第51章幕間
ラージ級ランド種レイパー討伐作戦が行われている頃。
魔法大国オートザギアの王国区、セルトギア。首都フォルトギアから北に位置する、行政都市である。
セルトギアの中央に建つは、全長八十メートルもある巨大な白銀の城『ギャスティアム・キャッスル』。レーゼ達の世界における、世界三大名城として有名な建物だ。政治の中心施設であると同時に、観光名所として、一部区画は一般公開されている。
そんなギャスティアム・キャッスルの五階にある閣議室では、オートザギアの国王、バディオン・ピオニウス・オートザギア及び、女王ユリス・ロゼリオ・オートザギア、そして各大臣が一堂に会し、激しい議論を交わしていた。
議題は勿論、現在行われているラージ級ランド種レイパー討伐作戦に関することだ。日本が中心となって作戦指揮をしているが、オートザギアとして、ランド種の討伐には勿論協力していた。
議論も煮詰まってきたため、バディオンがいよいよ最終決定を下そうとしていた、まさに丁度その時。バディオンに通話の魔法による連絡が入る。――それも緊急時に使われる特殊な通話の魔法が。
そしてその相手は、
(デリシオ? こんな時に何だ?)
デリシオ・アストラム。ミカエルの父親であり、オートザギア魔法学院の理事長。由緒ある名家の当主でもある彼とは、古くからの付き合いだ。
だからだろうか。バディオンは、魔法の後ろにいるデリシオが、酷く怯えているような、そんな気配を感じた。勘、というやつだ。
猛烈に嫌な予感がしたバディオンが、やや躊躇いがちに通話に出る。
その数秒後。
「……は?」
国王らしからぬ素っ頓狂な声。この時、バディオスは初めて知らされた。
――娘の第二王女、スピネリア・カサブラス・オートザギアが学院を抜け出し、ラージ級ランド種レイパー討伐作戦に参加していることを。
***
一方、日本の新潟。村上市にあるアーツ製造販売メーカー『アサミコーポレーション』にて。
社長室の窓から、暗くなる日本海の方を不安気に見つめる一人の女性がいた。浅見杏だ。
落ち着いた雰囲気を醸す彼女だが、
(ラティア達、大丈夫かしら……?)
内心は、大きな不安でいっぱいだ。討伐作戦の状況は、頻繁に杏にも伝えられている。現在、北海道の遠洋の辺りで交戦中であり、状況は決して良いとは言えないが、誰もが必死に喰らいつき、何とか作戦の大筋には乗っかっているというということも、勿論知っていた。
敵の力が強大且つ未知数であることを考えれば、苦戦は必至だろうとは予想していた杏。それでも作戦が何とか前へと進んでいるということは、ラティアがきっちり仕事をしているということ。
(……調整は上手くいった、と思って良いようね)
今ラティアが使っている小手、『マグナ・エンプレス』は、ラティア用にチューニングし直したもの。出来る限りのことはしたが、二日間しか期間が無く、さらに敵の力も不明瞭な点が多かったこともあって、膜が本当に破壊出来るかどうかは、やや賭けな部分もあった。
何より、ラティアがきちんと使いこなせているか、杏はかなり心配していた。マグナ・エンプレスの使用経験が乏しく、またラティア自身の身体能力は決して高くない。アーツを使って戦うことの才能も、四葉と比べれば雲泥の差だ。止まっている標的に衝撃波を当てるのも、最初は酷く苦労していたくらいである。
とは言え現状の報告等も踏まえると、そこら辺の心配は杞憂だったのだろう。杏は、少しだけ安心した。……最も、それはそれで、今度はラティアが無事かどうかの不安が、相対的に大きくなってくるのだが。作戦は、まだ終わったわけではない。
杏の視線が、壁に掛かった時計に向けられる。秒針を刻む針が、酷く緩慢に思えた。
軽く溜息を吐き、デスクの引き出しを開ける。
