第464話『蝙蝠』
さて、時を同じくして、ここは愛理達がいる山から、少し東。
山崩れでも起きたのかという光景が広がる中、一つポツンと、洞窟がある。土砂や木に辛うじて巻き込まれずにすんだと思われる。
そんな洞窟を入ってすぐのところに、相模原優とレーゼ・マーガロイスはいた。二人とも自然災害の跡地というような場所で目を覚まし、ここはどこだの、出口はどこだのと頭を悩せ体を酷使し、そんな中でようやくここを見つけて、いざ奥へ行ってみようと足を踏み入れたのである。
……なお、既に一体のレイパーと交戦しており、疲労困憊とまではいかずとも、かなりの体力を消耗していたりする。こんな状態で洞窟探検など正気の沙汰ではないのだが、そうも言っていられないのだからしょうがない。
「ユウ、足元気を付けて。滑るから」
青髪ロングで翡翠の眼の少女、レーゼ。洞窟の壁に手を当て、念のために常に持っている非常灯のファイアボールを手に、先導する。
「ありがとう。レーゼさんこそ、気を付けてください。……無理、していますよね?」
レーゼの後ろを着いてくる黒髪サイドテールの少女、優。彼女がそう尋ねると、レーゼは一瞬言葉を失う。逡巡し、なんとか口を開くものの、
「気づいていたのね」
言えたのは、肯定と驚愕を含んだ言葉のみ。
優は苦笑いを浮かべ、「みーちゃんを含めて、私達全員察していますよ」と言う。レーゼは一つ溜息を吐くと、「私もまだまだね」と呟いて、脇腹に手を当てる。……ジンジンとした痛みが、体の奥で激しく主張していた。
先日のネクロマンサー種レイパーとの戦いで、大怪我を負ったレーゼ。病院で治療は受けたが、完治したわけではない。周りには「もう大丈夫」と言って討伐戦に参加させてもらったが、実は陰でこっそり鎮痛剤を飲み、誤魔化していた。
最も優の言う通り、皆がそれを分かっていたのだが。知らぬはレーゼのみといったところだ。敢えて止めなかったのは、きっと止めてもレーゼは聞かないだろうと思ったからである。
レーゼは「ちょっとごめん」と言って、腰のポーチから鎮痛剤と小さな水筒を取り出す。気を遣わせてしまうことを恐れて今まで隠していたが、バレているのならもう良いだろう。鈍った動きのせいで、優を危険に晒すリスクの方が大きい。
錠剤を飲み干したレーゼは、残った薬の一部を……優に差し出す。
「ニホンの法律だと、こういうのは良くないって知っているけど……飲みなさい。ユウこそ、結構体キツいんでしょう?」
「……やっぱ、分かりました?」
躊躇いがちにそう答えた優。ネクロマンサー種レイパーとの戦いで、怪我をしたのはレーゼだけではない。優もやられた。そのダメージは、今も残っている。
「鎮痛剤なら、レーゼさんが持っているべきだと思う。レーゼさんみたいに、骨まで逝ってるってわけじゃないし。動くとちょっと痛いってくらいで。……もし誰かに渡すなら、もっとキツそうな人に。みーちゃんとか」
「……まぁ、ミヤビはそうよね。あんまり顔には出さないけど、この間はレイパーに無茶させられたわけだし……」
「ミカエルさんも、チラっと見えたけど太腿に包帯巻いていました。動きはいつも通りですけど、大した怪我じゃないのか、魔法で誤魔化したりしているのか」
「マイカだって、多分結構ヤバいと思うわ。……本人は隠しているつもりだろうけど、動きがたまにぎこちない。あれは、あばらに罅が入っている動きだった」
「え、嘘。それは気づかなかった……」
誰もが、少なからず無茶をしている。万全の状態で戦えている者等、実は意外と少ないのだろう。そんなことを思いながら、二人は洞窟の奥へと進んでいく。
だんだん薄暗くなる洞窟内に、気分も落ち込みそうなのを、レーゼと優は会話をして誤魔化していた。
……どれくらい進んだ頃だろうか。
「なんか取り敢えず入っちゃいましたけど、この洞窟、どこに続いているんでしょうね?」
「せめて、大きく風景が変わってくれるような場所がいいだけどね。……ユウ、ストップ」
先導していたレーゼの顔が、若干険しいものへと変わる。手で制され、優もそこで気付いた。
この先……微かだが、人の声がすることに。
しかも、明るい声という感じではない。どこか切迫したような感じ……そう、言うなれば戦っている時特有の緊張感を孕んだ、そんな雰囲気だ。
「……人の声?」
「なんだかヤバい雰囲気ね……ユウ、スキルは?」
「あ、ちょっと待ってください。……っ? ヤバい! 結構な数がいる!」
レイパーの居場所が分かる『エリシター・パーシブ』のスキルを発動させた優。瞳を緑に輝かせた彼女の顔が、一瞬で緊迫の色に染まる。
慎重に、しかし足早に声の聞こえる方へと向かう二人。
進んでいくにつれ、見えてくる。洞窟内部を不自然に照らす灯りが。
さらに、
「っ?」
倒れている女性。しかも一人ではない。ざっと見えるだけでも五人。その内の一人にレーゼが駆け寄り、脈を確認するが……すぐに唇を噛む。もう死んでいた。
「あの……なんかこの人達、ひどく干からびている気がしません? まるで血を吸われたような……」
「よく見ると、首筋を噛まれたような跡があるわ。ユウ、敵の動きは?」
