第470話『冷静』
一方、ここは洞窟。
そこに、青髪ロングの少女、レーゼ・マーガロイスと、黒髪サイドテールの少女、相模原優、そして総勢十三名のバスターと大和撫子の連合が、とあるレイパーと交戦していた。
六本もの腕と、三つの顔。刀や斧、円月輪等の武器を持った、全長七メートル近い巨体。……『ミドル級阿修羅種レイパー』である。
「皆! 離れて!」
火の灯りに薄く照らされた洞窟の中に轟く、レーゼの声。
直後、レイパーが巨大な剣を振り上げ、相対する彼女達へと力一杯に振り下ろす。
散り散りに離れだす大和撫子やバスター達の中、レーゼだけはその場に留まっていた。空色の西洋剣型アーツ『希望に描く虹』を構え、レイパーの斬撃を真正面から受け止めるつもりだったから。
「……ぐっ!」
敵の剣を、頭の上ギリギリで耐えるレーゼ。だがその衝撃はあまりにも重い。レーゼの足元を中心に、直径十メートル近いクレーターが出来た程である。衝撃を上手く逃がしたつもりだが、それでも体の芯に罅が入るような重さで、彼女の口からは苦悶の声が漏れた。
一般に、ミドル級レイパーの攻撃は、普通のレイパーよりも段違いに体重が乗っており、威力が高い。しかし同じミドル級でも、阿修羅種レイパーの攻撃は、かなりキツい方だ。武具を纏っている分、重量がプラスされているから。
レイパーが剣を振り上げ、再びレーゼに斬りつけようとした刹那、
「一斉攻撃っ!」
大和撫子の一人が叫ぶと同時に、多くのバスターや大和撫子達が、全方位からレイパーへと突撃していく。一本の腕をレーゼが引き受けてくれている今、攻撃するにはいいチャンスだ。
が、しかし。
「グルァァァァアッ!」
阿修羅種が残りの腕を無茶苦茶に振るい、手に持った武器で彼女達を一人残らず蹴散らしてく。
「くっ……こいつ! 顔が三つあるから、死角が無い……っ?」
誰かのそんな声が聞こえてきた直後、レイパーは今度こそ、レーゼに向かって剣を振るった。吹っ飛ばした他の女性達には目もくれない。死角は無いが、意識はレーゼのみに向けられている。
先の一撃を受けても尚、生きて自分に立ち向かう意思を見せるレーゼに、ミドル級阿修羅種は興味を持ったから。
「――っ!」
この巨体から放たれる攻撃を何度も受ければ、直撃はせずとも体はバラバラになりそうだ。そう察したレーゼは、歯を喰いしばりながら、その剣の一撃を横っ跳びして避ける。
だが、それで攻撃は終わらない。
続けて飛んでくる円月輪や斧等の攻撃の嵐を、レーゼは防御用アーツ『命の護り手』とスキル『衣服強化』を発動させながら、走り回って次々に回避。
しかし、
「っ? この……っ!」
その合間を縫うようにして、鋭く放たれてきた、巨大な槍による突き攻撃。真っ直ぐレーゼに向かって迫るその一撃だけは、とても躱せそうにない。
止むを得ないと、レーゼはそれを、希望に描く虹で受け止める。
直後、身の毛がよだつような轟音の中、くぐもった声が、レーゼの口から漏れてしまう。
人が受け止めるには、あまりにも重すぎる突き。スキルと命の護り手の二つの防御を以ってしても、とても受け止められそうにない。
「レーゼさんっ!」
遠目から見てもヤバいと分かる一撃に、焦った優が、敵の腕にスナイパーライフル型アーツ『ガーデンズ・ガーディア』の銃口を向け、白い弾丸型のエネルギー弾を放つ。
それが槍を握るレイパーの腕に命中。
「今だっ!」
僅かにブレる力の感覚に、レーゼが思いっきり腕を振るい、槍を体の外側に逸らす。
槍が洞窟の壁に突き刺さり、重い音と揺れが発生。
「畳み掛けろぉっ!」
その隙を逃すまいと、一人のバスターがそう声を張り上げると、他のバスターや大和撫子達が一斉に飛び掛かる。
