第454話『潮噴』
潮噴き。
文字では『潮』という字が使われているが、鯨が放出するのは海水では無い。肺から出した空気、つまりは呼吸だ。
だが、ラージ級ランド種レイパーによる潮噴きは、それとは若干異なる。鯨同様に空気も含まれているが、それは全体の半分。もう半分は、レイパーの体内にある魔力だ。
これが空気と混じり合うと、どうなるか。――その答えは、少し前に雅達が見た通り。
轟音と共に噴き上げられた潮。それは、大気を震わせる程の威力があった。海上にいれば、地震に襲われたような錯覚さえしただろう。
死の恐怖も相まって、逃げる者どもの足取りはおぼつかない。ペリュトン種レイパーですら、女性を襲うのを止め、逃げようとする有様だ。
「とべぇぇぇぇえっ!」
全力で走るレーゼの必死な叫び声。これが最適解かなんて考える暇は無い。ただ生き残るのに、本能的に、雅や近くにいた者達と一緒に、前方へと頭から全身を投げ出す。
潮はミカエルが空中に創り出した足場の多くを、まるで何も無かったかのようにあっさりと破壊し、白い蒸気と共に天まで届いた。
まさに爆発。火山の噴火のような一撃。
悲鳴なんて聞こえてこない。潮の噴射音は、それらを全て掻き消してしまったから。
熱気にむせ返ると共に眩暈と吐き気、頭痛が襲ってくる中、振り出す熱い雨。
「へ……返事! 生きている者は返事を……っ!」
「こ、ここ……! 雅、います……っ!」
真っ先に返事をした雅。その後から、続々と他の者も声を上げる。……それなりの数の声だ。一先ず、全滅は免れたらしい。
「ミヤビ……ありがとう。教えてくれなかったら、全員死んでいたわ……」
「感謝ならノルンちゃんに……。彼女のスキルが無かったら、終わりでしたから……」
歯噛みしながら、雅は震えた声でそう呟く。最悪の事態は免れただろうが、被害がゼロではないことくらい、察していた。
すぐに、ULフォンに本部から連絡メッセージが来る。それを見て、拳を握り締める雅。……今の一撃で、百二十六人の命が失われたと、書いてあった。
蒸気で視界が悪い中で、雅とレーゼは目を凝らして辺りを見る。
まずは海上。あれだけの攻撃を放ったにも拘わらず、ラージ級ランド種レイパーは平然と海を泳いでいた。
そして空。だがここで、ふと気づく。
あれだけいたペリュトン種レイパーの数が、明らかに少ないことに。
【あいつ……っ! まさか味方諸共っ?】
カレンの戦慄の声が、雅の頭の中で響く。潮噴きが直撃したのは、人間だけでは無い。ペリュトン種レイパーも、消し炭にされていた。
最初は一五〇〇体いたペリュトン種レイパーも、今はもう五百体程。だが倒された千体の内、雅達が倒したのは精々三百体程度だ。残りの七百体は、今の潮噴きで倒されたのである。
百二十六人殺すのに、味方を七百体殺したのだ。これでは、味方の犠牲に対する成果が余りにも割に合わない。敵に塩を送る行為にも思える。
それをしても、レイパーが平然としていられるのは、輪廻転生の存在があるからだろう。
……ペリュトン種レイパーとの戦闘が始まってから、十五分程度。雅達がその時間を掛けて精一杯戦って何とか倒した敵の数を、ラージ級ランド種レイパーはたった一発の攻撃で上回ってしまったのだ。あまりの力の差に、愕然とするしかない。
そんな中、生き残っていたペリュトン種レイパー達が、一斉に雅達へと襲い掛かる。ラージ級ランド種レイパーの一撃で大きな被害を受け、満身創痍状態の彼女達をしっかりと仕留めるつもりなのだ。
一体のペリュトン種レイパーが、雅の横で膝を付く大和撫子に目掛け、角を向けて突進。
咄嗟に雅が彼女の前に出て、剣銃両用アーツ『百花繚乱』の刃でそれを受け止める雅だが、
「くぅ……っ!」
足に、さらにはアーツを握る手に、上手く力が入らない。さっきの潮噴きから逃れるのに、雅は自分の想像以上に体力を使ってしまっていた。
レイパーの体重は、人間よりも遥かに重い。フラフラの体で受け止めるのは、無茶なことだ。あっという間に、後ろの女性ごと吹っ飛ばされてしまう雅。
直後、顔を青褪めさせる。
飛んでいく先……そこに、足場は無い。
このままでは、海に真っ逆さま。海抜千メートル以上の高さから落ちたらどうなるか等、言うまでも無いだろう。
悲鳴を上げる雅と大和撫子。レーゼが雅の名を叫ぶのが、遠くに聞こえる。
足場の一つでも近くにあれば、それを手を引っかけて助かるのだろうが、辺りには何もない。
(ヤバい、ヤバいヤバいヤバい!)
