第52話『分身』
時は遡り、雅とライナが裏口から神殿内に侵入した頃。
中に入るが辺りは薄暗い。小さな窓が二つあり、そこから光が差し込まれる程度だ。見えないわけでは無いが、慎重に歩かないと何となく怪我をしてしまいそうに思えてしまう二人。
「ライナさん、手を」
「あ、ありがとうございます」
二人は手を繋ぎながら、周囲を警戒しながら進む。
彼女達は知らぬことだが、裏口は入り口を閉めても、正面口とは違い天井は光らなかった。
暗いが故に、ミカエルのように床の素材について疑問に思うことも無い。
廊下がずっと続いており、一本道。先にあるのは螺旋階段だ。
昇っていけば、目の前に出現するのは、のっぺりとした壁。
てっきり奇襲や罠の一つでもあるかと思っていた二人は、まさかただの行き止まりに突き当たるとは全く思っておらず、拍子抜けしてしまう。
「違う道を……でもここまで一本道でしたよね?」
「ええ、そのはず……あれ?」
何気なく壁に手を当てようとしたライナ。しかし、感じるはずのあの硬さが無い。
手が壁の中に潜るのを見て、やっと気が付いた。
「これ、壁っぽく見えてるだけ……進めますね」
恐らくは魔法による立体映像だと思うライナ。
二人は顔を見合わせ無言で頷くと、覚悟を決めて手を繋いだまま壁へと飛び込んだ。
中は、半球状の広い部屋。
雅とライナが入ってきた入り口は、レーゼ達が入ってきた入り口とは真逆の位置だ。丁度、祭壇が近くにある。
そこにある鏡。雅がそれを見たら色々と思うことがあったのかもしれない……が。
二人はある光景を目撃し、血相を変え、手を離して走り出す。
今まさに窮地に立たされている、レーゼ、セリスティア、ファム、ミカエル、シャロンの五人の姿を。
***
そしてレーゼに止めを刺そうとする魔王種レイパーとその分身に、背後からアーツで攻撃を仕掛け今に至るというわけである。
彼女達の後ろから、二人のライナがセリスティア達四人の元へと走っていく。ライナのスキル『影絵』により創り出された分身だ。
突如現れた雅とライナに僅かに驚く二体のレイパー。
背後から攻撃され、本体の魔王種レイパーがレーゼに乗せていた足が落ちる。
その隙にレーゼが、手放さなかったアーツ『希望に描く虹』で攻撃して脱出する。
「あなた達……っ!」
「すみません、少し遅れました!」
「もう大丈夫……私も戦います!」
二人がそれぞれのアーツ『百花繚乱』と『ヴァイオラス・デスサイズ』を構える。
敵戦力が増えたにも関わらず、ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべる魔王種レイパーとその分身。
雅はチラリとライナの横顔に視線を向ける。
今なら、使える。
不思議とそう思い、彼女は自らのスキル『共感』であるスキルを発動した。
雅から伸びる影から、何かが下から上るように出現する。
アホ毛のある桃色の髪、ムスカリ型のヘアピン、黒いブレザーとスカート。そして手には剣銃両用の、メカメカしい見た目をしたアーツ。
百花繚乱を持った、もう一人の束音雅だ。
驚くような顔でその雅を見るレーゼとライナ。
雅が発動したスキルは、ライナの『影絵』。これでもう一人の自分を創り出したのである。
創れる分身はこの一人だけ。
それでも今は充分だ。
「行きましょう、レーゼさん!」
「行きましょう、ライナさん!」
二人の雅はそう言うと、レーゼもライナも頷く。
そして未だに笑みを崩さない魔王種レイパーに向かって、アーツを構えた四人は走り出した。
