第472話『敵罠』
「あぁ、もう! なんでこんなに数が多いのよ!」
宮殿の二階で、優の怒声が木霊する。
あれからレーゼ、そして合計十三名のバスター・大和撫子連合と共に宮殿にやって来た優。外にもレイパーがいたが、雅を助けに行きたい一心で勢い任せに内部に突入したはいいが、やはりというかここにも大量のレイパーがおり、何とか二階まで進んだものの、それの対処で足止めを喰らってしまった。
「一体一体相手していたらキリが無いわ! 隙を見て上に向かうわよ!」
レーゼが剣型アーツ『希望に描く虹』で、目の前にいる人型のレイパーを袈裟斬りにしながらそう叫ぶ。
レイパーの軍勢の奥には階段。彼女の目が、そこに向く。今、そこには敵がいない。あの階段まで辿り着ければ、一気に最上階まで行ける……そう思った。
「君達は先に行ってくれ! 我々も後で追いかけるから!」
「っ? 分かった! ありがとう!」
レイパーを引き受けながらそう言ってくれた大和撫子の一人に、レーゼはそうお礼を言い、優も頭を下げる。
バスターと大和撫子がレイパーと交戦し、壁際まで連れていく。自分達が壁となり、細いながらも階段までの通路が出来上がり、二人はそこを駆け抜けていく。
目指すは階段。三階……否、最上階。そこに雅達がいるはずだ。
――誰も、その罠には気づかない。
これだけのレイパーがいて、階段のところに敵が誰もいないはずがないのだ。雅達だって、苦労して上っていったのだから。
「ユウ! 敵は隠れている?」
「いない! 大丈夫……ん?」
敵の位置を把握出来る『エリシター・パーシブ』……それに、妙な反応が一瞬引っ掛かる。
巨大レイパーの気配とでも言えばよいか。しかし、それはすぐに消えてしまった。
これだけの数のレイパーがいるのだから、何か勘違いしてしまったのかもしれないと思った優だが、
「おわわっ?」
「しまったっ! ユウ!」
階段の真ん中辺りまで来た瞬間、足元が急にぐにゃりとして、それが間違いだったことにすぐに気づく。
慌てて優の手を掴むレーゼ。階段から離れようとするが、もう遅い。
どこからともなく闇が現れて、一瞬にして二人を包み込む。
あっという間に、レーゼと優は、どこかへと消えてしまった。
誰もそのことに気付かない――。
***
そして、優とレーゼが消えたのとほぼ同時。
宮殿の外では――
「おいおい、なんだこりゃあ?」
セリスティアが木陰に隠れ、宮殿の外にいる大量のレイパー達を見て顔を引き攣らせる。
そのとなりでは、希羅々と真衣華が絶句していた。
「まぁ、予想はしていたわ。なんだか嫌な気配があったから、きっとレイパーがたくさんいるとは思っていた……けど、この数は流石に厄介ね。どうやって突入しようかしら?」
唯一、皇奈はあまり驚いていない様子で、状況を冷静に観察しいていた。
雅を助けに、ミドル級鷹種レイパーの跡を追ってきてみたものの、肝心の彼女の姿が無い。中にいるのだろう。だが、この数のレイパーが相手では二次被害を招きかねない。……実はレーゼ達が強引に突入したことで、さらにレイパーが集まって来てしまっていた。
せめて、もう少し戦力が欲しい……そう思っていると、
「……あら?」
ガサガサという音が後ろの茂みの奥から聞こえ、全員が一斉に振り返る。皇奈は余裕を崩すことなく、他の三人は「敵襲か?」と戦慄しながら。
だが、現れたのは、
「わわっ? シャロンさんっ?」
「こりゃタチバナ! 声がでかい! 奴らに気付かれるぞ!」
「私達もいるわよー」
シャロン、ミカエルである。その後ろには、ファムやライナ、志愛も隠れていた。
ゴーストタウンエリアからこの宮殿目指してやって来て、偶然真衣華達を見つけて近づいてきたというわけである。
