第51話『苦闘』
部屋の隅。登ってきた階段付近では、ミカエルとシャロンが人型種骸骨科レイパーと戦闘を繰り広げていた。
シャロンは竜の姿では無く、幼い子供の姿で、両腕だけを竜の前足に変化させている。
レイパーの動きが素早いからだ。骨だらけで肉が無いので、身軽なのだろう。竜の姿での攻撃は大振りになるので、スピードのある相手だと中々当たらない。加えて、乱戦になっている今の状況で雷のブレスを放つと下手をすれば味方に当たりかねず、それ故の選択だ。
ミカエルが動き回るレイパーに杖型アーツ『限界無き夢』を向けると、炎が針のような形状をとる。かつてミドル級ゴーレム種レイパーの左眼を貫いた、あの魔法攻撃だ。
普通の火球ではレイパーの持つ盾に防がれてしまうため、それ以上の攻撃力を持つ魔法が必要だった。
しかし威力が高い分、火球と比べて敵に命中させ辛い欠点もある。相手が素早ければ尚更だ。
ミカエルは呼吸を整え、慎重にレイパーの動きを目で追っていく。
レイパーが手に持った剣を上から振り下ろすと、シャロンはそれを右腕で受け止め、力一杯に跳ね除ける。
がら空きになった肋骨へと左腕を叩き付けるも盾で防がれるが、威力までは殺しきれずに仰け反るレイパー。
そこに、ミカエルの魔法が迫る。
しかし当たらない。レイパーの顎の下辺りをすり抜け、壁にぶつかり消える炎の針。
諦めずに二発、三発と打ち込むも、その頃には体勢を整えていたレイパーには軽々と躱されてしまう。
そしてシャロンに向けて、Xの字を描くような四連撃を繰り出した。
丁度レイパーを腕で殴り飛ばそうとする姿勢だったシャロン。避けきれないと判断した彼女は、咄嗟に両腕で頭や体を守り、攻撃を受ける。
筋肉の無い体で、一体どこからこんな力が出て来るのかと思うほどの衝撃。
頭上からの一撃が見えたシャロンは両腕を上へと持ち上げるが、刹那、剣の軌道が変わり、腹部へと迫るレイパーの骨の剣。
フェイントだ。
攻撃が当たるかと思ったその時、レイパーの体に火球が命中し、横に大きく吹っ飛ばされる。
「アストラム……すまぬ! 助かったのじゃ!」
「シャロンさん!」
警告するようなミカエルの声。
吹っ飛ばされたレイパーは何事も無かったかのように、シャロンに襲い掛かる。
火球が命中する瞬間、レイパーもギリギリのところで盾で攻撃を防いでいたのだ。
ミカエルに視線を向けていたシャロンを串刺しにせんと、剣を勢い良く突く。
気を逸らしてしまっていたシャロンは、大きくその場を飛び退いてそれを躱すが、直後、しまったと思い顔を強張らせる。
攻撃を外したレイパーはシャロンが離れた瞬間を逃さず、ミカエルへと向かっていた。
肉弾戦ではシャロンよりもミカエルの方が弱い。それを分かっての行動だ。
そしてその事は、ミカエルも分かっている。
杖を振って自分とレイパーの間に四つの炎の壁を作り行く手を阻もうとする……が、レイパーは盾を構えて果敢に炎の壁に突っ込んでいく。
慌てたようにミカエルは杖を振り、追加の炎の壁を作り出すが、レイパーは全く意に返さない。
ついに最後の炎の壁も突破され、レイパーは骨の剣を振り上げる。
しかし再び、レイパーの体に大きな衝撃が走った。
シャロンが山吹色の竜の姿に変化し、巨大な尻尾をレイパーの横から叩きつけていたのだ。
モロに喰らったレイパーの骨が、激しく軋む音が響き、そのまま吹っ飛ばされる。
宙に浮いたレイパーに向かって放たれる、四本の炎の針。
レイパーはそれを、空中で体を捻り全て躱す。骨と骨の隙間を通り抜け、またしても当たらないことに、ミカエルの顔が焦りに歪む。
レイパーが床に着地すると、そこに間髪入れず襲いかかるシャロンの前足。
叩きつけるように繰り出されたその一撃を、レイパーは盾で受け止めるも片膝をつく。
「今じゃアストラム!」
「ええ!」
今なら盾も使えないと悟ったミカエルは、シャロンに呼びかけられる前に巨大な火球を放つ準備をしていた。
今度こそ、外すわけにはいかない。
焦る自分を落ち着かせるよう、息を整えるミカエル。
そして、火球が放たれる。
コースは完璧。
もらった!