***
離れた場所で、人型種骸骨科レイパーに止めを刺されそうになっているミカエルと、マミー種レイパーの猛攻を何とか凌ぐセリスティア。そしてその後方で、ふらつきながらも立ち上がるシャロンとファム。
もう駄目かと思われたその時、二体のレイパーに分身のライナがそれぞれ一人づつ、不意打ちをかます。
単純な行動しか出来ない分身ライナだが、自分を意識していないレイパーに攻撃を命中させることくらい訳は無い。
一瞬怯んだ隙に、ミカエルとファムが二体のレイパーにそれぞれ火球と射出した羽根を叩きこみ、吹っ飛ばす。
そしてアイコンタクトをとるミカエルとファム。
二人は戦いながら、同じ事を思っていた。自分達では、この相手に不利過ぎる、と。
一人なら自力でどうにかしなければならない。
だが今は違う。信頼出来る仲間が近くにいる。
一人じゃない。
ならやることは一つだ。
ミカエルの持つ杖型アーツ『限界無き夢』の先端に付いた赤い宝石が大きく光を放つと共に、夥しい量の白い煙が宝石から噴き出る。
あっという間に隠れる、互いの姿。
ガルティカ遺跡でミカエルが魔王種レイパーの目をくらます時に使った、見掛け倒しの火球魔法と役割は同じ魔法だ。あの時は煙と一緒に炎も辺りに広がったが、炎が出ると不都合がある場合――今のように人の数が多い場合等――に使うために習得した魔法である。
「シャロンさん!」
「セリスティア!」
二人はそう声を発し走り出すが、その時既に二人も動き出していた。
煙幕が出た瞬間に、何をしようとしているか察したから。
実はミカエルやファムと、似たようなことをセリスティアとシャロンも考えていた。
十数秒で煙が晴れる。
二体のレイパーは目の前にいた相手を見て、僅かに体を強張らせた。
先程まで戦っていた相手と、違う相手がそこにいたからだ。
人型種骸骨科レイパーの前に対峙するは、セリスティアとファム、分身のライナ。
マミー種レイパーと向かい合うは、ミカエルとシャロン、分身のライナ。
戦う敵を入れ替えた彼女達は、アーツを構え直す。
第二ラウンド、開始だ。
***
人型種骸骨科レイパーと戦う、セリスティア、ファム、分身のライナの三人。
マミー種レイパーの軌道の読めない乱打に比べれば、人型種骸骨科レイパーの攻撃の何と単純なことか。
レイパーが乱暴に振り回す剣撃を危なげなく躱しながら、セリスティアはそう思う。
攻撃を避ける途中、ファムの飛ばす羽根や分身ライナの鎌による攻撃が的確にレイパーの体勢を崩し、セリスティアが繰り出す銀色の爪をレイパーは盾で防ぎきることが出来ない。
骸骨故に、表情の無いレイパー。
しかし三人にジリジリと追い詰められていき、動きに余裕が無くなっているのは明らかだ。
セリスティアへ十字を描くような素早い四連撃を放ち、間髪入れずに回転斬りに繋げ、最後に剣を振りかぶり叩きつけるようにセリスティアへ振り下ろす。
が、最後の一発がやや大振りになっていたからだろう。
振り下ろした剣がセリスティアへ命中するより速く、セリスティアの爪の一撃がレイパーの体に直撃する。
カウンター気味に襲いかかってきたが故、盾で防ぐことも出来なかったレイパー。
必然、孤を描くように大きく吹っ飛ばされる。
背骨から地面に落ち、叩きつけられ、衝撃で手から剣と盾が離れて遠くに転がっていってしまう。
上体を起こしたレイパーは、今攻撃を受けたところに目をやると――あばら骨の一本に、大きなヒビが入っていた。
顔を上げれば、分身ライナが鎌を振り上げて飛び掛ってきており、同時に反対側からはファムが猛スピードで接近してくる。
武器を失ったレイパーに、それらを捌く術は無い。
