第53章幕間
一方その頃。宮殿の中に勢いよく突入していった一行はというと。
「あぁっ! なんでこんなにレイパーがいるのぉっ?」
「ええい真衣華! 泣き言をいうなっ、ですわ! 本拠地なんですから、当然でしょうに!」
ここは宮殿の三階。そこの大広間で、激しい戦闘音でも目立つような、真衣華の泣き言と希羅々の怒号が木霊する。
無骨な大理石の壁に、歪な形をした様々な宝石や、不気味な渦巻き等が描かれた絵画が飾られた大広間。血の染みで汚くなった絨毯が敷かれたここで、今、一行は大量のレイパーに囲まれてしまっていた。ここまで一丸となって突き進み、次の階へ進むための階段を探していたら、こんな状況になってしまったのである。
敵の数、三十体強。何体かは倒したが、次から次へと加勢が来てしまい、終わりが見えない。
先に突入していたバスターと大和撫子連合は、まだ二階。敵の確実な殲滅は彼女達に任せ、真衣華達一行はとにかく先へと進んだことが、少しばかり仇となった形である。
「アストラム! 上じゃ!」
「ええ! 一緒にやるわよ!」
シャロンのアーツ『誘引迅雷』の力を借りて放った電撃のビームと、ミカエルが魔力を集中させて放った炎のビーム。その二つが同時に天井に直撃し、瓦礫を消し炭にしながら巨大な穴を開ける。
「皆! ここから上に!」
「分身が食い止めている内に、早く!」
ミカエルが杖型アーツ『限界無き夢』を振るうと、たくさんの赤い板が空中に出現する。同時に大量の分身ライナが現れ、レイパー達へと襲い掛かって足止めをする。
それを足場にして上の階へと昇り、レイパーの群衆から抜け出した一行。
しかし……
「クッ……ここにもたくさんいるのカ!」
「うわ、最悪なんだけどっ?」
志愛とファムが、顔を強張らせる。
三階での戦闘に加勢しようとしたのだろうか。四階にも、十体以上ものレイパーがいた。そいつらが、突然やって来た一行を見て、興奮したようにざわめきだす。
あっという間に群がってくるレイパー。
「うぉぉらぁっ!」
「こっちだ化け物どもめ!」
セリスティアの爪による一撃と、愛理の斬撃が同時に放たれ、レイパーの隊列に隙間が出来る。そこから、一気に上への階段を目指す彼女達。
五階、六階……一丸となって宮殿の最上階に向かい、七階まで到着。
ここと八階は、天井が突き抜けになっていた。八階は通路がメインになっているおり、では七階はというと、
「あら、また大広間ですの?」
三階と同じような光景が広がっていた。
同じような光景は、フロアの作りだけではなく、
「ええい! ここにもいるのか……っ! 一体どれだけのレイパーがいるというんだ!」
四十体程のレイパー達が、待ち構えていましたと言わんばかりに立ちはだかっていた。うんざりするような敵の数に、愛理が思わずそう吐き捨てる。
八階への階段は、パッとみた限りでは見つからない。九人でこの数のレイパーを突破する必要がある。
とにかく交戦しながら、道を探さねば……愛理達はそれぞれのアーツを手に、敵へと向かっていった。
***
「ハァッ!」
勇猛果敢に敵へと突っ込んでいき、銀の棍『跳烙印・躍櫛』を振り回して声を張り上げるのは、志愛。
レイパーの足を払い、顔面に突きを叩き込む。その気迫と勢いは、まさに暴虎馮河の勇とも呼べるもので――
「……ッ?」
一瞬、クラリと視界が揺れてしまう。
ミドル級セイウチ種レイパーの毒による不調は、完全に回復しきっていない。激しく動けば、軽い眩暈くらいは引き起こしてしまう。
……そしてそれは、この乱戦の場では命とりだ。
「シア! 危ねぇ!」
目の前にいるレイパーが、棍棒を振り下ろすのと、セリスティアが『跳躍強化』のスキルを使い、横に水平に跳ぶのはほぼ同時。――そして、本当に間一髪のところで、敵の攻撃が当たる前に、セリスティアが志愛を、横から攫っていく。
「あぁもう! シアちゃんやっぱり体調誤魔化して……! セリスティア! どこか安全なところにシアちゃんを!」
怒鳴っているのか心配しているのかゴチャゴチャになった声でミカエルはそう叫び、杖を掲げる。先端から出てきた白い煙が、彼女達の姿を覆い隠した。
「ミカエル! こっちに! シア、しっかりしろ!」
「ウ……すみませン……ッ!」
志愛を抱えたセリスティアは、ミカエルを連れて大広場から抜け出して廊下に出る。