「この先にいっぱいいます。数えきれないくらい。なんか空中にフラフラしていて……この動き、蝙蝠?」
「飛ぶ敵……数が多いと面倒ね。警戒は任せるわ! 行くわよ!」
レーゼが腰にぶら下げた空色の剣、『希望に描く虹』を抜くと、灯りが見える方へと走り出す。
途中で他にも死体が転がる中、向かった先は――広い空間。足元は凹凸が激しく、天井には鍾乳洞がいくつも出来た、そんな場所。
そこで、十人以上もの大和撫子とバスターが、レイパーと交戦していた。
敵は優の予想通り、蝙蝠。しかし普通の蝙蝠よりも五倍近くのサイズをした化け物だ。それが、ざっと見えるだけでも五十匹以上いる。
分類は『蝙蝠種レイパー』だろう。
その蝙蝠種レイパーの一匹がレーゼに気付き、襲ってくる。レーゼは斬撃で迎え撃ちにいくが、レイパーはそれをスルリと躱し、レーゼに向かって口を開ける。血の滴る歯を、むき出しにして。
あわやレーゼの首に噛み付きそうになった、その瞬間。
「させないっ!」
そんな声が洞窟内に轟き、弾丸型の白いエネルギー弾がレイパーの体を右から貫通する。レイパーの爆発で明るくなる洞窟内で、レーゼは遠くから白いスナイパーライフル『ガーデンズ・ガーディア』を構える優の姿を見た。
「誰っ? 助っ人っ?」
その爆音で、ここで戦っていた人達も、二人のことに気付く。彼女達がざわめく中、レーゼは別の蝙蝠種レイパーへと一気に接近し、見事な虹の軌跡を描いた斬撃で、その翼を斬って爆散させた。
「皆! 遅くなってごめんっ! 二人しかいないけど、助太刀するわ!」
「ありがとう! 奴らの接近に気を付けて! 噛みつかれたら、一気にミイラにされる! それでこっちも何人もやられた! 後、声にも!」
「声?」
「来るわよ!」
近くにいたバスターの言葉に疑問を覚えるレーゼ。それを詳しく聞く前に、蝙蝠種レイパーの一体が洞窟の天井まで飛び上がる。
瞬間、耳を劈くような、甲高い音が響き渡り、そこにいた誰もが耳を塞いで膝を付いた。音は洞窟の壁や地面にも反射し、あらゆる角度から襲い掛かってくる。鼓膜の奥でガンガン暴れる嫌な音は、いっそ吐きそうな不快感を与えてきた。
「ちょ、超、音……波……っ?」
こんな攻撃をされては、堪ったものではない。ここで他の蝙蝠種レイパーに襲われたら……そう思ったレーゼだが、幸いなことに、この音に苦しめられるのは自分達だけでは無かった。他の蝙蝠種レイパーも、動きを止めてこの音に耐えていたのだ。
だが、超音波が止むと、すぐにレイパーは動き出し、未だ音の影響から復帰しきれていない者達へと襲い掛かる。
「な……成程……っ! 気を付けろと言った意味が分かったわ! ユウ! さっきの超音波を出そうとした奴を、優先的にぶち抜いて!」
「わ、分かった……っ!」
音の残響に耐えながら、一人の大和撫子へと噛み付こうとしたレイパーへと走りだしながら、レーゼは優にそう指示を飛ばす。
とにかくあの攻撃を防がないと、被害が広がるばかりだ。見れば、ここにいる大和撫子やバスター達は、皆近接武器ばかり。あんなふうに空から攻撃されては、為す術がなかったはずだ。
だが、優がいる今なら、形勢は変わる。
再び舞い上がる蝙蝠種レイパーを狙撃し、地面に叩き落す優。そんな彼女に他のレイパーが群がってくるが、それを、レーゼを始めとした他の者達が引き受ける。
そういう構図で、戦いが進みだす。
蝙蝠種レイパーの動きは癖があり、視界の悪い洞窟内も相まって厄介だが、超音波による妨害さえなければ、対処出来ないことはない。
レイパー有利だった戦況は徐々に人間有利な方へと傾き、たくさんいたレイパーは数を減らしていく。
そして、遂に――
「これでラストよ!」
残り一体となった蝙蝠種レイパーをレーゼが斬り裂いたことで、敵は全滅した。
湧き上がる歓声。レーゼもホッと胸を撫で下ろす。
だが、
「レーゼさん! 気を付けて! 奥からデカいのが来る!」
「えっ? ……っ!」
優の警告の直後、小さな地鳴りが鳴り響く。
レーゼだけでなく、他の人達もなんだなんだと音のする方を注視し、動きを止めていた。
その音が徐々に大きくなるにつれ、天井の鍾乳洞が一本、また一本と落ちていき、地面が縦に揺れる感覚が襲ってくる。
そして、伝わってくる夥しい殺気。
洞窟の奥からヌーッと現れたのは、六本もの腕があり、その全てに刀や斧、円月輪等の武器を握った、ミドル級のレイパー。
誰かが灯りを掲げ、そいつの頭が照らされる。――三つの顔をもった、その頭が。
「あ、阿修羅……っ?」
言葉を失う一行の中、何とか振り絞って発せられたそんな声が、やけに大きく木霊する。
阿修羅。仏教の伝説に登場する、武神。だが今目の前にいるこいつは、普通の阿修羅の顔とは異なり、どこか人を甚振ることに愉悦を覚えた、下種びた様相をしている。
蝙蝠種レイパーとの戦闘音を聞き、やってきたのだろう。
『ミドル級阿修羅種レイパー』が、レーゼ達に向けて、その腕を振り上げるのだった。
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