第465話『博打』
二月十四日、時刻は午後十時十五分。
雅達がラージ級ランド種レイパーに吸い込まれてから、三時間半程が経過した頃。
巨大レイパーの体内に広がる世界……その上空に、一匹の赤い怪鳥と、そいつに背中から捕らわれた少女がいた。
全長五メートルもの大きさの鷹のような姿をしたその化け物は、『ミドル級鷹種レイパー』。
捕まっているのは、束音雅。桃色ボブカットにムスカリ型のヘアピン、黒いチョーカーを着け、手にメカメカしい見た目をした大剣、『百花繚乱』を握っている。
雅は少し前まで、仲間達と共に別のレイパーと交戦していたのだが、そこに突然鷹種レイパーが現れ、この大空まで連れ去られたのである。
【ミヤビ、大丈夫?】
(ええ。カレンさんもいますし。……こいつ、結構飛びますね)
雅の中にいる異世界人、カレン・メリアリカ。心の中で彼女と会話をする雅は、レイパーに生殺与奪の権を握られているにも拘わらず、意外な程に落ち着いていた。
前に、同じような経験をしたことがあるからだろう。まだ世界が融合する前の時、シェスタリアで、今みたいにミドル級ワイバーン種レイパーに捕まって、ドラゴナ島まで連れていかれたのだ。
だから、なんとなく察している。少なくとも、ミドル級鷹種レイパーが、雅をこのまま空中から放り投げるつもりがないことは。故に、こいつの狙いを冷静に考察する余裕が生まれていた。
【向かっているのは、あの宮殿だ。このレイパー、そこにミヤビを連れていくつもりみたいだね】
(多分、そこにたくさんレイパーがいて、私のことを袋叩きにするつもりなのかも。私のことをすぐに殺さないってことは、きっとそういうつもりなんでしょうけど……)
この先の自分の未来を予想してしまい、雅はブルりと体を震わせた。
だが、一方で、
(……このまま連れていってくれるなら、いっそ好都合とも言えませんか? あそこが敵の本拠地なら、滅茶苦茶にしてやるチャンス……でしょうか?)
【……いや、流石に脱出すべきだと思う。この辺りでこいつから逃れておかないと、ヤバい気がする】
事態を前向きにとらえようと、あまりにも無茶な考え方をする雅に、カレンは渋い声色でそう伝えてくる。ランド種体内に入ってから、僅か三時間で六体ものレイパーと遭遇したのだ。あの宮殿に、もっと多くのレイパーがいることは想像に難くない。単騎突入は、どう考えても無謀が過ぎる。
が、そう言ったところで、ここは高度千メートルもの上空。脱出をしようにも、下手をすれば地上へ真っ逆さまだ。
(一か八か、『超再生』のスキル、ここで使います?)
【駄目だ。あれはあくまでも緊急用だって決めたじゃないか】
(いや、でもこのままじゃ……)
雅のスキル、『共感』は、仲間のスキルを使うことが可能だ。ただしそれは、同じスキルは一日一度だけという制約がついてくる。その中でも、一度死んでも復活出来る『超再生』は、特に使いどころを見極める必要があるスキルだ。あくまでも敵の初見殺しや不意打ちへの対策という意味合いが強く、このスキルありきで戦術を練るのはやめようと、前に二人で話し合ったことがあった。
【なんとか、こいつの高度を落とそう。そうすれば、飛び下りるチャンスもあるはずだ】
(高度、ですか……)
カレンの提案に、雅は視界の端で、敵を観察する。
意識するのは、ミドル級鷹種レイパーの翼の動き。
ミドル級のレイパー故に、こいつの体は大きい。当然、翼も。
今はブレードモードの百花繚乱を握る手に、力が籠る。これをライフルモードに変えれば、エネルギー弾を翼に当てて墜落させることが出来るかもしれない。そう思った。
だが、モード変更は、どんなにスムーズに動いても一秒は掛かる。そこから実際に攻撃に移るまでは、この体勢では二秒といったところか。妙な動きをすれば、レイパーは雅を放り投げたりして対応してくるだろう。それだけの隙を晒してしまう。
【こっちから攻撃出来ないなら、『影絵』で分身を背中に出すのはどう?】
(うーん……微妙です。分身が振り落とされたりしたら、助ける術がないです。もし落ちたら、ダメージのフィードバックだって、多分馬鹿にならないレベルだと思います)
【……何をするにせよ、体勢が悪いね。このままじゃ、下手したら握りつぶされちゃうよ】
(こいつに拘束されている状況……これを何とかするのが先ですね。なら――)
雅が『共感』で、ファムの『リベレーション』を発動する。ファム本人のものとは少し効果が異なり、拘束を解く方法を教えてくれる、という効果を持ったスキルである。
問題は、出来ることが少ないこの状況で、果たして『リベレーション』が答えを出してくれるかどうか……。当然だが、どうにもならない場合は、スキルを使っても「不可能」ということしか分からない。しかもその場合でも、スキルを使った判定になる。
故に、これは賭けでもあったのだが――
(……よし!)
