第461話『土竜』
「真衣華ぁぁぁっ!」
宙にアーチを描く鮮血。倒れる真衣華。
そして現れた、人型のレイパー。茶色のボディと尖った鼻、長い爪をしたそいつは、『人型種モグラ科レイパー』。先程雅達を襲い、一度撤退したはずのあいつだ。
希羅々が金色のレイピア『シュヴァリカ・フルーレ』を手に走り出したのは、本当に誰よりも早かった。
希羅々の視線が、真衣華、そして真衣華を襲ったレイパーを交互に動く。
真衣華の元に駆け寄りたいのか、レイパーに突撃したいのか、希羅々は自分がどうしようとしているのか、よく分かっていない。
半ば本能的に希羅々が選んだのは――両方。
人型種モグラ科レイパーにレイピアの突きを喰らわせて怯ませると、『アーツ・トランサー』を使ってシュヴァリカ・フルーレを瞬時に左手に移動させる。突きのために一旦腕を引く、という動作が短縮された一撃が再びレイパーのボディに突き刺さり、大きく敵を吹っ飛ばす。
直後、空中に出現する巨大なシュヴァリカ・フルーレ。希羅々のスキル『グラシューク・エクラ』によって現れた、実体のある幻影だ。
もうその時には、希羅々の目はレイパーには向いていない。超高火力、必殺の一撃を放ちながら、足は真衣華の方へと向かっていく。希羅々は気づかない。人型種モグラ科レイパーが地面に潜り、『グラシューク・エクラ』を回避したことなど。そんなこと、気にする余裕も無い。
「真衣華……っ!」
「う……だ、大丈夫……!」
希羅々が真衣華の上半身を抱えると、真衣華は顔を顰めながらもそう言った。肩と胸の間辺りから血が流れているが、傷は浅かったのだ。雅の警告で、若干だが体の重心が横に逸れており、レイパーの奇襲による直撃は免れたという形であった。
ホッとして、つい力を抜いてしまう希羅々。だが――
「二人とも! 後ろです!」
「っ?」
うっかり晒してしまった隙。
雅の声に希羅々がハッとした時にはもう、背後の地面が爆ぜ、人型種モグラ科レイパーが飛び出てくる。
ヤバい――そう思った、その時。
「同じ手が通用するなんてねっ!」
「ッ!」
轟音と共に、レイパーの口からくぐもった声が上がる。脇腹には、発射された白い杭が直撃していた。
レイパーの動きを先読みしていた皇奈が、レイパー出現のタイミングに合わせ、パイルバンカー型アーツ『HollyHole』を打ち込んだのである。
「ミヤビ! 一気にぶちのめすぞ!」
「いや待ってセリスティアさん!」
雅の制止の声を振り切って、吹っ飛ばされたレイパーへと突っ込んでいくセリスティア。
だが、雅は『エリシター・パーシブ』で察知していた。――他にもレイパーがいることを。
「っ! てめえらはっ?」
木の影から飛び出てきた二体のレイパーが、セリスティアを挟み撃ちにする。
白い蛾と、ジャッカルの顔をした人型のレイパー……『バグモス種レイパー』と『人型種ジャッカル科レイパー』だ。
「ミスファルトとミス束音! こっちに! ミス桔梗院はミス橘を守って!」
後ろから飛び掛かってくる人型種モグラ科レイパーをパイルバンカーで相手しながら、腕にガドリング型アーツ『GottaWin』を装備した皇奈が、弾丸を乱射して指示を出す。
負傷した真衣華を守りながら、三体のレイパーと交戦するのは、皇奈と言えど中々に骨。全員の協力は必須だ。
「『アイザックの勅命』!」
「き、希羅々……! これを雅ちゃんにっ!」
皇奈がバグモス種レイパーをスキルで地面に叩き落し、真衣華が片手斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』を希羅々に渡す。
真衣華の視線の先には、皇奈の攻撃で動きが鈍っている人型種モグラ科レイパー。
親友の意図を理解した希羅々がアーツを受け取り、「束音さんっ!」と叫んで雅にフォートラクス・ヴァーミリアを放り投げる。
雅がそれを見て、放物線を描いて飛んでくるアーツに向かって、自身の『百花繚乱』を投げると、二つのアーツが合体する。
百花繚乱が二つに割れ、フォートラクス・ヴァーミリアの左右にくっついたそれは、まさしく全身武器の鳥。
