第473話『死弄』
レイパーが、輪廻転生する。
この事実は、多くの人間に多大な衝撃を与えた。
今まで、倒しても倒しても一向に絶滅する気配が無かったレイパー達。繁殖活動をしている様子はなく、一体どこから湧いてくるのか分からなかった。……だがその答えは、余りにも残酷なもの。今までの人類の戦いが、無駄だったのだと突き付けられたようなものなのだから。
この輪廻転生を止める手段は、ただ一つ。それを為す装置とも呼べるもの……つまりは、ラージ級ランド種レイパーを殺すことだけ。
全長二百五十キロメートルもの、巨大な白い悪魔。二百年前のガルティカ遺跡のピラミダ深部で発見され、姿を消した。
そして百年前、そいつは分裂し、一体はエンドピークの沖合、一体は新潟県の佐渡島の隣に設置され、つい最近まで倒されたレイパーの魂をせっせと輪廻転生させ、人類に終わらぬ戦いを強要していたのである。その内の一体は、杭により封印されていたにも拘らず、だ。
だがその事実が、ある少女達の活躍により、明るみになった。
レイパーの魂を集めていた、翁、般若、姥、火男のお面。それが破壊され、輪廻転生に支障が発生。
それまでお面が担っていた役目を、ネクロマンサー種レイパーが務めることとなったが、何せ倒されるレイパーの数は多い。集めきれなかった魂が亡霊レイパーという形となって、目立つことになってしまった。
亡霊レイパーの謎を追う内に、一人の少女がタイムスリップ事件に巻き込まれ、真実を知る。レイパーにより、キャピタリークに封印されていた一体は復活したが、現代に戻った彼女が佐渡の隣の一体を封印。真実を仲間達に伝え、それが『ラージ級ランド種レイパー討伐作戦』の始まりとなった。
二二二二年二月十四日。
全世界が協力し、本格的に実行に移されたこの討伐作戦。
その結末は、近い――
***
ラージ級ランド種レイパーの体内。
信じられないことだが、そこは、空に大地、海、街……文字通り、一つの世界が広がっていた。
討伐作戦の第一段階として、鯨のような見た目をした、全長二百五十キロメートル近くもあるラージ級ランド種レイパーを座礁させることに成功。身動き出来なくなったところを総攻撃しようとしたが、レイパーもただやられていただけではない。多くの女性を、ここへと吸い込んだのである。
午後十一時二十六分。
ここは、その体内に存在する、全長五十メートル近くもある巨大な宮殿。どこか異様な『何か』の気配を発するその建造物は、一目見ただけで「ここには何かがあるはず」と思わせ、引き寄せてきた。
――束音雅もまた、そんな女性の一人である。
「はぁ……はぁ……!」
【ミヤビ! 頑張れ! 奥に部屋があるよ!】
桃色の燕尾服を着た、白いムスカリ型のヘアピンと黒いチョーカーを着けた雅に、彼女の中に存在するカレン・メリアリカがエールを送る。
宮殿の最上階まで来た雅。途中で出会った仲間達と共に――やむを得ずだが――宮殿に乗り込み、数多のレイパーに追いかけられながらも、何とか最上階までやって来た。
そして、その仲間達の頑張りにより、明らかに何かありそうな大きな扉の先に、雅は足を踏み入れたのだ。その先は暗い廊下が続き、ひたすらに走っていたのである。
肺も心臓も足も、何もかもがキツイ。それでも足を止めるわけにはいかない。後ろからレイパー達が追いかけてくるのではという恐怖、早く先に進み、建物から伝わってくる『何か』の正体を突き止めねばという使命感……他にも色んな感情が、雅を先に進ませていた。
(カレンさん、音符の力、後どれくらい使えそうですか?)
