第457話『体内』
「こ、ここは……な、なんなんですか……?」
唖然とした声を発したのは、桃色のボブカットにムスカリ型のヘアピン、黒いチョーカーを身に着けた少女、束音雅。
広い草原に、柔らかな光で大地を温める太陽、遠くに広がる海……今、雅の目の前に広がるのは、いっそ長閑ともいえる光景だ。
だが、こんなことはあり得ないことだった。
レイパーを輪廻転生させる存在、ラージ級ランド種レイパーの討伐作戦。それに参加していた雅は、少し前まで、太平洋や日本海の上空で激しい戦闘を繰り広げていた。
ラージ級ランド種レイパーを座礁させるという作戦を、多くの仲間や大和撫子、バスター、協力者達と共に見事成功させ、新潟県の真ん中辺り、長岡市寺泊の海岸に着陸。
動けなくなったレイパーを、いざ全員で総攻撃して倒してしまおうと思っていたところ、突然レイパーが大きな口を開け、近くにいた者達を全員まとめて吸い込んだというところまでは覚えている。
そこで意識を失い、目を覚ましたら、こんな場所だったのだ。状況を正確に思い出せば、ここがラージ級ランド種レイパーの体内だということは明らかだが、瞳に映る映像が、その理屈を信じようとしても邪魔してしまう。まるで予想だにしていなかった景色で、頭がどうにかなりそうだ。
【これは一体、どういうことなんだろう? レイパーの体内に、なんでこんな世界が……幻影とかではないんだよね?】
カレンの言葉に、静かに首を横に振る雅。夢や幻影を見せられているという可能性は考えたが、半渇きの制服の嫌な感触や、地面から伝わってくる土の確かな感触が、これが現実なのだと訴えてきた。
「そうだ……他の皆は?」
ハッとする雅。ここに吸い込まれたのは、自分だけではないはずだ。誰かが近くにいるはずである。
【ミヤビ! あっちだ! キララがいる!】
「えっ? ……本当だっ!」
カレンの言葉で、雅は遠くで倒れている茶髪ロングの少女の姿を見つける。友達の桔梗院希羅々だ。
起きないところを見ると、気絶しているのか、はたまた……嫌な予感が脳裏を過ぎり、雅は全速力で彼女の方へと駆け寄る。
そして体を起こし――ホッとした。取り敢えず体は温かい。脈もちゃんとあった。
「希羅々ちゃん! 希羅々ちゃん! 起きて下さい!」
「……ん? あら、束音さん……? ――っ?」
目を覚ます希羅々。途端、怪訝な顔で辺りを見回し始め、口をポカンとさせる。雅と同様、希羅々も目に映るものが信じられなかった。
「希羅々ちゃん、大丈夫ですか? 怪我とかはありませんか? 痛いところとか、苦しいところは……」
「え、ええ。一応、五体満足なようで……しかし、ここは一体……?」
「ランド種の体内のはず……です。私も目を覚ましたばかりで、正直何が何やらなんですけど……」
「そ、そうですわ。私、奴に吸い込まれて……あぁ、段々と記憶が蘇ってきましたわね……」
希羅々はそう言って、頭痛を堪えるかのように顔を顰める。やっとラージ級ランド種レイパーを倒せると思ったのに、まさかこんなことになるとは、夢にも思わなかった。
「束音さんがここにいる……私達、あの時一緒にいましたわよね。なら、篠田さんは?」
「いえ、見つけたのは希羅々ちゃんだけです。希羅々ちゃんがここにいるってことは、他の人達も絶対どこかにいるはずなんですけど……」
取り敢えず、皆の安否を確認しなければ。そう思ってULフォンを操作し始める二人。
だが、すぐにその顔が曇る。予想はしていたが、ここは通信が遮断されていた。こんなに天気が良いように思えても、結局はレイパーの体内なのだ。