二人が確信した、その時だ。
レイパーの体を構成する骨が突如バラバラになり、様々な方向へと飛んで行く。
呆気に取られる二人。火球は当然、当たらない。
外れた火球が壁に激突するのと、バラバラになった骨が一ヶ所に集まるのは同時。
あっという間に骨は組み立てられ、出来上がるのは人型種骸骨科レイパーだ。
「そ、そんな能力があるの……っ?」
ミカエルはそう呟かずにはいられず、シャロンも歯を食い縛る。
レイパーは素早くシャロンの懐に移動すると、その巨体に骨の剣で斬りつけた。
竜の鱗に傷は無いが、重い衝撃に踏ん張りきれず、仰向けに吹っ飛ばされてしまう。
レイパーはさらにミカエルの方へと距離を詰め、剣の強烈な一撃を叩きこむ。
ミカエルは何とアーツを盾にして直撃は避けるも、シャロンが吹っ飛ばされた攻撃をミカエルが耐え切れるはずも無い。
ミカエルは地面に叩き付けられ、そんな彼女に止めを刺さんと、レイパーは大きく剣を振り上げた。
***
部屋の中央付近では、セリスティアとファムがマミー種レイパーと交戦中だ。
「にゃぁ……ろぅっ!」
「セリス……ティア……!」
セリスティアの足にはマミー種レイパーから伸びた包帯が巻き付いており、レイパーの方へと引っ張られていた。
ファムがそうはさせまいと、セリスティアの体を掴み引っ張っている。
とっさに掴んでしまったが、このままでは彼女の体が千切れてしまうと気が付いたファムは、レイパーに向けて羽型アーツ『シェル・リヴァーティス』から羽根を放つ。
セリスティアを引っ張ることに集中していたレイパーはそれを喰らい、僅かに仰け反った。
その隙にセリスティアが爪型アーツ『アングリウス』から伸びる銀色の爪で、包帯を切断する。包帯は中々に丈夫で、三回程繰り返し切ってようやく完全に切断出来た。
体の一部を切られたにも関わらず、レイパーに痛がる様子は無い。我慢しているだけか、痛みを感じないのか……二人には分からなかった。
シュルルと音を立てながら、レイパーは床に包帯を垂らすと、腕を振る。
伸ばした包帯を鞭のように振るい、二人に攻撃を仕掛けてきたのだ。
発生する空裂音。
撓る包帯の動きは変則的で見切り辛く、ファムとセリスティアは迂闊にレイパーに近づけない。
隙を見てファムは宙に浮き、縦横無尽に飛び回りそれを躱す。
セリスティアは攻撃を経験と勘を頼りに最小限の動きで避けながらも、ちらちらとそんなファムの方へ視線を向ける。
彼女の攻撃を避ける動作が、やや大袈裟に思えたからだ。顔も随分強張ってしまっているように見える。
無理も無い。鞭は刑罰や拷問に使われる道具で、それにより鳴り響く空裂音は、戦い慣れているセリスティアでさえ若干恐怖を覚えてしまうもの。
まだ十三歳で学生の彼女は、セリスティアが思っているよりもずっと、この音に腰が引けてしまっているのだろう。
今すぐに気合で何とか乗り越えろというのも無茶だ。
ならば自分が何とかするしか無い。セリスティアは覚悟を決める。
グッと、セリスティアの足に力が入った。
その瞬間。
レイパーの体に十発近い羽根が命中する。
鞭の攻撃が僅かに止まった隙を逃さず、ファムが空中から一気に近づいてレイパーの体を蹴り飛ばした。
その攻撃は僅かにレイパーの体をぐらつかせただけで、ダメージは無い。
ファムは眉を顰め、逃げるように急上昇する。同時に再開される、レイパーの攻撃。
セリスティアは敵の攻撃を避けながらも、心の中でファムに謝罪する。
彼女も怖いなりに、どうやって戦うか考えていたのだと分かったからだ。
