第459話『事由』
「あ、あぁっ! もう! 変身しなきゃ!」
「いや、待てマイカ!」
「ええっ? なんでっ?」
真衣華の疑問の声も、最もだ。
四体のレイパーに囲まれ、この窮地を脱出するには、あの忍者のような姿に変身するしかない。それが例え、一日一回しか使えないとしても、だ。
だが、セリスティアの考えは違っていた。
「マイカ、悪ぃ!」
「えっ? おわわっ?」
セリスティアは真衣華を強引に背中に担ぐと、スキル『跳躍強化』を発動させ、横へと跳ぶ。――バグモス種と人型種ジャッカル科の間を通り、その場から逃げ出したのだ。
「ど、どどど、どうすんのっ?」
「逃げる! 戦いやすい場所まで奴らを誘導するぞ!」
後ろから追いかけてくる四体のレイパーをチラっと確認しながら、セリスティアはそう叫ぶ。
あんな囲まれた状況では、例え真衣華が変身したとて、苦戦は必至。纏めて相手をするのではなく、各個撃破がベストだとセリスティアは判断したのだ。
そして、
「後マイカ、変身は、本当にヤバくなった時までとっとけ! ――多分、後にでかいのが控えてやがる!」
「えっ?」
先程木に昇り、辺りを見渡していた時に感じたこと。遠くの方から、肝が冷えるような『力』の波動が、薄らとだがしたのだ。
そうでなくとも、終わりの見えない状況。温存できるものは、なるべく温存しておきたい。
「しっかり掴まってろ!」
そう叫ぶと、セリスティアは急カーブするかのごとく右に跳ぶ。直後、梟種レイパーが口から放った小さな『何か』が、木の幹に直撃して穴を開けた。
「ったく、なんだありゃあ?」
「た、多分ペリットじゃないっ? 鳥が食べて、消化されずに残ったもの……っ?」
梟種レイパーが再び放ってきたそれを、真衣華は片手斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』で防ぐ。
瞬間、真衣華の眼は奇跡的に捕らえた。ペリットの正体を。
(あ、あれって……人の骨っ?)
殺した人間を食べ、骨を利用している……レイパーなら、あり得る話。
骨はダイヤモンド並に固い。この威力も、納得がいく。
真衣華が、今見たものに戦慄している中、追手の攻撃は終わらない。
白い蛾のレイパー、バグモス種が糸を吐いて、二人を捕らえにくる。人型種ウツボカズラ科レイパーも、頭の穴から消化液を撃ってきた。セリスティアは「にゃろう!」と悪態を吐きながらジグザグに動き、それを躱していく。
さらに、
「セリスティアさんっ! 横っ!」
「分かってるってっ!」
二体のレイパーがセリスティアの動きを牽制している間に、人型種ジャッカル科レイパーが接近。彼女達と並走出来る位置にまで迫ってきていたのだ。
繰り出される爪や蹴りの打撃。だが、セリスティアも負けてはいない。
爪型アーツ『アングリウス』で、その攻撃をいなしていく。
「マイカ! 今だ!」
「うん!」
セリスティアの合図と共に、真衣華が斧による斬撃を放つと、レイパーはそれを回避するために大きく距離を取る。
その隙に、セリスティアは大きく跳躍し、木の上に着地。そのまま木から木へと飛び移っていく。木の葉を目隠しに利用し、敵に狙いをつけさせない動きだ。
「おわわ、怖い怖いっ!」
「大丈夫だって! 心配すんな!」
セリスティアが着地する度に、メキメキと音を立てる木の枝。青褪める真衣華だが、セリスティアの動きに淀みは無い。昔から外を走り回るのが好きだったセリスティア的には、このくらいなんてことのないものだった。
多少離れた位置にある木も、『跳躍強化』のスキルがあれば、難なく届く。
背中に人一人、しかもアーツを持った少女を抱えながらも、こんな技をやってのけているセリスティアに、状況に慣れてきた真衣華は思う。
(た、頼りになるなぁ、本当に!)
