季節イベント『女顔』
「ねぇ、お父さんって何か、面白エピソードとかないの?」
ある日の夜、相模原家。
黒髪サイドテールの少女、相模原優が、父の優一にそう尋ねる。
一体なんだ藪から棒に……そういう意味合いを込めた視線を送ると、優は「あぁ、いや」と前置きしてから、言葉を続ける。
「実は昨日、お母さんの昔話を聞いてさ。ねぇ、お母さんが学生時代、みーちゃんのお母さんと知り合っていたって話、知ってた?」
「あぁ、その話か。優香と嬋さんが、かなり長い付き合いだったという話なら知っている。あの二人、学生の頃は芸人みたいなことをしていたらしいが……どういう訳か、何が切っ掛けで知り合ったのか聞くと、途端にはぐらかすんだ」
「……ふふ」
「む? 優は何か知っているのか?」
「内緒」
笑いを堪えながら優がそう答えると、優一は「お前も秘密にするのか」と言って、半眼を向けた。
「まぁいい。……ふむ、そういう系統の話であれば、俺と潔の関係についても話そうか。そう言えば、お前にはまだ話したことが無かったしな」
「えっ? 潔さんって、みーちゃんのお父さんだよね? 知り合いだったの?」
「優香達程、長い付き合いでは無い。ただ、優香と結婚するずっと前からの付き合いだ」
感嘆とも溜息とも違う、声にならない驚愕の音が、優の口から漏れる。自分と雅の付き合いも長い方だと思っていたが、自分が思っている以上に、相模原家と束音家の付き合いは深いらしい。なんと世間というのは狭いものか……そう思わずにはいられなかった。
「潔と知り合ったのは、大学に入った時だ。サークルの新歓コンパがあちこち開かれていてな。俺はただ飯目的であちこち参加していたんだが、ある時事件が起きた」
「事件?」
「とあるサークルの新歓コンパに参加した時、ちょっとしたゲームをしたんだが、その結果罰ゲームをする羽目になったんだ。――女子大生一人、ナンパしてこいという罰ゲームだった」
「……ん?」
苦虫を噛みつぶしたような優一の言葉に、優は何だか嫌な予感を覚える。
そして、心底嫌なことを吐き出すかのように、優一は口を開く。
「断って逃げても良かったが、ただ飯頂いた挙句に空気をぶち壊しにするのは気が引けたから、渋々適当な相手を見つけて声を掛けた。……そしたらどうだ。そいつが潔だったんだ」
「え、ちょ、潔さん男だよね?」
「あいつ、女装していたんだよ。……俺と同じで、新歓コンパの罰ゲームだったらしい。何が腹立つかって、ネタバラシされるまで、俺はずっと、潔が女だと思ってしまったことだ。あいつ、随分と女顔というか、女装が似合う奴でな。完全に騙されたよ」
当然、周りは大爆笑。優一はショックのあまり、しばらくその場で呆然としてしまった。
何せ、潔の女装はかなりクオリティが高かったのだ。何なら、多少一目ぼれしてしまったくらいの可愛さだった。それまで恋愛とは無縁で生きていた優一が、初めて恋をした瞬間とも言って良かった。……それが、一瞬でぶちこわしになった時の心境は、大変不本意なことに優一今でもよく覚えている。
「ぷ……くく……え? 声で分かんなかったの?」
「優、お前まで笑うんじゃない……。あいつ、男にしては声が一オクターブ高かったから、あまり違和感が無かったんだよ」
堪えきれない優のニヤけ顔に、優一は苛立ったように踵で床をコンコンと叩く。
最も、この話を優香にした時よりはマシだ。彼女は遠慮なく腹を抱えて大笑いしたのだから。今でも、二人きりになった時、何かの拍子に思い出してはネタにしてくるのだ。
「……まぁ、それが潔と出会った切っ掛けだ。それでその少し後、偶然にも同じサークルに入ることになってな。それが切っ掛けでよくつるむようになったんだ。で、問題はその次の年なんだが……」
「え、何? 何があったの?」
優は、目をキラキラさせて続きを促す。優一は一瞬、思いっきり嫌そうな顔をしてから口を開いた。