【後、二十分ちょっと!】
その回答に、唇を噛み締める雅。
一日一回、三十分しか使えない音符の力。本当は真の強敵まで温存しておきたかったのだが、途中でそれを解放せざるを得なかった。
この先には、きっと強力なレイパーがいるはず。その気配がある。
後ろに残してきた長瀬夏音と天堂冬歌を助けるのにも、この力は必要だ。
残りの変身時間で、それを達成できるか……それは、かなり分の悪い賭けだった。
【ミヤビ、目の前のことに集中しよう】
不安になる雅を、カレンは言葉で支える。彼女はそれしか出来ない。それが堪らなく歯痒い。他の仲間達のように、隣に立って一緒に戦ってやれないのが悔しい。……そんな気持ちが、雅にも伝わってくる。
だから、雅は前を向く。自分に出来ることを、精一杯やる……これが、カレンのこの気持ちに応える、ただ一つの手段だから。
淡い光に満ちた部屋……宮殿の奥地。雅とカレンは、遂にそこに辿り着く。
「……何ですか、ここ?」
怪訝な雅の言葉が響くが、カレンも言葉を失っており、誰も彼女の疑問に答えられない。
それ程までに、異様な光景が、雅の目の前に広がっていたのだから。
ここは、一言で表すならば『墓地』だった。
ドーム状のただっ広い空間。天井から管でぶら下がった球体が放つ不気味な光に照らされた、和型、洋型、十字架……他にも色んな種類の墓石が並んでいる。床だけでなく、空中に浮いているものもたくさんあった。
【……なんでこんなものが? レイパーに、墓を作る習慣があるっていうの?】
(いや、そんな奴らですかね? お互いに仲良くする気がないって感じがしますけど……)
墓なんて作ったところで、誰かがお参りに来るイメージがまるで湧かないと、雅は眉を顰める。
(……もしかして、レイパーの魂を保管する入れ物だったり?)
【あぁ、そっか。お面やネクロマンサーのレイパーが、倒されたレイパーの魂をこいつの元に誘導しているわけだし、輪廻転生させるまで、しまっておく必要があるのか】
(にしても、墓だなんて何て悪趣味な……)
一体どんなレイパーの墓なのか。流石に墓標くらいはあるだろうと、雅が近くにあった墓を見て――凍り付く。
雅とカレンの予想は、全くの見当違いだった。
そこには――
『シャーリー・エドワール。二二二一年六月八日、午前十一時四十三分。ナリア共和国ウェストナリア、学院の空中から落として殺害』
『宮重理央。二二二一年六月十六日、午後七時四十五分。新潟県新潟市、駅近くのビルから突き落として殺害』
『ウェンディ・アーシェスタ。二二二一年七月二十二日、午前七時二十三分。オートザギア王国フォルトギアにある料理店にて、レーザービームで心臓を貫いて殺害』
『大和田美穂。二二二一年七月三十日、午前十時十一分。新潟県の関屋浜海水浴場にて圧殺』
『リズ・ウォーバレッタ。二二二一年八月三日、午後八時五十九分。カームファリアのワルトリア峡谷にて、轢き殺し。顔は老婆にしておいた』
女性の名前と、死んだ日、殺害方法……墓標の側面には、その人物のもっと詳細なプロフィールまで記載されている。
雅はそれを、まるで虚空を見るかのような面持ちで眺めていた。
言葉の一つ一つが、頭に入ってくるまでに恐ろしく時間が掛かってしまう。
自分の中で、どう表現して良いか分からない気持ちがフツフツと込み上げてくる。今はまだ大人しいその感情は、ふとした拍子に刺を生やして大暴れしそうな、そんな危うさがあった。
すると突如、墓石が妖しく光を帯びる。赤、青、黄色……様々な色があるが、どれも濁った、生理的に受け付けない嫌な光だ。
直後、怨嗟とも苦痛ともとれるくぐもった様々な音が響くと同時に、光が天井にある球体へと吸い込まれていった。
それが終わり、ただ呆然と雅が墓石の間を通っていくと、別の墓石がふと目に飛び込んできて――
『浅見黒葉。二二一八年九月八日、午後四時十七分。新潟県新潟市の自宅で四股を欠損させ、ショック死させる。その死に顔は、安らかな笑顔にしておいた』
「……何ですか、ここ」
先程と同じ言葉。だが、そこに込められた意味合いは、まるで違う。
雅の中で、何かがプツンと音を立てて切れた。
ここは、レイパーの魂が保管されている場所だなんて、そんな場所では決してなかったのだ。
ここは、今までレイパーが殺してきた女性が、記録されている部屋……いうなればコレクションルームだった。――いや、それも少し違うか。
前に、レイパーの輪廻転生について、こう言われたことがある。『それをするのなら、外部からエネルギーを供給する必要がある』と。何をするにもエネルギーが必要なのだから、当然だ。
その際、お面が女性から『感情』を吸い取っており、それをエネルギーにしているのではないかと予想した。お面自体が活動するために必要なエネルギーと、回収する『感情』のエネルギーの量が、余りにも不釣り合いだったから。
それは、半分正解だったのだろう。お面は死んだレイパーの魂と、『感情』のエネルギーをランド種に渡していた。
