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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第53章 ラージ級ランド種レイパー体内~宮殿
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第469話『虚映』

「ミカエルさん、どう戦います?」


 コカトリス種レイパーと人型種蟹科レイパーから逃げ出したミカエルとライナ。今にも崩れそうな建物の中で身を隠し、何とか撒いた後、ライナは声を抑えてミカエルにそう尋ねる。


 こっそり顔を出し、敵の様子を伺うライナ。遠くに見えるは、二体のレイパーが、今も二人を探してウロウロしている姿だ。そんな二体は、ライナが遠くから位置を確認しているなんて思ってもいないだろう。敵に気付かれることなく観察できるのは、流石ヒドゥン・バスターといったところか。


 しかし、戦況はかなり劣勢である。コカトリス種レイパーは、標的と目を合わせただけで殺すことが出来、人型種蟹科レイパーは頑丈で、ライナのアーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』の刃も通さない程だ。ミカエルの炎魔法を受けても、ピンピンしていた。


 敵がそんなんだから、ミカエルもライナの質問にはすぐに答えられない。せめて真正面から戦えれば少しはマシなのだろうが、それにはコカトリス種レイパーがあまりにも厄介過ぎる。


 ただ、一方で、


「新しく出てきた、人型の蟹レイパー……あいつの弱点なら、多分だけど分かるわ」

「えっ? 本当ですか?」

「ライナちゃんの攻撃を殆ど防いでいたけど、一度明確に痛みを感じた顔をしたのを見たわ。ゆっくり観察も考察もしている余裕は無かったけど、今思い出してみれば、鎌が関節部分に当たっていたのよ」

「関節部分? あー、まぁ確かにそこなら、あの頑丈な殻には覆われていないですもんね。そこなら攻撃は通る、か……。となると、問題はコカトリスの方ですよね……」

「ええ。下手をすれば速攻で殺される。さっきは分身に私の格好をさせたけど、同じ手がもう一度通用するとは思えない。すぐにバレるかも。何とか、少しだけでも時間が稼げれば……あ」


 言いながら、不意にミカエルは自分の服――ローブの下に着ていたズボン、そのポッケに入っている、服のボタンくらいのサイズをした小さな機械の存在を思い出す。それを、慌てて取り出すミカエル。


「これ、上手く使えないかしら?」

「ULフォンですか? 一体何に……あ、もしかして、あの機能ですか? うーん……ここ、レイパーの体内ですけど、上手く出来るでしょうか?」


 ライナが、ミカエルの意図を理解して思案顔になる。少なくとも、この場で通話などの機能は使えないことは、目を覚ました後に真っ先に確認していた。


 しかし、ミカエルは、難しい顔をしながらも「多分」と答える。


 そして、ポケットからもう一つの小型デバイスを取り出した。


「念の為に持ってきたの。皆に指示を出すのに、もしかすると必要になるかもしれないと思って。ULフォン同士の通信や魔法での通話は出来ないけど、これならいけるんじゃないかしら? ユウカさんが前にチラっと話してくれたことがあるんだけど、これって通信の種類が違うんだって。アナログ通信というものらしくて……」

「使えるか試してみますか? ――いえ、そんな時間はないみたいですね……」


 外を見たライナが、険しい顔になる。コカトリス種レイパーと人型種蟹科レイパーが、近づいてきたのだ。


 向かっているのは、この建物の玄関の方である。


「気配を勘付かれたかしら? 仕方ない。……賭けに出るわよ」


 ミカエルの言葉に、コクンと頷くライナ。


 ミカエルが杖型アーツ『限界無き夢』を掲げ、外に向けて白い煙幕を出す。そしてその場にULフォンでは無い方の小型デバイスを置くと、ライナと一緒に、レイパーから逃げるように建物の裏口から外へ出た。


(お願い。上手くいって……!)