「ラコリオテトヤモ、ワルソチィワァ!」
レイパーが咆哮を上げ、武器を激しく振り回して彼女達を吹っ飛ばしていく。
それでも怯まず、果敢に立ち向かっていくバスターと大和撫子連合。
それを離れたところからジッと眺めていた優は、静かに意識を集中させていた。ライフルのスコープを覗き込み、スーっと呼吸を整える。
レイパーは槍を引き抜くと、他の人達から攻撃を受けながらも、レーゼの方へと向かっていく。その眼に照準を合わせ――優は引き金を引いた。
放たれるエネルギー弾。レーゼしか見ていないレイパーに、これを避ける術はない。弾は三つある内の真正面の顔、その右目に着弾し、悲鳴と共に血飛沫が舞う。
痛みにのたうち回り、動きを激しくしていくレイパー。六つの武器を我武者羅に振り回し、誰これ構わず攻撃していく。それは人のみならず、洞窟の壁やら天井やらにも被害が及び、鍾乳洞は岩と共に落ち、壁に無数の亀裂が入ってしまった。
痛みに対する苦痛は、やがて激昂に。その怒りは、この場にいるもの全てに向かう。最早自分ごと生き埋めにしてやろうといわんばかりに暴れ回り出した。
「こいつ……っ! このままだと崩壊するわよ!」
広がっていく亀裂に、数が増えていく落下物。そして何かに罅が入ったような嫌な音。
早いところ決着を着けないと、取り返しのつかないことになるのは明白だ。
多くの大和撫子やバスター達が焦り出す。
……だが、そんな中、レーゼや優、そして一部の大和撫子とバスターは、冷静に敵の動きを視ていた。
そして――ガーデンズ・ガーディアを構えていた優が、ある一点に向かって、エネルギー弾を放つ。
それは、レイパーの手……に握られている、剣の柄。大振りになったところを狙ったのだ。
爆発音と共に、弾き飛ばされる武器の一本。
その瞬間、
「今だ! 足元を狙えぇぇぇえっ!」
冷静だったバスターの一人がそう叫び、近くにいた者達が必死でその指示に動く。
お世辞にも統制が取れているとは言えない動きだが、レイパーは彼女達の動きに対処しきれない。頭に血が上っているというのもあるが、六つある内の一つの目が潰れたことで、若干ながら死角が出来ていたのだ。
アーツによる攻撃が敵の左足の地面に集中。暴れ回っていたせいで脆くなっていた地面は簡単に窪みが出来、レイパーはそれに足を取られてバランスを崩してしまう。
刹那、
「押し倒せぇぇぇえっ!」
反対側から大和撫子の声が轟き、他の者達がレイパーに次々と追撃を喰らわせる。
体勢を崩していたレイパーは、くぐもった声と共に転倒。持っていた武器が、辺りに散らばった。
そしてこの瞬間を、強かに待っていた者がいた。敵が倒れ、反撃の手を失うこの瞬間を。
暗い洞窟内を駆ける、青い閃光。――レーゼ・マーガロイスだ。彼女が倒れたレイパーの顔面まで駆け上り、大きく剣を振り上げる。
「はぁぁぁあっ!」
気合を込めた声と共に、レイパーの眼に切っ先を突き刺すと、レイパーの悲鳴と共に血が派手にスプラッシュ。
お構いなしと言わんばかりに剣を深々と突き刺していくレーゼ。さらには他の者達も、アーツによる攻撃をひたすらにレイパーに叩きつけていく。
初めはのたうち回っていたレイパーだが、やがてその動きも弱々しくなっていき、優がレイパーの喉元に一発のエネルギー弾をぶち当てた直後、大きくレイパーは体を震わせる。
「皆! 離れて!」
レーゼが警告するまでもない。蜘蛛の子を散らすように、我先にと彼女達は逃げ出していく。
そして、レーゼ達がレイパーから大きく距離を取った時、
「伏せろぉぉぉおっ!」
誰かがそう叫ぶと同時に、ミドル級阿修羅種レイパーは爆発四散した。
――だが、
「きゃあっ?」
「くっ……洞窟が……っ!」