廊下の先は暗く、どこまで続いているのかは見えない。だが手頃な位置に、個室の扉が見えた。取り敢えずはあそこに隠れようと、そう思うセリスティア。
が、しかし。
「ッ?」
「おわっ、なんだっ?」
「ちょ、セリスティアっ? ――きゃあっ!」
廊下の先にある闇……そこから突如体を襲ってくる、何かに引っ張られるような感覚。まるで掃除機に吸い込まれるかのような、そんな吸引だ。とても抗えるようなものではなく、呆気なく三人の体は宙に浮き、闇へと吸い込まれていく――
――三人が駆け込んだはずの廊下。そこはもう、最初から何も無かったかのように消えていた。
***
「ふんっ!」
「はぁっ!」
群がってくるレイパーを力任せに薙ぎ払うシャロンと希羅々。だが、敵の数は尋常ではない。一体二体退けたくらいでは、すぐに次のレイパーが来てしまう。
「二人とも! あっちの方に、怪しい通路があります!」
「おぉっ、でかしたシスティア! キキョウイン、こっちじゃ!」
希羅々の手を引き、翼を広げて低空飛行するシャロン。ライナが数体の分身を囮にし、二人と同じ方へと向かう。
だが、通路の近くまで来た瞬間。
「っ? なんじゃこれはっ?」
「魔法陣っ? まさか、罠ですのっ?」
「しまった! 二人とも――」
突如、青く禍々しい魔法陣が出現したと思ったら、シャロン達の体がまるで動かなくなってしまう。
魔法陣が発光を強めた瞬間――三人の姿が、あっという間に消えてしまった。
***
「希羅々っ? ちょ、どこ消えたのっ?」
「橘! 危ないっ!」
突然いなくなった希羅々、シャロン、ライナ。それに動揺した真衣華だが、目の前にはレイパーがいる。大きな触手を操るレイパーが、真衣華を捕らえようとそれを伸ばしていた。
それを、刀型アーツ『朧月下』で斬り刻んで助ける愛理。
うっかり行動をカバーしてくれたことに、お礼を言おうとした真衣華だが、そんな暇は無い。既に、別のレイパーが左右から迫っていた。
「おわわわわ……!」
スキル『鏡映し』によって二挺に増やした片手斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』。それを我武者羅に振り回しながら、真衣華は愛理と一緒に後退していく。
反撃はしているが、多勢に無勢。ほぼ防戦一方にならざるを得ない。
加えて、気付けば九人いたはずが、今はもう六人が消えてしまっていたことで、残りの彼女達に迫るレイパーの数がグッと増えてしまったことも、劣勢に拍車を掛けていた。
ヤバい……そう汗を浮かべる二人。
すると、
「アイリ! マイカ! 私に掴まって!」
空からファムが来て、愛理達に手を差し伸べる。二人が藁にも縋るように、慌ててその手を掴む。ファムは翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』を精一杯羽ばたかせ、玉のような汗を浮かべながら舞い上がり、上の階へと逃げていく。
「うぐぐ……お、重……っ! 流石に二人はキツい……っ」
「が、頑張ってファムちゃん!」
「パトリオーラ! もう少しだ!」
下には大量のレイパー。ここから落ちれば、高さ的には勿論のこと、敵の数的にも死は免れない。何が何でも、必死で八階まで行くしかない。八階には幸い、敵の姿は見当たらないのだから。
「だ、だめ……二人とも、フェンスに掴まってよぉっ!」
「も、もう少しだ! もっと! もっと近くに……橘っ!」
「と、届いたぁっ!」
限界一歩手前のところで、愛理と真衣華の手がフェンスを掴む。今度は二人が、羽ばたく体力を失ったファムを、通路まで引き上げる番だ。真衣華は『腕力強化』のスキルがある。なよっとした体だが、ファムを助けるのは容易だった。
「く、休みたいのは山々だが……下の奴らが、上に来ている……っ!」
「ええっ? もう止めてよぉ……!」
「はぁ……はぁ……そ、そこの部屋……!」
肩を激しく上下させながら、ファムが震える指で指し示す先は――小部屋。
あそこなら、少し隠れて敵をやり過ごせるかもしれない……半ば逃げと願望を混ぜた思考で、そう考えてしまう。
それは、愛理と真衣華も一緒だ。何の疑問も違和感も覚えることもなく、その部屋に飛び込む。
三人が入り、部屋の扉を閉めた直後。
その扉がスーッと消え、ただの壁になることに、誰も気づくことは無かった。
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