「……仕方ありませんわ。しかし、どう致しましょう? 一体どこへ行けばよいのやら」
辺りを見回し、希羅々は渋い顔をする。動き回ってもいいのか、誰かがここに来るまで下手に動かない方が良いのか。どの選択肢がベストなのか、判断が出来ない。何をしようにも、常に危険な目に遭いそうな予感がする。
【ねぇ、あれは何だろう?】
「ん? ……あー、何かの建物? ですかね?」
「あら、どうされまして?」
「いえ、カレンさんが教えてくれて……希羅々ちゃん、あそこにある建物、見えますか?」
雅がそう言って指を差す先を見る希羅々。
遠くの方だが、そこには確かにあった。――石を積んで作られたような建造物が。
「あー……なんですの、あれ? お城? いえ、それにしては少々無骨過ぎな気もしますが……」
「神殿……いや、宮殿でしょうかね? 何かは分かりませんが、行ってみませんか? こんな原っぱだけの場所にいるより、何か有力な手掛かりが掴めるかも」
「ふむ、ではそう致しますか。いずれはここを脱出しなければなりませんし」
何かは分からないが、何となく分かる。あの建造物から伝わってくる、エネルギーとも呼べる奇妙な感じは。
雅もカレンも希羅々も、自分の第六感が、あそこに行くべきだと訴えているのを感じていた。そして恐らく、それは他の者も同じだろう。あの建造物は、それなりに目立つ場所にある。あそこに向かえば、仲間達とも会える気がした。
そうと決まれば、即行動――といきたいところだが。
「……束音さん。アーツを」
「ええ、分かっています」
右手に嵌った指輪が輝きを放つと同時に二人は背中を合わせ、腰を軽く落として辺りを警戒する。
目が覚めてから数分。段々と勘も冴えわたってきた。
だから気付く。二人の周りに潜む、二つの殺気に。
「姿が見えませんね……」
全長二メートルはあろうかというメカメカしい見た目の剣、『百花繚乱』を構え、雅は眉を顰める。
近くにいることは確かだが、その影すら見えないというのは奇妙だ。
だが、希羅々は金色のレイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』を握る手に力を込めると、素早く口を開く。
「束音さん、耳を澄ませてごらんなさい。何か音が聞こえませんこと?」
「……っ!」
空気の中に混じる、僅かな違和感。希羅々の耳は、それを拾う。
そして言われれば、雅もそれに気が付いた。
しかし――
「きゃぁっ!」
「なっ?」
――気づいたところで、遅かったのだが。
強烈な突風。
それが、遠くから雅と希羅々に襲い掛かったのだ。その威力たるや、その場に止まることすらままならない程。
互いに別々の方向へと吹っ飛ばされる二人。
地面に体を打ち付けた際のダメージはあれど、大きな怪我はない。すぐに立ち上がろうとした希羅々だが、
「っ!」
その眼前に、巨大な生物が迫っていた。
巨大な緑の複眼に、四枚の薄羽を生やした昆虫……蜻蛉。
人と同じくらいのサイズをしたこの化け物は、どう考えたってレイパーである。
分類は『蜻蛉種』といったところか。
突如目の前にいた巨大な虫に、悲鳴を上げる希羅々。反射的に、敵の眼にレイピアを振るう。
レイピアはレイパーの眼を抉り、緑の血が噴き上がる。明後日の方向に吹っ飛ばされるように進路を変えるレイパー。さしものレイパーも、希羅々の思わぬ行動に避けることが出来なかったのだ。
「よしっ!」
想定外の出来事に、雅が興奮したように叫んだ。突然現れたことには驚いたが、希羅々の今の一撃は、偶然とはいえかなりいいところに抉り込んでいた。これなら、すぐに爆発四散するかもしれない……と思ったのだが、
