第475話『蘇面』
雅が戦闘開始したのと、同じ頃。
大量のレイパー達に追いかけられながら宮殿の中を駆け、途中で消えた者達もまた、不思議な空間にいた――。
***
「……あぁ? なんだここ? 俺達、宮殿の中にいたはずだよな?」
目を丸くし、呆然としたようにそう呟いたのは、赤髪ミディアムウルフヘアの女性、セリスティア・ファルト。
眼前に広がるのは、晴天の下に鬱蒼と生い茂る木々。さらに、
「……あれは泉? いヤ、湖でしょうカ?」
セリスティアに肩を担がれ、少しばかり顔色を悪くしながら、ツーサイドアップの髪型をしたツリ目の少女、権志愛が、視界に映った光景に、首を傾げる。
森の奥にある湖……二人が今いるのは、そんな場所だ。直径五十メートル程の円形の、小さな湖である。湖畔もそこまで広くは無さそうで、どうにも閉鎖空間のような雰囲気がある。
廊下を走っていたら、突然何かに吸い込まれ、気付けばこんなところにいる始末。何とも気味が悪いが、出ようにも出口が分からない。
志愛の体調が悪い以上、こんな訳の分からないところに長居はしたくないのだが……これではどうしたものか。そう困っていると、
「セリスティア! シアちゃん! 二人ともいたわね!」
「おっ、ミカエル! 良かった、無事だったのか!」
少し離れたところにいたのだろう。鍔の広いエナン帽と、白衣のような見た目をしたローブを身に付けた、金髪の女性が駆け寄ってきた。ミカエル・アストラムだ。森の中、足元が悪いからか、時々転びそうになっており、ちょっと危なっかしい。
「なぁ、ここは何だ? 俺達、どこにいると思う?」
「私もさっぱり……。幸いなのは、レイパーがいないことかしら? 今の内に、シアちゃんの応急処置をしたい。こっちに」
「ウゥ……すみませン……」
「全く、無茶をして……。ところでセリスティア、あなたは体調、どう?」
「いや、何とも。――あ、いや、何かさっきから、目が霞む感じはあるな……」
「……そう。実は私もなの。シアちゃんは?」
「えっト……私もそんな感ジ、あります」
簡易的な解毒魔法を施されながら、志愛も目を擦る。考え込むミカエル。突然、三人に同じ症状が出るというのは妙だ。ここはレイパーの巣窟。何かされたと考えるべきだろう。
「……シアちゃん、具合はどう?」
「少し良くなりましタ。……ア、でモ、目の霞みだけは変わらないでス」
「効果無しってことね……。セリスティアも、ちょっと魔法を掛けるわ。いい?」
サンキューと言って、ミカエルの簡易治療魔法を掛けてもらったセリスティア。だが、目の霞みは志愛同様、全く変わらない。
すると、
「ん? なんだありゃ?」
突如、湖の中央が淡く光る。
慌てて三人が戦闘体勢をとりだす中、湖の底から、何かが湧き上がってきた。
それを見た三人は、大きく目を見開く。あまりの驚愕に、声も出なかった。
それもそのはず。それは、ここにあるはずが無いものだったから。――雅が、前にきっちり破壊したはずなのだから。
湖から出てきたのは、笑ったお爺さんのお面。
レイパー、そして鬼灯淡に憑りついていた、あの忌々しい翁のお面だった。
だが、それが三人の前に姿を見せたのは、ほんの一瞬。
お面はあっという間に霞となって消え、その直後、湖の水が競り上がる。
「逃げろ!」
セリスティアが志愛を抱え、ミカエルは一人で、二手に別れて大慌てでその場から離れる。
溢れた水が、大地を抉り、木々を押す中、巨大な化け物が姿を現す。
「な、なんだあいつは……っ?」
「鶏……? いエ、魚?」
青緑色をした、全長六メートル近い、ニジマスにもピラニアにも見える大きな魚。その頭部には、鶏の鶏冠のようなものがついていた。
こいつは、『ミドル級魚種レイパー』。――ここの主である。
そのミドル級魚種レイパーが口を大きく開いた瞬間、水面が揺れ、
「っ?」
危険を悟ったセリスティアが、自身のスキル『跳躍強化』を使って大きくジャンプした瞬間、後ろにあった木が横に真っ二つに切断される。
「おいおい……! 魚の癖に、鎌鼬使うのかよあの野郎!」
「セリスティアさン! 右でス!」
志愛の言葉が轟いた刹那、太い蔦がセリスティアを捕らえに飛んでくる。いつの間にか、辺り一帯の地面から、大量に生えていた。
