第474話『麒麟』
(――はっ! 私は一体……っ?)
【ミヤビっ! 起きろ! 早くイージスを!】
(っ?)
意識の遠くから聞こえてくるようなカレンの指示と共に、地に伏した雅の体を、白い光のバリア――防御用アーツ『命の護り手』が覆う。
本能的、衝動的、そして無意識の雅の行動。
だがそれが、雅に「何が起きたのか」把握する時間を与えてくれる。
混濁した思考。まるで辻褄の合わない記憶の映像。
そんな中、
【急いでそこから離れろ! 君は今、死んだ! 『超再生』のスキルが発動したんだ! 次はない!】
カレンのその言葉に、一気に整理されていく頭の中。
(そ、そうだ……! 私、突然息が出来なくなって……!)
殺された女性達の、悪趣味な墓石が置かれた部屋。あそこから出て、今いるこの円形闘技場に足を踏み入れ、そしたらいきなり体がおかしくなったことを、雅はようやく思い出す。
だがしかし。反射的に命の護り手を発動させたが、雅もカレンも、突然死んでしまった、その理由は分からなかった。
剣や槍等の得物で刺されたのでもなく、魔法で攻撃されたわけでもなければ、首を絞められたわけでもない。いきなり体が不調をきたし、呼吸困難に陥ったのだ。
多分、レイパーの仕業。それは分かるが……原因が分からない不安が、心に死の恐怖で満ちた泉を創り出す。得も言われぬ寒気が、雅の背中をじっとりと伝い、彼女を震わせた。
刹那、
【っ? 右だ! 右にレイパーがいる!】
慌ててそちらを見て、雅は目を見開く。
全身を緑の鱗に覆われた、全長五メートル程の巨人が、そこにいた。
黄色い鬣を靡かせ、手には身長と同じサイズのメイスが握られていた。そのメイスの先端は、まるで牛の頭部を模ったような形状をしている。
何よりも目を引くのは、頭部に生えた、全長一メートル程の、太く立派な一本角だろうか。
【な、なんだこいつ……っ?】
「……麒麟」
目の前の化け物の仰々しい見た目、そしてそいつから放たれる強大な威圧感に、カレンが驚愕の声を上げる中、雅が己の直感を、ボソリと呟く。
伝説の生き物、麒麟。足元の虫を殺せぬ程に優しいとされる神聖な神獣だが、いざ戦うとなれば、凄まじい力を以って敵を払う。
……レイパーならば、優しさなんてものは欠片も持っていないだろう。この化け物は、麒麟の特徴と力を持っているだけの、凶悪かつ強大な紛い物。
分類は『ミドル級人型種麒麟科レイパー』。
恐らくは、この闘技場の主。
自分を殺したのも、きっとこいつの仕業に違いない。……が、
(でも、一体どうやって私を? ――っ?)
瞬間、雅は気づく。
自分の口元が若干、バチバチとスパークするような光が放たれていることに。これは、命の護り手が、敵の攻撃から身を守る際に出るもの。
つまり現在進行形で、何らかの攻撃を受けているということだ。
(こいつの近くにいるとヤバい!)
本能的にバックステップして敵と大きく距離を取る雅。迫る死の恐怖と焦りに、思考がグチャグチャになってくる。
命の護り手の効果時間は三十秒。『超再生』も使い切った。何かしらの対策をとるべきと分かっていても、雅の頭の中を占めるのは「何かしなきゃ」という空回りの言葉のみ。
そんな時、
【ミヤビ! 奴の口を見るんだ!】
(口っ? ――っ!)
パニックになる雅の頭を落ち着かせるように、カレンがそう叫ぶ。
そして、雅はやっと気が付いた。
ミドル級人型種麒麟科レイパー……そいつの口元から涎が垂れ、それが地面に落ちて瘴気と、近くを舞っていることに。
さらに、命の護り手のバリアが今までひっきりなしに反応していたのに、それが収まったことに。
(さっき私が殺されたのは、あの瘴気が原因っ? あれの近くにさえいなければ、死なないんじゃ……!)
【来るよ!】
レイパーがメイスを振りかざすと、レイパーの周りで舞っていた瘴気が、雅の方へと寄ってくる。離れていれば安全というわけではないらしい。
それと同時に、命の護り手が効果を失い、光のバリアが消えてしまう。
雅はゆらゆらと向かってくる瘴気を躱すため、口を真一文字に結んで走り出す。
瘴気を吸い込んでしまえばまた殺されるが、なるべく呼吸しないように走るのは想像以上にキツイ。このままでは、瘴気うんぬん以前に、体が限界を迎えてしまう。
(早くあの瘴気を止める方法を見つけないと……!)