分身ライナの振り下ろす鎌の一撃は前転して躱せたものの、背後から突っ込んでくるファムの蹴りは避けられない。
振り向いて対応しようとした時には遅く、ヒビの入った骨のところにピンポイントで蹴りが炸裂した。
よろめいたところに突進してくるセリスティアを体を回転させて攻撃を受け流すも、続けざまに鎌を横薙ぎに振るライナの攻撃を、またしてもヒビの入った骨にモロに受けてしまう。
骨に入ったヒビは最初より大きくなっており、もう折れる寸前だ。
そしてレイパーは三方向から攻撃を仕掛けてくる三人を見て、体をバラバラにして骨をあちこちに飛ばした。
ミカエルの放った火球を躱した時のように、自ら体を分解し、再構築する技だ。
空振る三人の攻撃。
レイパーの目的は、攻撃を避けるだけにあらず。落とした剣と盾を回収し、そして弱所となったヒビの入った骨を、体の別の場所の骨と交換し、応急処置をするつもりだ。
驚くような声を上げたセリスティア。表情は変わらないが、分身ライナも飛び散った骨にあちこち顔を向けており、混乱している様子だ。
しかし、ファムだけは慌てていなかった。
遠くでマミー種レイパーと戦っていた時、たまたま人型種骸骨科レイパーがこの技を使うのが見えたから。
回転しながら飛び回る大量の骨。
ファムはシェル・リヴァーティスを大きく広げ、三十枚の羽根を一気に飛ばす。
その全てが、空中の骨に命中した。
軌道が変わり、骨と骨が激突。
衝突の衝撃で、ヒビが入る。中には砕けたり、地面に落下してしまう骨もあった。
運よくそうならなかった骨の中でも、飛ぶ速度が目に見えて落ちた物もある。そういうものは、ライナが鎌で破壊していく。
飛び回った骨が剣と盾が落ちているところの近くに集まり、再構築したものの、出来上がったレイパーの体は歪。明らかに不完全な状態だ。盾や剣を拾うことすら出来ない程。
そんなレイパーへ、スキル『跳躍強化』を使用し、猛スピードで突撃していくセリスティア。
無論、まともに動けないレイパーに、その攻撃を避けることが出来るはずもない。
レイパーの頭蓋骨を、セリスティアのアングリウスから伸びる三本の銀の爪が貫く。
苦しむようにもがくレイパー。体から外れ、地面に落ちて砕け散る体の骨。
爪を抜き、セリスティアがその場を離れた瞬間、爆発四散した。
***
マミー種レイパーと戦う、ミカエル、シャロン、分身ライナの三人。
レイパーは相変わらず伸ばした包帯を鞭のように振るい、攻撃を仕掛けてきていた。
しかしその攻撃は、シャロンの竜の鱗を傷つけるには及ばない。
また分身ライナが振り回す鎌により、包帯は空中で切断されてしまう。
二人の背後には、ミカエル。限界無き夢をレイパーに向け、先端の赤い宝石は激しく発光していた。ミカエルの頭上には直径五メートルはあろうかという巨大な火球が。宝石の発光が強くなっていくにつれ、まだまだ大きくなっていく。
彼女の攻撃を止めるために、レイパーは必死に攻撃を仕掛けていたのだが、それをシャロンと分身ライナに邪魔されてしまっているというわけだ。
しかしそれでも、二人の動きの僅かな隙をつき、ミカエルの足へと包帯を巻きつかせることに成功する。
火球を作ることに集中していたミカエルは、自分へ伸びてくる包帯に気が付くことに遅れてしまう。
巻きついた包帯を振り解こうとするも、包帯は足から腰、胸、腕へとあっという間に絡みつき、そして首へと巻きつく。
このまま絞め殺そうと包帯の巻きつく力を強めようとしたが――ミカエルへと伸びる包帯をライナが鎌で切断したことで、その目論見は失敗に終わった。