と。
そんな中、
「っ!」
セリスティアの先にある木に、梟種レイパーのペリットが炸裂して倒れる。……実は、次に乗り移ろうと思っていた木だった。
やむなく他の木へと跳ぶセリスティアだが、梟種レイパーはまたしても、セリスティアが次に飛び移ろうとしそうな木を倒していく。
どうやら、自分達の移動先を潰そうという腹積もりのよう……そう思ったセリスティア。
すると、
「っ?」
消化液が、肩を掠める。溶ける服。皮膚も少し赤くなっていた。人型種ウツボカズラ科レイパーの攻撃だった。
強張るセリスティアの顔。偶然掠ったのだろうか……そう思ったものの、二発、三発と消化液が放たれてきて、その全てがかなり正確に自分を狙ってきていた。
(……随分勘がいいみてーだな。こりゃあ、長引かせるとヤバい!)
「マイカ、あの梟とウツボカズラみたいな奴を先に倒しておきたい! 仕掛けるから、準備しとけ!」
「分かったよ!」
「いいか、作戦だけど――」
倒れゆく木から別の木に跳びながら、セリスティアは自分の策を簡潔に伝える。そして、バグモス種レイパーが吐いてきた糸を躱し、人型種ジャッカル科レイパーからも大きく距離をとったタイミング。
そこで、セリスティアは『跳躍強化』を使い、大きく空へジャンプする。
「行くぞマイカっ! 羽を狙えっ!」
「うんっ! ……んんっ?」
合図されたものの、近くに敵はいない。強いて言うのなら、ちょっと離れたところに梟種レイパーがいるくらいか。羽を狙えと言うのだから、標的は奴なのだろうが。
刹那、セリスティアに体を掴まれ、嫌な予感を覚える真衣華。
だが、彼女が何か言う前に、セリスティアは投げる。真衣華を。梟種レイパーに向かって。
「あわわわわぁぁぁぁあっ! ぶん投げられたぁぁぁぁぁあっ?」
放物線を描くように投げ飛ばされた真衣華は、絶叫を上げ、涙目になりながら、必死でフォートラクス・ヴァーミリアを振り上げる。
梟種レイパーも、まさかセリスティアが、自分の方に真衣華を投げてくるとは思わなかったのだろう。驚きのあまり、一瞬空中で動きを止めてしまう。
ペリットだけは飛ばすが、真衣華はそれを斧で弾き飛ばし、さらにスキル『鏡映し』を発動。アーツをコピーするスキルで、左手にもう一挺のフォートラクス・ヴァーミリアが出現する。
それを振り上げ、
「とわあぁぁぁぁあっ!」
真衣華のもう一個のスキル『腕力強化』を使いながら、我武者羅に左の斧を振った。
その斬撃は、見事レイパーの右翼の付け根に直撃し――緑の鮮血と共に、羽が胴体から吹っ飛ばされる。
悲鳴と共に墜落する梟種レイパー。
それでも、力を振り絞り、落ちる真衣華に向けて嘴を開く。体内には、まだペリットは残っているのだ。せめて彼女だけでも道連れに……そう思ったのだが、
「させねぇよ!」
「ッ?」
横から轟く、セリスティアの声。
真衣華がきっちり仕事をこなすと信じ、落下地点に先回りしていたのだ。
アングリウスの爪が、その胴体を貫き――梟種レイパーの心臓をぶち抜いた。
「おらぁぁぁあっ!」
腕を振り、突き刺さったレイパーを森の奥へと投げ飛ばし、その少し後、爆発が起こる。
そして、パチリパチリという高い音が鳴りだし、空気が熱くなって、炎が森を焼いていく。
肺が苦しくなるような白い煙が出始めてくると同時に、セリスティアの方へ姿を見せる残りのレイパー。
「ネ、ネワルヘテタウトン、ラヤト!」
人型種ジャッカル科レイパーが怒りの声を上げ、迫ってくる。バグモス種レイパーと人型種ウツボカズラ科レイパーも、その後に続いた。
森が燃え盛る中、蹴りや消化液、白い糸の攻撃がセリスティアに襲い掛かってくる。それら全てを、体捌きだけで躱していくセリスティア。
息苦しく、暑さも厳しいこの状況下で、セリスティアの集中力は最高潮に高まっていた。
ここがこの戦いの肝。ここを乗り切れば、何とかなるはず。その想いで、セリスティアはレイパー達をいなしてく。
そして――
(きた!)