このままじゃ、助けようとした女性も、自分も助からない。
ただひたすらに、『ヤバい』という言葉だけが頭の中をグルグル回ってしまう。
そんな中、
【ミヤビ! 『アンビュラトリック・ファンタズム』!】
「っ!」
カレンだけは、辛うじて冷静さを保っていた。
反射的に大和撫子の腕を掴み、百花繚乱を持った手を伸ばす雅。――そこに出現する穴。
ミカエルの妹、カベルナの『アンビュラトリック・ファンタズム』。これは、空間が繋がっている二つの穴を呼び出すスキルだ。普段は、例えば自分の近くと敵の背後に穴を作り、そこにアーツを突っ込んで奇襲するというような使い方をする。
では、カレンがこのスキルを使うよう指示したのは何故か。
カレンが言葉で指示したことは、あまりにも僅かなことだけ。――だが、雅はその意図を、指示からやや遅れて理解していた。
だから、行動に迷いは無い。
穴を作る先……それは、
「レーゼさぁぁぁあんっ!」
「っ!」
レーゼの足元。
雅の声に、レーゼも彼女の意図を理解する。
雅が、自分の右側に作った穴に百花繚乱を差し込み。
レーゼが、自分の足元から出てきた百花繚乱の切っ先を踏みつける。
この穴は、ワームホールだ。一見すると離れているように見えても、繋がっている。
だから、支えられる。レーゼが百花繚乱を踏んだことで、雅達を助ける支えになったから。
「ぐ……この……っ!」
雅と女性二人分の重さがアーツに掛かり、それをレーゼが踏みつけの力だけで抑えている状態。レーゼは必至で足に力を込めるが、それもすぐに限界が来るだろう。現に、徐々にレーゼごと切っ先が持ち上がってきている。何時レーゼの足から滑って落ちても、全くおかしくない。
が、しかし。
雅は見ていた。あるものを。理解していた。カレンの本当の意図を。
雅は、女性を掴む腕に、力を込めると、
「あのっ、ちょっとだけ我慢してくださいっ!」
「えっ! ――きゃぁぁぁあっ!」
思いっきり、女性を投げ飛ばす。
そんなことをした理由は――
「よくやったミヤビぃぃぃっ!」
自分達を助けに来てくれていた人がいたからだ。
颯爽と横の方から跳び掛かり、空中に投げ出された大和撫子をキャッチしたのは赤髪ミディアムウルフヘアの女性、セリスティア・ファルト。
雅のピンチにいち早く動いていた彼女。ランド種から離れたところでペリュトン種と交戦していたため、潮噴きの衝撃は大きくない。行動は、誰よりも早かった。
直後、ついにレーゼの足にも限界がくる。百花繚乱を抑えきれなくなり、あっという間に足と床の間から抜けていってしまった。
しまった――声を上げることも忘れ、真っ青な顔で下を見るレーゼ。
すると、
「ミヤビ! 大丈夫っ?」
「ファムちゃん! ありがとうっ!」
ウェーブがかった紫髪の、白翼を広げた少女。ファム・パトリオーラだ。
背中の翼はアーツ『シェル・リヴァーティス』。これでファムは、自在に空を舞える。アーツの性能の限界で、海抜六百メートル以下でしか動けないのだが、それ故に彼女は、下方に来たレイパーと交戦したり、足場から落とされた人達を助けたりしていた。低いところにいたことで、雅達の落下にも対応出来たのだ。
何とか助かった雅。上では、爆発音が響く。先程雅達を突き落したペリュトン種レイパーを、レーゼとセリスティア、雅が助けた大和撫子の三人で撃破したのだ。
直後、
「っ! 後ろから来てます!」
「あぁ、鬱陶しいなぁっ!」
背後から聞こえてくる、不気味な羽音。別のペリュトン種レイパーが、ファム達に迫っていた。
ファムが一気に下降し、レイパーがそれを追う。
飛行速度は、レイパーの方が若干早い。ファム単体なら逃げ切れるが、雅を抱えたままでは流石に速度が落ちてしまう。
雅が百花繚乱をライフルモードにし、桃色のエネルギー弾を連射。ファムもシェル・リヴァーティスから羽根を飛ばすが、レイパーはそれを避けて近づいてくる。
だが、二人は歯を喰いしばりながらも、パニックになることは無い。二人は、狙っていた。
「ファムちゃん! 今です!」
「分かった!」
――レイパーが、自分達に充分近づいてくる、その時を。
ファムが雅を上空に投げ飛ばし、雅が百花繚乱の柄を曲げてブレードモードに変更。
直後、ファムが速度を上げてレイパーの下に潜り込み、アッパーのような蹴りをお見舞いする。
上に吹っ飛ばされるレイパー。そこには、体を捻りながら剣を振りかざしていた雅。
回転の力、腕力、重力……それらを乗せて放った斬撃は、大きな抵抗感を腕に伝えながらも、レイパーの首に大きな傷を付ける。
放物線を描くように血を噴き上げながら、レイパーは爆発四散するのだった。
「ミヤビ! ナイス!」
「ファムちゃんのお蔭です! ――っ! ファムちゃん! もう一仕事!」
刹那、一機のドローンから、衝撃波が放たれる。
ラティアが、ラージ級ランド種レイパーの膜を破壊するために、二度目の攻撃を仕掛けたのだ。
再び百花繚乱をライフルモードにする雅。膜が壊れ、ランド種に攻撃が通るようになるのは一瞬だ。
これを、逃す訳には断じていかない。
衝撃波が命中するより早く、雅とファムは、レイパーの方へと攻撃を放っていた。エネルギー弾と羽根……丁度、膜が壊れたと同時に、本体に命中するようタイミングを見計らって。
タイミングは――バッチリ。
ガラスが割れるような音が響いた直後、雅とファム、さらには他のバスターや大和撫子達の攻撃が、我先にとランド種へ命中する。
甲高い声を上げるレイパー。それはまるで、今の攻撃に怒り狂ったかのような、そんな色を含んでいる。
【ミヤビ! まだいけるね!】
(勿論っ!)
戦いは、ここからだ――。
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