そしてレイパーへと放たれる、シャロンの前足。
レイパーはシャロンの足へと素早く包帯を伸ばして巻きつけ、一気に縮める。
レイパーの体があっという間にシャロンの足元へと移動し、それにより空振るシャロンの攻撃。
襲ってくる分身ライナを一瞥すると、レイパーは次にシャロンの腕に包帯を巻きつけ、同じように一気に縮めてそこまで移動して分身ライナの攻撃を躱す。
伸ばし、巻きつけ、縮めるといった動作を繰り返すことで、レイパーは直線的ではあるが高速で移動することが可能だった。
シャロンの巨体を逆利用して彼女の体に包帯を巻きつけ、あちこちへ絶え間なく移動することで、ミカエルの魔法を避ける腹積もりである。
巻きつく包帯がシャロンを傷つけることは無いが、こうもあちこち包帯を巻きつけられては良い気はしない。鬱陶しそうに腕を振ってレイパーを払おうとするも、小さな標的には当たらない。
空中で動き回られてはライナも攻撃が出来ず、シャロンの近くにいることでミカエルも魔法を放てない。
そして空中にいるレイパーの目が妖しく光り、包帯が伸びる。
目標は、シャロンの首。
これまであちこちシャロンの体に包帯を巻きつけ、分かっていた。包帯を巻きつけても彼女の体を傷つけることは出来ないが、強く締めつけることは可能である、と。
これまでは移動に専念し、それしか出来ないと見せかけ、シャロンが僅かに油断した隙をついて首へと包帯を伸ばしたのだ。
だが――シャロンの首に包帯が巻きつこうとした刹那、突如竜の姿が消える。
どこに行ったかと探せば、地上には竜の鱗と同じ山吹色のポンパドールの少女が立っている姿が目に入った。
実はレイパーが何かをたくらんでいることなどお見通しだったシャロン。様子が変わったのを見て、何か仕掛けてくると察知したシャロンは、咄嗟に竜の姿から人間態へと変わることで、包帯を躱したのだ。
伸ばした包帯は標的を失い、空を掴むのみ。
瞬間、それまでミカエルの頭上で制止していた巨大な火球が、レイパーへと向かっていく。
直径五メートル程の大きさだった火球は、僅かな攻防の間に倍近くの大きさに成長していた。
レイパーは慌てて大量の包帯を伸ばし、それを巻き重ね、火球と同じ直径の円盤型の盾を作る。
盾からはレイパーから伝わる包帯の他に地面に向かって包帯が垂れており、火球を受けた瞬間にレイパーから伸びる包帯を切断することで、地上に伸びる包帯を伝ってあちこちに炎を分散させ、少しでも魔法の威力を弱めようとする仕組みになっていた。
しかし空中で火球と盾が激突する瞬間。
シャロンに投げられ、飛んできたライナが、レイパーと盾を繋ぐ包帯を切断してしまう。
地面に落下する、包帯の盾。
再度盾を作ろうとするも、時既に遅し。
空中にいては回避すること不可能だ。
ついに巨大火球がレイパーへと衝突する。
焼き尽くされる、レイパーの体。体の隅々まで、余すことなく燃えていく。
火球に完全に呑み込まれた刹那、火球と一緒に大爆発し、跡形も無く消え去った。
***
祭壇から少し離れたところで分身の魔王種レイパーと戦う、本体のライナと分身の雅。
レイパーは分身とは言え、その強さは本体と遜色ない。
二人掛りで声を張り上げ、剣と鎌の攻撃が休む間も与えんと言わんばかりに飛び交う中、分身レイパーはスルスルと攻撃の僅かな隙間を縫うように動き、躱していく。
そんな中、ライナの息は荒い。パラサイト種レイパーに操られていた時に雅とセリスティアと戦った疲れは残っているし、そうでなくとも分身レイパーの攻撃から分身雅を守るように立ち回り、それ故に体へのダメージが蓄積しているからだ。