だが、渡していたのは、それだけでは無かったのだ。
何故、思いつかなかったのか。レイパーの魂を回収出来る力があるのなら――死んだ人間の魂も、回収出来るということに。
そして、その回収された女性の魂は――
「利用しているってことですか。好き勝手に、遊び半分で殺して、それを……それを……」
ラージ級ランド種レイパーは……殺された女性の魂も、レイパーの輪廻転生、さらにはラージ級ランド種レイパーが活動するためのエネルギーに変換し、消費していたのだ。
殺された女性は、今も尚、ここで苦しめられているのだ。
この部屋を見て、雅はその事実を知った。
ラージ級ランド種レイパーの体内に吸い込まれ、この宮殿から感じていた『何か』……それは、これだったのだ。
――これを見たのが、自分で良かったと、雅は心底そう思う。きっと他の人が見たら、ひどく傷つくから――
「カレンさん……私は……」
【分かってる……私も……】
堪えていたものを、二人が一緒に吐き出した直後……新たな墓石が、雅の近くに音もなく現れる。
その瞬間、ついに雅の中の、最後の砦が木っ端微塵になった。
この空間に激しく木霊する、雅の声。
怒り、悲しみ、悔しさ……どんな感情で声を発しているのか、雅自身も全く分かっていない。だが、叫ばずにはいられなかった。
掌から、どこを狙うでもなく、とにかく無茶苦茶に放たれる音符。
それが、墓石や部屋の壁、床……あらゆるところに吸い込まれていく。
雅は自身のアーツ、『百花繚乱』を振り回し、我武者羅に振り回しだした。
協和音が鳴り響き、粉々に砕けていく墓石。
百花繚乱をライフルモードにして、空中の墓石も破壊していく。
体の底から声を上げながら、全身全霊、全力で。体は痛みを訴える一方、雅の脳は、この行為を続けることに許可を出す。
分かっている。この先に、宮殿で一番強いレイパーの気配がすることは。そいつとの戦闘を鑑みれば、雅のこの行為は愚かなことこの上ない。ただ無駄に、体力を消耗するだけ。時間だってかかる。音符の力の制限時間を考えれば、こんな行為はクレバーでは決してない。
だがそれでも、この墓石をそのままにしておくのは、堪らなく我慢出来ないことだった。とにかく嫌だった。
カレンも、雅の行為を止めることはない。正しい正しくない以前に、カレンもこの光景は、到底我慢が出来なかったのだ。
……どれくらいの時間が掛かっただろうか。
派手に鳴り響いていた音が、やっと落ち着いてくる。
全身に玉のような汗を浮かべ、肩で息をする雅。……彼女が立っているこの部屋には、もう墓石は一つもない。あれだけあった墓を、雅は本気になって、全部破壊しつくした。
部屋はまだ明るい。唯一、上にあった光を放つ球体だけは、破壊出来なかった。だがそれ以外は、この部屋にあるのは、ほんの僅かの、原形がなんだったのかも分からぬ残骸だけである。
「……?」
火照る思考の中……雅の耳に、ふと誰かが何かを囁いたような、そんな気がした。
誰の声か、何を言われたのか……はたまた、ただの気のせいだったのか。
しかしそれは、先程聞いた怨嗟や苦しみの音では無かった気がする。
深く考えることはしない。
雅の目に、新たな扉が飛び込んできたから。今までは墓石に隠れていたのだろう。雅が滅茶苦茶に攻撃しまくっていたからか、扉には激しい損傷がある。
それを蹴り飛ばして開け、その奥へと足を踏み入れた瞬間――
「っ?」
【……これまた、妙な場所に出てきたね】
いつの間にか雅は、違う場所にいた。
そこは、先程の墓地とは違って、明るい陽射しが差し込んだ、言うなれば円形闘技場だろうか。
地面の土砂が舞う中、その中心に、雅は立っていた。振り向くが、雅が今入ってきたはずの出入口は消えている。
火照る頭を何とか落ち着かせ、辺りを見渡す雅。
薄らとだが、白い煙が立ち込めている。特に自分の周りには、煙が濃い気がする。遠くの景色は、少し見え辛い。
だが、観客席がたくさんあり、そこに誰もいないことくらいは分かる。
一見すると、ここに彼女だけしかいないようだ。
だが、雅の勘は、告げていた。
「……隠れている卑怯者! 出てこい!」
闘技場の奥に、強大なレイパーがいることを。
しかし――
「……っ」
【ミヤビッ?】
いきなりふらつきだす、雅の体。
(し、舌が……痺れて……何、これ……?)
眩暈に頭痛、嘔吐感……次第に筋肉が過剰に硬直してくる。
さらには、
【ミヤビッ? しっかりするんだっ!】
(い、息……が……)
呼吸すら、ままならなくなる。息を吸うその動作が、止められない。体に溜まっていく二酸化炭素を、排出したくても出来なかった。
痺れてくる体。顔色も既に悪い。カレンの声すらも、もう雅には届かない。そして――
――あっけなく、呼吸が出来なくなった雅は絶命した。
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