第471話『苦紛』
さて、宮殿に乗り込んだ雅、冬歌、夏音の三人。
彼女達は今、レイパーに追いつめられるように、宮殿の最上階の方へと向かっていた。
そして現在、七階。エントランスのように広いこの場所は、血塗られた絨毯が敷かれ、大理石の壁には人骨アート等の悪趣味なオブジェクトが飾られている。
天井は吹き抜けとなっており、通路や個室がメインとなっている八階がよく見えていた。
階段を駆け上ってここまで辿り着いた雅達。後ろからは、十体以上のレイパーが列をなして追いかけてきている。
そして、運の悪いことに――
「うわっ! また援軍ですかっ?」
前方から、さらに三体のレイパーがやって来て、挟み撃ちにされてしまった。さらには八階にも、ちらほらとレイパーが見える。
「ええい! 鬱陶しいわね!」
冬歌が心底切羽詰まった顔で、近づいてきたレイパーに、白金色の斧槍型アーツ『三日月之照』を振り回す。
雅と夏音も応戦するが、何せ多勢に無勢。ジリジリと数に圧し負け、窮屈な戦いを強いられる三人。
何とかしないと負ける――雅がそう思い、奥歯を噛み締めた、その時。
【ミヤビ、左! そっちには敵がいない!】
「っ! 本当だ! 夏音さん、冬歌さん! こっちです!」
ひたすらにレイパーと戦っている内に、偶然生まれた道。カレンがそれを発見してくれた。
二人にそう伝えながら、雅はライフルモードとなった剣銃両用アーツ『百花繚乱』の銃口を敵に向け、桃色のエネルギー弾を我武者羅にぶっ放しまくる。
レイパーが怯んだ隙に逃げ出す三人。それを追うレイパー。またしても追いかけっこが始まってしまう。
「二人とも、私の後ろに!」
夏音がそう叫び、射出機型アーツ『一気通貫』を敵に向け、ビームを放つ。
直線状に飛んでいく細いビームは、レイパーの合間を通り抜け、反対側の壁へと向かっていく。
雅が一瞬、夏音が攻撃を外してしまったかと焦った、次の瞬間。
「弾けて!」
夏音がそう合図をした瞬間、壁に当たったビームが分裂して反射し、無数の細いビームがレイパーの背後に襲い掛かった。
「おわわっ! 凄い! あれが夏音さんのスキルっ?」
【ここに来る途中で詳細は説明されたけど、実際に見てみると凄いねぇ!】
無数の爆発音の中で、雅とカレンの驚愕の声がシンクロする。
『カレイドスコープ』。これが、夏音が一気通貫から授かったスキルだ。ビームが壁や床に当たった際、「弾けろ」という合図と共に、今のようにビームを分裂かつ反射させるのである。最も、当然ながら一発一発の威力は低くなってしまうが、敵を少し足止めさせるくらいは可能だ。
「下手すると同士討ちになりかねないから、あまり使わないんだけどね! ――さ、今の内!」
近くにある階段に向かう雅達。階段を二段飛ばしで駆け上がり、八階へ。
通路を塞ぐレイパーを、夏音がビームで牽制した隙に雅と冬歌が剣と斧槍で攻撃し、七階の方へと突き落とす。
三人はそうやって、何とか先へと進んでいった。階段を見つけ、いよいよ九階。
この階は、迷路のように幾重にも分かれ道がある通路が主。運の良いことに、前方には敵もいない。道をクネクネ適当に曲がりまくれば、ようやくレイパー達も彼女達を見失う。
何とか一息吐けそうだと分かり、三人はホッと安堵した。
「す、少しここで休みましょうか……。流石に疲れて……」
「賛成。……まぁそれにしても、キツいけどさ、一個幸いなのは、上の階には順調に向かっているってことじゃない? これだけの建物なら、最上階辺りには絶対何かあるでしょ」
冬歌が、二人を鼓舞するようにそんなことを言いだした。