第一関門は、なんとかクリア出来た。
ミドル級鷹種レイパーの腹部、その下辺り。ここに斬撃を加えれば、一瞬こいつの力が緩む。これならブレードモードの百花繚乱を振るえばいいだけだ。敵の意識の隙を突けば、出来なことはない。
ただ、
【……これ、行けるかな?】
カレンが、かなり不安そうな声でそう呟く。
『リベレーション』は、拘束からの完全な解放を教えてくれる。これはつまり、今の状況で言えば、レイパーが雅を完全に離してしまう方法を教えてくれたということだ。――つまり、この高さから、落とされてしまうのである。
無論、雅が上手く爪を掴んでぶら下がれれば、そこから上手く背中まで飛び乗れるかもしれない。しかし失敗すれば、地上へ真っ逆さまだ。
だが、そんなカレンの言葉に、雅は「多分、大丈夫」と心の中で告げる。
一応、作戦があった。
雅にそれを説明され、カレンはハッと息を呑む。……これはこれで、かなりの賭けだった。
……最も、現状ではそれが一番勝算のある策故に、カレンも止められないが。
顔を前に向けたまま、視界の端で、ジッと機会を伺う雅。敵に悟られぬように、慎重に、慎重に……そして、
(――今です!)
レイパーが、どことなく気を緩めた瞬間を狙い、雅は腕を振るう。
百花繚乱の切っ先は、『リベレーション』が教えてくれた、レイパーの腹部の少し下へと見事命中し、レイパーの悲鳴と共に、雅の体をガッチリ掴んでいた爪の力が、一瞬にして緩む。
強烈なGがかかると共に、落っことされる雅。悲鳴を上げていたレイパーは、それを怒号へと変えていく。
「――っ!」
思ったよりも早く近づいてくる地面。雅は焦りながらも体の向きを変え、ミドル級鷹種レイパーへと向かって百花繚乱を突き出した。
刹那、地上から天へと昇るように、巨大な百花繚乱が出現する。『共感』希羅々の『グラシューク・エクラ』を発動させたのだ。実体のある巨大な幻影を呼び出せる効果を持った、そのスキルを。
その切っ先は、微妙にレイパーから逸れている。しかし、それでよい。雅はこれを、敵に命中させるために使ったわけでは無かった。
狙いは――自分自身。
【――よし! 上手くいった!】
巨大百花繚乱の鍔が、雅の服を引っかけ、そのまま空へと連れていく。
向かうは、レイパーの方。先の一撃の痛みで、未だ隙を見せている。
雅の作戦は、『グラシューク・エクラ』で、ミドル級鷹種レイパーの上を取ることだったのだ。
(お願い! このまま……っ!)
自分の体が上手く鍔に引っ掛かるか、狙いが狂って自分自身を貫かないか等、成功するか不安だったところは多い。
だが、一番賭けだったのは……レイパーに近づいた、その瞬間。つまり、今この時だ。
このスキル発動後、五秒間は動けない雅。ここで鷹種レイパーに攻撃されてしまえば、もう終わりだ。ここまで来たら、雅はもう、祈るしかない。
怯んでいたレイパーが、不安定な体勢でもなお、爪を振りかざす。奴も雅の狙いに気が付いた。
向かってくる雅へと攻撃するレイパー。それをただ見つめるしか出来ない雅。一瞬の緊張が走り、そして――
「――おわわっ!」
雅の視界が、グルりと回る。振り下ろされた鉤爪の一撃は、少しばかり放つタイミングが早かった。だが巨大な百花繚乱の幻影には命中し、その進行方向を逸らせてしまう。
鍔に引っ掛かっていた雅は、その衝撃で、さらなる上空へと吹っ飛ばされてしまった。
それでも、
【ミヤビ! 狙撃だ!】
回転し、方向感覚が分からなくなる中、響くカレンの指示。
硬直が解けていた雅の手が、訳が分からない中でも慣れた動きで、百花繚乱をブレードモードからライフルモードへと変化させる。
【腕を頭の上に!】
雅が方向感覚を失っても、カレンだけは辛うじて冷静だ。目まぐるしく変わる光景の中、雅に攻撃のタイミングを伝える。
雅は、カレンの言葉を欠片も疑わない。だからその動きはドンピシャ。放たれた桃色のエネルギー弾は、見事レイパーの背中へと直撃する。
【衝撃に備えて受け身!】
(――っ!)