【ミヤビ! 私がそれを見つける! 君は戦いに集中して!】
役割を分担する雅とカレン。
――今、ここにカレンがいて良かったと、雅は心からそう思う。雅は決して、独りで戦っているのではないのだ。
走り回りながら、雅は左掌を敵に向け、音符を放つ。この音符は、敵の体に蓄積し、雅の攻撃がトリガーとなって体内で炸裂する。敵に大ダメージを与えることが出来るのだ。
だがレイパーはそれを、大きく体勢を変えることなく避け、さらにメイスを地面に叩きつける。
その瞬間――
「っ?」
地面が、縦に激しく揺れた。
足が竦み、咄嗟に恐怖から身を屈めたくなる強い振動。この感覚に近いものを、雅は知っている。……そう、地震だ。震度五強くらいの、強い地震である。
(このレイパー……地面を揺らせるのかっ?)
這いつくばることこそなかったが、それでもよろめかされてしまう雅。
そんな彼女に、ミドル級人型種麒麟科レイパーは、メイスを振りかざして一気に接近してきた。
瘴気に頼らず、自ら殺しにきたのだ。
メイスによる一撃を、雅は頭上で、百花繚乱で受け止めるも、顔を歪ませる。変身したことで身体能力は上がっているはずだが、それでも高身長、高パワー、高スピードの攻撃には敵わない。地震で体勢を崩されていたこともあって、雅は叩き伏せられることこそなかったものの、地面に片膝を付かされてしまう。
さらには、レイパーは間髪入れずに、今度は横に薙ぎ払うようにメイスを振るう。雅はそれも剣で受けるも、流石に今度は完全にパワー負け。
あわや吹っ飛ばされる……その刹那、
「ッ?」
気づけば、レイパーの体のすぐ側に、音符があった。
避けられるはずもなく、レイパーの体に、音符が吸い込まれていく。
雅は今の敵の攻撃を、ただ受け止めただけではなかった。左手をアーツの柄から離し、掌をレイパーの方へと向け、カウンターの要領で音符を放っていたのである。
パワー負けするのも、計算の内。レイパーから距離を取るため、わざと吹っ飛ばされたのだ。
瘴気とレイパーの両方から大きく離れた雅は、百花繚乱をライフルモードにすると、エネルギー弾と音符を乱射する。
が、
(やはり、一筋縄ではいかない……っ!)
レイパーは雅の遠距離攻撃の嵐を、合間を縫うようにスイスイと難なく動き、雅に接近してくる。全長五メートルもの巨体にも拘わらず、雅の攻撃は一発たりとも当たらない。
最も、それならそれで、打てる手がある。
(落ち着け、私……! タイミングを見計らうんだ!)
自分自身にそう言い聞かせ、瘴気の位置に気を払いながら、敵の動きに集中する。
レイパーが接近してくるといっても、雅の乱射を避けながらでは一気に距離を詰めることは出来ない。俊敏は俊敏だが、目で何とか追える。
そして――
(今だ!)
敵との距離が十メートルを切り、レイパーがエネルギー弾を一つ躱した刹那、雅は『共感』で、愛理の『空切之舞』のスキルを発動させる。
『空切之舞』は、『当てるつもりで放った攻撃を躱された時』に効果を発揮するスキルであり、愛理と雅では効果が若干異なる。愛理の場合、『敵の死角に瞬間移動する』のだが、雅の場合は『一定時間、瞬発力を大幅に上げる』のだ。
敵がエネルギー弾を躱したことをトリガーとし、雅は地面を強く蹴って大きく敵の背後に回り込みつつ、地面に向かってエネルギー弾を放つ。
地面が砕け、舞う土煙。この瞬間、雅はもう一つのスキルを発動した。
それは、『バックアタッカー』。ティップラウラでの人工レイパー事件の際、一緒に戦ったルーナ・モラルタというバスターが使っていたスキルだ。これは、背後から攻撃する際、自分の気配を消してくれる効果を持っている。
今、乱射された音符やエネルギー弾、そして巻き上げた土煙で雅の姿は隠れている。
ここで気配を消せば、レイパーが雅を追う術は無い――。
「――ッ?」
刹那、響き渡るドとソの協和音。直後に発する轟音。
ミドル級人型種麒麟科レイパーの背中に、雅がブレードモードにした百花繚乱で下から上へと斬り上げ、空へと吹っ飛ばしたのだ。
「今だ!」
追撃せんと言わんばかりに、雅は素早く剣の柄を曲げてライフルモードにすると、空中にいるレイパー目掛け、エネルギー弾を乱射する。
レイパーとて負けはしない。
空中で身体を捻り、メイスを振り回して、雅の放ったエネルギー弾の嵐を撃ち返していく。
雅はそれを避けながらも、攻撃の手は決して緩めない。そして、大柄かつ不自由な体勢で対処するしかないレイパーの方が、今は不利だ。エネルギー弾を、全部防ぐことは出来ない。