 そう願いながら、ULフォンの『ある機能』を発動するのだった。




 ***




 数分前に遡り、ミカエル達が隠れていた建物へとやって来ていた二体のレイパー。今まであちこち探し回り、偶然にこちらに来ていた。


 ギラつくレイパーの眼。レイパーからすれば、これは一種のゲームのようなものだ。この奇妙なゴーストタウンに足を踏み入れた女性を狩るというゲーム。今のところ誰一人生きて出していない。パーフェクトゲームだ。


 それが誇らしいと思う反面、手応えのなさに飽きてきたという気持ちも少なからずある。


 特に、人型種蟹科レイパーは、このゲームがあまり面白くない。何せコカトリス種レイパーが初見殺し過ぎて、獲物がすぐに石になってしまうから。自分の出番なんて殆どない。端的に言えば、他人がゲームをしているのを、横から見ているだけである。それを楽しめる奴もいるのだろうが、人型種蟹科レイパーは、自分がプレイしたい派だった。


 そんな中、ミカエルとライナは中々粘ってくれている。しかも、向こうの攻撃はこちらにはあまり効かない上、それでも抗おうとしてくれているくらいだ。ボーっとしていれば倒されるかもしれないレベルのスリルを感じつつも、油断さえしていなければ、決して負けない程度。難しすぎず、優しすぎないというヌルゲー。これくらいの難易度の方が、ゲームは楽しく遊べる。……そう思う人型種蟹科レイパーの足取りは軽い。コカトリス種レイパーも、概ね同じ気持ちだ。


 そんなレイパー達が、いよいよ二人が隠れている建物の中を覗こうかとした、その瞬間。


「ッ? ……サル、ママテモムイニレノモ!」


 夥しい量の煙幕が、建物から溢れて辺りに立ち込める。


 直後、人型種蟹科レイパーの視界の端で、建物の中から煙に紛れて飛び出す二人の人間が映り込む。


 一瞬しか見えなかったが、間違いない。ミカエルとライナである。先程は分身を変装させていたが、今はそうではなさそうだ。


 追い詰められて、一旦逃げようという腹積もりか。そう思った人型種蟹科レイパーは、二人の跡を追う。後ろからコカトリス種レイパーも続き、やがて人型種蟹科レイパーを追い越してしまった。


 小さく舌打ちをする人型種蟹科レイパー。これではまた奴に獲物を殺されてしまうと、走る速度を上げるが、流石にコカトリス種レイパーには追い付けない。


 煙が薄れ、見えてくるミカエルとライナの後ろ姿。二人は一目散に、雑多に建物が入り組んだエリアへと向かっている。流石にそこに逃げられると探すのが面倒だと、コカトリス種レイパーは、一気に接近しようと加速した。


 だが、人型種蟹科レイパーだけは、ふと違和感を覚え、速度を落とす。二人の姿が、どこか妙だったから。格好は間違いなくミカエルとライナなのだが、どこか透けているというか、映像っぽいというか――


「――ッ!」


 その違和感が正しいと知ったのは、人型種蟹科レイパーの少し先の方で、目の前のミカエル達とはまるで真逆の方から飛んできた火球が、建物の屋根に当たった時。


 音を立てて崩壊する建物。その瓦礫で、道が塞がる。コカトリス種レイパーが我関せずでミカエル達の追跡を続ける中、人型種蟹科レイパーだけは後ろを振り向いた。


 そこにいたのは――


「ふぅ……やっとまともに戦えるかしら?」

「何とか作戦通りですね。上手くいって良かったです」


 ()()()()()()()()だ。


 疑問を浮かべるように、くぐもった声を上げる人型種蟹科レイパー。こちらの二人は、どう見ても本物だ。鎌型アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』を構えてこちらに歩みよってくるライナの威圧感は、分身では決して出せない深みがあった。


 一体、これはどういうことか。


 種明かしをしよう。今まで二体のレイパーが追いかけていたのは、ULフォンで呼び出した『立体映像』だったのだ。


 ミカエルが建物に置いてきた小型デバイスは、映像の射出機である。


 立体映像は、よく見れば映像であることが分かる作りになっているが、ミカエルはそれを誤魔化すために、白い煙を大量に出した。そのお蔭で、ギリギリまでバレずに済んだ。レイパー達は、まんまと騙されたのである。


 こうして立体映像に気を取られている隙に奇襲し、上手く二体のレイパーを分断するのがミカエルの作戦だった。コカトリス種レイパーが側にいると、それだけで戦い辛くなってしまうから。


「ライナちゃん、速攻で倒すわよ。立体映像は、遠くまではいけない。コカトリスのレイパーは、直に戻ってくるわ! でも、変身は使わないように!」

「はい! 心得ています!」


 死神の姿に変身すれば、確かにライナはパワーアップ出来る。しかしあの姿になると、その場から殆ど動けなくなるデメリットも生じてしまう。そこでコカトリス種レイパーが合流してしまえば、石化まっしぐらだ。


