第52章幕間
「あぁ……もう! ちくしょう!」
「お、落ち着いてくださいまし、ファルトさん!」
レイパーを何とか撃破したセリスティア、希羅々、真衣華、皇奈の四人。だが、その顔は決して明るいものとは言えなかった。――雅が、レイパーに連れ去られてしまったから。
早く雅を助けに行こうという話にもなったが、今は一旦、レイパーと交戦した場所から少し離れたところの木陰に来ている。ダメージの回復が先だと、皇奈に説得されたからだ。
怪我をした真衣華をこの場に置いたままにしておくことなど出来ないし、フラフラの体で行動すれば、今この状況では下手をしなくても二次被害に繋がる。……それが頭では分かっているが、気は競ってしまう。
特にセリスティアの苛立ちは凄まじい。思わず地面を殴りつけ、拳からは血が流れていた。あの時、あの瞬間、セリスティアは完全に目の前の敵しか見ていなかった。本当なら、雅のピンチはセリスティアがカバーしなければならなかったのだ。
人型種モグラ科レイパーが出た時も、周りに他にもレイパーがいたことに、雅が警告を発するまで気付かなかった。真衣華と二人だけの時は、囲まれていることに気付けたはずなのに。
多くの仲間と一緒にいる安心感で、心に隙が出来ていた。仲間と協力することは、頼り過ぎることとは決して同意では無い。セリスティアの心を埋める怒りの大半は、ミドル級鷹種レイパーではなく、自分に対してだった。
「ミス橘。これでどうかしら?」
「……あ、良さそう。痛みも全然感じないし、これなら戦えると思います。皇奈さん、ありがとう」
肩をグルグル回しながら、真衣華は感嘆の声を漏らす。皇奈は包帯と薬、そして数本の治療道具しか持っていなかったのに、応急処置は非常に的確だった。
「こういうのが少しあるだけでも、凄く役に立つんですね」
「あら、今の子は学校でこういうの、配られないのかしら?」
「配られるし使い方も教わりますけど、意外と使う機会が無くて……。アーツのメンテナンス用の道具なら、いつも持ち歩いてますけど」
普通に生活していればレイパーと交戦する機会なんて、意外と多くない。真衣華達のように積極的に関わっているならともかく、世界が融合する前なんかは、それこそ一年に一回あれば多い方だった。そのせいか、指輪に仕舞えるアーツとは違い、こういう応急処置セットは持ち歩かない人の方が多い。
しかし、学校で配られる応急処置セットは、実はかなりきちんとしたものが揃っている。皇奈が使っているものも、彼女が学生時代に貰ったものだ。
「イージスがあるからって油断していたかも。今度から持つようにしなきゃ」
幸い、真衣華が腰に付けている小さなツールポーチのスペースは多少空いている。応急処置セットの大きさも小さめだ。もう少し工具を整理すれば、入らないことはないだろう。
よく考えてみれば、こういう大きな戦いに赴くのだから、普段持ち歩かなくても持ってくるべきだったと、真衣華は心の中で自分の頭を小突く。
「兎に角、これでちゃんと動けるようになったし、雅ちゃんを助けに行こう。……ここから連れ去ったってことは、すぐに殺すつもりはないってこと……だよね?」
真衣華の声は控えめだ。彼女も、自分の今の言葉があまりにも希望的観測的すぎるという自覚があった。
案の定、皇奈とセリスティアは渋い顔になる。
「すぐ殺されることはないっていう話自体は、まぁその通りかしら。でも、猶予は殆ど無いわよ」
「何度か鳥系のレイパーと戦ったことがあっけどよ……あいつらって、別のレイパーに飼われている場合が割かし多いんだ。獲物を捕らえて、主人の元に持っていく。そういう風に躾けられてやがる。あんな風に、すぐに殺さずどっか連れていくっていうのは、特にその傾向が多い。んで、主人がそいつを惨殺する時、一緒になって殺しにかかるんだ」
二の口が告げなくなる真衣華と希羅々。状況は、自分が思っている以上に絶望的だった。
だが、とセリスティアは続ける。
「一個幸いなのは、こういう状況、ミヤビは初めてじゃねーってことだ。アーツとイージスも持っているし、カレンって人もいる」
かつて、ミドル級ワイバーン種レイパーに捕まって、ドラゴナ島まで連れていかれた雅。あの時と比べると、戦闘経験とスキルも増えている。ただでやられるとは、セリスティアも考えていない。
さらに、
「あの鷹野郎が向かった先も、分かりやすい目印があるしな。ミヤビが抵抗している間で、何とか間に合うかもしれねぇ」
「あの宮殿、ですわね」
今はもう小さくて分かり辛いが、大きな鳥が一匹、そこへと向かって飛んでいる。あれがミドル級鷹種レイパーだ。二人で見張っていたから、間違いない。
「元々、ミー達が向かっていたところね。急ぎましょう。ミス束音を、早く助けるわよ」
「ええ。……しかし奴が束音さんをあの宮殿に連れていったとなると、いよいよ怪しさが増してきましたわね」
何となく怪しそうということでそこに向かっていたが、案外それが正しかったようだと分かったのは、ある種の収穫と言えなくもない。
何にせよ、急いで向かわなければ雅の命が危ないと、四人は足早に向かいだすのだった。
評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!