敵を一体一体倒す余裕は無く、後が苦しくなると分かっていても、ある程度足止めして放っておくしかない。状況は悪くなるばかりだが、これだけは救いとも言える。
雅も夏音も、冬歌の言葉に頷く形で肯定した……のだが、
「……ん?」
「……どうしたの?」
雅の顔から何となく血の気が引いたような感じがして、冬歌が表情を硬くした。
何か言おうとして口を開きかけるが、悩むような顔のまま何も言えない。それでも、絞り出すような声で、彼女はこう言う。
「えと……言われてみると、なんかそんな感じで上手くいってそうな気がしましたけど……これって、奴らにとってはありがたくないことですよね? でもそれにしては、奴ら、あんまり焦っている感じが無いと言うか……」
「…………」
「……私達、誘導されている気がしません?」
今更な発言。どうか自分の予想が間違っていて欲しいと、どこか縋るような心持で、雅は二人を見る。
だが、その言葉に冬歌も夏音も何も言えない。しかしその目は、決して雅の言葉を強く否定しようとはしていないのが丸分かりだった。
「ね、ねぇ冬歌……私達、行くところって本当にあってるよね? ……罠じゃないよね?」
夏音が、震えそうになるのを何とか抑えた声でそう尋ねるが、冬歌は何も言えない。先の雅のように、何か言おうとして口を開くのだけが、精一杯であった。
「……どうします? 一旦引き返しますか? 今なら――」
下に逃げられるんじゃないか――雅がそう言いかけた、その時。
「っ! マズい! 奴らが来た!」
三人が隠れているところに、レイパーが二体やって来る。その足取りには迷いが無い。ここに女性がいる……それを確信している、そんな真っ直ぐさがあった。
しかも、敵の位置は最悪だ。――今まさに話をしようとしていた、引き返すための道からやって来たのだから。
【ミヤビ! 先へ進むんだ! ここにいたらやられる!】
「ぐ……うぅ、あぁ! もう!」
「雅ちゃん! 行くよ!」
悩む雅の手を引く夏音。冬歌を殿に、どこまで続いているかも分からぬ通路を進んでいく――。
***
雅達が奮戦している頃、宮殿から少し離れた山。
そこの麓に小さな洞窟がある。それは小さく、岩陰に隠れており、そこに洞窟があると知らなければまず気付かれない場所だ。
そんな洞窟の奥から慌ただしい物音が聞こえてくる。段々と大きくなっていき、やがて――
「っ! やった! 外よ!」
「うわ、眩しい……っ!」
そんな歓喜の声と共に、レーゼと優が姿を現した。それを皮切りに、続々と大和撫子やバスターが洞窟から出てくる。
誰もが満身創痍という見た目だ。洞窟の中では大量の蝙蝠種レイパー、そしてミドル級阿修羅種レイパーと戦って辛勝し、しかしその際の爆発で崩れ出した洞窟から、今やっと脱出したのである。
「うわ、レーゼさん、体ひっどい……」
優が、レーゼを見てげんなりとした顔になる。暗い洞窟内ではよく分からなかったが、レーゼの体は緑の液体でひどく汚れていた。洞窟の中で倒したミドル級阿修羅種レイパーの血である。
「あー……剣を突き刺した時、思いっきりかぶっちゃったから……。どこかで洗い落としたいんだけど、そうも言っていられないか。それより、ここどこかしら?」
「分かりませんけど、向こうに妙な宮殿が見えます。なんか怪しそうな感じ……」
優が指差した方、大体一キロくらい先に、その建物はある。
彼女は「ちょっと見てみるか」と呟くと、白いスナイパーライフル、『ガーデンズ・ガーディア』のスコープを望遠鏡の代わりにする。
そして、
「げ、何よあのレイパーの数……。ん? ――っ!」
「ちょっとユウ! どこ行くのよ!」