「ッ?」
偶然、一発のエネルギー弾が、角の真ん中辺りに命中した、その時。
【あの角……! ミヤビ! あれだ! あれを破壊するんだ!】
カレンは見逃さなかった。角に衝撃が加わった直後、瘴気が一気に霧散したことを――。
***
一方、宮殿の外。そこでも激戦が繰り広げられている。
「プリンセス! 左よ!」
「分かっているわ!」
切羽詰まった声と共に現れるは、巨大な土壁。氷の膜で覆われ、見るからに頑丈そうだ。
それが、次の瞬間には轟音と共に砕け、余波からか周りの地面を抉り、木々が倒れていく。
黒髪ポニーテールの美魔女で、日本で五指に入る実力者の、神喰皇奈。そして金髪の紫眼の少女で、一国の第二王女である、スピネリア・カサブラス・オートザギア。戦っているのは、この二人だ。
対するは。白と黒、騎士と侍の、対照的な二体のレイパー。『騎士種レイパー』と『侍種レイパー』である。かつてカームファリアにて、何人もの女性を殺害し、街を半壊させた強力な敵だ。土壁を破壊したのは、侍種レイパーが刀を振った際に放たれた衝撃波――切断力があり、言うなれば、飛ぶ斬撃といったところか――である。
当初は、他の仲間達と一緒にここに来ていた皇奈とスピネリアだが、いざ宮殿に乗り込もうとしたところ、この二体が、中から何やら禍々しい深緑色の球体を小脇に抱えて出てきた。隠れてやり過ごそうとしたのだが見つかってしまい、皇奈達がこいつらを引き受けたのだ。
周りには他にも大量のレイパーがいたのだが、今はもういない。三割程は、皇奈達の仲間を追って宮殿の中へと戻り、残りの七割は、皇奈・スピネリアと、騎士種・侍種の戦闘の余波で死んだから。
地形も、最初と比べると、大きく様変わりしていた。切り株があちこちにあり、斬られた木が無造作に落ちている。大地にはいくつものクレーターがあり、無傷なのは宮殿のみか。
「ラカヘアレ……! ラカヘアレダ、ラコリノネ!」
「カッナヨイオテ、サヤメユゾホヒニムイ!」
騎士種と侍種は、心底楽しそうに、愉快そうにそう叫びながらも、持っている武器を振るうのを止めない。
重い鎧を身に纏っているにも拘らず、その腕は残像すら残らない程の速度で振るわれている。その度に飛ぶ斬撃が放たれる。皇奈はブーツ型アーツ『BooT⇄Star』をフル活用し、縦横無尽に動き回って避け、スピネリアは地魔法や氷魔法で盾や壁を作って防いでいるのだが、防戦一方にまで追い込まれていた。
……戦っているのが他の女性なら、もうとっくにレイパーに細切れにされている。この二体にとって、皇奈とスピネリアは非常に粘り強い獲物であり、戦い甲斐があった。
しかも。
「アンビリーバボゥ……。ミー、ユー達に『アイザックの勅命』を掛けているはずなんだけど……!」
「ちょっとカミジキ! 全然効いていないじゃない! まさかこのレイパー達、あの超巨大レイパーよりも強力なわけっ?」
そんな馬鹿な話があって堪るかと言うようにスピネリアは叫ぶが、皇奈は険しい顔のまま返答に詰まる。
敵に超重力をかける、皇奈のスキル『アイザックの勅命』。ラージ級ランド種レイパーの跳躍すら封じられる程の強力なスキルだ。その力は、スピネリアも生で見ていたから、よく知っている。
しかし、騎士種レイパーと侍種レイパーは、その超重力下でも平気で二人に攻撃をしてきていた。スキルが不発しているのかとも疑ったが、二体の足元に出来上がった大きなクレーターや罅が、その予想が間違っていることを証明していた。
『アイザックの勅命』の効力は、敵の強さの他、皇奈自身のコンディションも大きく影響してくる。使用する際も、大きな集中力が必要だ。今日は覚えているだけでも、既に三回使っている。これが四回目。最初にランド種に掛けた程の力は、流石に出せない。
それでも、並のレイパーなら動けなくなるはずなのだ。ものともしないこの二体には、流石の皇奈も戦慄せざるを得なかった。
「プリンセス! 一旦宮殿から遠ざけるわよ! せめて入口からは離すわ!」
皇奈は縦横無尽に動き回りながら、左腕に装着されたガドリング型アーツ『GottaWin』を全開にして動かし、弾を乱射する。
「ええ! シノダ達のところにはいかせない!」
スピネリアも、掌から電撃を放ち、攻撃。
強敵との戦いは、まだ続く――
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