人型種モグラ科レイパーに突進する斧鳥。一撃目は背後から。続けて左方向。また背後……まだ攻撃は終わらない。その速度を落とすことなく、まるで主人が傷つけられた仕返しをするかの如く、苛烈な体当たりを繰り返していく。
「いいわよ二人とも! さぁ、これでフィニッシュまで行きなさい!」
人型種モグラ科レイパーにガドリングを浴びせる皇奈。斧鳥の無数の弾丸は、モグラが地面に逃げることを、決して許さない。
そしてバグモス種レイパーは超重力のせいで地面に押さえつけられ、人型種ジャッカル科レイパーはセリスティアが一人で引き受けている。
今、この瞬間が、人型種モグラ科レイパーを倒すまたとないチャンス。
そして――合体アーツが弾丸の嵐を縫うようにして、レイパーの腹部にめり込んだ。
「いっ……けぇぇぇえっ!」
真衣華が声を張り上げると、合体アーツはドリルの一気に回転を始める。レイパーがそれを手で押さえようとするが、全身武器の合体アーツを止められるはずもない。
苦悶の声と共に、レイパーの体の肉が抉れ、血が噴き出していく。合体アーツはそれを弾き飛ばしながら奥へと突き進み――ついに、レイパーの腹部を貫いた。
合体アーツが次なる敵へと向かっていく中、人型種モグラ科レイパーは爆発四散する。
「よ、よし……!」
「ミス桔梗院! 今の内に、ミス橘の怪我の手当を! ――ミス束音! 後ろ!」
「えっ?」
【ミヤビ! 空だ!】
合体アーツと共にセリスティアの加勢に行こうとしていた雅。だが皇奈とカレンの声が聞こえた直後、視界が薄らと陰った。
空を見上げて、目を見開く雅。この場の全員が、怪我をした真衣華と三体のレイパーに気を取られてしまい、気付かなかった。……レイパーがもう一体、近づいてきていたことに。
それは、全長五メートル近くもある大きな赤い鷹。
分類は『ミドル級鷹種レイパー』。
「――っ?」
急降下してきていたそいつは、呆気に取られる雅を爪で掴み、空へと飛翔する。
「は、はなせっ!」
【駄目だミヤビ! 落ちたら助からない!】
「くっ……!」
ジタバタもがこうにも、既に上空十五メートルを超えたところまで連れていかれてしまった。カレンの言う通り、ここでうっかりレイパーが自分を離そうものなら、間違いなくお陀仏だ。
セリスティアが「しまった!」と叫んで大きくジャンプし、雅も手を伸ばすが、ギリギリ届かず。
皇奈もガドリングでミドル級鷹種レイパーを撃ち落とそうとするが、雅を盾にされてしまい、それも出来ない。
合体アーツが雅を助けに行くが――
「ええっ?」
「あいつ! 翼でっ?」
巨大な翼で、向かってきた合体アーツを弾き飛ばしてしまった。
唯一の救いは、大ダメージを受けて空中で分解してしまった合体アーツが、それぞれの手――つまり、百花繚乱だけは雅の手に戻ってきたことか。
「ミス束音! アーツを盾に! ミスファルト、助けに行く準備を!」
「ファルトさん! そいつは私が!」
多少の負傷は覚悟の上で、皇奈がガドリングの銃口をミドル級鷹種レイパーへと向ける。希羅々も人型種ジャッカル科レイパーの相手を引き受ける。
だが、その時。
「――っ?」
横から迫る殺気に、皇奈は大きくその場を跳び退いた。
直後、今まで彼女がいた場所を、エッジの利いた鱗に覆われた長い尻尾が通り抜ける。
尻尾が飛んできた方を見れば、そこには――
「また新手……!」
もう一体、人型の別のレイパーがそこにいた。
新たなレイパー出現に手間取っている間に、ミドル級鷹種レイパーは、雅を連れて遠くに去ってしまうのであった。
***
一方、時は少し前に遡り、ラージ級ランド種レイパーの体外。
丁度、雅達がラージ級ランド種レイパーに吸い込まれた直後だ。
「ね、ねぇ今、何が起こったんですかっ? ミヤビお姉ちゃん達はっ?」
完全に日も落ち、闇に染まる世界の中、目の前で一際目立つ白い巨体の化け物を見て、白髪の美しい少女――ラティア・ゴルドウェイブが怯えたように周りの大人達に尋ねる。