自分の創り出す分身のように、雅の分身も攻撃を受ければ消えてしまうと思ったライナ。二人掛りで何とか戦えているが、一人になってしまえば待つのは死。
何としても守らねばならないのである。
幸い、ライナの分身とは違い、雅の分身は本体と見紛う程複雑な動きをし、相手に合わせてフェイントや防御もこなせる上に会話も出来るため、ある程度の攻撃は問題無いが、それでもライナの負担は軽くない。
段々と重くなる彼女の体だが、それでもライナの顔に諦めの色は全くと言って良い程無かった。
何が彼女をそこまで突き動かすのか……それはやはり、雅を、分身とは言えこれ以上傷ついてほしく無かったからだ。雅を自らの手で傷つけてしまったが、それでも彼女は自分に歩みより、こうして今一緒に戦ってくれている。彼女の気持ちに応えたかった。
そして何より大きいのは、ヒドゥン・バスターとしての責任だろう。自分の父がパラサイト種レイパーに寄生されていることに気がつかなかったばかりに、多くの人達に迷惑を掛けた。
気づかずノコノコと言いなりになり、そのせいでどれだけの人間が傷ついたか……失われた命は、決して元に戻ることは無いのだ。
もしこうだったら、と考えてもキリが無いのは分かっていても、仕方が無いで済ませられる問題では決して無い。
もう二度と、自分のせいで誰かを傷つけるわけにはいかないのだ。
だから絶対に諦めない。分身の魔王種レイパーは勿論、本体の魔王種レイパーもここで確実に仕留める。その気迫が、ライナの動きからひしひしと溢れ出ていた。
分身雅とライナがレイパーの前後から同時に攻撃を仕掛ける。雅は足を、ライナは頭部をそれぞれ狙い、回転斬りを放った。
無駄の無い、鮮やかな一撃。並のレイパーならダメージを与えられただろう。
だが分身レイパーはきりもみしながら跳躍すると、その上下を二人のアーツが通り過ぎる。
着地と同時に二人に蹴りを放つレイパー。二人はアーツを盾にして受けるも衝撃は殺しきれず、吹っ飛ばされてしまう。
しかし吹っ飛ばされた分身雅は受身を取りながら着地すると同時に、アーツ『百花繚乱』の柄を曲げライフルモードにすると、分身レイパー目掛けて桃色のエネルギー弾を放つ。
躱そうと身を捩るレイパーだが、そこに左右から二人のライナが襲いかかる。
このライナはスキルによって創り出された分身だ。
そして僅かにタイミングを遅らせて襲いかかる、本体のライナ。
四方から来る攻撃。
分身レイパーはエネルギー弾に背を向ける。背中に垂れ下がったマントが翻り雅のエネルギー弾がぶつかるが傷はつかない。
そして直後に迫ってきた分身ライナの鎌を両腕で受け、最後にきた本体ライナの攻撃に蹴りで応戦する。
拮抗する三人のライナの力と、分身レイパーの力。
地面に着いたレイパーの足へと直撃するエネルギー弾により、分身レイパーは僅かにバランスが崩れる。
その隙に押し倒そうと力を強めるライナ達だが、その力を上手く受け流され、分身レイパーは飛び跳ねて回し蹴りを放つ。
二人の分身ライナは消え、本体ライナは攻撃の横腹に蹴りが直撃。
幸い直撃したのは分身レイパーの脛。あまり力が乗っていなかったものの、それでも重く、ライナは倒され地面を転がっていってしまう。
そんな彼女に止めを刺すように分身レイパーは右手の平を向けるが、再度出現した分身ライナが一人、背後から鎌を振り上げ飛び掛る。
同時に、横からは雅が近づいていた。百花繚乱をブレードモードにし、斬りつけてくる。
彼女達に一瞬気を取られた分身レイパー。その隙にライナが起き上がり、腹部目掛けて鎌を横薙ぎに振る。