レイパーの背中に、体を打ち付ける雅。悶えるレイパー。体をくねらす動きに、振り落とされそうになる。だが必死で毛を掴み、必死にしがみつく。
雅は片手で百花繚乱を振るい、もう一度ブレードモードにすると、それをそのまま、レイパーの背中へと突き刺した。
レイパーの体は硬いが、それでも切っ先は抉り込む。視認されていない攻撃の威力を上げる優の『死角強打』のスキルを使ったからだ。
劈くようなレイパーの悲鳴と、噴き上がる血飛沫。揺れる背中の上で、雅は突き刺した百花繚乱を支えに立ち上がり、今度は翼の付け根を斬りつける。
何度も、何度も。関節は他のところよりも比較的柔らかい。すぐに翼の動きが鈍り、下降していくレイパー。
瞬間、
「っ?」
【こ、こいつ……っ!】
ミドル級鷹種レイパーは、体を大きく捻り、背中を地面に向ける。雅はなんとかしがみつくことでまだ背中に引っ付いているが、眼下には、広大な森。
このまま墜落すれば、雅はレイパーの体と地面に圧し潰されてしまう。いや、レイパーにとってみれば、それが目的なのかもしれなかった。
(ヤバい! 早いところ、こいつから離れないと!)
落ちていくレイパー。先程まで千メートル上空を飛んでいたが、地面との距離は、段々と狭まっている。
タイミングを見て、どこかの木にでも跳び移らなければ――そう思った雅だが、すぐに顔を青くする。
レイパーが落ちているのは、森の中でも絶妙に更地になっているところだったのだ。
【こ、こいつ……ここを狙ってっ?】
雅を逃がすことなく殺そうとしているのだろう。そう思えるくらい、ピンポイントな場所へと落下しているのだ。
何か手はないか……雅は辺りを見回しながら、頭を回す。墜落まで、刻一刻と時間は進む。
ツーっと流れる汗。冷えていく手足の嫌な感覚。逃げ場はどこにもない。
死がすぐ目の前まで迫ってきていて、雅は恐怖に歯を喰いしばる。
――その時。
「これに掴まって!」
「っ?」
そんな声が聞こえてきて、雅はそちらを見る。
刹那、雅の方へと伸びてくる、全長三十メートル近くもの異様に長い白金色の斧槍。
そして、地上でそれを握る、黒髪シニヨンヘアをした女性の姿が目に飛び込んでくる。
まるで見覚えの無い人。しかし、警察の制服を着ていることから、警察所属の大和撫子だ。
つまりは味方。
「ありがとうございます!」
雅が遠慮なく斧槍の柄を掴むと、女性はそれを振るい、ミドル級鷹種レイパーの背中から雅を引き剥がす。
弧を描いて飛んでいく雅。同時に、長い斧槍がみるみる内に縮んでいく。
「きゃぁっ!」
「おっと!」
堪らず斧槍の柄から手を離してしまった雅だが、女性にキャッチされて事無きを得た。
直後、轟音と大量の土塊、そして土煙を上げて地面に激突し、大きなクレーターを作るレイパー。それを見て、雅はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「あ、危なかった……! 本当に、間一髪で……」
「間に合って良かった! 大丈夫? 怪我していない?」
「え、ええ! 助かりました! ありがとうございます!」
バクつく心臓。雅は胸に手を当てながらも、ホッと息を吐く。
だが、
突如、ミドル級鷹種レイパーの怒り狂った声が轟く。
「っ? あいつ……もう……っ!」
目の前で、大きく翼を広げて体を起こしたレイパーに、雅は戦慄の表情を浮かべる。
最初の作戦では、こいつの拘束から抜け出し、上手く隠れてやり過ごすつもりだった。だがここは更地。隠れる場所がない。
ならば、ここで倒してしまうという選択肢をとらざるを得ないのだが、雅が翼の付け根に付けた傷は、少しずつだが塞がりだしてしまう。即時再生するわけではないようだが、もうしばらくもすれば、奴はまた飛翔出来るようになってしまうだろう。……空から攻撃されては、勝ち目がない。
しかし、
「夏音! 今よ!」
雅を助けてくれた大和撫子がそう声を張り上げた瞬間、青色の鋭いビームが二人の後ろから放たれ、レイパーの腹部に直撃する。
雅が驚きの声を上げて背後を見れば、そこにはもう一人、別の大和撫子がいた。うなじの辺りで髪を結わえた、女性警察官だ。
その手には、正七角形をした、小型エンブレムのようなものを握っており、それをレイパーへと向けている。エンブレムの中心から煙が出ているところを見るに、今のビームはそこから放たれたらしい。
【まだ味方がいたんだ!】
レイパーがくぐもった声で怯む中、明るいカレンの声が脳内に響く。
しかも、
「あ、あなたは……っ!」
「はい! あの時の借り、返しますよ!」
彼女の方は、雅も知っている人物。
だが、名前は知らない。尋ねる余裕が無かったから。知り合ったのは、ごく最近だ。
そう、彼女は――数時間前、雅がペリュトン種レイパーから助けた、あの大和撫子だった。
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