「ん? シア、おめぇ大丈夫か?」
何となく足取りがおぼつかない志愛を見て、セリスティアが怪訝な顔になるも、志愛は「大丈夫でス、ちょっと躓いただけデ……」と笑顔を見せる。
最も、実はかなりキツイのだが。ミドル級セイウチ種レイパーの毒は、ミカエルとライナが出来うる限りの治療をしてくれたものの、完全に消えたわけではない。戦える程度には動けるようになっただけで、体調不良は今も続いている。
ただ、それを表に出すと心配されそうで、さらに自分を守ろうと余計な戦力を割かせてしまいそうだから隠しているというところである。後は足手纏いにはならないか……気合で何とかするしかない。
「それにしても皆、この建物が気になったんだね? 私達もここ目指してやって来たんだけど……ミヤビとアイリ、レーゼとユウは?」
「すまん。落ち着いて聞いてくれ。ミヤビの方は、実はでかい鷹のレイパーに連れ去られちまって、この中にいる。で、どうやって乗り込もうかって相談していたところなんだ。他の三人は見てないな……」
「私の分身で気を引けば、隙が出来ませんか? 問題は、あれじゃ中にも大量のレイパーがいるでしょうから、それをどうするか……」
「一丸で突破するしかありませんわね……。猶予もありませんし、実行に移しませんこと?」
「スットプよ皆。――あっち、まだ仲間がいるわ」
皇奈が皆を落ち着かせるようにそう言って、指を差す。
彼女達が隠れているのは、宮殿の入口を正面にして西側。その反対……東側の茂みにも、目を凝らすと二人の人影が見える。
その内の一人は、皆もよく知っている人物……長身で三つ編みの彼女は、篠田愛理だ。山を下りた彼女達も、今し方ここに到着したのである。
そんでもって――
「……ん?」
もう一人の金髪の少女を見て、ミカエルが目をパチクリとさせた後、サーっと顔を青褪めさせる。
「え、いや待って。まさかそんなはずは……」
「ん? ミカエル先生、どうしたの?」
「いや、いるわけない。大事な第二王女を戦場に送り出すなんて、そんな馬鹿な話は……」
「……?」
顔を強張らせて狼狽えだすミカエルに、一体どうしたのかと疑問を覚えるファム。
そんな中、愛理がミカエル達に気付いたようで、連れと一緒にこちらに向かってきた。
……そして、
「あぁ、なんてこと……! た、確かに魔法の実力は折り紙付きだけれど、本当に送り出すなんて馬鹿な話がある……?」
ミカエルがショックを受けたように膝を付く。
愛理と一緒にいたのは、オートザギア第二王女、スピネリア・カサブラス・オートザギア。……勝手に作戦に付いてきた、彼女である。
「愛理! 良かっタ、無事だっタ!」
「おっす! まさかここで会えるなんてな……!」
「権、ファルトさん! 皆! いやはや、お揃いでしたか。来てみたら、凄い数のレイパーで……」
「あら、前にシノダの写真で見せてもらった人達じゃない。初めまして、わたくし、スピネリア・カサブラス・オートザギアよ」
「お、初めましてだ。制服……ってことは、向こうの魔法学校のお友達? 私は橘真衣華です。よろしくー」
「あらご丁寧に。よろしく」
握手し始める真衣華とスピネリア。その隣では、愛理がアタフタし始め、ファムが眉を吊り上げる。
「あーもう、呑気に自己紹介している場合じゃないでしょ。……んー? 『オートザギア』?」
「ちょ、ちょっとアイリちゃん……。なんで王女様がここに……?」
「お、王女様っ? え、この子、王女様なの? え、私握手とかしちゃったけど、まずかった?」
「全然良いに決まっているじゃない。あんまり恭しくされるのは好きじゃないわ。普通にして頂戴」
「はいはい皆! 静かに!」