「セリスティア! 頭を下げて!」
ミカエルが、赤い宝石の付いた白いスタッフ『限界無き夢』を掲げると、そこから十発もの火球が放たれ、蔦を焼き払う。
さらに、レイパーが再び鎌鼬を放ってくるが、それを炎の壁を作って相殺させた。
ミカエルは細く息を吐くと、
「……二人とも、私の後ろに。あいつの攻撃は、私が何とかする」
「お、おいおい……無茶言うなよっ?」
真っ向勝負するなんて無謀だと、セリスティアはそう叫ぶ。
だが、ミカエルは首を横に振ると、
「……風の攻撃なら、ノルンで慣れているわ。あの子の魔法に比べれば、こんなのへっちゃらよ!」
強張った笑みを浮かべながら、そう言ってのけるのだった。
***
「……ん?」
何かに揺さぶられるような感覚に襲われる、ライナ・システィア。
宮殿を走り回っていた途中で、謎の魔法陣に捕らわれたライナ。どうやらあの後、気を失ったらしい。
それに気づくと、ハッと目が覚めてくる。敵陣で気を失うなんて一生の不覚と、慌てて目を開けると、そこには二人の少女がいた。彼女達が、自分の体を揺すっていたのだ。
一人は、山吹色のポンパドールの幼女、シャロン・ガルディアル。もう一人は、ゆるふわ茶髪ロングの、桔梗院希羅々である。この二人も、ライナと一緒に、魔法陣に捕らわれていた。
お礼を言おうとしたライナだが、すぐに二つの違和感に気付く。
一つは、ライナを起こそうとしていた割には、二人の声が聞こえなかったこと。自分の体を揺するばかりだった。声を掛けてくれれば、もう少し早くに目が覚めていたはずなのに。
そしてもう一つは――
(……あ、あれ? 声が出ない?)
喉から声が通る感覚が無い。お礼を言っているつもりなのに、自分の声が、まるで聞こえないのだ。
口をパクパクさせるライナを見て、希羅々は空中で指をスライドさせると、
『やはりシスティアさんも、声が出ないのですわね』
ULフォンのメッセージ表示機能で、そう伝えてくる。
ライナも自分のULフォンを起動させれば、
『ええ。お二人も?』
と尋ねると、二人はコクンと頷いた。声が出ないのは、ライナだけでは無かったのだ。
流石におかしい。ジワっと嫌な汗が浮かぶ。あの魔法陣に、何か声が出せなくなる効果があったのだろうか。そうとしか思えないライナ。
それに、だ。
(……なんだろう? 耳も、何か変……?)
『すみません。私のせいです』
魔法陣が仕掛けられていることに気付かず、「通路がある」と言ったのはライナだ。どうしても責任は感じてしまう。
『お気になさらず。それより、ここから宮殿に戻る方法を考えなければ』
言われて、ここでライナはやっと、周囲の状況を確認する。
(荒地……でしょうか? いえ、ちょっと違う感じも……)
乾燥し、ひび割れた大地。遠くに見えるのは、砂浜だろうか。
信じられないことだが、どうやらここは、海が干上がった場所らしい。
一体どこに向かえば、宮殿に戻れるのか……雅や他の皆が心配な気持ちや、声が出せないこれは治るのかという不安を何とか押し込め、景色をよく観察するライナ。
刹那――シャロンに背中を、強く叩かれる。
何事かと思って振り向いたライナは、驚愕に顔を強張らせた。
いつの間にか地面のひび割れが広がり、そこから泣いたお婆さん……姥のお面が出てきたから。
直後、お面が黒い光となって消え、地面が爆ぜる。
シャロンが山吹色の竜の姿となって、ライナと希羅々を抱えて空に飛ぶと同時に、そいつは姿を現した。
(なんですのっ? 豚……いや、大きな亀……? それに――)
もう一つ分かる、違和感。派手に地面が砕けたのに、その音が聞こえなかったのだ。
声だけでなく、耳も聞こえないらしい。
これはヤバいと背筋をゾクリと震わせる希羅々だが、とにかく今は目の前に集中せよと自分に言い聞かせる。そいつは、奇妙な姿をしていた。
見た目は、全長六メートルもの巨大な黒い亀だ。だがその鼻先は、豚の鼻になっている。
分類は、『ミドル級亀種レイパー』か。
シャロンが咆哮を上げるように口を開き、テールスマッシュをレイパーの背中の甲羅に叩きつける。
だが、
(ちぃ! やはり硬いのぉっ!)