セリスティアの眼光が、ギラリと光る。同時に、背後から放たれる、人型種ジャッカル科レイパーの爪の攻撃。
セリスティアは『跳躍強化』を使って高くジャンプして爪を躱す。
さらに、跳んだ彼女を捕らえようと、バグモス種レイパーが糸を飛ばしてくるが、それをアングリウスで絡めとり、
「邪魔だ!」
空中で振り回し、人型種ジャッカル科レイパーの方へと叩きつけ、二体纏めて吹っ飛ばす。
瞬間――バキリと音がしたと思ったら、木が倒れてきた。
「セ、セリスティアさん! これでいいんですかっ?」
「おう! 上出来だ!」
木を斬り倒したのは、真衣華。梟種レイパーを墜落させた後、ここまでやって来たのだ。
上手く邪魔な人型種ジャッカル科とバグモス種から距離をとったタイミングで、木を斬り倒して道を塞ぐこと……これが、作戦だった。
こうすれば、
「さて、これでてめぇに集中出来るってわけだ」
セリスティアの眼前には、人型種ウツボカズラ科レイパー一体のみ。
レイパーが、頭から消化液を連射するが、セリスティアはそれを躱しながら接近。
爪を伸ばし、先端を顔面にぶち当てて怯ませた直後、スキルを使って一気に距離を詰めると、セリスティアは敵の腹部に向かって腕を振るう。
アングリウスの爪が胴体に突き刺さり、緑と透明の混じった液体が地面に零れていき――
セリスティアの前で人型種ウツボカズラ科レイパーは爆発四散するのだった。
「よし、二体目!」
「セリスティアさん! こっち、終わったよ!」
そう言って、口元を袖で抑えながら駆け寄ってくる真衣華。
後ろでは、たくさんの木が倒れていた。
サムズアップするセリスティア。すると、倒れた木の奥で、レイパーの怒りの声が聞こえてくる。
「さっさと逃げんぞ! 乗れ!」
「うん!」
再び真衣華を背中に乗せて、その場を離れるセリスティア。レイパーはまだ残っており、今の爆発で、この辺りも火が出てきた。長居は無用である。
その数十秒後、
「……マヘンムト!」
やっと木の障害を乗り越えてきた人型種ジャッカル科レイパーが、悔しそうにそう吐き捨てる。空ではバグモス種レイパーも、怒りをあらわにするかのように羽ばたきを強めた。
――二人の姿は、どこにもなくなっていた。
***
一方、その頃。
ここは森から離れたところにある山、その中腹辺り。
「……困ったな。ここがどこなのか、皆目見当もつかん」
そう言って頭痛を抑えるように、両こめかみを親指と中指で抑えるのは、長身三つ編みの少女、篠田愛理。
目が覚めたら、ここで倒れていた。状況が分からず大混乱に陥り、少ない手掛かりと記憶の光景から、ここがラージ級ランド種レイパーの体内であり、山の中なのだとやっと把握したところだ。
ただ、突然見知らぬ山の中に移動させられては、どっちが山頂でどっちが麓なのかもさっぱり。このままでは遭難必至と、愛理は大いに頭を抱える。
一つ幸いなのは、
「ねぇシノダ。あれは何かしら?」
ここにいるのは、愛理だけではないということ。
愛理の声に答えたのは、紫眼をした金髪ロングの少女。オートザギア魔法学院でのルームメイト兼、オートザギア王国の第二王女、スピネリア・カサブラス・オートザギアも一緒だった。
スピネリアが指差した方を見ると、木と木の隙間のその奥……かなり遠くに、建造物があるのが見えた。
――雅達も見つけた、あの宮殿である。
「こんなところに建物? 妙に豪華で目立つ……。よく見つけましたね」
「ふふーん、そうでしょう! もっと褒めていいのよ? ……行ってみない? そこに行けば、何か分かるかも」
「ええ、そうしましょうか」
当ても無く彷徨うより、目的地が明確になっている方が気も楽。そう思った愛理は、スピネリアの提案に頷いた。
それにしても、
(……もっと泣き叫ぶかとも思ったが、意外と元気だ。これが王族というものなのか?)
