったよ!」
ブランチアローと鎌鼬、竜巻……こんなものが延々と繰り出されている中、それがどれだけ大変か。
それでもセリスティアは、ミカエルを背中に抱えたままそう吠え、目が霞む中、『跳躍強化』を使い、地面を蹴って水平に跳ぶようにして、一気に攻撃の合間を突き抜ける。
迫る木の矢や鎌鼬等、碌に見えてもいない。それでもセリスティアは、攻撃の気配を肌と本能、勘で察知し、汗で地面を濡らしながら必死で避けていく。
激しい風に足を取られそうになるが、体勢を崩した瞬間、待っているのは死。その恐怖を頭から必死で追い払う。
時に一気に、時に攻撃を引き付け躱していくセリスティア。
そして――
「セリスティア! 上よ!」
「ああっ!」
僅かに上に、この嵐の抜け道がある。そこから上は、攻撃が何もない安全地帯だ。それを二人は見逃さない!
セリスティアは『跳躍強化』のスキルで、大ジャンプ。その下を通り抜けていく、無数の攻撃。
「ミカエル! いけるかっ?」
「勿論よ!」
瞬間、ミカエルは自身の魔力を増幅させる『マナ・イマージェンス』のスキルを使う。
そして直後に空に出現する、五枚の星型の赤い板。それが円を描くように高速で回り出し、エネルギーが中心に集中していく。
そして放たれる、ミカエルの最大魔法――極太の炎のビーム。
それがブランチアローや竜巻、鎌鼬をぶちぬいて、湖の方へと向かっていく。
だが、狙いはそこにいるレイパーではない。
ビームが湖に直撃し、激しい音と共に湖の水が蒸発していく。
「おいミカエル! お前……ここの湖を干上がらせるつもりかっ?」
「セリスティア! あれは湖じゃないわ!」
「あんっ? どういうこと――っ? ミカエル! 奴の攻撃が……っ!」
水が消え、水の中からレイパーの胴体が露わになるにつれ、激しかった攻撃の嵐が弱まっていく。それを見て、ミカエルは「よしっ!」と叫んだ。
「ミカエル、これは一体……?」
「あれは奴にとってのエネルギーなのよ! あの鎌鼬や枝の矢を放つためのね!」
レイパーが攻撃を放つ度に、水面が揺れ、水位が少しずつ下がっていた。だが、あれだけ激しい風が吹き荒んでいるにも拘わらず、水は陸に溢れる様子がない。不自然に穏やかだった。
それを見て、ミカエルはこの湖が、湖に見せかけただけの魔力タンクだと予想したのだ。
今放ったビームは、敵の魔力を相殺することに特化させたもの。それがきちんと効力を発揮したのを見て、ミカエルは自分の予想が正しいことを確信した。
「セリスティア! 一気に決めるわよ!」
「おうよ!」
水が消し飛び、湖の底が見える。もうあの魚は、大地の上でジタバタすることしか出来ない。着地したセリスティアはミカエルを置いて、単身でミドル級のレイパーへと一気に突っ込んだ。
腕に嵌めた小手が円盤状に肥大化し、爪が伸びてくる。セリスティアのアーツ『アングリウス』である。
ミカエルが大きな火球をレイパーに直撃させ、直後、銀色の爪が体を穿つ。
それでも、顔を顰めるセリスティア。敵は全長六メートルもの巨体だ。外皮は厚く、レイパーは痛みすら感じていなかった。ジタバタと鰭を動かし、その衝撃でセリスティアを吹っ飛ばす。
が、しかし――ズンという重い音が響き、レイパーが「キュイッ」という奇妙な声を上げた。
なんだと思ったセリスティアだが、すぐにその理由に気付く。
「シ、シアっ?」
「ス、すみませン……! 遅くなりましタ……ッ!」
レイパーの胴体に現れる、巨大な虎の紫刻印。
志愛の跳烙印・躍櫛の先端の、紫水晶を咥えた虎の頭部が、レイパーの体に深く抉り込んでいた。彼女が力を振り絞り、果敢にミドル級魚種レイパーに飛び掛かったのだ。
めり込ませた棍を持つ手に力を込める志愛。その額には、脂汗が浮かぶ。
刻印を掻き消そうと、甲高い声を上げるレイパー。それでも刻印は、薄くなったり濃くなったりを繰り返し、消されまいと抵抗する。
「ミカエル! こっち来い! 手伝うぞ!」
「え、ええ!」
「グ……うぬぬヌ……ッ」
セリスティアとミカエルが、志愛の持つ棍に手を添える。それはまるで、釣り竿に掛かった巨大な獲物を、一緒に引き上げるかのような光景だ。
三人が力を合わせ、徐々に持ち上がる、レイパーの体。
そして――
「ハァァァァアッ!」
「せぇぇぇえぃっ!」
「うぉぉぉらぁっ!」
遂に陸の方へと投げ飛ばされる、巨大レイパー。
体が地面に激突すると同時に、虎の刻印が激しく発光。
大きな悲鳴を上げながら、ミドル級魚種レイパーは爆発四散するのだった。
直後、
「おワッ?」
「きゃっ!」
「ちっ! 二人ともっ?」
三人をこの空間に引きずり込んだ吸引。それが再び発生し、三人をどこかへと消し去ってしまうのだった。
***
志愛、セリスティア、ミカエルの三人がミドル級魚種レイパーを倒した直後。
【ミヤビ! 何か来る!】
「えっ?」
闘技場で、ミドル級人型種麒麟科レイパーと戦っていた雅。
カレンが何かを察したようにそう叫んだ瞬間、雅の体に異変が起きる。
(……なんだっ? 目が……っ)
いきなり、視界に靄がかかる。戦闘の連続による疲労が、一気に目にきたのだろうか。
だが、気にするべきはそこだけではない。
レイパーが、持っているメイスを掲げると、そこから雅に向かって鎌鼬が放たれる。
それを横っ飛びして躱した瞬間、
【ミヤビ! 後ろからも来るよ!】
「――っ?」
雅の後頭部を狙って、木の矢が飛んできた。
何故こんな攻撃を。今まで使ってこなかったはずなのに。
酷く困惑しながらも、雅はそのブランチアローに向けて、剣銃両用アーツ『百花繚乱』のエネルギー弾を放つ。
しかし霞んだ視界で狙いがそれ、木の矢の軌道を僅かに逸らすことしか出来なかった。
それが、雅の頬を掠める――
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