騒ぎになりかけたところで、皇奈が声を潜めて注意する。うっかりここが敵陣の真ん前だということを忘れてしまっていた真衣華達が、一斉に押し黙った。
「と、取り敢えず、状況を……。我々は何となくここが怪しそうだと睨んで来たのですが、皆さんは?」
「大体同じじゃな。タバネがレイパーに捕まって、この中に連れ去られてしまったらしい。それで、今突入しようかと思っていたところじゃ」
「なんですって? タバネって、シノダのお友達よね? ドローンとかいう中で会話していた、彼女?」
「ええ。ここに吸い込まれる直前に会った、彼女です。しかしそれなら、のんびりもしていられないな。それなら――」
早く助けに行こう――愛理がそう言いかけた、その時。
ゾワっ……そういう擬音がしっくりくるくらいの寒気が、突如この場の全員の背中に走る。
油の切れたロボットのようなぎこちない動きで、その寒気の来る方――宮殿の出入口を見る一行。
瞬間、五つもの出来事が、ほぼ同時に起こった。
一つ。スピネリアが、巨大な土と氷の壁を創り出したこと。
二つ。突風とは似ているが、それとは明確に異なる『何か』が飛んできて、その壁を破壊したこと。
三つ。皇奈とセリスティアが近くの者を抱えて、その場から跳び退いたこと。
四つ。シャロンが巨大な山吹色の竜に変身し、残った皆に覆い被さったこと。
五つ。周りの木々や茂みが斬り飛ばされ、シャロンを轟音と共に吹っ飛ばしたこと。
「な、何……っ?」
あまりにも突然の出来事に、被った土塊や木の枝等を払いのけながらスピネリアがそう声を上げる。スピネリアも寒気と殺気に、咄嗟に体が動いただけで、実際に何があったのかは理解していない。
その場にいた大量のレイパーすら、今の光景に呆然としたようにそこに突っ立っている。
それをある程度把握出来たのは、ただ一人。
「ミス権、ミスシスティア、ミーの後ろに」
神喰皇奈だけだ。そんな彼女も、今の奇襲には志愛とライナを抱えて逃げるだけが精一杯だった。
他の者達は、言葉を発することすら出来ない。特にセリスティアと愛理は、滝のような汗を浮かべ、攻撃が飛んできた方向を、食い入るように見つめていた。
そこにいたのは、二体の人型レイパー。
初見ではない。前に一度戦った相手だ。
「な、なんでこいつらがここにいんだよ……! まだ準備なんざ出来てねぇぞ、こん畜生!」
振り絞るようにセリスティアが悪態を吐くが、その声は震えており、空元気が丸見えだった。
愛理は悪態すら吐けない。青褪め、襲ってくる吐き気を堪えるのが精一杯だ。
そこにいたのは、まるで『侍』と『騎士』。
黒と白、和と洋、角の強い形状と丸みのある形状。二つの鎧や兜は、どこを取っても対照的。ただ一つ、鎧や兜の隙間から見える本体が、まるで真っ黒いマネキンのような不気味な様相をしていることだけは共通していた。
「マハマハモムイニレウヨエテソ、レレルバメゾ。リカタトボオ、ロッポイ」
「ラン、ケラガリタロウラヤトボレウ。セホヘレト。コノロリウナソ、マルリレゾ」
二体のレイパーが心底感心したようにそう言うと、持っていた刀と西洋剣の刃を撫でる。その動きに、誰もがゴクリと唾を飲む。誰もが理解した。先の一撃は、あの武器から放たれたものだと。
そう、こいつらは『侍種レイパー』と『騎士種レイパー』。
かつてカームファリアにて、愛理とセリスティアを瀕死の重傷にまで追い込んだレイパーだ。
「お、王女様、今すぐここから離れてください! ここにいたら死にます!」
「そんなにヤバい奴らなのっ?」
「前に惨敗した相手です! な、何故奴らがここに……っ?」
「……あの騎士の方、何か持っているわね」
こんな状況でも冷静に観察していた皇奈が、騎士種レイパーが小脇に抱えている物を見てそう答える。