レイパーのいるところに大きなクレーターは出来るが、肝心のレイパーはピンピンしている。小手調べに放った一撃は、まるで効いていなかった。
ミドル級亀種レイパーは口を開くと、そこから水を吐き出し攻撃してくる。まるで弾丸のように飛んできたその水鉄砲を躱すシャロン。レイパーはそれを乱射し、シャロンが近づくのを牽制していく。
『亀なら、腹部は少し弱いのでは?』
『やってみましょう』
ライナが紫色の鎌型アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』、希羅々が金色のレイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』を構え、シャロンの腕の中から飛び出すと、レイパーの方へと果敢に向かっていく。
しかし、その刹那。
(っ?)
ミドル級亀種レイパーの背後から、こいつを小さくしたような個体が、何十体もゾロゾロ現れる。
よく見れば、卵の殻のようなものが見えた。どうやら奴は、このレイパーの子供らしい。
音が聞こえないせいで、ミドル級亀種レイパーが卵を産んでいたことに、三人はまるで気付かなかったのだ――。
***
「うぅ……寒……」
「ファムちゃん、大丈夫?」
「……マイカが羽織るもの貸してくれたし、少しは。ごめん、マイカはもっと寒いよね?」
紫髪ウェーブの少女、ファム・パトリオーラが、どこかバツの悪そうな顔になるが、なよっとしたエアリーボブの少女、橘真衣華は優しく首を振る。しかしその顔は青白い。
ここは、どこまでも雪景色が広がる高原。雪がパラパラ降っており、決して吹雪いているわけではないが、痛みを伴う寒さに体が悲鳴を上げてしまう。
「くそっ……探してみたが、出口がない。大体ここはどこなんだ……」
雪を被りながら悪態を吐くのは、長身三つ編みの少女、篠田愛理。
三人は、レイパーから逃げるために小部屋に入ったのだが、そしたらこんな場所に出てしまった。あまりにも予想外の光景に、恐怖と焦りですぐに外に出ようとしたのだが、その時にはもう既に出入口は消えており、ここから脱出する術を失っているという状況である。
「あぁ、もう! 寒さのせいか、鼻がおかしくなってきたな……!」
「分かる。臭いを感じないっていうか……なんか熱っぽくもなってきたかも」
「マイカ、しっかり! ここで倒れたら、死んじゃうよ! やっぱり、これマイカが着ていた方が……」
「あはは……流石にそこまでにはならないって。上着も、ファムちゃんが羽織っていてよ。――ん?」
チラリと視界の端に、何かが映った気がした真衣華。
遠くから何かが来るようだ。目を凝らし――すぐに悲鳴を上げる。
「橘、どうしたっ?」
「二人とも、あれ!」
「え? ……はぁっ?」
驚愕と怒りの籠ったファムの声。凍えた体の奥底から、マグマのような熱が湧き上がり、彼女は拳を強く握りしめる。
やって来たのは、一枚のお面。恨みと嫉妬に塗れた顔……般若のお面だったのだ。
「なんであれが……! また誰かに憑りつくつもりなのっ?」
「待て! 様子が変だ! 気を付けろ!」
愛理の警告の直後、般若のお面が、まるで幻影のようにスーッと消える。
刹那、その奥から、別の怪物が、雪を巻き上げ走ってくるのが見えた。
「ちょ、何あれっ? 馬っ?」
「いや……虎じゃないかっ?」
激しい唸り声を上げて突進してくるのは、白い虎。首だけは馬のように少し長くなっているが、それ以外のパーツはほぼ全て虎のようにも思える。……こうなれば、もう総称して『獣』と呼ぶべきだろう。
そして、全身に馬具のような鎧を着けており、前足の爪が異様に長い。『ミドル級獣種レイパー』……それが、こいつの分類だろうか。
そんなレイパーが、大きな口を開けて咆哮を轟かせると、
「っ! 二人とも! こっちに!」
ファムが背中から、雪にも負けない程白い翼、『シェル・リヴァーティス』を出現させると、二人を掴んで空を飛ぶ。
瞬間、今まで彼女達がいた地面が、まるで巨大な流砂のように、激しくうねり出す。
「ちょ、何あれっ?」
「あいつ、地形を変形させる力があるのかっ?」
「お、重い……けどっ!」