分身レイパーはその場を飛び退き全ての攻撃を空振らせるが、レイパーの背後からは二人目の分身が既に鎌を手に襲いかかっていた。
鬱陶しそうな顔で攻撃を受け止め、反撃をしようとした刹那、分身雅と本体ライナ、もう一人の分身ライナが間髪を入れずに別方向からそれぞれ攻撃を放つ。
蹴りでの応戦、きりもみしながらの跳躍等を駆使し、アクロバティックな動きで四人の女性からの攻撃を躱していくレイパー。
分身ライナは倒れても、次から次へと新しい分身が創り出され、常に四対一での戦いを強要される。
嵐のように激しい攻撃は止まること無く、それでも分身レイパーは器用に身を翻し、四人の頑張りを嘲笑うかのように攻撃を避けてしまう。
ついに、動きの隙をついて分身レイパーは広範囲に届く黒い衝撃波を繰り出した。
接近して戦っていた四人は、当然それを躱せない。
それでも本体のライナは分身の雅だけは守らんと、彼女に抱きつき自らの背中を盾とする。
衝撃波を受けてしまった分身ライナは消し飛んでしまい、本体のライナも衝撃波に抱きついている雅ごと吹っ飛ばされてしまう。
全身に強い痛みが襲い、顔を顰めるライナ。しかし意識を手放すのだけは何とか食い止める。
吹っ飛ばされた二人は地面に叩き付けられた。
攻撃をモロに受けたライナは中々起き上がれず、そんな彼女の肩を抱え上半身だけ起き上がった雅。
そこで彼女は目を見開く。
既に分身レイパーは、二発目の衝撃波を放とうと右手の平を二人に向けていた。
***
ライナと分身雅が戦っているところから少し離れたところでは、本体の雅とレーゼが、本物の魔王種レイパー相手に激戦を繰り広げていた。
雅とレーゼは魔王種レイパーに真正面から接近戦を仕掛けており、次々に斬撃がレイパーへと襲いかかる。
時折、攻撃の隙をついてレイパーは掌底や蹴り、衝撃波を放つも、意外にもそれが当たる事は無い。
隙があるように見えて、ちゃんとお互いの本当に致命的な動きの隙はカバーしているが故だった。
この世界で、一番雅と一緒にいた期間が長かったレーゼ。これまで雅と一緒に倒したレイパーの数は、実に七体にのぼる。
だから、互いにどういう動きをするのかはよく分かっていた。
レーゼの剣撃により創り出された虹もレイパーの視界を邪魔するが、これも雅は慣れているから動きに大きな支障は出ない。
そして魔王種レイパーに果敢に立ち向かう内に、二人はレイパーの無駄のない俊敏な動きにもついてこれるようになり、攻撃の精度は徐々に上がっていく。
「――っ!」
肩口へと放った斬撃に、若干の手ごたえを覚える雅。
レイパーの顔に、僅かな驚きの色が浮かぶ。
今、確かに百花繚乱の刃が掠ったのだ。
二人の攻撃は止まらない。
雅の攻撃をわざと躱させて、レーゼが斬りつける。
レーゼが創り出した虹がレイパーの視界を遮り、雅が斬りつける。
少しずつ、レイパーの体には刃が掠った跡がついていく。
そしてついに、雅の攻撃を避けるためにレイパーが仰け反り、そこにさかさず跳躍したレーゼが上から突くように攻撃を放つ。
狙いはレイパーの胸の傷跡だ。
直撃を避けるため、レイパーは腕でその攻撃を受け止め――レーゼの体を真上に弾き飛ばした。
レーゼはレイパーの真後ろに着地するや否や、横に一閃。
レイパーの前方からは、雅が縦に一閃。
その攻撃を、レイパーは体を捻りながら両腕で受け止める。
拮抗する雅とレーゼの力と、レイパーの力。
そこで、何がおかしいのか、レイパーは不快なトーンの高笑いを上げた。
刹那、レイパーの力が強くなり、二人は後方へと押し飛ばされてしまう。