そこには、一枚の古い写真。――映っているのは病院のベッドにいる自分自身、最愛の夫の一護、赤子の黒葉、そしてまだ幼かった頃の四葉。
黒葉が生まれた時、記念に撮ったものだった。この頃は、何かある度に皆で写真を撮ったものだ。大きな仕事に挑む前に、杏は必ず、この写真を眺めるようにしていた。
それをしなかったのは、ただ一回……先日、鬼灯淡に復讐をしようとした、あの時だけ。
(……そろそろかしら)
再び、チラっと時間を確認する杏。
すると、ULフォンに連絡が入り――刹那、杏は歩き出すと同時に電話に出る。
『社長! まもなく準備、整います!』
杏が返事をするより早く、息を切らせてそう言ったのは、今は社長秘書を兼任しているOL、瀬郷由香里である。
「分かったわ」
静かに告げ、拳をパキパキと鳴らす杏。瞳に鋭い闘志を宿した彼女の足取りは速い。
(……こんな気持ちは、久しぶりかしら)
復讐に燃えていたあの時と、似たているようで全く違う感覚だ。
体の中を駆け巡る血が、激しく騒ぐ。
「さぁ、大仕事よ」
写真も見てスイッチも入った。後はもう、やるだけだ。
そんな心持で、杏はそう呟くのだった。
***
午後六時四十分。すっかり日も落ちた頃、討伐作戦の現場では。
「シノダ。これは一体……?」
新潟県の真ん中辺りにある、長岡市寺泊。そこの海岸に降り立ったスピネリアが、目の前にいるラージ級ランド種レイパーを見て唖然としてそう尋ねる。
高さ六百メートル以上はあろうかという、白い化け物。海水が滴るその体の真ん中辺りにある鰭をバタつかせ、この状況から抜け出そうともがいているようだが、悲しいかな。鰭が地面に届かず、少しばかり体が揺れるだけだ。
「奴を座礁させたんです。新潟県と佐渡島、富山県、石川県の能登半島、その四か所の海岸に引っ掛かけて」
その横で、愛理が額の汗や海水を腕で拭いながら、スピネリアの質問にそう答える。
「尻尾が少し不安ですが、動かしている様子がない辺り、石川にいる人達が上手く抑え込んだのでしょう。……む?」
後ろから誰かの声が聞こえてきて、愛理は振り返る。
そこには、雅が手を振りながら駆け寄ってきていた。後ろには、希羅々もいる。
「愛理ちゃん! 良かった、無事でしたね!」
「ご無沙汰していますわ、篠田さん! こっちも、いつものメンバーは、アプリカッツァさん以外無事なのを確認しましたわ! 後は彼女だけですが――」
「二人も無事だったか! アプリカッツァなら、クルルハプトさんという人と一緒にいるはずだ。ラティア達が来たら、また空から攻撃するつもりらしい。……さて、後は、動けなくなったこいつを袋叩きにするだけだな!」
「よし、ノルンちゃんも無事ですね! なら、もうひと頑張りしないと! ところで、この可愛らしい女の子は?」
スピネリアの方を見て目をキラキラさせる雅に、愛理は苦笑。
早速紹介を……と思ったが、はて何と説明しようかと、一瞬言葉に詰まる。
そんな中、スピネリアが優雅にお辞儀をして、自己紹介しようとした――その時。
【ミヤビ! 逃げろ!】
カレンの警告の声が、脳内で響く。
作戦が上手くいったことで気を緩めてしまっていた雅達。
彼女達は、気付くのが遅れた。たった一人、雅の中に存在していたカレンだけは、必然的に一歩引いた目線が出来ていたから、彼女だけは気づいたのだ。
ラージ級ランド種レイパーが、大きな口を開いていることに。
なんだ――そう思う暇は無かった。
それを目視した時には、抗えない程の吸い込み風に襲われたから。
僅か数秒の間。
海岸には、人っ子一人いなくなっていた。
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