抑えきれない怒りが湧く中、ファムが歯を喰いしばりながらも、レイパーに向かって、シェル・リヴァーティスから羽根を放つ。
コントロールがブレ、大半の羽根は標的から大きく逸れるが、それでも数発はレイパーに当たった。
だが――
「あぁ、もうさぁっ!」
羽根は、まるで敵の体に刺さらない。
全身を覆う馬具は、想像以上に硬かった。
***
そして、ファム達がいる雪野原とは打って変わり、ここはどこかの山の頂。
激しい白煙を上げ、本能的に恐怖を感じるようなブクブクとした音を立てる大きく深い熔岩湖が、そこにある。この山は活火山。粘り気のあるマグマが、いつ噴火してやろうかと煮えたぎっていた。
そんな中、
「……暑い」
心底うんざりしたようにそう言ったのは、黒髪サイドテールの少女、相模原優。
「本当に訳わかんない。私達、普通に階段を上っていたはずですよね? なんか気づいたら山道を登っていて、帰り道も分かんなくなるとか、一体全体、何がどうなっているのやら……」
「完全に同意よ。きっとどこかで、妙な魔法でも掛けられたのかしら? さっさと宮殿に戻りたいのだけど……。あぁ、もう。ミヤビから貰ったアームバンド、今日も着けてくれば良かったわ」
渋い顔で、額の汗を拭う青髪ロングの少女。彼女はレーゼ・マーガロイスである。
雅を助けに、他の仲間達よりも先に宮殿に乗り込んだ二人。一緒に突入したバスター・大和撫子連合とは途中で別れ、宮殿の頂上を目指していたはずだった。あまりにも摩訶不思議な現象に、レーゼも優も、眉を顰めることしか出来ない。
「最悪、ここからは離れたいですよね。落ちたら一巻の終わりだし……」
優はそう言いながら、熔岩湖から少し距離を取る。気を付けていれば平気なのだが、うっかり足を滑らせてしまったらと思うと、少しでも距離を置きたかった。
「……ところで優。気づいている?」
「え? なんですか急に?」
「汗……なんか味、変じゃない?」
顔を伝う汗は、偶に口の中に入ってしまう。普通なら、多少はしょっぱいはずなのだが……今は何故か、全く味がしないのだ。
「それに、体の感覚も変。普段とアーツを握る手の力が違うっていうか……」
「あー……分かります。なんか、力加減が分かんないですよね。この暑さのせいで、感覚狂ってるのかなって思っていたんですけど……。――っ!」
体に起きた異変。大した事が無さそうだが、どうにも気味が悪い。不安を少しでも共有しようと、そんな会話をしていた時。
優の目に鋭い光が宿り、白いスナイパーライフル型アーツ『ガーデンズ・ガーディア』を持つ手が動く。
瞬間、空に向かって放たれる、一発の白い弾丸型エネルギー弾。
レーゼが思わずその弾丸の先を追うように視線を動かし――そして見る。
その先に、一枚のお面……ほっかむりを被って口を窄ませた、火男のお面があるのを。
ふわふわ漂っているお面に、勢いよく向かっていくエネルギー弾。だが、
「えっ?」
「擦り抜けたっ?」
幻影か。お面には実体が無く、こちらを小馬鹿のするようにクルクル回り出す。
「この……何であれがっ? みーちゃんがぶっ壊したはずなのに……復活したっていうのっ? ふっざけんな!」
「……っ? こっちに来る!」
回っていたお面が、段々と高度を落としていく。優がエネルギー弾を乱射するが、やはりそれは空しく空を切るばかり。
しかし、お面は二人の元に来ることは無かった。そのまま、熔岩湖の方へと沈んでいったのである。
唖然とする優とレーゼ。
だが、次の瞬間。
マグマがせり上がり、そこから一匹の化け物が出現する。
現れたのは、全長六メートルの朱色の鳥。羊のような体毛を纏っているが、全体的には鶴のような体の作りになっている、歪な怪鳥。
分類は『ミドル級鳥種レイパー』。
レイパーは嘴を開くと、二人に向かって火炎弾を吐き出してくる。
優とレーゼが二手に別れてそれを躱す。対象を外れた火炎弾が地面に当たり、爆ぜた。
優がガーデンズ・ガーディアの銃口をレイパーに向け、心臓のある辺り目掛けてエネルギー弾を放つが……優はすぐに舌打ちをする。
エネルギー弾は、体毛に弾かれてしまったのだ。
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