ラージ級ランド種レイパーが大きな口を開け、さらには辺りに大量の魔法陣が出現したと思ったら、一気に人の気配がごっそり消えた。
ラティア達の乗っていたドローンは、運良く奴から遠いところにいたため、無事だった。
「わ、分からないわ! 皆とも連絡がとれない……!」
「さっきのは、転移の魔法陣ではないかっ? 口の中に吸い込まれた者も見えた!」
「体内に取り込まれたってことっすかっ?」
優香、優一、伊織の三人も、状況が分からず混乱している有様。とは言え、無理も無い。奴の体内が、まるで一つの世界のようになっている等とどうして思えようか。吸い込まれた者達でさえ、信じられない気持ちでいっぱいだというのに。
「どうするっすかっ? 皆を助けようにも、何をどうすりゃあ……! あの様子じゃ、討伐隊も殆どが巻き込まれたっすよね?」
「……本部から連絡よ! 『プランZ』! 奴を解体するわ!」
「分かった! もう数分で、第二討伐隊が到着する! 他国の応援部隊も、間もなく駆け付けてくれる頃のはずだ! 協力して助けるぞ!」
優一がそう言った、その時だった。
突如、夜闇に不気味な風が吹き荒ぶ。ともすれば嵐になるのではと不安になる、粘りがありながらも突き刺す痛みを覚えるような、嫌な突風。
「な、なんだ?」
グラつくドローンに、優一が奇妙な不安を覚えた、次の瞬間。
「警部っ! 全速力上げるっすっ!」
突如室内に轟く、伊織の怒声。
思わず優一が言われた通りにすると、ドローンの後方で、鼓膜が痛いほどに揺れる程の大きな爆発が起きた。
ラティアと優香の悲鳴が上がる。伊織が、ランチャー型アーツ『バースト・エデン』をフルバーストしたと理解したのは、爆発の衝撃が加わって、ドローンが遠くまで超速で飛んでいった後のこと。
一体何があった……そう聞こうと後ろを振り返った優一は――すぐに伊織の今の行動の意味を知る。
そこには、いた。恐ろしい怪鳥が。
闇に染まる深緑色の体毛をした、全長三十メートルはあろうかという巨大な鳥が。
鷹のような嘴に、孔雀のような尻尾。広げた翼には、ギョロリとした巨大な二つの眼が、自分達を見つめている。
「あ、あれは……シムルグかっ?」
「な、何、それっ?」
「神話に登場する霊鳥よ!」
分類は、『ラージ級シムルグ種』。
巨大レイパーが、ランド種の方へと向かうこのドローンに襲い掛かってきていた。
「何故こんなタイミングでっ? まさか、奴を守るために飛んできたというのかっ?」
脂汗を浮かべる優一の視線の先には、ラージ級ランド種レイパー。今までは姿を見せなかったのに、奴が座礁した途端にこいつがやってきたのだ。優一にはどうにも、そうとしか思えなかった。
ラージ級シムルグ種は、彼らが乗るドローンに好戦的な眼を向けている。完全に自分達をロックオンしていた。
ラティア達が乗る大型のドローンは、レイパーと戦う用に作られたものだ。故に割と小回りが利くように作られている……が、それは一般的に見ての話。ラージ級のレイパー相手となると、かなり分が悪い。
「警部! 左方向っす!」
言われるまでもない。優一は既にドローンの舵を切っていた。
横方向に掛かる慣性に、他の者達がバランスを崩すが、優一にそれを慮る余裕は無い。
彼は見ていた。――レイパーが広げた翼、そこの眼が、妖しく光を帯びているのを。
刹那、目玉から無数のビームが放たれた。直径一センチ程のビーム……それが、曇天の夜空を埋め尽くす。
「――ぐぅっ!」
優一が強張った顔でドローンを操作し、ビームの合間を縫うようにして回避していくが、完全には躱せない。ビームはドローンの翼のアームや機体本体を掠め、微かな衝撃を内部へと伝えていた。ドローンの表面を覆うコーティングが焼ける臭いが充満する。
優一のドローン操作技術は、警察官の中でも上の方だ。大きな作戦で、鍵となるラティアの乗るドローンを操縦する役割を仰せつかっている辺りからも、それが伺える。ただそんな彼が必死に腕を振るっても、ギリギリの回避が精一杯だった。
(くっ……マズい! このままでは……っ!)
