第53章閑話
二月十四日木曜日、午後十一時十六分。ラージ級ランド種レイパーの体外。
人を乗せて運べる数多のドローンが、ラージ級シムルグ種レイパーと苛烈な空中戦を繰り広げる中、一つのドローンから衝撃波が放たれ、ランド種の膜を破壊する。
その瞬間を待っていたかのように、ドローンや陸地の方から一斉に攻撃が放たれた。吸い込まれた多くの女性を、こいつから助け出すために。
座礁したランド種は動けず、こちらに攻撃が出来ない格好。攻撃を当てるのは容易い。
さて、その中には、志愛、希羅々、真衣華の三人の両親の姿もあった。
「泰旿! もう一発仕掛ける!」
「あまり無茶をするんじゃないよ!」
志愛の父、泰旿の忠告もなんのその。志愛の母親、張河昀は、ドローンから勢いよく飛び出した。
靴は履いておらず、その足の甲には、テコンドーで使うようなプロテクター型のアーツが装着されている。徒手空拳で戦う彼女は、勇敢にも巨大レイパーの方に飛び掛かり、その体に思いっきり蹴りを喰らわせた。
ランド種の体は、脂肪に覆われており少し弾力がある。河昀はそれに弾かれるものの、その先には別のドローンがあり、開かれた出入口に掴まって落下を免れる。
「あ、相変わらず見ているとヒヤヒヤする戦い方ですね……!」
「夫と娘にもよく言われます」
河昀を掴んで中に引っ張り上げるは、希羅々の母親、照である。ドローンの運転手は、勿論光輝だ。よもや娘の友達の両親が乗るドローンに入ることになるとは、中々の偶然である。
「光輝! ちょっと高度を上げて! 上の方が、肉が薄い!」
河昀を引き上げた照はそう言いながら、自身のアーツを構える。
それは、猟銃。イギリス貴族が狩猟遊びに使っていたような、銃身の長い昔ながらのものだ。
放たれた弾丸が、レイパーに抉り込む。……が、
「……これだけの巨体だと、流石にダメージが少ないな!」
僅かに血飛沫が噴き上がった後、傷口がすぐに再生したのを見て、光輝が苦い顔になる。せっかくラティアが膜を破壊してくれても、肝心のこのレイパーがこれだけタフとなると、文句の一つも言いたくなる。
「あ、光輝! あれ、春菜さんじゃない?」
照が指差す先――ラージ級ランド種レイパーの真上のドローンから、一人の女性が飛び降りた。その手には、刃渡り一メートル近くはある出刃包丁型のアーツが握られている。
それを、まるで大きな魚を捌くかのように突き刺したのは、真衣華の母親の春菜だ。
それを見た光輝が、強張った笑みを浮かべる。
(あの人、病み上がりだろう……? 蓮の奴、きっと大慌てだろうなぁ……)
……大当たり。あのドローンの中では、真衣華の父、蓮が悲鳴を上げていた。
「さ、私も負けていられない! もう一度行ってきます!」
「光輝、もう二、三発撃ち込みたい! 今度は別の場所から!」
河昀がもう一度レイパーに突撃し、照が猟銃を構える。
アーツを持って戦えない旦那達も、出来得る限りのサポートを惜しまない。
娘達に負けじと、彼らも戦っているのだ――
***
そして、ラティア達はというと。
「ユウイチおじさん! もう少し近づけますかっ?」
「君も中々に無茶を言うなぁ!」
ラティアの要求に、必死な顔になりながらもその通りにドローンを操縦する優一。
ラージ級シムルグ種レイパーの猛攻を掻い潜りながら、ラージ級ランド種レイパーに接近するのは骨が折れる。
いつでも膜を破壊出来るよう、腕に嵌めた小手型アーツ『マグナ・エンプレス』の手の平を、レイパーに向得るラティア。
辺りがラージ級シムルグ種レイパーの攻撃への対処で騒がしい中でも、呼吸を整え、タイミングを見計らう。
最初は闇雲に膜を破壊していたラティアだが、何度か続けている内に、膜を壊した後、すぐ再生する時と、再生まで時間がかかる時があることに気付いたのだ。
詳しいカラクリは不明だが、どうも、膜を攻撃する場所、さらにタイミングによってそれが変わるらしい。
タイミングの方はともかく、膜のどこを攻撃すれば良いかは、段々と分かってきた。狙いはブレるし、体力的にももう限界近いが、それでもラティアは必死に集中力を高めていく。
ここが正念場だと、気合を入れるラティア。
だが、気持ちはそうでも、体がフラフラなのは、誰の目にも明らかだ。
(……マズいっすね。ここまで時間が掛かるなんて……!)
そんなラティアに、悔しそうな目を向けるのは、おかっぱで目つきの悪い警察官、冴場伊織。
当初は一度膜を破壊すれば、ラティアの重要な役目は殆ど無いはずだった。膜が再生する可能性は考慮していたが、こうも頻繁なのは予想外だったのだ。
挙句、杭を抜いたタイミングも早かったため、今日丸一日戦いっ放しになってしまった。大人ですらキツい状況。ラティアが疲労困憊になるのは、余りにも当たり前のことだった。
ラティアが衝撃波を放ち、膜を破壊。他の者達が直後、一斉に攻撃を始めるが、
(覚悟はしていたっすけど、あいつも手強いっすね……!)
ピンピンし、威嚇の声を上げる余裕すら見せるランド種に、伊織は唇を噛む。
肝心の膜を破壊しても、ランド種自体にあまりダメージが入らないときた。座礁したせいで向こうから派手な攻撃は出来ないのが救いか。鰭や尻尾を可能な限り動かして攻撃しようとはしているが、その程度なら躱すのは容易である。
せめて、もう少し戦力が欲しいと思う伊織。
そんな中だった。
(……ん? なんすかあの車の列?)
海沿いの道路を走る車が、伊織の目に飛び込んでくる。この一帯は、討伐作戦関係者以外は立ち入り禁止のはずだ。避難も徹底しているはずだから、一般人が近くにいるはずもない。
優一や優香、ラティアもその車に気付き、怪訝な声を上げる。
物資の供給だろうか。いやしかし、それは別ルートからのはず……そう思っていると、車が泊まる。
中から女性が出てきたが――
「ん? ありゃあ増援っすか? 聞いてねーっすよ?」
「なぁ冴場、彼女達、見覚えがないか?」
「……んんっ?」
夜暗く、遠目だからはっきりと分からないが、言われればそう思えてくる伊織。
今、ラージ級シムルグ種レイパーとは距離がある。誰か確認するなら今しかないと、伊織がULフォンを起動させ、望遠鏡アプリを起動させた。
瞬間、目を大きく見開く伊織。そしてラティア。
車から次々に大和撫子がアーツを持って出てき、最後に出てきた彼女は――
「アンズさんっ!」
新潟県内にある、もう一つの大手アーツ製造販売メーカー『アサミコーポレーション』の社長であり、浅見四葉の母、杏。彼女が、やって来たのだ。
その足に、アゲラタムの紋様が描かれたプロテクターを装着して――。
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