突然血相を変えて走り出した優に、レーゼのみならず他の者達も何事かとざわめきだす。
「レーゼさん早く! みーちゃんがレイパーに囲まれてる!」
「っ?」
知らない女性が二人いるが、特徴的な見た目は見間違えようが無い。宮殿の窓。目測で八、九階の辺りだろうか。そこに、ちらりと雅の姿が見えたのだ。
宮殿の中にも外にも大量のレイパー。雅達を追って集まってきたというよりは、初めからそこに屯していたと考えるのが自然だ。そんな状況で、何故雅が突入しているのか……勇猛に駆られたとは思わない。恐らく、外のレイパーに見つかって追われ、やむを得ず中に逃げ込むしかなかったのだろう。
「ミヤビがあそこにっ? 確かに、妙な気配がする建物だけど……っ!」
「とにかく、助けに行かなきゃ!」
「私達も行こう! 大量のレイパーがいるなら、人手が必要なはずだ! 向かいながら、状況を説明してくれ!」
バスターの一人がそう言うと、他の者達も頷いてくれる。目頭が熱くなるのを感じながら、優はお礼を言うと、宮殿へと先導するのだった。
***
優達が宮殿に向かいだした頃、雅達は丁度、九階から十階に続く階段を駆け上っていた。レイパー達から逃げ出し、時に交戦しつつ、何とかここまで来たのだが……時間が経てば経つほど、どうにも誘導されているという雅の言葉が現実味を帯びてくる気がしてならない。
体も心臓も悲鳴を上げ、息は上がり、視界も霞んでくる中、それでも必死で逃げ道を探す三人。
途中で窓があったりしたものの、生憎跳び下りる先は地面だけだ。雅は最悪『超再生』のスキルで一度は復活出来るかもしれないが、冬歌と夏音はそういう訳にもいかない。
「せめて、二人だけでも逃がしたいんですけど……っ!」
【同感だね! ただ、逃げ道がどこにも……っ!】
「ちょっと雅ちゃんっ? 今更何言ってるわけ? ここまで来て、あなた一人を置いていけるわけないでしょ!」
「こっちも警察所属の大和撫子! 乗り込んだ時点で、最後まで付き合う覚悟は出来ているよ!」
会話が聞こえていたのか、二人からそんな言葉が飛んでくる。だが、その声はあまりも覚悟が決まり過ぎていた。最早、ここで骨を埋めるという未来を受け入れた、そんな悲壮感がある。
そして、ついに十階――ここが最上階か。そこに到達する三人。
そこは、これまでの階とは様相が大きく異なっていた。
くすんだ色のステンドグラスが壁を歪に彩り、床の大理石には巨大な幾何学模様が描かれている。真っ白い天井は、日差しを一切受け入れない造りになっているから、閉塞感を生み出していた。
奥には、僅かに開いた巨大な扉。その奥は不自然な程に真っ暗で何も見えない。だがどうしてだろうか。まるで死神が手招きをしているような、そんな気がしてしまう。
だがそれ以上に――
「あぁ! やっぱりここにも……っ!」
扉の前には、三十体程のレイパーが待ち構えていた。
後ろからも追っ手。元来た通路と扉の向こう以外に、道は無い。完全に逃げ場がなくなってしまった状況。
威圧するような足音を立て、ゆっくりこちらに向かってくるレイパー達。どいつもこいつも、ニヤニヤとした表情を隠しもしない。やはり雅の予想は正しかった。レイパー達は、三人をここに誘導していたのだ。もう逃げられない空間で、確実になぶり殺しにするために。
「くっ……カレンさん! 音符の力!」
もう、なりふり構っていられない。
瞬間、厳しい顔をした雅の体内から現れる、五線譜。
夏音と冬歌が驚きの声を上げる中、五線譜は雅を中心に大きく円を描くように動き、レイパー達を蹴散らしてから雅の方へと戻ってくると、雅の姿が変わっていく。