直撃を免れているだけで、当たっていないわけではない。いずれドローンに限界がきて、破損するのは目に見えている。現に、他のドローンは、ビームに当たって次々に墜落しているのだ。
さらに、
「あなた! 奴が近づいているわ!」
「何っ……?」
ビームを避けることで精一杯で、ラージ級シムルグ種レイパー自体の動きに対応しきれていなかった優一。優香に言われて顔色が変わる。――奴は、想像以上に近いところまで来ていたのだ。
思いっきり右方向に進路を変えるドローンだが、レイパーは難なく着いてきて、徐々に距離が近づいていた。
伊織が反射的にバースト・エデンを構えるが、撃とうとしてもミサイルは出ない。先程フルバーストしてしまったため、まだしばらくは使えないのだ。
「も、もうだめぇ!」
「諦めちゃだめよ!」
青褪めるラティアに、檄を飛ばす優香。優香がケミカル・グレネードを手にドローンの出入口に立つのと、レイパーが大きな嘴を開くのは同時。
その口の中に、試験管を投げ込む。中身はニトログリセリンの原液――小さな衝撃でも爆発する、化学薬品である。
レイパーの大きな口の中へと真っ直ぐに飛んでいった試験管。喉の奥に当たった直後、レイパーは奇声を上げて悶えだした。外観では分かり辛いが、体内で上手く大爆発を起こしたのだろう。
怯んだ隙に逃げるドローン。優香は少しでも時間を稼ごうと、さらに様々な薬品の入った試験管を投げ続けるが、レイパーの体にはあまりダメージがない。体内という特別弱いところで無ければ、彼女のアーツでは碌にダメージを与えられないのだ。
そんな中、広げた羽の目玉が光を放つ。
「また来る……っ!」
再び放たれるビーム。今度は直径が三メートルを超える程の巨大なもの。こんなもの、当たれば一発アウトだ。
そしてそのビームは、正確に優一達のドローンを狙っていた。
ヤバい、直撃する――誰もがそう思った、その刹那。
「……っ?」
激しい衝撃がドローンの機体を襲う……ものの、それだけ。ビームを受けてもなお、そのボディには傷一つない。
ドローンが、光のバリアに包まれていた。今のビームは、これが防いでくれたのだ。
「皆さん! 大丈夫ですかっ?」
「危ない! 間に合った!」
直後、そんな声が木霊する。
助けに来たのは、魔法の絨毯に乗った、緑髪ロングの少女と金髪のエルフ。彼女達は――
「ノルンちゃんに、カリッサさんっ? 君達、何故っ?」
「実は、偶然奴から離れたところにいて……。兎に角、こいつを倒しましょう!」
「私達から離れないで! まずは左側に回り込む!」
カリッサはそう叫ぶと、右手を上にかざす。今度はカリッサごとドローンを包むドーム状のバリアが発生した。
「向こうからの攻撃は防いで、こっちの攻撃は素通りするバリアを張った! 強度は程々だから、気を抜かないで!」
「助かる!」
指示通り左方向に向かいながら、そんな会話を交えるカリッサと優一。レイパーはその動きに対応するように体を捩り、爪を振りかざす。
カリッサの張った光のバリア等、レイパーには大した問題ではない。この爪の一撃で容易に破壊できる程度だと、レイパーは見抜いていた。
だが、レイパーが一気に接近した、その瞬間。
「させないよ!」
「ッ?」
カリッサの手が、レイパーの顔面へと向けられる。振り下ろした爪の攻撃は、タイミングが大きくずれ、カリッサ達に当たることはない。
カリッサのスキル『光封眼』。これで、敵の視界を真っ白に染め上げたのだ。
そして、この瞬間を待っていた少女が一人。
既に、彼女の頭上には緑の風が渦を巻いている――
「はぁっ!」
ノルンが、黒い杖型のアーツ『無限の明日』を振るうと、風を回転させて作ったリングが、ラージ級シムルグ種レイパーへと飛んでいく。
切断性に富んだ、ノルン・アプリカッツァの最大魔法。
それが、レイパーの首へと超速で向かっていく。視界を奪われたレイパーは、その魔力の気配を感じとれても、正確には躱せない。ノルンの巧みな杖捌きで動きを操作されたそのリングは、寸分の狂いもなく、レイパーの喉へと直撃する。
しかし、
「……えっ?」
ノルンの驚愕に満ちた声。さらにその後、レイパーの威嚇の甲高い声が夜の空を震わせるように轟く。
レイパーは、まるで何事も無かったかのようにピンピンしていた。
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