ミドル級のレイパーの爆発で、洞窟が音を立てて崩壊し始める。このままでは生き埋めだ。
「皆走れぇぇぇえっ!」
一人のバスターがそう叫ぶ。しかし、最初に来た道はもう塞がっている。――どこにあるかも分からない出口へと、走るしかない。
最早我武者羅。全員が必死な顔で、洞窟の奥へと進んでいくのだった――
***
さて、二月十四日木曜日、時刻は午後十時四十七分。
丁度、雅と夏音、冬歌の三人が、宮殿で大量のレイパーに囲まれ、やむを得ず内部へと逃げ込んだ頃。
ラージ級ランド種レイパーの体外。夜闇が広がる中、そこで戦っている者達はというと、
「もう一度っ!」
大きな魔法の絨毯の上で、節くれだった黒い杖『無限の明日』を振るって声を張り上げるのは、前髪が跳ねた緑髪ロングの少女、ノルン・アプリカッツァ。
その目の前にいるのは、全長三十メートルもの巨大な怪鳥。翼に目玉が付き、孔雀のような尻尾を揺らすそいつは、『ラージ級シムルグ種レイパー』である。
杖の先端に付いた赤い宝石がキラリと光り、そこに集まる風。それが緑色を帯び、出来上がるは巨大な球体。
シムルグ種レイパーの目玉から放たれる、無数のビームを躱しながら、ノルンは合間を見てそれを放つ。
大きな体格のレイパーに、攻撃を当てるのは然程難しくない。緑風の球体は、一般的に急所と思われるレイパーの首のところに、真っ直ぐに直撃して爆発する。
が、
「……また?」
レイパーの体には、傷一つない。それどころか、全く意に介した様子さえない。
もう、これで何度目か。敵の攻撃の合間に、もう何発もレイパーに魔法を当てているのだが、ずっとこの調子だった。
「あいつ、ちょっとタフすぎない? こんなことってあり得るの?」
魔法の絨毯を操縦している、金髪のエルフ、カリッサ・クルルハプトが、うんざりしたようにそう尋ねてくる。二百年近く生きている彼女でさえ、おかしいと思えることだ。それよりずっと若いノルンは、「うーん……?」と唸りながら首を傾げることしか出来ない。
直後、近くを飛んでいるドローン――ラティア達が乗っている機体だ――から放たれた、五発の小型ミサイルがレイパーへと直撃。爆音と共に、レイパーを少しばかり怯ませる。
他のドローンからも攻撃が放たれ、一斉にレイパーへと当たると、レイパーは鬱陶しそうな雄叫びを轟かせた。
……これも、ノルンとカリッサには不思議なことだ。
(魔法一発で大ダメージを与えられるとは思っていないけど……なんか、他の人の攻撃に比べると、明らかに効いてなさすぎる気が……?)
無傷だけならまだしも、このラージ級シムルグ種レイパーは、ノルンの魔法をまるで「無かった」かのように振舞っている。これに、酷く違和感を覚えていた。
――よく見ると、他の魔法使いの魔法も、こいつは全く意に介した様子がない。
「……まさかあのレイパー、魔法攻撃を完全に無効化している?」
「え? そんなことある?」
「無くはない……と思います。前にそういう敵がいましたし……」
ふと蘇る、以前の戦いの記憶。かつてフォルトギアで戦った『オートマトン種レイパー』は、魔法攻撃を完全に無効化していた。
ただ、
「何となくですけど、あのレイパーが魔法を無力化していたのとは、ちょっと感じが違う気が……。あの時は何と言うか、魔法が『消滅させられている』って感じだったんですけど、このレイパーは『当たっても平気』って感じ。バリアが貼られているとかじゃなさそうです」
「似て非なるもの……ってこと?」
カリッサの言葉に、困ったような顔で頷くノルン。
何にせよ、このカラクリを攻略しなければ勝ち目がない。それだけは確かだった。
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