「あいつも不運というか何と言うか……飲み会でゲームをやる度に高確率で罰ゲームを受ける奴だった。その度に女装させられてな。それがちょっとエスカレートして、女装したまま家に帰らされることになったんだ。しかも、酒をたんまり飲まされた状態で。で、流石に足取りも危なかったもんで、俺が介抱してやっていたんだが……それを、ある人物に目撃された」
「ある人物? ――あ、ちょっと待って、まだ答え言わないで。当ててみせる。んー……もしかして、嬋さん?」
「正解だ。なんで分かった……。そう、嬋さんだ。そしたら彼女、その……何を勘違いしたのか、俺が女性を酔わせて悪いことをしようとしていると思ったらしい。『甘いマスクで女を引っかけるなんて最低』と怒鳴られて、アーツで襲い掛かられた」
刹那、今度こそ大笑いする優。今も昔も強面の彼に、『甘いマスク』というのはあまりにも的外れが過ぎる。
「ええい、うるさい! 遠目から見たら、それっぽく見えたらしいんだよ! 近づいてよく見たら、甘いマスクとはかけ離れていて、謝られた――おい、そんなに笑うな!」
「だ、だって……くっくっく、ヤバ、お腹痛い! あっはっは……!」
笑い過ぎたことで出てきた涙を指で拭う優。なんて話をしてくれたんだと、率直に思ってしまった。これは、しばらくは思い出し笑いが抑えられそうにない。
「ま、まぁそれからなんやかんや頑張って、何とか誤解を解いた。潔が男だと知った時の彼女の顔といったらもう……。で、それが切っ掛けで彼女とも付き合いが始まって、その関係で優香とも出会ったんだ」
「へ、へぇ。意外なところでお母さんが出てきたね。……でも、よくやりとりする気になったね。襲われたんでしょ?」
「嬋さん、潔のことをいたく気に入ったみたいでな。彼女の方から潔に連絡をしてきたんだ。あの人、雅君と同じで女好き……というか、『可愛い人』好きだったんだよ。潔、女装すれば可愛い見た目になるから、ストライクゾーンだったんだろうな。その後からずっと女装させられていた。最初は潔も嫌がっていたんだが、段々とまんざらでもなくなってきたというか……」
嬋さんも美人だったから、気を良くしたんだろう。優一はそう続ける。
「いやー……ん? 待って。私、みーちゃんのお父さんのことはあんまり覚えていないからあれだけど、女装していた記憶って全然ないよ? みーちゃんと麗さんからも、そんな話聞いたことないし」
「あいつの女装は大学で始まって、結婚を機に終わったからな。両親たちには、バレないように、こっそりやっていたんだろう。……もしかすると、麗さんは薄々察していたかもしれんが。あの人、中々に勘が鋭いから」
ならば何故、そのことに触れなかったのか。武士の情けか、実は陰でこっそり潔を問い詰めていたのか。色々想像出来ることは出来よう。だが、本当のところは不明である。今となっては、二人とも天国にいるのだから。
ふと、ULフォンにメッセージが来る。優香から、そろそろ帰るとの連絡だ。時計を見ると、中々にいい時間になっていた。
「さて、この話はおしまいだ。それだけ笑ったんだから、充分だろう」
「えー! ちょ、折角だし、お父さんとお母さんの馴れ初めの話も聞きたい! この分だと、絶対何か面白い話とかあるでしょ!」
「長くなるから却下だ」
ブーイングする優に、「子供は早く寝なさい」と無理矢理追い返す優一。優はしばらく粘っていたが、やがて諦めて自室へと戻っていく。
「……はぁ。ついうっかり話してしまったが、こんなことになるとはな」
誰を責めるべきか。話をする切っ掛けとなった優香か、ネタになった潔と嬋か。はたまた、口を滑らした自分自身か。
天井を仰ぎ、そんなことを呟いてから、優一はふと思う。
(……そう言えば、こんな砕けた話を優にするのは初めてか? いつもは、真面目で厳しい話ばかりだった気がするな。……まぁ――)
――あんなに笑ってくれたのなら、まぁいいか。と
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