まるで指揮者を思わせるような、桃色の燕尾服――雅の変身、奥の手、切り札……音符の力だ。
雅はレイパー軍団に向かって掌を向け、そこから音符――敵の体に蓄積し、雅の攻撃で炸裂する効果がある――を乱射。さらにはライフルモードの百花繚乱でエネルギー弾をぶっ放しまくる。
「二人とも、一気に行きますよ!」
音符が炸裂した時の協和音が響く中、雅はそう叫ぶ。
持続時間は三十分。この恐ろしい数のレイパーを、その時間で何とかしなければならない。
レイパー達と激突する、雅、夏音、冬歌。
だが――あまりにも敵の数が多すぎる。劣勢になるのに、時間はそうかからない。
音符の力は強力だが、数の不利を大きく覆せるほどではない。
最早これまでか。音符の力を発現させるのが、あまりにも遅すぎた。もっと早いタイミングで、この力を使うべきだった……そんな考えと後悔が脳内を埋め尽くし、その絶望感に、体の力が抜けていきそうになる雅。
だが、
「雅ちゃん! 扉の向こうに行って! ここは私達で食い止めるから!」
「えっ?」
夏音の提案に、雅は声を震わせる。
まだ、夏音と冬歌は諦めていない。
一見すれば追い詰められたこの状況。しかし、見方を変えれば、辿り着いたとも言える。――宮殿を最初に見た時に感じた、得体のしれない『何か』の根源に。
あの大きな扉の奥からは、死を幻想させる臭いだけでなく、その『何か』の存在も感じられた。
「あの扉の奥には、きっと何かがある! あんなに大きな扉なんだから! ここで戦って殺されるのを待つなら、せめて一矢報いたい! でも、三人で行けば、こいつらも追って来るでしょ! 誰かが足止めしないと!」
「……っ!」
にじり寄って来るレイパー達。その隊列の隙間から見える扉に視線を向け、雅は冬歌の言葉にゴクリと唾を飲む。
二人は、雅に任せるというのだ。その一矢の役目を。
【ミ、ミヤビ……どうする?】
(…………)
カレンの言葉に、何も返せない雅。
何があるか分からない。もしかしたら、想像もつかないような惨い殺され方をされるかもしれない。そんな気がしてならない。ここに二人を残しておくのも、この後の未来を想像してしまって怖い。カレンもそれが分かっているから、後押しするのに躊躇してしまう。
それでも――
「……分かりました! やれるだけやってみます!」
クレバーになりきれない頭で、雅は必死な気持ちで冷静な判断を下す。
一矢報いたいという冬歌の気持ちは、雅だって一緒なのだ。
「決まりね! なら、道を作る!」
夏音が一気通貫の発射口を、扉の前にいるレイパー達に向ける。
放たれたビームが奴らに命中し、怯ませた瞬間。
「冬歌さん! 合体です!」
「分かった!」
雅の百花繚乱の柄が縦に割れ、冬歌の三日月之照の先端に、直角になるように嵌り込む。
冬歌が『ムーンスクレイパー』のスキルで三日月之照の柄を伸ばせば、それはまるで巨大な鎖鎌のよう。
「雅ちゃん! 走って!」
「はいっ!」
「いっけえぇぇぇえっ!」
雅が走り出す中、冬歌が合体アーツを思いっきり振り回す。
上から、右から、左から、斜めに……無茶苦茶に斬りつけてくる合体アーツの攻撃に、協和音と共に蹴散らされていくレイパー達。夏音が合間合間にビームを撃って援護し、敵に何かをさせる暇を与えない。
そして、雅がいよいよ扉に到着すると、三日月之照に嵌っていた百花繚乱が外れ、雅の元へと戻っていく。
それをキャッチしながら、扉の隙間から奥へと飛び込む雅。
巨大な扉は、音もなく閉まり、雅の気配を完全に消してしまうのだった。
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