 時間的猶予は無いが、素の状態で戦うしかない。


「ヨトテソキノタモ! ンウデントレモ!」


 人型種蟹科レイパーが、腕の鋏を広げ、興奮したような笑い声を上げながらライナへと接近し、攻撃してくる。


 最初は鎌で迎え撃とうとしていたライナだが、その眉がピクリと動く。背筋に走る、猛烈な嫌な予感。瞬間、バックステップすると同時に、自分とレイパーの間にスキル『影絵』で分身を呼び出した。


 その直後。


「っ!」


 声にならない、ライナの声がくぐもる。


 分身ライナが、レイパーの鋏に、身の毛がよだつような鈍い音と共に、上下半分にぶった切られてしまったのだ。


 そのまま勢いを落とすことなく、ライナの方へ突撃してくるレイパー。既に鋏は大きく開いており、後一歩で射程距離に入ってしまう。


 逃げる余裕はなく、ライナは咄嗟に防御用アーツ『命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)』を発動。光のバリアが出現し、ライナの体を覆う。


 ほぼ同時に、鋏がライナの体を挟んだ刹那、


「あぐぅっ!」


 ライナの口から漏れる、苦悶の声。


 全身の肉から骨、内臓に至るまで何もかもが、耐えきれない痛みに悲鳴を上げる。それ程までに、このレイパーの締め付け力は凄まじいものがあった。ヴァイオラス・デスサイズが、手から零れそうになってしまい、気合と意地と根性で、必死に掴むことしか出来ない。


「ライナちゃん!」


 ミカエルが火球を、レイパーの足元に放つ。爆ぜる地面。熱には強いレイパーだが、足場を崩されては、多少なりとも体勢がグラつく。一瞬鋏の力が抜けた隙を見計らい、ライナは勢いよく脱出し、レイパーから大きく距離を取った。


 ライナの表情は硬い。挟まれたところは、まだズキズキと痛む。ライナを守っていた命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)の光が、スッと消える。……次にあの鋏に挟まれれば、命は無いだろう。先程の分身のように、あっさりと切られるに違いない。そう確信させた。