再び、ファムはレイパーへ羽根を飛ばし、僅かに怯んだ隙に一気に急下降して蹴りの体勢を取る。
だが、今度はレイパーもその動きを予想していたのだろう。
レイパーの足から包帯が勢いよく伸びて、ファムの体に巻きつく。
そのまま彼女を振り回し、壁か床に激突させてやろうと足を動かした刹那――ファムの体に巻きついた包帯がスルリと解ける。
ファムのスキル『リベレーション』だ。自分を縛る拘束を解除するスキルである。
これ以上無いチャンス。ファムはさらに速度を増して急下降し、そのままレイパーの頭上から蹴りをかます。
同時に、レイパーの腹部を捕らえる銀色の爪。
セリスティアが『跳躍強化』のスキルを使い、猛スピードでレイパーに突撃をかましていた。
だが――
「……っ?」
セリスティアは攻撃をレイパーに当てた瞬間、その感触に違和感を覚える。
弾力の強い何かに阻まれ、爪が突き刺さらないのだ。
レイパーの体は内部まで包帯で出来ており、クッションのようになっている。それで攻撃が阻まれてしまったのだ。
咄嗟にファムを連れてその場を離れようとするも、時既に遅し。
レイパーがむくりと動き、セリスティアの体に包帯が巻きつく。
ファムにも同じように包帯が巻きつきかけるが、レイパーが動いた時にはもう、危険を感じたファムは急いでその場を離れていた。
レイパーが腕を振り回すと同時に、セリスティアの体も振り回される。
体が宙に浮き、自由のきかないセリスティアはされるがままだ。
そのまま、ファムの方へと放り投げられ、二人は空中で激突してしまう。
地面に落ちる二人の体。
レイパーはゆっくりと二人に近づき、包帯を振り回し始める。
「うぉおおぉらぁあっ!」
ジンジンする体に無理矢理言うことを聞かせ、セリスティアは声を上げて立ち上がると、レイパーの攻撃をアングリウスで防ぎ始めた。
ファムは立ち上がろうともがいているが、激突と落下の際の衝撃で脳を揺らされたようで、上手く動けない。
それに気が付いたセリスティアが、彼女を守っているという形だ。
しかし、こんな防御は長くは持たない。セリスティアの体も悲鳴を上げているのだ。
一体どうすれば……攻撃を受けながらも、セリスティアは必死に頭を回していた。
***
部屋の奥。祭壇から離れた所では、レーゼが魔王種レイパー相手に奮闘していた。
しかし、戦況はレーゼが明らかに不利だ。
虹を出しながらの斬撃を繰り返しながらも、それが命中することは無い。
あと数センチのところで、全てレイパーに躱されてしまっていたのだ。
そして、
「――ぐぅっ!」
レイパーは一瞬でレーゼの背後に回りこみ、背中に嘗低を打ち込む。レイパーの攻撃は、全てレーゼに命中していた。
レーゼのスキル『衣服強化』によりダメージを抑えてはいるものの、全く無いわけではない。
積み重なるダメージは、レーゼの体を疲弊させる。
それでも冷静に、レーゼは敵の動きを読み、攻撃を仕掛ける。
狙うは、雅が魔王種レイパーの胸部に付けた傷跡。
狙いを悟られないよう、レイパーの足や腕、腹部や頭部も積極的に攻撃をしていく。
その最中、レイパーの姿が突然視界から消える。
背後に気配を感じ、振り向くとそこには手の平をレーゼに向けたレイパーの姿が。
咄嗟に腕を体の前でクロスさせるのと、黒い衝撃波が放たれるのは同時。
激しい衝撃がレーゼを襲うが、彼女は歯を食い縛り吹っ飛ばされないように足に力を込める。
攻撃が終わるや否や、剣型アーツ『希望に描く虹』を振り上げるレーゼ。
そんな彼女の腹部に、レイパーの強烈な膝打ちが入る。
踏み込もうとしていた刹那のことであり、堪らず投げ出されるように吹っ飛ぶレーゼの体。