朝から激しい戦いが続き、少し落ち着いたと思ったら今度はランド種の体内に吸い込まれるとう異常事態。愛理ですら不安なのだから、スピネリアも同じはずだ。にも拘らず、いつもの調子を崩さない彼女に、愛理は内心、舌を巻いていた。
「……ん? シノダ、どうしたの? あっ、もしかして、手掛かりを見つけたわたくしに惚れ直した? ならしょうがないわね」
「……そう言えば、少し聞きたかったのですが」
どことなく調子に乗っているようなスピネリアに、「子供だから状況が分からんのか」と思い直しながら、ジト目で愛理はそう切り出す。
「何故、私に着いてきたのですか? 国王様に許可はとっておられないと仰っておりましたが、それなら特にメリットもないでしょう?」
「自分も討伐作戦に参加させろ」とごねだしていた時から、愛理はずっと不思議に思っていた。何故、スピネリアがわざわざそんなことを言うのか。
スピネリアは一瞬キョトンとするが、「あー、そうね……」と空を見上げながら、考え込む。
そして――
「前にシノダが討伐作戦に参加するって言った時、わたくし、止めたじゃない? そしたらあなた、それに対してこう聞いたわね。……『何故、私をそこまで止めようとするのですか?』って。『オートザギアの国民でも何でもない、ただの異国の人間です』とも言っていた。……そう言えば、あの時はちゃんと答えてあげなかったわ」
「…………」
「シノダ。あなたはわたくしの……いえ、私の初めて出来た、大事なルームメイトよ。いなくなったら、寂しいじゃない。助けるわよ、勿論」
「え、それが理由ですか?」
「私、こんな立場だから、今まであの部屋で独りだったの。他の子はルームメイトと一緒にわいわい楽しんでいて、それが羨ましくって……。デリシオ理事長にも色々お願いしていたりしたんだけど、中々ルームメイトになってくれる子がいなくてね」
「……ん? もしかして、私が王女様と一緒の部屋になったのは……」
「多分、デリシオ理事長の計らいね」
それを聞いて、天を仰ぐ愛理。脳裏に浮かぶのは、ミカエルの顔だ。
交渉があったのだろう。自分を学院に留学させることを対価に、スピネリア王女のルームメイトになる、という交渉が。
それならそれで、ちゃんと伝えておいて欲しかったと愛理は思う。一体どれだけ緊張させられたと思っているのか。今度会ったら、文句を言ってやろう……そう決意した。
「あ、後、シノダはどう思っているかはともかく、私は友達だって思っているから。友達が危険な場所に行こうとすれば止めるし、それでも行くってなれば、隣に立ちたいじゃない。どうせ第一王女がいる限り、私なんか王女にはならないんだし、我儘貫いたって平気よ」
そんなことを思っている愛理の心も知らず、スピネリアは少しそっぽを向いて、早口で小さくそう続ける。悲しいかな、愛理の耳には届いていなかったが。
と、そんな話をしていると、少し開けた場所に出る二人。山の中腹に出来た、木に囲まれた平たいエリアだ。
が、そこで、
「……ん?」
「あら、シノダも気づいた?」
眉を顰める愛理。スピネリアも警戒心を強めていた。
僅かだが、殺気が充満しているのだ。
いる。姿は見えないが、近くに敵が。
直後、ズン、ズン……という、地響きにも似た、重い足音が聞こえる。
枝を掻き分け、地面を凹ませながら、そいつは姿を現す――。
「でかいっ? な、なんだこいつは……?」
「あら、お出ましね」
豚のような顔をした、人型の巨人。細い眼からは、身が竦みそうになる程の鋭い眼光が宿っている。腕や足は丸太のように太く、その手には棍棒を持っていた。
言うなれば、オーク。
ファンタジーの定番モンスター。一般的には雑魚敵扱いされることも多いが、今出てきたそいつは、全長四メートル近い巨体であり、とても片手間に倒せるような相手とはとても思えなかった。
分類は、『ミドル級オーク種』か。
レイパーは、二人を見ると、ニタリと笑みを浮かべる。
「王女様、離れていてください。こいつは私が」
愛理が刀型アーツ『朧月下』を出しながらスピネリアの前に出る。しかし、その顔からは冷や汗が流れていた。
手に持っている棍棒にベットリと付いた、まだ新しそうな赤黒い液体。そして僅かにする鉄の臭い。……ここに来るまでに、何人か殺してきたのだと分かる。
場合によってはスピネリアだけでも逃がさなければなるまいと、愛理は覚悟を決めた。
しかし……
「冗談はやめて。わたくしも戦うわ」
「ええっ?」
驚く愛理に、スピネリアは「そのために来たんだから、当然でしょ」と、好戦的な顔でそう答えるのだった。
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