「――えっ?」
「……ちっ」
唖然とする雅に、肩で息をしつつ舌打ちをする希羅々。
抉れた蜻蛉の眼は、二人の見ている前で、あっという間に塞がったのだ。
【どうやら、強い再生力があるみたいだね……。倒すには、一撃で仕留めないといけないんじゃないか?】
カレンの言葉に、奥歯を噛み締める雅。今の手札で一撃で仕留めようとなれば、『グラシューク・エクラ』か合体アーツによる攻撃、後は音符の力を発現させる……つまり変身するしかない。
『グラシューク・エクラ』と変身は、一度使えばしばらくは使えない。何が起きるか分からないランド種の体内。これらの手段は、可能なら温存しておきたい。となれば合体アーツだが、それをするなら、ある程度の隙を作る必要がある。
問題は――
「くっ……速いっ?」
「ええい! 鬱陶しい……っ!」
高速で飛び回る蜻蛉種レイパーが相手では、それが難しいということ。
目にも止まらぬ速度で動き回り、羽を動かして突風を放ってくるレイパーに、雅も希羅々も翻弄されてしまう。
最初、今まで二人に姿も見せなかったところからこんなに接近していたのだから、相当にデタラメなスピードが出せるのだ。それに、二人はやっと気が付く。
「ふ、ふん! 蜻蛉なら、こうすれば良いでしょう!」
そう叫ぶと、希羅々はアーツの先を前に出し、クルクルと回し始める。
蜻蛉を捕まえる時に、指を回すあの行動。これで少しくらい目を回し、動きが鈍らないか……やけっぱちに、希羅々はそれを狙う。焦りのせいか、その回転はかなり速い。
しかし、
「き、希羅々ちゃん! 待って――」
「きゃあっ!」
雅が希羅々の安易な作戦を制止しようと声を上げるが、それが彼女の耳に届くより先に、レイパーの放つ突風が希羅々の周りの地面を削り取っていく。
レイパーの動きに鈍りは無い。希羅々の行為は、欠片も効果が無かったのだ。希羅々は知らなかった。あの指を回す動きの、本当の意味を。気を付けなければならない点を。
故に、逆にレイパーに攻撃させるチャンスを与えてしまった。
突風は強烈な攻撃だが、狙いが付けづらいのが幸いか。希羅々の周りの地面に当たり、中々本人には当たらない。中には当たりそうになるものもあるが、シュヴァリカ・フルーレで何とか弾いている。しかし四方八方から絶え間なく放たれる風の技が、希羅々に直撃してしまうのも時間の問題だ。
「何とか助けなきゃっ!」
【ミヤビ! 右だっ!】
「えっ? ――っ?」
突風の対処で手一杯の希羅々を助けようと走り出す雅だが、直後、カレンの指示が頭の中で轟く。
咄嗟に右を見れば、そこにはいた。
雅に向かってタックルしてくる、緑と黒の縞を持ったシマウマが。
既に、距離二メートルのところまで迫っていたそのシマウマ。雅が大慌てでその場から跳び退いた直後、今まで彼女がいたところを走り去る。
が、刹那。
「っ?」
【ミヤビっ?】
胸元にガツンとくる、重い衝撃。何が起こったのかも分からず、吹っ飛ばされる雅。
地面に激突し、口から血が溢れる。今のは強烈だった。防御する暇もなかった。
【ミヤビっ! しっかりっ!】
(な、なに、が……?)
頭の中でガンガンなるカレンの言葉が、飛びそうになる雅の意識を、辛うじて繋ぎとめる。
雅の頭の中は、大パニックだ。突進を避けたはずなのに、何の攻撃を喰らったのか、全く分からなかった。
気づいたのは、ただ一人。
【気を付けろ! あいつ、ミヤビに蹴りを喰らわせたんだ!】
カレンだけは、辛うじて見えていた。雅の側を通り過ぎた直後、後ろ足で雅に攻撃していたのを。
(ぜ、全然気づかなかった、です。近づいてきていることすら……!)
