第51章閑話
これは、今から百年前。二一二二年の話。つまり、雅達の世界でレイパーの存在が確認されてから、まだ間もない頃のことだ。佐渡の隣に突如出現したラージ級ランド種レイパーの大規模調査が行われた。当時はまだレイパーの生態等もきちんと分かっていなかったため、日本が大量の予算と時間、人員をつぎ込んだのである。
見て分かる通りの巨大生物であり、こんなものが暴れたら多くの被害が出ることは想像に難くなかったため、調査は慎重に行われた。
しかしそんな中、危険を承知で実施されたものがある。それが、ラージ級ランド種レイパーの体内にカメラを送り込み、体内の構造を確認するというもの。
これは『レイパーは、女性がアーツを使った攻撃でなければダメージを与えられない』という事実が知られており、さらにこのレイパー自体が大型なため、遠隔操作出来るカメラを飲み込ませても問題無いと判断されたから出来た調査だ。
一体奴の体の中はどうなっているのか。調査員が固唾をのんで見守る中、無事にカメラをランド種の体内に仕込むことに成功した……のだが。
そこで彼らは、信じられないものを見ることになる。
当初予想されていたのは、レイパーはいわば人間や他の動物と同じような器官を持った生物だということ。体内の構造というのは生物毎に異なるのは当然だが、概ね食道や胃、腸などの臓器は存在している。レイパーも、この例からは大きく外れないだろう。そう思われたのだ。
だが、現実は全く違っていた。
一度口内に吸い込まれたカメラは、ライト機能があり、それが正常に働いていたにも拘わらず、一瞬だけ真っ暗な空間に閉じ込められ――その闇が晴れた時、そこには思いもよらない空間が広がっていたのだ。
その空間の異質さが、ラージ級ランド種レイパーを『ランド種』とカテゴライズするに至った、大きな理由となる。
***
「……ぅ、うん?」
ぼんやりとした意識が、朝日によって徐々に覚醒していく、そんな感覚がした雅。
それでも、いまいちスッキリしない。自分が倒れているという事実にすら、気付くのに時間を要したくらいだ。
全身から抜けていた力が少しずつ戻ってくる中、一体何があったのかと、温かい風に身を委ねながら、直前の記憶を呼び戻そうとする雅。
(……あぁ、そうだ。私、奴に吸い込まれて)
皆の力でラージ級ランド種レイパーを座礁させることに成功し、動けなくなったところを総員で一気に討伐しようとしたまさにその時、レイパーが大きな口を開けたところまでは思い出せた雅。
となると、ここはレイパーの体内か。いや、もしやあの世か。
どこか危機感の抜けた気持ちで、そんなことを考えながら雅は温かい大地から体を起こす。
【……ぁ、ん? あぁミヤビ、ごめん。私、気を失って……?】
雅の中にいたカレンも、ここで意識を取り戻した。
だが、いつもならカレンの言葉に何かしらの反応をするはずの雅が、今回は何も返さない。
カレンはそれについて、疑問の声を上げることは無かった。何故雅が無反応なのか、その理由がすぐに分かったから。
雅とカレンは、二の口が告げない。
雅も何となく、おかしいとは思っていたのだ。
レイパーに吸い込まれたのなら、ここは奴の体の中。つまりは、真っ暗な暗闇が広がっているはずだ。だが雅は、日の光を感じて起きた。太陽なんて、ここには無いはずなのに。
肌を撫でてきたそよ風。これもあり得ない。体の中なのだから。
自分が倒れていたところが大地であることも、おかしな話だ。もっとヌメっと、ブニュっとした気持ちの悪い場所であるべきだろう。何故ならここは、レイパーの体内だ。
気づくのに時間が掛かったのは、雅が無意識に現実逃避してしまっていたから故か。
「……え?」
やっと絞り出した雅の言葉が、あっさりと、そして静かに消えていく。
それ程まで、雅の視界に広がる光景は信じられないものだった。夢でも見ているのか。そう疑うが、体に蘇ってきた痛みやだるさが、これが現実であると突き付けてくる。
雲が僅かに散らばる青い空。
柔らかく辺りを照らす、太陽。
草木が生い茂る大地。
遠くには、海さえある。
まさに、大陸。
遠い昔の二一二二年。当時調査員達がカメラ越しに見た衝撃の景色。
それと全く同じものを、雅は今、肉眼で見ていた。
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