それは、サッカーボールくらいの大きさの、深緑色の球体。
一体何に使う物なのか、それは誰にも分からない。だが何故だろうか。あの玉からは、余りにも禍々しいオーラのようなものがあるように思える。
今なら分かる。先程の寒気の割合は、侍種レイパーと騎士種レイパーのものが合計半分、残りの半分は、この球体から感じることに。
そして宮殿から感じた『何か』の一つは、この玉からのものだということに。
「ぬ、ぬぅ……奴ら、あれを取りに来たという感じじゃな……!」
「シャロンさん! 大丈夫ですか!」
「うむ……なんとかのぉ!」
竜の鱗が頑丈だったのと、スピネリアの防壁があったお蔭で助かったシャロン。だがそれでもなお、あれを生身の人間が受ければ、簡単に真っ二つになっていただろうと確信する。あれは、そのレベルの一撃だ。
まともに戦えば、死人がどれ程出るか……シャロンがそう戦慄する中、
「シノダ! あなた達は宮殿に! こいつらはわたくしが引き受けるから!」
「馬鹿を言うんじゃない! 奴らは――」
無謀にもスピネリアが前に出た。愛理が止める言葉を最後まで言い終わる前に、騎士種レイパーが動く。
重いはずの鎧を着ているにも拘らず、剣が消えたように見える程の俊敏な腕の動きで放つは、斬撃。それも、ただの斬撃では無い。刃と同様の切断力を持った、飛ぶ斬撃だ。
だがスピネリアはそれを、土の壁をV字に作り出すことで、外側に逸らす。完全に防ぐのは無理でも、これくらいなら何とか出来ると踏んだのだ。
左右に逸らされた斬撃が木々を破壊し、ヒヤリとするスピネリア。少しでも土壁があの斬撃に当たる角度がズレていれば、今のようにはいかなかっただろう。これは相当な神経を注ぐ必要があると、そう確信する。
「プリンセスに同意よ、ミス篠田! ミーも突入したいけど、こいつらはミーとプリンセスじゃないと、ちょっと相手に出来そうもないわね!」
「ちょっと待って! オートザギアの王女を、危険に晒すつもりっ?」
皇奈の言葉に、ミカエルが焦る。だが皇奈は、そんなミカエルを一睨みして、首を横に振った。
「今の一撃に、プリンセスは対応出来た……。これくらいの力が、ユー達にある?」
「…………」
「行きなさい! 宮殿からも強い力を感じるけど、こいつらよりは幾分マシよ!」
「ミカエルさん、行きましょう! ここにいては、足手纏いになりますわ!」
「分身を創ります! そいつらを壁に、入口までダッシュ!」
希羅々とライナに手を引かれ、ミカエルは悔しそうに歯噛みする。二人が自分の腕を握る力は、余りにも強い。
こいつらの相手を二人に任せなければならないというのが歯がゆいのは、彼女達も同じなのだ。
「シノダも早く! タバネさんを助けに行かなければならないんでしょう!」
「……くっ、申し訳ない!」
「クォンとパトリオーラは、儂に掴まれ! ファルト、シノダを頼む!」
「おう! 任せろ!」
「ミーが攻撃したら、行動開始よ!」
皇奈の腕には、ガドリング型アーツ『GottaWin』。その弾を、騎士種と侍種に向かって無茶苦茶に放ちだす。
瞬間、辺り一帯に出現する、五十体近くもの分身ライナ。
混乱しだす、他のレイパー達。
宮殿の出入口へと走り出す、皇奈とスピネリア以外の九人。
「ラレ、ヨイナロハギ!」
「させないわ!」
侍種レイパーが九人に向かって、騎士種同様に飛ぶ斬撃を放つが、スピネリアがまたしてもVの土壁でそれを明後日の方向に逸らす。
その隙に、分身を目隠しにして九人は宮殿に飛び込むのだった。
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