【あの縞模様……草原と同化しているのか!】
全体のフォルムはシマウマながらも、地面に生えている草と同じ色の緑。このせいで、パッと見ただけでは、そこにそいつがいるとは分からない。そんな特殊なシマウマ。
紛れもなくレイパーだ。分類は『シマウマ種レイパー』といったところか。
「く……ぅ!」
立ち上がる雅だが、急に眩暈に襲われ、ふらついてしまう。先の蹴りは当たり所が悪く、足腰に力が入らなかった。
脳震盪というわけではないから、しばらくもすれば収まるだろう。……が、
「た、束音さんっ! 来ますわよ!」
希羅々の、切羽詰まったような警告の声。
蜻蛉種の攻撃への対処で手一杯なはずの希羅々。人のことを心配している余裕等無いはずだが、それを無視してそう叫んだのは――既にシマウマ種レイパーが、雅へ向かって走り出していたから。
動きの鈍った雅等、レイパーからすれば格好の的。猛スピードでタックルし、仕留めるつもりだ。
しかも、真正面からでは無く、死角から。
今の雅は、頭が上手く働いていない。何がどうなっているか理解することは不可能だ。当然、レイパーの攻撃に対処することも。
が、
【ミヤビ! アーツを右下に!】
カレンは、ギリギリレイパーの気配を察知していた。その声に従い、雅は百花繚乱を地面に突き刺す。
直後、大きな鉄球が直撃したような強いショックが雅の体を襲う。足腰が弱った雅に、敵のタックルに耐える力は無い。
「――ぅ!」
辛うじて百花繚乱が盾になったことで衝撃が弱まったものの、雅はあっさり跳ね飛ばされてしまう。
「束音さんっ? この……っ!」
地面に激突した雅に、血相を変える希羅々。蜻蛉種レイパーの突風攻撃の嵐の中、何とかしようとレイピアを振り回していたその動きが、我武者羅で雑なものへと変わっていく。
【横へ跳んで!】
仕留めそこなった雅に止めを刺そうと、再び走り出すシマウマ種レイパー。次の攻撃を受ければ、命は無い。それは、混乱中の雅も本能的に理解する。
口から血を溢れさせながらも、雅が跳ぼうとした――その刹那。
突如、雅の足が何者かに掴まれる。――雅の足元から、手が出てきていた。
「っ?」
【えぇっ?】
雅は戸惑い、カレンはパニックを起こしたかのような悲鳴を上げる。今の今まで、こいつの気配は無かったはずだった。それが突然現れるとは、夢にも思わなかったのだ。
【くっ……! 足元を狙撃!】
焦るカレンだが、指示はまだ的確。雅がこんな状態の中、自分がテンパったらそれこそ待っているのは彼女の死……その本能が、カレンの思考をフルに回していた。
そして雅も、段々と体に力が戻ってくる。手間取りながらも百花繚乱の柄を曲げてライフルモードにし、無我夢中で足元にエネルギー弾をぶっ放した。
大地が爆ぜ、吹っ飛ばされる雅。タックルの進行方向を変えるシマウマ種レイパー。
そしてそれから少し遅れて地上に出てくる、謎の敵の正体。
「サル、ライユセメヅエゾフナソ、トモトモンウト」
不敵にそう呟いたのは、全身茶色の人型の化け物だ。尖った鼻に、長い爪。それはまるで、モグラのよう。
分類は『人型種モグラ科』か。
「さ、三体目……っ? しま――っ?」
新手に気を取られた希羅々に、蜻蛉種レイパーの放った風攻撃が直撃し、吹っ飛ばされる。その先は、偶然にも雅の方。
一か所に追い込まれた雅と希羅々に対し、蜻蛉種レイパー、シマウマ種レイパー、人型種モグラ科レイパーが、三方向から迫ってくる。
物言わずに近づいてくる三体だが、その顔は、ついに獲物を追い詰めたという喜びに満ちていた。
「ま、まずいですわ……。数で上回られては……!」
珍しく恐怖に声を震わせる希羅々。
ここから逆転のビジョンが、まるで見えない。抵抗してもジリ貧に追い込まれ、いずれ殺されるという展開は、容易に想像出来てしまう。
逃げ場も無く、絶体絶命。
「カ、カレン、さん……っ! 音符の力っ!」
最早なりふり構っていられない。切り札を切らなければ負ける。
そう思った雅がそう叫び、カレンが応じ、そして変身しようとした――その時。
「ミス束音。それはちょっと早いわ」
そんな声が、雅の耳に届く。
――天から助けが来たかのような、そんな声が。
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