「フマヘゾミ、サヤメユゾヘニンウワ」
そう言うと、一瞬で雅との距離を詰め、掌底を放つ。
これまでよりも、明らかに速い一撃。
躱すことはとても不可能で、雅のアーツによる防御が辛うじて間に合った位だ。
しかしその衝撃は重く、転がるようにして倒れてしまう雅。
追撃してこようとしたレイパーだが、背後からレーゼが来ていることを察知して、そちらに鋭い蹴りを放つ。
「ぐっ……!」
自身のスキル『衣服強化』により服を鎧並の強度にして咄嗟に防御を固めるものの、腹部に入った蹴りに、レーゼの口から呻き声が漏れる。
「レーゼさ――ぐっ?」
立ち上がった雅の首根っこをレイパーは掴むと、そのままレーゼの隣に投げ飛ばした。
その後も二人に交互に攻撃を仕掛けるレイパー。
余りにも速く、重い攻撃が続く。二人はそれを捌くので手一杯で、最初の攻勢が嘘のように鳴りを顰めてしまっていた。
もっと悪い事に、二人に蓄積された披露とダメージが、彼女達の動きを鈍らせていく。
今は何とか堪えているが、いずれ破綻するのは目に見えていた。
そんな中、
「ミヤビっ!」
レーゼは鋭く雅に声を掛けると、腰を低くして、希望に描く虹を腰に収める。
自分は防御に徹するから、隙を見て攻撃しろと指示を出しているかのような動き。
レーゼの意思を正確に読み取った雅は、百花繚乱を持つ手に力を込める。
そのやりとりを見ていたレイパーはニヤリと笑うと、レーゼへと攻撃を仕掛けた。
目にも止まらぬ速度で連打してくる掌底や蹴りを、『衣服強化』を使いながら全て捌いていくレーゼ。
ケットシー種レイパーの時と同じことをしているが、魔王種レイパーの一撃一撃はケットシー種レイパーよりも遥かに強烈で、腕も足も痺れてきて感覚が怪しくなっていくレーゼの体。
雅はレーゼとレイパーの攻防の合間に何とか攻撃を仕掛けていくも、レーゼへ攻撃するついでに雅の攻撃に応戦するレイパー。
その攻撃さえも、レーゼが受け、流し、捌く。
先程までは掠っていた攻撃が、今では遠く思えてしまう程の劣勢。
そんな中、雅とレーゼの目が光る。
五度目の雅の攻撃。跳躍し、胸元の傷目掛けてアーツを振り降ろす。
今までと同じように、レーゼの相手をしながら応戦の構えをとるレイパー。
どうせ今回もレーゼが雅を庇うと思いながら、雅へとボディブローを放つ。
だが刹那、雅はアーツを素早く自分の体の前に持ってきて、その攻撃を受け止めた。
レイパーの力強い一撃のせいで彼女の体は弓なりに飛んでいくが、雅が自分で今の一撃を防いだことで、二人の真の狙いを知る。
既にレーゼは腰に収めたアーツ、希望に描く虹を抜き、レイパーへと鋭い突きを放っていた。
自分達の動きを覚えさせ、慣れたところでそれまでとは違う動きで奇襲を仕掛ける。それが雅とレーゼの狙いだった。
突きは正確に、レイパーの胸の傷口へと向かっていく。
が――
「――っ!」
ギリギリのところでレイパーが体を反らしてその一撃を躱してしまった。
瞬間、レーゼの腹に直撃する、レイパーの蹴り。
間一髪スキルでの防御が間に合ったものの、彼女の体は勢いよく後方に飛んでいき、背中から地面に激突する。
ゲホゲホと激しく咳き込みながら立ち上がる二人。
足は震え、視界は霞む。全身を駆け巡る痛みと、圧し掛かる疲労に、体は悲鳴を上げていた。
それでも二人は諦めない。瞳の奥に燃える闘志は、まだ消えていない。
そんな彼女達に、レイパーは両方の手の平をそれぞれ向け――邪悪な笑みを浮かべるのだった。
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