 一歩後退るライナ。真正面から戦うのは不利、打つ手も無い。一体どうすればと、頭を大いに悩ませる。


 そんなライナに、レイパーが高笑いしながら迫ってくる。


 ライナが、戦慄の表情を浮かべた刹那――ミカエルが、炎の針を作り、レイパーに向けて放つ。


 狙うのは……レイパーの眼。炎の針は、貫通力が高い。ボディは頑丈でも、目なら大きなダメージを与えられるはずだ。


 空気をジュっと鳴らしながら、高速で飛んでいく針の魔法。


 だが、正確に狙いをつけたその一発を、レイパーは辛うじてのところで身体を仰け反らせて躱してしまう。


 瞬間、ライナは勝負に出た。


 大きな隙を見せた人型種蟹科レイパーの背後に、『影絵』のスキルで三人の分身を創り出し、敵に飛び掛からせたのだ。


「クッ? マヘンムト!」


 群がる分身ライナに、レイパーが咄嗟に腕の鋏を振るう。無造作に鋏を叩きつけられた二体の分身は消え失せるが――


「ッ?」


 一体の分身だけは、背後から、レイパーの右腕の鋏に抱きつく。


 振り払おうとするレイパーだが、しがみついた分身は中々にしぶとい。自慢の鋏も、上から押さえつけられては開くことも出来ないでいた。


 ライナは狙ってやったわけでは無いが、実は蟹の鋏は挟む力は強いが、開く力はそこまでではないのだ。


「今だ……っ!」


 人型種蟹科レイパーが、分身ライナの奇襲に気を取られている今が最大のチャンス。


 ここを逃すものかと、ライナはヴァイオラス・デスサイズを振り構え、レイパーに突撃する。


 レイパーが分身ライナを振り払った時にはもう、本物のライナは目の前にいた。ギラリと光を放つ、振りかざした鎌の刃。


 レイパーが迎え撃とうと鋏を広げ、ライナがアーツを振るう。ミカエルの予想を信じ、狙うは敵の関節。


 ――刃が敵の肩関節に突き刺さった瞬間、ライナは勝利を確信した。


 あれほど硬かったはずの体に、鎌が抉り込んでいったから。力を込めると、深く突き刺さっていき――一瞬にして、敵の腕を一本斬り落とす。


 痛みに悲鳴を上げるレイパー。だが、ライナの鎌捌きは、まだ終わらない。流れるような動きで、足の付け根、もう片方の肘から下と、一気に関節を切り刻んでいく。


 最後に、体のパーツをどんどんバラされ、グラリと揺れたレイパーの首が切り離される。ライナが大きく飛び退くと同時に、人型種蟹科レイパーは爆発四散した。


 しかし、ライナの顔に安堵の色は無い。まだ、もう一体レイパーが残っているのだから。


「ミカエルさんっ! こっちに! 奴が来るはずです!」

「ええ!」


 今頃、コカトリス種レイパーも、今まで自分が追っていた相手が、ただの立体映像だと気づいただろう。レイパーが爆発四散した音を聞けば、コカトリス種レイパーもここにやって来る。


 その前に、急いで次の作戦に移る二人。


 細い路地に身を隠し、ライナはスキルで大量の分身を辺り一帯に万遍なく配置する。その数、五十体。


 これだけの数になると、今のライナの実力では、本当に簡単な命令しか実行できない。だが、それで良い。この分身は、ただの目印だ。


 そして――


『来た!』


 ライナが、ULフォンのウィンドウにメッセージを出して、ミカエルに敵の到来を伝える。言われるまでもない。パキ、パキ……という、分身が石になる音は、ミカエルの耳にも入ってきている。コカトリス種レイパーは、そちらから来ているのだ。


(後はタイミング! ここさえ間違えなければ……っ!)


 息と気配を押し殺し、音がする方を注視してチャンスを待つ二人。


 僅か、ひと呼吸程度の間。刹那、二人の隠れている路地を、コカトリス種レイパーが勢いよく通過する。


 この瞬間を待っていたミカエルは、勢いよく路地から飛び出た。


 敵の背後をとるミカエル。杖の先端を、敵に向けた。


 魔力を一気に解放。足元に現れる、巨大な魔法陣。空中に現れるは、五枚の星型をした、赤い板。


 五枚の板が、それぞれ等間隔を保ったまま、大きな円を描くように高速回転を始める。


 それに一切気付かず、ただひたすらに分身ライナ達を石に変えながら突き進むレイパー。


(思った通り! こいつは背後に弱い!)


 限界無き夢の先端に付いた、赤い宝石。それが激しく輝く中、ミカエルはそう確信する。


 ミカエルが最初に火球を放った時、コカトリス種レイパーは彼女の気配にすぐに気づかなかった。人型種蟹科レイパーと分断された時も、背後で瓦礫が落ちることに何の反応も見せなかった。


 それを見て、ミカエルはある一つの仮説を立てたのだ。――コカトリス種レイパーは、自分の後ろのことが、よく見えていないのではないか、と。気配を感じ取ることも、苦手なのかもしれない、と。


 なまじ視線だけで人を殺せるという能力があるため、そういう力が発達しなかったのだろう。


 だからこそ、今も尚、レイパーはミカエルに大きな隙を見せているのだ。


 回転の中心で、収束していく魔力。そこから、極太の炎のビームが放たれる。だがそれすらも、コカトリス種レイパーは悟っていない。


 巨大な熱源が近くに来ている……それを感じた時、やっとコカトリス種レイパーは後ろを振り向くが――その視界には、もう真っ赤な炎のビームしか映っていなかった。


 何が迫ってきているのかも、コカトリス種レイパーは理解出来ない。


 それを知るよりも遥かに早く、あっという間に焼き尽くされて爆発してしまったのだから。


 立ち込める煙の中、しばらくは肩で息をしていたミカエルとライナ。


 だがしばらくすると、敵を全滅させたという実感が湧いてきて、安堵のあまり、その場にへたり込む。


 長い追いかけっこが、ようやく終わったのだ。




 ――五分後。


「あ、ミカエルさん、あれ!」

「あら! ファムちゃん達じゃない!」


 遠くから、ファムとシャロンがやって来るのが見え、やっと合流出来たことに笑顔で大きく手を振る二人。


 ――最もその笑顔は、志愛が猛毒に侵されたという話を聞いて、遥かかなたへと吹っ飛んでしまったのだった。

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