背中から地面に叩き付けられ、咳き込んでしまう。
「くっ……!」
今の一撃はスキルを使っていたにも関わらず、相当な痛みだったことに驚きを隠せないレーゼ。
今までずっと、手加減していたのだろうと思った。
そんな彼女に、レイパーはゆっくりと近づいてくる。
「う……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
レーゼは口から血を吐きながらも、咆哮を上げて立ち上がる。
彼女の目はまだ死んでいない。
それでも、僅かな焦りの色が見え隠れしていた。
一方でレイパーの顔は、随分と余裕綽々だ。何が面白いのか、ニヤケ顔を浮かべている始末。
傷への一撃は、近い様で、気が遠くなる程遠く思えてしまう。
そんなネガティブな感情が頭をもたげるが、その頭を無理矢理叩き伏せて引っ込ませる。
「あんた……こんなのと戦ってたのね……!」
外にいる友人の顔が浮かび、思わずレーゼはそう呟く。
それでも彼女は、命掛けで敵に弱所を作ってくれた。そう思うと、諦めるわけにはいかない。
ギロリと、レイパーを睨む目の光が強まる。
それを見てレイパーはケタケタと笑い声を上げ、
「ラコリノタヘレト。カッナロハヤジムイ」
そんなことを言ってきた。
すると、魔王種レイパーから伸びる影が、妖しく光を放つ。
嫌な予感がしたレーゼは、相手が何かする前に地面を蹴るも、もう遅い。
影から黒い塊が出現し、それが魔王種レイパーそっくりな形になり――動き出す。
分身だ。
二体の魔王種レイパーは向かってくるレーゼに向けて手の平を向けると、同時に黒い衝撃波を放つ。
咄嗟に横っ飛びになって攻撃を躱すレーゼ。外れた衝撃波が、壁に命中し、轟音を立てる。
二体のレイパーに一瞬で距離を詰められるレーゼ。
丁度、彼女を挟み打ちにするような位置取りだ。
前後から蹴りと拳が襲いかかる。
たった一体だけでも梃子摺ったのに、二体同時に相手が出来るはずも無い。
レーゼは防御に専念するしか無く、必死な形相で敵の攻撃を受け、躱し、流していく。
それでも全て捌ききれるわけも無い。
痛々しい痣が、レーゼの体に蓄積したダメージを物語っていた。
レーゼは思う。
こんなことが出来るなら、何故最初から使わなかったのか、と。
答えはすぐに分かった。
自分は、ただこのレイパーに遊ばれているのだ、と。現に今も、レイパーは笑みを浮かべ、ギリギリ自分が捌けるかどうかの攻撃ばかり。きっと本気になれば、自分を殺すことなど造作も無いのだろうと直感する。
しかしレーゼは諦めない。
レイパーのその行動は、ただの油断だから。
切欠一つで形勢はひっくり返る程、致命的な隙だからだ。
だがそう考えるレーゼも、自分が油断していることに気が付かない。二体のレイパーの猛攻を耐え抜くためには、余計なことを考えている余裕はこれっぽっちも無いのだ。
突如自分の体勢が崩れたことで、レーゼはそれに気が付く。
背後にいた分身の方の魔王種レイパーに、足を払われた。
仰向けに倒れた彼女の体を、本体の魔王種レイパーが踏みつける。
レーゼの口から溢れ出る血。
まさに絶体絶命。
その時だ。
誰かが、二体の魔王種レイパーの背中に攻撃した。
見えたのは、メカメカしい剣と、紫色の鎌。
倒されてもまだ手放さなかったアーツを持つ手に、力が入る。
「あんた達……!」
そこにいた二人の少女。
束音雅と、ライナ・システィアだった。
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